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9 告白【ロバート】

 身体中の痛みで目を覚ます。窓から入る日差しは爽やかだが、私の気分はかなり最悪だ。


 確か昨夜、ブラッドリーと飲んでいる時にダスティンが現れて……シャーロットに許せない暴言を吐いたんだ。思い返して、またはらわたが煮えくりかえる。


 その時に、無遠慮に扉が開きそこには父が立っていた。


「父上」

「ガキじゃないんだから、外で派手に喧嘩するんじゃねぇよ。俺が全部尻拭いしてやったんだからな」

「あの店は」

「修理費の倍支払った。許してくれるとよ。金は馬車馬のように働いて返せよ。マスターと俺に感謝しろ馬鹿息子」

「ご迷惑をおかけしました。ありがとうございます」


 私はベッドの上で深々と頭を下げた。


「ブラッドリーにもお礼を言っておけよ。昨日担いでここまで連れてきたのはあいつだ」

「はい」

「俺はその怪我を治さない。どんな理由があっても、お前から殴ったことを反省しろ」


 父の言いたいことはわかる。しかし……


「後悔はしてません」

「話はあらかた聞いた。好きな女の守り方は一つじゃないだろ。お前も貴族なら貴族のやり方をしろ」

「わかっています。わかっていますが、許せなかった。あいつを潰すネタは掴んでる」

「ほお?お手並み拝見だな」


 その時、ノック音がなり使用人から信じられないことが告げられる。


「あの、旦那様。フォレスター家のお嬢様がロバート様のお見舞いに伺いたいと来られていまして……事前のご連絡がなかったもので、お通ししてよいかわからず客間で待っていただいております」


 シャーロットが……ここに?まさか。


「ふっ、その子はこいつの想い人だ。丁重におもてなしを。俺もすぐに下に降りるよ」

「まあ、そうでしたか。知らずに失礼なことを。かしこまりました」


 侍女は私をチラリと見て嬉しそうに笑って、頭を下げた。


「よかったな」

「父上っ!お願いですから治癒魔法(ヒール)をかけてください。こんな格好悪いボロボロの姿を彼女に見られたくありません」

「はぁ?」

「あとで好きなだけ殴ってもらっていいので、彼女がいる間だけ!お願いします」


 私は今までこんなに必死に父にお願いをした事はない。無茶苦茶なことを言っているのはわかっているが、シャーロットにこんな姿を見られるのは辛い。


「格好悪い姿をそのまま見てもらえ。それにお前は怪我したままの方が都合がいいと思うぞ」

「意味のわからないこと言わないでください。父上!!ちょっと、お願いですから」


 都合が良いってどういう意味だ?


「息子が惚れたお嬢さんと話すのは楽しみだ」


 父は、はははと面白そうに笑いながら部屋を出て行った。ちょっと待ってくれ……今の俺は怪我もしていて、夜着を着ていて髪もボサボサ。彼女には通常でも『おじさん』だと思われているのに、こんな姿を見られたら幻滅されてしまうのではと不安になる。


 シャーロットの前では少しでも格好良い自分でいたい。着替えようかと思ったが、少しでも動くと激痛が走り諦める。


 この部屋に彼女が来ると思うと、緊張して胸がドキドキする。十分くらい経過しただろうか。短い時間なはずなのに永遠に続く長い時間のように思えた。


 控えめにノック音がなり「シャーロットです。入ってもよろしいですか」と可愛い声が聞こえてきた。


 ――本当に来てくれたんだ。


「どうぞ」


 たった三文字の言葉なのに緊張して声が震える。すると扉からレースのリボンのついた淡いピンク色のワンピースを着た彼女が、ひょっこりと現れた。


 久しぶりに至近距離で見たシャーロットは、天使のように可愛らしくて目を合わせられないくらい眩しい。


 しかし、彼女は私を見た途端に顔を歪めポロポロと涙を流した。


「ロバート様、ひどいお怪我っ……」


 そう言った彼女は、ベッドに寝ている私に駆け寄りいきなり胸に飛び込んできた。そしてひっくひっくと泣いている。


 バクバクバク……


 いきなり抱きつかれて、私の心臓はうるさくて仕方がない。私は彼女の頬を濡らす涙を、指でそっと拭った。


「ロ……バートさま、わ、私のために怒ってくださったと……お聞きしました。ごめんなさい……ごめんな……さい」


 シャーロットは私が何故怪我をしたのか聞いてしまったのかと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。あいつを殴ったことを後悔はしていないが、彼女が傷付くことはしたくなかったのに。


