騎士との出会い
マリアさんの聖水販売のお手伝いは終わった。
結局、マリアさんのほうがずっと長い列で、僕のほうに並んでくれたのは少しだけだった。
ゲーム内時間の3時間ほどで行列を捌き切った僕たち(主にマリアさん)は一息つけるようになった。
それと同時にクエスト達成の通知と経験値が入る。
なお、レベルアップはしない。レベルアップには残り350の経験値が必要だ。
しかし、今回はそれとは別に『信仰心』『光魔法』スキルの解放条件を満たしました、という通知も入った。
ここで一つ、スキルの取得について説明しよう。
少し前までのVRMMOだと、行動をAIが参照してそれに応じたスキルを自動取得できるというのが主流だった。
これはVR世界がもう一つの現実ということから、その世界に生きるプレイヤーもその世界に生きる本物の人間で、行動によってさまざまなことができるようになる。それをスキルという形で取得している。
これをわかりやすく説明すると、いちいちメニューで取得するのは現実感がなく、スキルとは勝手に身につくものだという認識からスキルは自動取得されるものだった……らしい。
しかしそれでは問題も発生した。
スキルが多くなりすぎる、管理が面倒だといういろいろな問題があったらしいが、一番の問題になったのはゲームバランスが簡単に壊れてしまうということだ。
いくらVRゲームが魅力的であっても、ゲーム性が崩壊していれば人は離れて行ってしまう。
これがVRゲームの普及初期であれば、他に選択肢がないからとどまったりもするのだろうが、今はその選択肢に事欠かない。
結果、初めはもう一つの現実で好きに過ごしてもらうことを主眼に置いてバランスは割と適当だったVRゲーム業界だが、昨今は逆にゲームバランスが重視されるようになっているというわけだ。
さて、ここでスキルの話に戻そう。
前述の通り、スキルは自動取得から手動取得になったわけだが、自動取得のシステムが完全に消えたわけではない
行動を参照してスキルを得るという部分は残っているのだ。
結果、昨今のこのタイプのゲームでは行動を参照してスキルの取得条件を満たした後、ポイントを使用してスキルを取得するという流れになった……らしい。
ちなみにこれらの情報はすべて山本君情報だ。
僕は一人の時は基本的にまったり遊べるオフラインゲームばっかりやっていたから、詳しいことはあまりわからないが、とにかく、スキルは条件を解放してポイントを使えば取得できると覚えてもらえばいい。
さて、僕は現在レベル4で得られたスキルポイントは14ポイントだ。
レベル1、つまり最初から5ポイント持っていて、レベルアップが3回で各3ポイントずつ入った計算だ。
そして今習得可能になったスキルは各2ポイントを支払えば得ることができる。これが強力だとか特殊なスキルだったりするともっとポイントを持っていかれるのだ。
僕は早速初めて解放されたスキルを確認してみた。
『信仰心Ⅰ』
信仰系、聖属性スキルの効果が1.1倍される。
上昇効果はスキルレベルによって上昇する。
『光魔法Ⅰ』
光属性の魔法スキルが使用可能になる。
使える魔法はスキルレベルによって増える。
『信仰心』は効果上昇『光魔法』は文字通り魔法だ。僕は少し悩んだ後2つとも取得した。
残り10ポイントだ。
スキルの取得と同時に通知が届く。
『スキル『信仰心』を取得しました』
『スキル『光魔法』を取得しました』
『『フラッシュ』を習得しました』
『『プチヒール』を習得しました』
光魔法を覚えた瞬間に魔法スキルが二つ使えるようになった。フラッシュはぴかっと光るだけの魔法、プチヒールは体力を少しだけ回復させる魔法らしい。
どちらも今の僕には使い道がないかな。
スキルの取得はこれで終わった。
スキルの取得を終わらせたとき、マリアさんが話しかけてくる。
「レティさん、お疲れさまでした。これ、少ないですけれどももらってください」
マリアさんがクエスト達成報酬とは別に僕にあるものを手渡した。とても見覚えのあるものだ。
マリアさんが僕に手渡したのは瓶にはいった液体だった。
先ほどまで、僕たちが―――主にマリアさんが配っていたもの、聖水だった。
それも5本も。
僕がいいんですかと聞いたら、手伝ってくれたお礼ですなんて言って押し付けるように渡された。
僕はそれを受け取り、プレイヤー特有のアイテムボックスに放り込んだ。
それからもう一度、マリアさんのお手伝いクエストを終わらせて、レベルを一つ上げてからログアウトした。
