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リキ「おっ、おいルシア……」
心配そうな声に我に返った。
リキ「みんな見てる…」
「少しよろしいですか。」
振り返ると、白い制服に身を包んだ集団があった。
声をかけてきた男はそのリーダーだろうか。
(…宙の、匂い。)
どこか懐かしい香りがする。
でも今は不快な香り。
「貴方は…人族ではありませんよね。種族名をお聞きしてもよろしいですか?」
ルシア「……聞いてどうするの?人間じゃない私を殺す?追い出す?出ていけというのなら出ていくけれど、私を殺すのは辞めておいた方がいいわ。」
「いいえ、そのようなことは致しません。」
ルシア「…じゃあ、何故?」
「私の天声が、そうするようにと。」
天声。
その言葉には思い当たる節がある。
神のお告げを下位、大天使を通じて賜る人間の存在を。
「私の天声は、貴方様の本質を天使であると告げています。」
ルシア「っ………」
唇を噛んだ。
きつく、きつく。
血が滲み出るくらい。
「…ですが今は悪魔だとも。」
その時、その人間の表情が歪んだのを見た。
悪魔を憎む、人の表情。
ルシア「……そう。じゃあその天声とやらに伝えなさい。私は悪魔に成れて心から幸せだと。もういくわよ、リキ。」
リキ「あっ、あぁ…」
後ろは見ない。
あんな奴らに構っていられるほど私の心に余裕なんてなかった。
「そうですか……それが貴方の答えなのですね……」
悪の香りの残った通りで男は呟く。
「どうなさいますか?大天使様。」
そうして、頭上を見上げた。
『…そうだな。今は放置してもよい。彼の者はもう翼を持たぬ。何も出来まい。』
可愛らしくも威厳ある声が、男に降り注ぐ。
『だが最後の言葉……「悪魔に成れて心から幸せ」だと………?その…そのようなことをこの私の前で口にしたこと…いずれ後悔させてやる。』
声の主、頭上の主はとても怒っていた。
その事に男は不敬と知りながら幸福を感じてしまう。
此方の命を聞くのは自分だと。
此方が命を下すのは己だけだと。
『ヘンネル』
「はい。我が天声の意向のままに。」
そうして男は微笑み、己がヘンネルであることに感謝を捧げ歩き出した。




