13 婚約
初めてのデートを終え、しばらくしてロバート様はエディ様と一緒に我が家へ婚約のご挨拶に来てくださった。
お互いの気持ちは一緒なので、話はスムーズに進んだが結婚の時期だけは父がなかなか首を振らなかった。
「私は結婚はできれば早く……そうですね、半年後にはしたいと思っています」
「それは少し早いのではないでしょうか?シャーロットはまだ十六歳です。婚約期間は一年が普通でしょう」
「ロバート!無理を言うんじゃない。フォレスター子爵のお気持ちも少しは考えろ」
「お義父様のお気持ちはわかります。しかし、シャーロットと離れているのは辛いのです」
少しでも早く結婚したい彼と、私をすぐには手放したくないお父様で意見は割れていた。
「シャーロット、お前はどう考えている?」
お父様にそう聞かれ、みんなの視線が私に集中する。私の気持ちはもう決まっていた。
「ロバート様が望んでくださるのなら、半年後に嫁ぎたいと思います。でも学校は今年いっぱいまでは通わせてください」
学校をやめないと行けないことは哀しいが、仕方がない。もっと大事なことが見つかったのだから。
「そう……か。お前がそう言うなら私に異論はない。半年後に計画しよう」
お父様は少し寂しそうに呟いた。
「お父様、ごめんなさい」
「いいんだ」
「お義父様、ありがとうございます。シャーロットもありがとう。今年いっぱい学校へはもちろん通ってくれ。君が望むなら、結婚後も通っても構わない」
優しい彼はそう言ってくれたが、私は丁重にお断りした。しっかり彼の奥様をつとめたいから。
二人で婚約証明書を書き、王家へ提出した。これで、私達は正真正銘の『婚約者』になった。
♢♢♢
「あの……ダスティン様はどうなさったのですか?噂では騎士団を退団されたとお聞きしたのですが」
私は勇気を出してずっと気になっていたことを、ロバート様に聞くことにした。
実は婚約話をお断りしたいとこちらから申し入れた直後はダスティン様の父ヘインズ伯爵から「子爵家ごときが当家との縁談を断るなど失礼だ」と抗議が入り大層お怒りだったと聞いていた。
しかしなぜか一週間後には『こちらの勝手な都合でこの縁談はなかったことにして欲しい。申し訳なかった』とヘインズ伯爵から正式な謝罪の手紙が来たのだ。
――明らかにおかしい。
しかも、ダスティン様はあの喧嘩をされた日から数週間後に騎士団を退団したそうなのだ。
「シャーロット、二度とその男の名前は口に出さないで欲しい」
彼は一応笑顔を作っているが、目は笑っていない。ロバート様は完全に怒っている。ぞくりと背筋が凍った。
「なにも心配することはない。君を傷付けた男は邪魔だから私達の前から消えてもらっただけだよ」
そっと私の頬をするりと触れて、微笑みそれ以上は聞くなという圧を私にかけた。
「生きてはいるから大丈夫」
まさか殺したりしていませんよね?という私の不安を感じとった彼はそう告げた。でも生きてはいるという表現が怖い。
さすがに私はそれ以上は聞けず、この話はここで終わった。しかし、私は親友のスザンヌからダスティン様の噂を聞くことになる。
スザンヌは婚約の話を聞きつけて、家に遊びに来てくれた。
「シャーロット正式に婚約したのね、おめでとう」
「ありがとう」
「まさか本当にロバート様と!でもあなた彼が毎日来るの嫌がってるようだったけど、実はずっと気になってたもんね。素直になれて良かったわ」
「もう、やめてよ。恥ずかしい……自分の気持ちになかなか気付けなかったの」
彼女はうふふ、と楽しそうに笑った。
「ねえ?ロバート様は優しい?」
「う、うん。すごく」
「格好いいもんね。大人だから甘え放題ね」
私は真っ赤になって照れる。甘えるってどうしたらいいのだろうか。恋を初めて知った私は、まだ恋人にどう甘えていいのかわからなかった。
「でも、経験豊富そうで焦るわよね。ね!どこまでした?もうキスは済ませた」
スザンヌの遠慮のないところはとても好きだ。でも今は部屋にミラもいるし、スザンヌの侍女も一緒にいるのだ。そんな大っぴらに言えない。
「な、な、何を言うのよ!みんなに聞こえるじゃないの」
真っ赤になって照れる私に、彼女はきょとんとしている。
「みんなって誰よ?私達にとって侍女はなんでも知ってる間柄でしょ。今更恥ずかいことなんてないわ」
「で、でも」
「ね?どうだった?私の時も話したじゃない!」
そう。スザンヌは半年前から婚約者がいるので、もう早くにファーストキスは済ませている。そして、私は二人きりの時に色々話を聞いていた。
「……まだキスだけ。でもスザンヌが言っていたレモン味ではなかったわ」
そう言った私に、彼女はゲラゲラと笑い出した。なんでそんな笑うのよ!あなたがキスはレモンの味だったって言ったんじゃない。
「ははは……シャーロットったら!まさか私の冗談信じてたの?」
「酷いっ!騙したのね」
「可愛いんだから」
「もう!ロバート様にまでそう言っちゃったんだから。馬鹿馬鹿!」
私は泣きながらお腹を抱えて笑っている彼女を、ポカポカ殴った。
「ロバート様に言ったの?笑われた?」
「ううん。すまないって謝られた」