次の日、前回教会の中でログアウトしていた僕は教会からスタートすることとなる。
突然現れた僕にマリアさんは少しびっくりしながらも、
「神像周りのお掃除のお仕事があるんですけど、手伝ってもらえますか?」
と言ってきた。僕はそれを受ける。
この教会には神像が10体、円を描くように配置されている。そのため、掃除するには教会内をぐるりと一周する感じだ。
僕は特に意味はないが、一応信徒ということで”慈母神のレア”像の周りは他より念入りに掃除した。
今回のお手伝いは2時間ほどで終了した。現実時間で言えば1時間だ。
僕はマリアさんに
「他に何か手伝えることはありますか?」
と聞いてみたが、「もうない」と言われてしまった。
残念ながら今日の手伝いクエストは終わりみたいだ。そうなると何をしようかと考える。
そして考えてみて、僕はこのゲームを始めてから教会以外で過ごしていなかったことに思い至った。
これを機に街の散策でもしようと思い、僕は教会から出た。
街はいかにも西洋ファンタジーって感じの街だった。
僕はきょろきょろと周りを見ながら街中を歩き回った。
街中を歩いていると、唐突にきゅぅとおなかが鳴る。
「なんだかおなかがすいてきたような?」
ステータスを確認すると、満腹度が20%となっていた。チュートリアルによれば、満腹度が20%を切るとステータスに下降補正がかかりはじめ、10%を切るとステータスが半減し、0%になるとステータスが7割減+空腹による定数ダメージが入るようになるのだとか。
僕の場合はこれからステータスが下がり始めるといった感じだね。
そんなわけでおなかがすいてきたからごはんにしようと思う。
きょろきょろとあたりを見渡すと、ちらほらと食べ物を売っていそうな屋台が出ているのがわかった。
僕は適当に一つの屋台を覗いてみる。
「お、これはかわいいシスターさんだ。どうだい? 安くしておくよ」
僕が顔をのぞかせると、即座に対応してくる店の人。
店の人にはとがった耳があるから多分エルフなんだと思う。男の人だ。
そして売っていたのはコロッケだった。
コロッケは好きだ。特にこういう売ってあるやつは特に。
なぜなら手づかみで食べることができるから。
「それなら、一つお願いします」
「よしっ、どれにする?」
「じゃあ……この、かぼちゃとカレーのコロッケでお願いします」
「毎度あり、普段は200Gとっているけど、初めてだから半分の100Gでいいよ」
僕は少し申し訳なく思いながらも、お金はほとんど持っていなかったので助かると思い何も言わずに100G支払った。
僕の所持金はプレイヤーが初期から持っている1000G+マリアさんのお手伝い4回分の400Gの計1400Gだった。
そして今100G使ったから1300Gだ。
少しでも節約していかなければならない。
それはそれとして、僕は買ったコロッケを食べてみる。
ふむふむ、ザクザクとした触感……中身は少しドロッとしていて中からカレーの風味があふれ出てくる。
それでいてほんのり甘いのはかぼちゃだろう。少しだけねばついたそれは口の中で広がった後、口の中で少しの間とどまって味をさらに広げてくれる。
総評:おいしい
僕は自然と笑みをこぼした。
「おいしいです」
「そりゃあよかった。また買ってくれよな」
店主さんは少し照れたように目をそらした。作ったものがおいしいと言われて、うれしかったのだろう。
僕は残っていたかぼちゃとカレーのコロッケをゆっくり味わった。
それからステータスで満腹度を確認すると、50%となっていた。
流石にさっきのだけじゃあ満腹にはならなかったようだ。もう一軒、覗いてみることにした。
次に目に入ったのは焼きそばのお店だった。
僕は少し離れた場所にいたけど、ここにまでおいしそうなソースのにおいがして気になったのだ。
ちらりと値段を見ると400Gとちょっと今の僕には高いかなと思ったりもしたが、それ以上においしそうなにおいがしたので食べてみることにした。
僕は屋台の店主に話しかける。
「お姉さん、焼きそば一つ下さい」
「おっ、君は初めてのお客さんだね。焼きそば一つね、ちょっと待ってて」
近づいて初めて分かったんだけど、焼きそば屋さんの店主は女性の人だった。こういう屋台って男の人がやっているイメージがあったから、ちょっと意外だ。
僕は少しだけ待って焼きそばとお金を交換した。
「いただきます」
そして食べてみる。
「!!?」
そして驚愕した。
これは、見た目は焼きそばだけど焼きそばじゃない?
