11 初めての出逢い
お互いの気持ちを確かめ合ってから、私は毎日看病のためにロレーヌ家に来ている。前はロバート様が我が家に来てくれていたので、その逆だ。
学校がある日は少しの時間だけだが、お休みの日は半日くらいずっと滞在する時もある。ロレーヌ家の皆様はとても優しく私を歓迎してくれている。
実はロバート様が寝ていらっしゃる時は、ステファニー様とお茶をしたり刺繍をしたりしながら伯爵家のことを聞いて勉強している。
エディ様や弟のアラン様はよく治癒士の実際の能力を見せてくださったり、できることできないこと等詳しく教えてくださる。
彼の家に通いながら、彼と一生を添い遂げられるように一つずつ力を身につけていく。そうじゃないと、私は一緒にいられない。
みんなから見た目も、能力も、振る舞いもロバート様にお似合いだと思ってもらいたい。堂々と胸を張って自信を持ちたい。彼のためにしっかりした自分に変わりたい。
しかし勉強していることは、ロバート様には秘密だ。有難いことにロレーヌ家の皆さんも、使用人の方々もみんな協力してくださっている。
「ロバート様、こんばんは。お加減はどうですか」
「いらっしゃい。ああ、だいぶいいよ」
私が部屋に入ると、彼は嬉しそうに微笑んでくれる。この数週間でだいぶ怪我は治っているようで、今日はベッドではなくソファーで本を読んでいらっしゃったようだ。手招きされたので、私も隣に座る。
「もう明日からは普通の生活でいいそうだ。明後日からは仕事復帰らしい」
「まあ、良かったですね」
「いや。かなり残念だ」
とても嫌そうな顔のロバート様。私は何故かわからず、首を傾げた。すると彼は私の肩をそっと抱き寄せた。
「シャーロットに毎日逢えなくなる」
「え?」
「看病してもらえるなら、ずっと怪我なんて治らなくてもいいかもと思ってしまったよ」
彼は私を見つめて、頬にキスをした。こういうことに慣れていない私はまだ恥ずかしい。
「ロバート様ったら子どもみたい」
「君の前では我儘になる」
「看病じゃなくても……逢いに来ます」
彼は「次は私から行くよ。毎日来てくれてありがとう。本当に嬉しかった」と微笑んだ。
そして、近いうちに私の両親にきちんと婚約の許可を貰いに行きたいと言われた。私はこくんと頷く。
「明日は休みだろう?急で申し訳ないけど、君の時間を貰えないかな?ご両親に婚約の挨拶をする前に話しておきたいことがあるんだ」
「もちろんです。明日も看病に来ようと思っていましたから」
「そうか。よかった」
安心したようにほっと息をついた。私は彼の肩に抱かれていると、安心して眠気が襲ってくる。
ああ、昨夜は夜遅くまで学校の勉強していたから。それから今日ステファニー様に教えていただいたロレーヌ家と関わりのある方のことも早く覚えないと……。今夜帰ったら復習をして……。
「シャーロット眠たいのか?すまない。無理をさせて。しんどいのに毎日休みなく来てくれてたのだろ」
「しんどくなんて……あり……ません」
「いいんだ。このまま寝ていいよ」
「逢い……たくて……きてるんです」
「ありがとう。愛してるよ」
その言葉を聞きながら、私はそのまま意識が遠のいていく。彼の温もりを感じながら、眠りに落ちるのはとても幸せだった。
ハッと気がついた時、私は自宅のベッドに寝かされていた。明るい……今は何時?どうやってここに帰ってきたの?
