73 [花]
美味しい匂い。
良い匂い。
こんなに上品な香りは初めてだ。
「こっちみたいだよ!」
少年は香る少女に手を引かれ、迷い子は人気のない村へ下りた。
そこはまさに、廃墟と言っても過言ではない状態。
「よかったぁぁ…!あのまま私一人だったら、まだ森から出られてなかったよ。」
ありがとう。
そう言って笑った少女から誘惑の匂いが濃くなった。
(この匂いは……笑顔が原因?)
はたして、そんなことがあるのだろうか。
そんなことを考えていると、一人の悪魔が空から舞い降りて来て少女の元へと走った。
「メアっ!!無事か!?一体、今までどこにいたんだ!!!」
「あ、あにうえ!!やっと会えたぁぁ〜」
少女は心底安心したようで男の体に抱きついて顔をうずめている。
「もう、全く……お前が無事で本当によかった。」
未だ抱き合って離れようとしない2人。
その光景に、キールは不快感を感じた。
少女──メアというらしい──との穏やかな時間を邪魔されたという不快感。
「あっ!そうだ、あにうえ!」
「ん?なんだい?」
「一緒に森を出た子がいるの!」
そう言ってメアは少年の方を向いた。
「なるほど。それは妹が世話になった……な……っ!?」
「どうしたの?あにうえ。こわいかお。」
「………メア、お前はこいつになにかされたかい?」
「なにか…?何もされてないよ?」
「本当に、何もされてないんだね?」
「うん!」
男は緊張した面持ちでこちらをにらみつけてくる。
どうやら、気づかれたらしい。
しかしそんなことは知らず、少女は健気にも話しかけてくるのだ。
「ねぇ!あなたの名前はなんていうの?」
その時少年はメアが自分に話しかけてくれたことに優越感を覚える。
「……キールだよ。」
彼女が己が兄よりも自分を優先してくれたという優越感。
「そっか!キールっていうんだ!」
そしてまたメアは笑う。
花のように笑う。




