77 [血]
「メア!!しっかりしろ、メア!!!」
「あに、うえ……」
「喋るなっ、どうして、こんな……」
「……もう、にどと、私のせいであにうえが傷つくのはいや………だから、だから……」
コホ、と血を吐きながらメアは無理矢理笑う。
「わたし、だったら、だいじょうぶ……いくら傷ついても、しなない。」
「そういう問題じゃないっ!!」
「んふふ……ぅ゛くっ、」
「メア……メア……!!」
意識を手放したメアを抱き、男は立ち上がる。
腕から大量の血が溢れ、地を濡らした。
一面の紅。
そして鼻をくすぐる、生暖かくて甘い香り。
キールはどうにかなってしまいそうなほど高揚した精神を無理矢理沈め、状況判断に務めた。
目の前では男が黒い翼を広げ、メアとともにこの場から去ろうとしている。
そして目の端に……人狼の姿でへたり込み震えているチェリーが映った。
そこでようやくキールは思い出した。
彼女が主人の命令に逆らったことを。
「………チェリー。」
近付いて声をかけると、案の定怯えたように肩が跳ねる。
声を出すのもはばかれるのか、押し黙り俯いたままこちらを見ようとしない。
「チェリー、顔を上げろ。」
そう命令すると、ようやくこちらを見た。
目の端には涙が溜まっており、今にも泣きだしてしまいそうな様子だ。
こんな状況でなければ加虐心をそそられた所かもしれないが、あいにくキールにはもう、メア以外に対する興味は欠片もなかった。
「『少女は傷つけるな』そういったはずだが?」
「もっ、申し訳ございません!!まさか…」
「言い訳は要らない。お前ももう不要だ。」
「ぇ……」
「『眷属解除』ほら、これでもうお前は私のモノではなくなった。」
「そん、そんな……」
「さて…」
価値を感じないただの獣には目もくれず、キールはメアのいた場所を振り返る。
ここに来て初めて、罪悪感というものを覚えた。
嗚呼、これが……そういう感情なのか。
そこには大量の血だまりが取り残されていた。