「あっはっは、びっくりしたって顔をしてるね。すごいでしょ? 現実だとありえない味も、こっちだとそれなりの苦労程度で作れちゃうんだよ」
僕が驚いているのを見て店主が笑う。僕が食べた焼きそばは、ラーメンのような味がした。
スープがないのにスープの味がするのはどういうことだろうか?
そう思いもしたが、これは『ゲームだから』で片づけるべき案件なのだろう。
「そうですね。びっくりしました。でもこれもこれでおいしいですね」
「だよねぇ。たまに見た目との齟齬が気に食わないって人もいるけどね。でもさ、これって結構すごいことだと思わない?」
「すごいこと、ですか?」
「うん、人の視覚からくる固定観念をぶち壊してくれるんだよ? そこから現実でも何か新しい発見があるかもしれない」
「あー、確かに、そうかもしれませんね」
その感覚は残念ながら僕にはあまりわからなかったが、きっとそうなのだろうと思った。少なからず、僕にも目が見えた時期はあり、今も目の前の焼きそばを焼きそばとして認識している。
それなのにラーメンのような味がする、となると視覚を疑ってしまうこともあるかもしれない。そうなれば、人は物事を視覚的ではなく本質をとらえることを重視していくかもしれないね。
少しだけ面白いと思ったけど、僕にはあまり実感がわかなかったので話半分で聞いていた。
それから、焼きそばを食べ終わったから僕はその場を後にした。
それから街をぶらぶらとお散歩して回った。特に行く当てはなかったし、初めての街だから何があるかを確認して回っている感じだ。
そうして街中を歩いていると、声を掛けられた。
「ちょっとそこの修道服を着た彼女、今から狩りに行くんだけど回復役が足りてないんだ。パーティに入ってよ」
一瞬、自分のこととわからなかったが、周りを見ても僕以外に修道服を着た女の人 ——僕も女じゃないけど―――はいなかったから自分のことだろうなと気づけた。
振り返ってみると、黄金色の鎧を身に纏った男がいた。男が纏っている鎧は、明らかにゲーム開始直後に手に入るようなものではなく、ある程度プレイしないと手に入らなさそうなくらい刺々しい造形をしていた。
「ごめんなさい。僕はまだレベル5だから、役に立てそうにありません。他をあたってください」
僕は目の前の男とかなりレベル差があるだろうことは理解できたので、そうやんわり断ったんだけど
「いいからいいから、レベルが低いなら上げてあげるからさ、一緒に行こうよ」
「でも……」
僕は縛りの関係上狩りには出かけられないし……
どういって断ろうと思案していたんだけど、男の人はぐいぐいと近づいてくる。
うわっ、近い。そして吐息が当たって少し気持ち悪い。
ぐいぐい来る男に少し戸惑い気味の僕、それを見て抵抗しないと調子に乗ったのか僕の手を取ろうとする男――――
「ねぇねぇ、いいだろ? 俺と一緒に狩りに行こうよ」
そのタイミングで、後ろから僕の肩がつつかれた。
「ん? どなた?」
僕が後ろをちらりと視線を後ろに向けてみると、そこには漆黒の鎧をまとった人がたっていた。黄金色の鎧の人は頭を出しているけれど、後ろに立っていたのはフルフェイスの兜をかぶって鎧が動いているようだった。
黄金の鎧と漆黒の鎧にはさまれた僕。
これがSRPGなら詰みの状況だね。
「あのさ、今俺が話しているから後にしてくれる?」
「……すまない、道に迷ってしまったから聞きたかったんだ。それと、そっちの人が困っているように見えたから」
「うん? 困っているように見えた? そんなことないよね? ね?」
黄金の鎧の男は僕に威圧するようにそう聞いてくる。無理やり困っていないと言わせようとしている感じだった。
「はい、割と困っていましたね。この人、断ったのにパーティに入れって強引なんですよ」
「……そうか。なら鎧の人は引くべきだ。一度断られたのだろう?」
「あぁん? これは俺とこいつとの問題だからお前は関係ないっての」
