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追われる少年、現れる少女

 それからしばらくして。

 決意を抱いて足を動かしたのはいいが、湖から出て、ヨゾラは森の中で一人彷徨う。


「どこだよ、ここ……」


 当然だ。ここが何処の森なのか知らないし、地図も無いため、どの方向へ行けばいいのかも分からない。

 人が集まる場所に辿り着けることができればいいが、上空から落ちた時に森を見た感じだと、少なくとも近くには無いように思えた。

 唯一、幸運だったのは、旅のために用意していたリュックが一緒に転移されてきたことだ。

 リュックの中には、最低限の食料がある。節約すれば、三日分ぐらいはあるだろう。その間に森を抜けなければならない。

 一応、金銭も少しはある。人の集まる場所に辿り着くことさえできれば、なんとか生活していけるだろう。足りなくなったら、何か仕事をして稼げばいい。

 とにかく、最悪なケースは、この森を彷徨い続けて力尽きることだ。

 夜の森で無闇やたらに動き回るのは、素人でもまずいことだとは分かっている。とりあえず骨を休める場所を探し出して、そこで夜は過ごそうと足を動かす。その途中で、可能性は限りなく低いだろうが、誰かと会うことができれば万々歳だ。


「というか、この剣どうしよう……」


 ヨゾラは謎の剣を捨てる気になれず、まだ持っていた。体力のある今はまだいいが、いずれ体力が無くなったら何処かに捨てようかと考える。

 生い茂る草木を掻き分け、ヨゾラは進んでいると、ふと視界の隅で草木が揺れた。びくりとしたヨゾラは、恐る恐る草木に近づいて向こう側を見た。草木が生い茂っていて確かには見えないが、商人の格好をした男が気に寄りかかって寝ているように見えた。


「あのっ、すみません! え……?」


 まさか人に会えるとは思っていなかったヨゾラは、喜びのあまり草木から飛び出て話しかけた。しかし、そこで目にしたのは。


「グゥ?」


 狼の形容をしたゲノヴァの群れが、その男を貪っている光景だった。草木のせいで見えなかったが、男は血だらけで何処からどう見ても死んでいた。

 そして、その男の周りにいた六匹のゲノヴァが一斉にヨゾラの方へと向く。


「うそ、だろ……」


 ゲノヴァどもの新たな獲物になってしまったことを確信した。狼ゲノヴァの一匹が立ち上がった瞬間、ヨゾラは脱皮の如く走り出す。

 後ろを見れば、立ち上がった一匹がまるで新たな獲物を見つけて歓喜したように遠吠えをして、六匹全てがこちらへと走ってきていた。


「邪魔だ、これ!!」


 走るのに邪魔だと、ヨゾラは持っていた謎の剣を狼ゲノヴァに向けて投げる。謎の剣は虚しくも狼ゲノヴァには当たらず、地面に突き刺さった。

 夜の森で、ヨゾラの命を賭けた鬼ごっこが始まった。

 夜闇で足元があまり見えない中、ヨゾラは全速力で駆ける。足を止めてしまえば、群れの先頭で走っている狼ゲノヴァがすぐさま飛び掛かってくるだろう。

 噛みつかれたら最後だ。次々とゲノヴァたちが噛みついてきて、抵抗する間もなく殺されてしまう。

 ヨゾラは草や岩などの障害物をうまく避け、単純な脚力で負けている狼ゲノヴァとの距離をなんとか一定に保っていた。しかし、当然ながら狼ゲノヴァが諦める気配はない。


「なっ!?」


 いずれは追いつかれてしまうと思っていたが、その時はすぐに来た。

 逃げたヨゾラが辿り着いたのは、三メートルほど高い断崖。簡単に飛び越えることができる高さではない。

 悩んでいる間に、狼ゲノヴァが追い付いてきた。ヨゾラを逃がさないように、群れで取り囲んでくる。


「くそっ……ここまでか」


 牙をむき出しにしてにじり寄ってくる獣どもを見て、ヨゾラは己の死を悟る。

 どんどん近づいてくる獣ども。後ろに下がりたくとも、背中が岩壁にぶつかる。

 そんな時、ヨゾラの右手に何かが当たる感触がした。


「え……? なんで、これがここに?」


 そこにあったのは、謎の剣だった。

 先ほど確かにゲノヴァに向かって投げ捨てたはずなのに、不思議なことに岩壁に立てかけられていた。まるでそこに転移してきたかのようだ。

 ゲノヴァに囲まれた状況で、もう逃げることができない。生き残れる手段があったとしたら、それは戦うことぐらいだ。まともな武器も持っていないヨゾラにとって、謎の剣が手元にあるのは好都合。