私は気が動転して、ベッド傍に置いてあるグラスを倒してしまった。割れなかったが、カシャンと大きな音がした。その音に気がついてミラが部屋に入ってくる。
「お嬢様、おはようございます」
「ミラ!私どうやって帰ってきたの?今は何時かしら?私、今日ロバート様とお約束していたのにどうしよう」
おろおろと混乱する私の手を彼女はギュッと握り「大丈夫ですよ」と落ち着かせてくれた。
「昨夜お嬢様はロレーヌ家で寝てしまわれたので、ロバート様が送ってくださったのです。それに、今はまだ朝早いですよ。今日はお昼頃に迎えに来るとおっしゃられていたので、充分時間はございます」
「私寝ちゃったんだ。恥ずかしい」
「気になさらないでくださいませ。ロバート様は自分のせいでお嬢様は疲れが溜まっていたのだろう、と心配されていらっしゃいました」
ロバート様のせいじゃないのに心配かけてしまったな。
「もし、今日の約束もしんどいようなら別日にするから遠慮なく言ってくれと伝言を承っております」
「えっ!それは嫌だわ!!」
大きな声でそう言うと、ミラはニヤリと笑った。
「じゃあ、お嬢様!ロバート様に元気な姿を見せましょう。私が完璧に仕上げます」
その言葉通り、彼女にあれよあれよという間にお風呂で磨かれお化粧に素敵なヘアセットをされた。そして動きやすいが、可愛いワンピースを着させてもらう。
「はい。お嬢様は世界一可愛いです」
「いつもありがとう」
私が笑うと、ミラも嬉しそうに微笑んだ。そして、リビングにおりて両親に朝の挨拶をする。
「おはようございます。昨日はご迷惑おかけしました」
「ああ、起きたのか。昨夜はロバート様が送ってくださったんだ。また後日婚約のお願いに来てくれるとおっしゃっていたよ」
「はい。その時はロレーヌ伯爵も来られるそうです」
「わかった。二人が上手くいってよかった。私は君を……嫁に出す覚悟をしておくよ」
お父様は少し寂しそうに目線を下げた。そのまま、両親と弟とゆっくりとモーニングを食べしばらくするとロバート様が迎えに来てくださった。
「シャーロット、体調は大丈夫か?」
「はい。昨夜はご迷惑をおかけしました」
「迷惑なんかじゃないさ。可愛い君に今日も逢えて幸せだよ」
彼は両親に挨拶をした後、私を外に連れ出した。
「昨日、お父上に君は馬には乗れると聞いたんだが」
「はい。ゆっくりなら一人でも乗れます」
「シャーロットはすごいな。今日は少しスピードを出すが私がついてるから大丈夫だ」
私を馬に乗せ後ろから抱きしめながら、彼は風を切って駆けていく。とても気持ちがいいが、なかなかのスピードだ。
「離さないでくれ」
「はい」
あまりの密着具合に、私は照れてしまうがロバート様は気にしていないようだ。
そして着いた場所は、森の中にあるお花畑だった。様々な種類の色とりどりの花が咲いている。
「うわぁ、すごい」
「綺麗だろう?君を連れて来たかった」
馬から降りて、芝生に降りた。彼はポケットから大きめのハンカチを広げて下にひいてくれた。私はそっとそこに座る。
爽やかな風が吹いて気持ちがいい。ここは彼の秘密の場所らしく、ほとんど人が来ないらしい。
「シャーロット、君は我が家で色んなことを学んでくれていたらしいね」
「もう、秘密にしてくださいと言っていたのに。どなたかバラしたのね」
私は拗ねてムーっと唇を尖らせた。
「君があまりに疲れていたからおかしいと思って、家族に問いただしたんだ。全然知らなかったよ。無理をさせたね」
「私がしたかったんです」
「ありがとう。とても嬉しかった……シャーロットが私との将来のことを、真剣に考えてくれているのがわかった」
ロバート様の目は少し潤んでいた。
「あなたに相応しい女性になりたいの」
「何を言ってるんだ?シャーロットは、私には勿体ないくらい素敵な女性だよ」
「あなたがそう言ってくださるのは嬉しい。でも、世間的にも正式にロバート様の妻だって認められたいです。それに自分があなたの隣にいていいんだって自信を持ちたいの」
彼は眉を下げて、辛そうな顔をする。どうして?私はそんな顔をさせたいわけじゃないのに。
「私がシャーロットを好きになったせいで、君に無理ばかりさせているんじゃないかと不安になる」
「そんなこと」
「でも、それでも君を愛することをやめられない。我儘で自分勝手でごめん」
彼は私をじっと見つめた後、そっと目を逸らした。