「……そうだな。俺は関係ないかもしれない、しかしそちらの女性が困っているのも確かな話だ。して、そこの修道女、困っているみたいだが助けは必要か?」
漆黒の鎧の人が救援を申し出てくれたから、ここはお願いするとしよう。
「お願いできますか? 割としつこくて」
「しつこいっ、っつてめえ!! 低レベルのゴミが調子に乗るんじゃねえぞごるぁ!!」
黄金の鎧の人、本性表したね。
顔をゆがめて怒り始めた。
ところで、
「助けてくれるって言ってたけど、そっちの人はどうするおつもりで?」
「……切り伏せるというのはどうだ?」
「街中ってダメージはいらないんじゃありませんでした?」
「……逃げる?」
「逃げましょうか」
「……走れるか?」
「足は速くありませんよ?」
「……では、失礼」
「ん? あぁ、そういう……」
漆黒の鎧の人は僕を担ぎ上げた。お姫様抱っこ―――とかそんなロマンチックな抱え方ではなく、俵担ぎだ。
鎧の人は大きく、僕は小柄だからそっちの方がいいんだろうね。僕は男だから依存はない。
漆黒の鎧の人は僕を担いだままその場から逃走した。
黄金の鎧の人が追いかけてくる。
黄金の鎧の人は僕たちを低レベルの弱者と罵る程度にはレベルが高いのだろう。かなりの速度で追いかけてくる。
だが、漆黒の鎧の人も負けてはいない。
僕を担ぎながらもするすると逃げる。
「……ところで」
「はい?」
「……教会がどこにあるか知っているか?」
「それならえっと、二つ先の曲がり角を左に曲がってまっすぐですね」
「……助かった。では、曲がる前に撒いておくとしよう」
漆黒の鎧の人はそう言うと少し走る速度を落とした。
「はっ、騎士様はお疲れかな?」
速度を落としたことにより黄金と漆黒の距離はぐんぐんと縮まっていく、そして、もう少しで手が届きそうという距離になると黄金の鎧がこちらに向けて手を伸ばし始める。
漆黒の鎧は急停止し、その手をさっと躱し足を引っかけた。
黄金の鎧はそれにきれいに引っ掛かって転び、顔面で勢いそのまま3mほど滑る。
漆黒の鎧の人は足を引っかけた瞬間、僕を担いだまま路地裏に隠れた。
路地裏の影から黄金の鎧をちらりと確認すると、顔を起こしてあたりをきょろきょろと見渡して僕たちを発見できずに苛立っている様子だった。
だけど、まだ遠くへ行っていないと思ったのかすぐにこちらに来る。おそらくだけど、姿を消すならここからしかないと思ったのだろう。
しかしこのままではせっかく一度視線を切れたのに、また見つかってしまう。
そう思い漆黒の鎧の人に視線を送った。すると漆黒の鎧の人は僕の口をその大きな手でふさいだ。
喋るなってことだろう。
「畜生、あの野郎どもどこに行きやがった!!」
「……」
黄金の鎧の人は路地裏の狭い通路で僕を担ぐ漆黒の鎧とすれ違った。黄金の鎧は道の真ん中を走っていて、漆黒の鎧の人は端っこに詰めた感じでギリギリすれ違えたという感じだ。
そして、黄金の鎧の人はついぞ気づかずどこかへ走り去ってしまった。
それを見届けた漆黒の鎧の人は僕を降ろしてくれた。
「今、何が?」
「……隠密系のスキルだ。発動時を見られていなければ見つかりにくくなる」
「へぇ、それにしても助かりました。えっと、教会に行くんでしたよね?」
「……あぁ、その前に一つ聞いてもいいか?」
「なんでしょう?」
「……お前、”不殺の聖女”か?」
漆黒の鎧の人は僕にそう問いかけた。僕は驚き、とっさに聞き返す。
「!!? そういう君は一体?」
「……”暗黒の聖騎士”と言えばわかるだろうか?」
それを聞いて僕は目の前の漆黒の鎧の正体がようやくわかった。
思えば、目の前の鎧の人は僕もよく知っている、間を開けた穏やかなしゃべり方をしていたな。
「うん、よくわかったよ宗方君、こっちでは何て呼べばいいかな?」
「……俺の名前は”ソアラレート”ソアラとでも呼んでくれ」
僕はこの世界で現実世界の友人の1人と合流することができた。
「そう、ソアラね。僕の名前は”聖レティ”、レティって呼んで」
次回投稿は―――12時にします。