「自分のためにやったんだ。むしろ君を勝手に巻き込んですまなかった」


 彼女の柔らかい髪をそっと撫でると、潤んだ瞳で私を上目遣いで見上げた。


 ゔう……その可愛い顔で見つめるのは反則だ。もっともっと触れたいという欲が出てきてしまう。


「君にはこんな格好悪い姿を見られたくなかったな」


 私はついそう口に出してしまった。すると、彼女はキッと睨んでぐいっと身を乗り出した。


 近い近い……これでは近すぎて唇が触れてしまいそうだ。自分の頬が一気に染まるのを感じる。


「格好悪くなんてありません!守ってくださったロバート様は格好良いです。私のヒーローです」


 その言葉だけで胸がいっぱいになるほど嬉しい。


「こんな怪我で君のヒーローになれるなら、安いくらいだ」

「そんなこと」

「私は君が一番大事なんだ。君にとっては迷惑だろうけど」

「ひっく、ひっく……迷惑じゃな……いです。前に迷惑だなんて酷いこと……言ってごめんなさい」


 彼女はまたポロポロと涙をこぼしている。泣かしたいわけじゃないのに。どうしたらいいんだ。


「俺は息子に、女を泣かすような教育はしてないはずだが?」


 扉を無遠慮に開き、父が部屋に入ってきた。それに気が付いた彼女のは、目をゴシゴシと擦って涙を拭いた。


「ロレーヌ伯爵、あの……ロバート様のお怪我は私のせいなんです。だから治療してあげてくれませんか」


 彼女は私の父に頭を下げてお願いをしてくれている。


「可愛い女性のお願いは聞いてあげたいんだが、それはできない」

「どうしてですか?」

「理由はどうあれ、こいつには自分でしたことを反省してもらわないと。それに片方だけ治癒魔法(ヒール)で治すなんてフェアじゃない。確かに私達は治癒士(ヒーラー)という特別な力がある。だが、普通の人は怪我なんて治らないんだから」


 そうだろう?と優しく微笑みながら彼女の頭をポンポンと撫でた。


 ――触るな。父を睨むと、こっちを見てニヤッと笑った。


「で、でも。本当に私のせいなんです」

「そうか。そう思ってくれるなら、看病を手伝ってくれないか?」

「え?」

「うちの使用人もなかなか忙しくてね。こいつ一人に構っていられない。君が看病してくれたら助かるんだけど?」


 いやいや、使用人が忙しくて看病できないとか無理があるだろう。我が家には何十人も使用人がいる上に、私専属の執事までいるのに。それなのに、彼女は父に簡単に騙された。


「もちろんです!私でよければ」

「おお、そうか。助かるよ。シャーロット嬢が無理しない範囲でかまわないから頼むよ」

「はい。誠心誠意お世話します」


 は……?え?いやいや。


「ロバート、良かったなあ。じゃあせっかく来てくれたし今日もお願いできるかい?」

「はい!」

「ハッハッハ、いいお嬢さんだ。ありがとう、よろしくお願いするよ」


 父はそんなとんでもないことを言って、部屋を去って行った。看病?彼女が?私はあまりの急展開に頭がついていかない。


 彼女は本気らしく、執事や使用人達に何をしたらいいかを真剣に聞いている。彼等は父の話に合わせて「ご迷惑おかけして申し訳ありません。でも、助かります」と芝居をしている。


