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命の価値、思い出の腕輪

「え?」

「私がいなかったら、あんたは死んでいたのよ。私にお礼として金を払いなさい」

「金を払えって……そんな、いきなり言われても」

「あー、うだうだ言わないで頂戴。死んでいたら、金の心配すらできなかったのよ?」

「…………払うとしても、いくらだよ?」


 彼女はどうやら譲る気はないようだ。交渉しても無意味だろう。反抗すれば、彼女のミトロアで無理やり奪われるかもしれない。ゲノヴァを蹂躙した彼女の実力に敵いそうにない。


「あんたにとって、自分の命はどれほどの価値があると思う? もちろん、有り金を全て寄こしなさい」

ヨゾラはゲノヴァの歯形がついたバッグから財布を取り出す。彼女とこんなことを話している時間がもったいない。

何故かは知らないが、彼女はミトロアに関する情報を持っている。

ヨゾラはどうしてもそれを早く知りたかった。不満はあるが、彼女に金を払い、ミトロアについて教えてもらおうとする。しかし、思い通りに彼女は動いてくれない。

「さっさとしなさい」

「あっ、返せって!」


 少女に財布を奪われてしまう。彼女はそこから金を取り出した。

なんて自分勝手な女だ。口に出しそうになったが、ヨゾラはぐっと我慢する。ここで彼女の機嫌を悪くしてしまうと、ミトロアについて教えてもらえないかもしれない。


「少ないわねぇ。貧乏人なんて助けるんじゃなかった」

「なんだと!」

「これ返すわ」


 文句を言うだけ言って、少女は財布を乱雑に投げてきた。今までこつこつと貯めてきた金をほぼ奪われて軽くなった財布を、どうにかキャッチする。


「それじゃ、あんたにはもう用はないわ」

「待ってくれ。ミトロアについて何か知っているのか?」

「貧乏人に教えることなんて何もない」


 吐き捨てるように少女が返事をした。教えてくれる気配は微塵も感じられない。彼女は大きな荷物を背負い、その場から離れようとする。

思いがけないミトロアの情報。ソルと共にそれを長年追い求めてきたヨゾラは、簡単に諦められない。少女の後ろをついていき、何度も話しかける。


「頼む、ミトロアについて何でもいいから教えてくれ。あと、近くの村がどこにあるか、教えてほしい。信じてもらえないだろうけど、転移させられて、ここがどこかも知らないんだよ」