「実は、私達は八年前に出逢ってるんだ」
「八年前?」
「君は覚えていないだろうな。私はまだ十五歳で、やっと治癒士として父の仕事を手伝い出した時だった」
♢♢♢
「少し長くなるが聞いてくれ」
学校が長期休みの時に、父に遠征先に連れてこられ討伐で傷付いた騎士達の怪我を治さなければならなかった。
その時は、運が悪く強い魔物が沢山現れて重傷者が山ほどいたんだ。血だらけの騎士、みんなが助けを乞うているが慣れていない私は誰から治癒魔法をかけていいかもわからない。目の前にいる怪我人を、震える体をおさえて何も考えずに必死に治した。
血が出て腕や足がギリギリ繋がっているような瀕死の騎士達の姿は、少年だった私には衝撃的で吐き気がした。
毎日自分の体力も、魔力も限界まで使ってヘロヘロになったが治癒士として怪我を治すことは『当たり前』のこと。
特に感謝もされないし、むしろ上官からは「早く治せ」と言われ「お前のせいで騎士が死ぬ」と怒号が飛ぶ。過酷な戦場で、父親は立派に任務を務めているのに自分はなんて無力なんだと思ったよ。
そして数日経って、私は心身ともに疲弊していた。疲れているのに怖くて眠れなくなり、魔力のコントロールも上手くいかなくなった。
父はすぐ私の変化に気がついて、戦場から離れて街で過ごせと言ってきた。私は治癒士として使えないと言われてるようで反抗した。
「お前の気持ちはわかる。俺だって初めはそうだった。それが正常な反応だ」
「私が治さなければ、死人がでます」
「ロバート、これは遊びじゃない。騎士達は恐ろしい魔物を前に命懸けで戦ってるんだ。怪我しても治癒士が治してくれると思うから、彼らは頑張れる。なのにどうだ?お前を頼っていたのに治せないとなれば……邪魔をしてるだけだ!」
私は何も言えなかった。
「俺一人でなんとでもなる。覚悟が決まるまでお前は戦場には連れて行かない。一度ゆっくり休め」
父はポンポンと私の頭を撫でて、そのままホテルの部屋に置いて仕事へ向かった。私は部屋にいるのも辛くて、ふらっと街に出ていった。
しかし何もする気にならずに、噴水に座ってぼーっとしていると私の目の前で派手にこけた少女がいた。
「うわぁーん……うわーん」
膝から血を流して、わんわん泣いている。何故か周り連れの大人もいないようで、私は仕方がなく少女を噴水に座らせた。
少女の顔は可愛らしくて目が大きく、ツインテールでピンクのふわふわのワンピースに沢山リボンがついていてまるで人形のようだった。
ひと目でどこかの貴族の子どもだとわかる。こんな見た目で一人で歩いていたら誘拐されるぞ。そんな心配をしながら、少女の足に治癒をかけた。
こんな傷を治すくらい一瞬だ。普段は一般の人を治すことはしないが、今回は特別だ。どうせ戦場にも行かないし、魔力を取っておく理由もない。
「痛くない……お兄様、すごい!魔法使いね」
少女は足を治した私をキラキラした瞳で見つめ、褒めたたえてくれた。
「ありがとう」
天使の微笑みとでもいうのだろうか。ぎゅっと抱きついて素直にお礼を言ってくれたことに、私は心が温かくなる。
「こんなこと……大したことじゃないよ。私はだめなんだ」
こんなこと少女に言うことじゃないのはわかっているのについ口に出してしまった。
「何がだめなの?お兄様、なんだか顔色が悪いわ。ご自身は治せないの?」
「……自分は治せない」
「じゃあ、私が治してあげる!」
少女は髪をくくっていたリボンを解いて、私の腕に結んだ。それを手で包みこんで目を閉じた。
「痛いの痛いの飛んでいけ」
そう言った少女は、パッと嬉しそうに顔をあげて微笑んだ。
「いつもしてもらうおまじない!すぐに痛くなくなるわ。あとそのリボンは私の一番の宝物だから、お礼にあげるね」
「……え?」
「お兄様は私を助けてくれたわ。だめなんかじゃない」
そう言ってまた微笑んでくれた。私がボーッとしていると「お嬢様ーっ!」と焦った侍女の声が聞こえ、彼女は「わあ、怒られちゃう。お兄様、本当にありがとうございました」と急いで駆け出して行った。
きっとシャーロットは、何気なくそう言ってくれただけだと思う。でも、私はその一言で心が救われたんだ。君の素直な『ありがとう』も嬉しかった。
――だめじゃない。私は誰かを救える。
翌日からもう一度気持ちを奮い立たせ、戦場に戻った。苦しなったら、このリボンを握りしめて頑張ったんだ。いつかあの少女にお礼を言おうと決めていた。