「ロバート様、口を開けてくださいませ」


 そして、今私は彼女に食事を食べさせてもらっている。こ、これはなんのご褒美だろうか。嬉しいが、恥ずかしい。


「シ、シャーロット。自分で食べられるから」

「だめです!手をあまり動かしてはいけないと言われているとお聞きしました。我儘言わないでくださいませ」


 使用人達は明らかに私の病状を酷く伝えている。手を動かしてはいけないなんて言われていない。


「あーん」

「……」

「あーん」


 パクッ。もぐもぐ……ごくん。


 私はもうこの幸せを素直に受け取ろうと決めて、彼女の手から食事を取る。食べた姿を見て、シャーロットは嬉しそうに笑った。


「次はお肉しましょうか?それともパン?」

「……肉で」

「はい、どうぞ。美味しいですか?」

「ああ、美味しい」

「よかった」


 君の手から食べる食事は、美味いに決まっているだろう。正直ドキドキがすごくてちゃんと味はわからないけど。


「さあ、食べ終わったらお薬飲んでください」

「うん」

「飲んだら少し眠ってくださいね」


 彼女にそう言われたが、ずっと寝ていたので眠たくない。それに寝ている間にシャーロットが帰りそうで、嫌なのだ。


「まだ寝たくない」


 寝たくないというより、一緒にいたいのだ。


 すると彼女はギュッと目を閉じて、大きく深呼吸をした。そして緊張した面持ちで、私を真っ直ぐ見つめた。


「では、私の話を聞いていただきけますか?」

「もちろん」

「ありがとうございます」


 彼女は少し安心したようにホッと微笑んだ。


「私……ロバート様が好きです」


 私はその言葉が信じられなくて、フリーズしてしまった。


「すみません。あなたの深い優しさや愛に気がつくのに、こんなに時間がかかってしまいました」


 ――まさか。彼女から言ってもらえるなんて。


「今更と言われるのも覚悟しております。でも、私はロバート様が好きです。自分勝手ですが、チャンスをいただけませんか?あなたに私をもう一度好きになっていただけるように頑張りま……」


 シャーロットの話が終わる前に、私は彼女を強く抱きしめた。


「ロ、ロバート様っ!お怪我をなさっているのに力を入れてはいけませんわ」

「大丈夫。嬉しくて痛みなんて感じない」

「……え?」

「シャーロット、愛してる」


 私に抱きしめられている彼女の体温が、どんどん上がっているのがわかる。


「誰よりも君を愛してる。一生大事にする」


 私は少し体を離し、彼女の顔を見つめた。


「酷いことを言った私を、許してくれますか?」


 潤んだ大きな瞳がゆらゆらと自身なさげに揺れている。


「じゃあ、もう一度私を好きだと言ってくれたら許すよ」


 私は少し揶揄うように悪戯っぽくそう言った。すると彼女は私の頬を両手で包んで、天使のように可愛く微笑んだ。


「ロバート様、私も愛しています」


 望んでいた答え以上のこと言ってくれた彼女に、堪らなくなる。


 ちゅっ


 気が付いたら、シャーロットの柔らかく可愛い唇にキスをしていた。


「……苦いです」


 真っ赤になった彼女は唇を手でおさえてそう呟いた。


「ファーストキスは……レモンの味と友人が言っていましたが、嘘ですね」


 そう言った後、照れて私から目を逸らして顔を両手で隠した。


 ファースト……キス。ファーストキス……そうか。シャーロットの初めては私なんだな。キスも誰ともしていなかったのか。それはめちゃくちゃ嬉しい。


 でも!こんな傷だらけでボロボロの私が、自室で大事な彼女の初めてを奪って良かったのか!?


 彼女と初めての口付けは綺麗な夜空を見ながらとか、素敵な海辺とか、満開の花畑とか色々考えていたのに。


 しかもキスに『レモン味』を期待していたのに……甘くもなく酸っぱくもなく『苦い』なんて最悪ではないか?絶対直前に飲んだ薬の味だろ。


 私はさーっと青ざめた。彼女の希望は全部叶えてあげたかったのに。


「すまない。もっと雰囲気を考えてすればよかった」

「い、いいんです」

「必ず、二回目は素敵な場所でするから!許してくれ」


 私が真剣に謝ると、彼女は悪戯っぽくふふっと笑った。


 ちゅっ


「三回目は期待しております」


 ――ああ、これは完敗だ。彼女からキスしてもらえるなんて。今度は私が真っ赤になって下を向いた。

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