「まあ、ロバート様はいい男ね。安心したわ」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。そして、私は勇気を出して彼女にしか聞けないことを耳元でこそっと聞いてみた。
「あのね、キスなんだけど」
「うん。どうしたの」
「あ、あの。激しくて息が上手く吸えないの……みんなどうしてるの?」
私がそう言うと、スザンヌはぶわっと真っ赤に頬が染まった。
「そんな激しいのをしてるの?」
「初めは軽かったけど、この前のすごくて。し、舌が中に入ってきて頭がくらくらしたの」
「舌ですって?わ、わからないわ。私はまだそんな激しいのしたことないもん。ロバート様って真面目そうだけど、そういうこと積極的にされるのね」
え……?そうなの。付き合っててもあんなキスしないのかな。
「私の婚約者は一つ年上なだけだから、口付けとかハグも軽いのをするくらい。きっとロバート様は大人だからキスも違うのよ」
「そうなのかな。自分が全然応えられなくて不安だわ」
「……彼に教えてもらうしかないわよね」
「そうよね」
二人で真っ赤になりながら、悩んでいる姿をお互いの侍女達は優しい笑みで見守っている。
「お嬢様、スザンヌ様、お茶のおかわりどうぞ」
「ありがとう」
「お二人とも心配なさることはございません。ご婚約者様を信じて、ゆっくりと関係を進めればいいと思いますわ」
ミラがそう言ってくれたので、私達は考えるのをやめてお茶とスイーツを楽しむことにした。
「そういえば、ダスティン様のこと聞いた?」
「騎士団を退団されたこと?」
「その理由よ!」
「理由?」
「なんか女遊びが酷くて、上司の奥様にも手を出されていたっていう噂よ。ギャンブルでの散財も激しかったらしくて、激怒したヘインズ伯爵が縁を切ると言われているらしいわ」
――何ですって?自分の上司の奥様にまで手を出していたの?信じられない。
「本当?」
「ええ。私の親戚に騎士がいるから、話を聞いたの。あーあ……私達の青春の憧れがこんな酷い男だったなんて最悪よね」
「ええ」
「しかも、あなたは彼と婚約の話も出ていたんでしょう?よかったわ、話が進まなくて」
「そうね。そんな酷い方だったなんて……」
ロバート様が言っていたのはそういうことだったのか。貴族の彼が縁を切られるとなると、平民落ちするということ?それは社会的に抹殺されたも同然だ。
あのままダスティン様と結婚していたかと思うと、怖くなる。あの時ロバート様に助けていただかなければどうなっていたか。
「実は私ダスティン様に酷いこと言われたの。それをロバート様が庇ってくださったの」
「そうだったのね。ロバート様ったら格好いいわ!あなたが幸せで良かった」
私は彼女に半年後に結婚するので、来年には学校をやめると伝えた。寂しいけど、お互い幸せになろうと約束してその日は別れた。
♢♢♢
そして、今夜はロバート様と初めて一緒に行く舞踏会だ。彼から美しいドレスが届いていた。
「わぁ、これは……」
明らかに彼の瞳と同じ鮮やかなブルーのドレスで、彼の髪と同じ金色の刺繍やビーズが散りばめられている。つまりこれを着た私はロバート様のもの!アピール全開である。
「ロバート様ってかなり独占欲強めですね」
「これだけあからさまだとね」
「でもお似合いになると思いますよ」
少し恥ずかしいが、袖を通してみると驚く程私にピッタリだ。
「お綺麗です。ヘアセットもしますね。アクセサリーも届いていましたよ」
「ええ?」
「さすがロバート様ですね。センスもいいし、どれも最高級のものですよ」
嬉しいけど、私にお金を使いすぎではと心配になる。
「できました!お綺麗ですよ」
「ありがとう」
私がリビングに降りていくと、ロバート様が迎えに来てくださっていた。彼はお洒落な黒いジャケットに、私の瞳の色である紫のタイとチーフをしている。
そのたたずまいはまるで、絵本や小説の中の王子様のように美しかった。
「シャーロット!ああ、とても似合ってる。素敵だよ」
「ドレスもアクセサリーもありがとうございます」
「やっと君と一緒に行けるのが嬉しくてね。すまないね……気持ちを抑えられずに全身私の色にしてしまったよ」
そう謝ってはいるが、彼は全く悪いと思っていない表情だ。やはりこのドレスはあえてだったらしい。
「ロバート様も格好良いです」
私の言葉に少しだけ頬を染め、嬉しそうにエスコートをして馬車にのせてくれた。
「シャーロット、正式に婚約したことで今夜は注目を浴びるだろう。悪意のある言葉を言われても気にするな」
「ええ。わかっています」
「誰が何と言おうと愛しているのは君だけだ」
「ありがとうございます。でも、あなたの隣に立つと決めた以上私は誰であっても負けません」
彼にハッキリそう言った私に彼は少し驚いた顔をした。
「……君は、強くなったね」
「あなたと一緒なら闘えますわ」
「頼もしいね。困ったな、さらに惚れ直しそうだ」
ロバート様は、私の頬にチュッとキスをした。
「さあ、愛おしいシャーロット。私達の戦場についたようだ」
「ふふっ」
「決して離れないで。君がいてくれれば私は無敵になれる」
「ええ」
私は彼に密着してエスコートしてもらいながら、気合を入れて会場に入った。