 意を決したヨゾラが謎の剣を掴んだのと同時に、真正面にいた狼ゲノヴァの一匹が飛び掛かってきた。


「っ!」


 リュックを咄嗟に身代わりにし、狼ゲノヴァに噛みつかせる。


「うおらっ!」

「きゃうん!?」


 ゲノヴァの腹に、謎の剣を思い切り振るう。盛大に血しぶきを上げた後、ゲノヴァは倒れた。


「……意外と、軽い?」


 謎の剣を振るって抱いた感想はそれだった。

 言うなれば、見た目は金属だが、重さは木材以下。この剣は一体何でできているのか。

 そして、おかしなことがもう一つ。

 この剣で斬ったゲノヴァの傷が再生していない。ゲノヴァは例外なく驚異的な再生能力を持っているというのに。


「まさか死んでいる?」


 その言葉を証明するかのように、他のゲノヴァたちが近づいてこなかった。仲間の死で警戒しているのだろうか。

 しかし、それでもヨゾラが不利な状況は変わらない。一匹ずつの相手ならなんとかできたとしても、残りの五匹全部が一斉に襲い掛かってきたら勝ち目などない。

 絶体絶命の状況。どうにか打開する術をヨゾラが考えていたら。

 不意に。

 断崖の上から、苛立ちを露わにした声が聞こえてきた。


「やっと、見つけた……っ」


 声の方向へと目を向ける。

 断崖の上には、こちらを鋭く睨む少女がいた。

 少女がなぜ苛立っているのか。ヨゾラには分からない。


「よっと」


 その小柄な体に不釣り合いな荷物を背負う少女が、ヨゾラの前に降り立ってきた。


「まったく、さっきと同じ展開じゃない……」


 狼ゲノヴァの群れを見て、うんざりとしていた少女がヨゾラの持つ謎の剣に気づく。


「貴方、それ……」


 この剣の正体を知っているのだろうか。少女が驚いた目でこちらを見てきた。

 ヨゾラがこの剣について聞こうとした時、狼ゲノヴァが少女の背後から襲い掛かる。


「っ!」


 ヨゾラが少女を守るために焦って駆けようとしたら、少女はため息を一つ吐いて後ろへと向いた。その振り向きざまに、いつの間に手にしていたのだろうか、刀身が桃色と白色で彩られた剣でゲノヴァを斬る。

 呆気にとられたヨゾラの前で、少女は残りのゲノヴァ達に向かって剣を構えた。


「とりあえず、あんた達は邪魔」


 その後、ヨゾラが加勢する間もなく、少女はゲノヴァたちを倒した。まるで鬼神の如く剣を振るう様は思わず見惚れてしまいそうなものだったが、その華奢な体でなぜ剣をそこまで振るうことができるのか。彼女の腕は筋肉がついてあるようには見えない。

 ヨゾラが違和感を抱いている中、敵を片付けた少女が近づいてきた。


「まさかね、ミトロア所有者を助けることになるなんて」

「ミトロア……え、ミトロア!?」


 少女はヨゾラの持つ剣を見て確かにそう言った。

 『ミトロア』。

 ゲノヴァを倒すことができると言われている、幻の武器。

 少女の持っている剣もどうやら、それのようだ。

 ヨゾラとソルはこれを探すために旅に出るつもりだった。

 少女が言っていることが本当かどうかは分からない。でも、自分が倒したゲノヴァ、そして彼女が倒したゲノヴァはなぜか再生していない。それは間違いなく、ヨゾラとソルが追い求めていた力で。

 それが今、ヨゾラの手の中にある。


「これが、ミトロア……」

「それがミトロアって知らない……? あなたの師匠は、誰?」

「師匠? 師匠ってなんだ?」

「師匠がいない……なら、そのミトロアはどうやって手に入れたの?」

「どうやって手に入れたって聞かれても……気がついたら、いつの間にか持っていたとしか……」

「まさか、ミトロアの自然発生? いや、それはありえないはず……あなた、さっき転移してきたわよね? どうやってしたの?」

「それも分からなくて……いきなりブラックホールのようなものに飲み込まれたと思ったら、こんな場所に……」

「転移方法も分からない、か…………まったく、転移方法を教えてもらうために、苦労してアンタを見つけたって言うのに……」


 ぶつぶつと言い、何やら考え込む少女。

 自分がなぜミトロアを手に入れることができたのか。少女もなぜミトロアを持っているのか。師匠とは何か。ヨゾラの頭の中で疑問が次々と湧いてくる。


「まぁ、いいわ。そんなことより本題に入りましょう」


 ヨゾラにとっては重要なことだが、少女にとってはさほど気にすることでもなかったのか、話題を変えてきた。ミトロアについて詳しく知りたいヨゾラが疑問をぶつける前に、少女が手を差し出してくる。その手の意味が分からず、ヨゾラが首を傾げていると。


「助けたんだから、金を払いなさい」


 少女が真顔で、金銭を要求してきた。

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