「さっきからうるさい! そこまで言うのなら、情報を売ってやる。金をろくに持ってないあんたが、対価に払える物を持っているのかしら?」

「対価、だって……?」

「残念だけど、私は商人なの。商人は、自分の利益にならないことはしない生き物よ」

「今さっき金を奪われた俺に、払える物なんてないに決まっているだろ」


 それを分かって、少女は要求してきているはずだ。なんて意地が悪いのだろう。彼女が勝利を確信した笑みで振り向いてきた。


「ま、そうよね。あんたは高価な物を持っていなさそう、だし…………え、その腕輪……」


 さんざん好き勝手言っていた少女だが、ヨゾラの燈色の腕輪を見て、何故か目の色を変えた。ヨゾラの腕をぐいっと掴み、腕輪をまじまじと見始める。


「アウローラタウンでしか採れない金属じゃない……! なかなか出回らない代物よ」

「お、おい、離れろって」

「これを売ってくれるなら、私の知っているミトロアの情報を教えてあげてもいいわ」

「これは売り物じゃない! 親友との大事な思い出の品なんだよ」


 どれだけ喉から手が出るほど貴重な情報であろうと、ヨゾラに腕輪を売るという選択肢はない。腕輪を商品として見ている少女の手をどうにか振りほどく。


「思い出って……呆れた。貧乏人はよくそうやって、思い出とかが大事って言うのよねぇ。思い出があろうと腹が空くってのに」

「……商人って生き物には、一生分からないだろうな」


 ヨゾラは少女から腕輪を守るように腕を隠した。

 その様子を見て、少女は溜息をつく。


「あんたが対価に払える物を持っていることは分かったわ。とりあえず、話し合いは明日にしましょう。夜遅くで、頭がろくに働かないわ」


 少女の言う通りだ。睡魔がさっきから襲ってきている。夜遅いのもそうだが、今日はいろいろなことがありすぎた。疲れがどっと押しかかってくる。

 ついてきなさい、と少女は命令してきた。彼女についていくと、小さな洞窟に案内された。


「あんたはこの洞窟で寝なさい。いきなり雨が降っても、ここなら体が濡れずに済む」

「俺はって……君はここで寝ないのか?」

「冗談はよして。男のあんたと寝床を一緒にするわけないでしょ。私は近くにある別の洞窟で寝るから、近づくんじゃないわよ」

「誰が襲うか……」

「何か言った?」

「いいや、何も」


 男と同じ空間にいるのが余程嫌なのか、少女はすぐに洞窟から離れていった。

 ヨゾラはリュックから寝袋を取り出す。ソルとの旅で野宿をすると思って用意していたものだ。


「にしても、こんな簡単にミトロアが見つかるなんて……」


 寝袋を広げたヨゾラは洞窟の隅に立てかけた剣を見て、思わず呟いた。

 自分と一緒に転移してきた剣。それを手に取り、改めて観察してみる。


「この剣を使えば、不死のゲノヴァを倒せる…………うーん、どちらかといえば、剣よりも拳の方が得意なんだよなぁ。喧嘩で剣なんて使わないし」


 ミトロアを元の位置に戻し、横になる。ヨゾラは疲れのあまり、深い眠りに包まれた。




 知らない森に転移させられたせいだろうか、ヨゾラは故郷の夢を見た。

 場所は、アウローラタウンの丘。

 そこには、ヨゾラが会いたい人物がいた。彼はこちらに背を向けて、沈む太陽を眺めている。


「ソル……」


 ああ、これは夢なのか。死んだはずのソルを目にして、ヨゾラは気づく。

 名を呼ばれたソルが、ゆっくりとこちらに振り向いた。その表情は、どこか悲しげだ。


「……」

「聞いてくれ、ソル。ミトロアを偶然だけど手に入れた! 俺たちが求めたものは実在したんだよ!」


 たとえ夢であっても。起きる頃には忘れてしまう会話だったとしても。

 ヨゾラはソルに嬉しい事実を教えたかった。だけど、それを聞いても、ソルの悲哀に満ちた表情は変わらない。

ミトロアの秘密を知っているかもしれない少女のことも話そうとした時、黙っていたソルが、その口を開いた。


「偶然じゃない……」

「え?」

「お前がミトロアを手に入れたのも、森に転移して彼女に出会ったのも偶然じゃない……」

「ソル、なに言っているんだよ」

「全てに意味がある。この夢でさえ……」

「…………お前、本当にソルか?」


 不気味な気配を感じ取り、ヨゾラは目の前のソル、いや、ソルの姿をした何かに問いかけた。


「……素晴らしい感性だ。ミトロア所有者になったことによる成長か。いやそもそも、そのおかげで、こうして……」


 ソルの振りをやめた何かが、ぶつぶつと独り言を話し始める。

 本当に、これは夢なのか?

 ヨゾラは訳が分からなくなり、疑問を投げかけた。


「お前は……誰だ?」

「残念。もう少し君と話したかったが、どうやら時間のようだ」


 質問に答えが返ってくることは無かった。

 夕陽が完全に沈み切った瞬間、故郷の風景が暗闇に飲まれる。ソルの姿をした存在も、その中に溶けるように消えていった。


「まぁ、いいか。全ての魂は一つの方向に向かっている」


 声が聞こえたと同時に、ヨゾラも闇に飲まれ、夢は終わりを迎えた。


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