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避けられない戦い


 エメラルダの問いに僕は――――


「僕は、できれば戦いたくないって思っています」

 そう答えた。

 すると彼女は少し呆れたようにため息をついて


「どうして?」

 と言った。


「だって君は――――」

「私が悪人に見えないから?」


 理由を問われたから、僕が何を想っているのかを口にしようとしたら、エメラルダは先回りするようにそう言った。

 今から僕が言おうとしたことは、端的に言ってしまえばそういうことだった。


 この島に来て、あまり時間は経っていない。

 つまり、僕とエメラルダの出会ってからの時間も短いものだった。


 しかし、時折見せる寂しそうな表情や、家族に向けた慈しみの目は嘘だったと思わない。

 あの人の姿を捨てても、心から家族に信じられている彼女が、悪い人だとは思えない。


 その気持ちを、僕は彼女にぶつけようとした。


 しかし――――


「この惨状を見て、君はまだそういうのかな?」


 エメラルダは研究室を軽く見渡してそう言った。

 僕はつられてその視線の先を追う。

 そこには、僕が前回彼女と別れてから今までの間に増えた人間の首なし死体がある。


 エメラルダは、こんなことをする人間が善人に見えるのかと、僕に問いかけているのだ。

 僕は一瞬だけ言葉に詰まった。

 だが、きっと何か事情があるはずだと、話し合いで解決できないかと僕は彼女に問いかける。

 だが、僕の言葉をエメラルダは鼻で笑った。


「話し合いで解決できるなら、この人たちはきっと死んではいないよ。なにせ彼らは、言葉も通じない獣に殺されたのだからね」

 彼らはきっと、僕たちがここに来る前に遭遇したあれにやられたのだろう。

 どこかで見た死体と同じように、首から上が食いちぎられているような傷跡が見られた。


「さっきから何言ってるんだレティ! こんなことをする奴が善人なわけがねえだろう? とりあえず殴って考える。それでいいだろう?」


 僕がエメラルダと問答をしていると、しびれを切らしたのか主さんがそう言ってエメラルダを拘束しにかかった。


「…っ、待て!!」

 主さんが動くと同時に、ソアラも動いた。

 彼は先走った主さんをかばうように主さんを引き戻しながら前に出て、剣をエメラルダの手首に向けて振るう。


 そして、彼女が何でもないように手のひらをその剣にあわせたと思うと、先ほどの再現とでもいうようにソアラの剣がバラバラになり、エメラルダの手のひらに切り傷がついた。


「痛いわね…」

 エメラルダは切り傷がつき、血が流れている手を見て小さくつぶやいたかと思うと、外套ん下から試験管を取り出してその中の液体を傷口にかける。

 あれは回復アイテムなのだろう。

 エメラルダの手のひらの傷は、すぐに消えてなくなってしまった。


「どうして止めるソアラ!」

「…そのまま突撃するのは無謀だ!」


「お前の火力でも多少傷がつくんなら、俺が殴れば簡単に倒せるかもしれねえだろうが!」

「…無理だ!」


 ソアラが珍しく声を荒げながら、主さんと口論している。

 僕たちのパーティの中で、ソアラの攻撃力はしたから2番目だ。


 そんな彼が小さいながらも傷をつけることができるというのなら、主さんは自分ならいけるのではと思ったのだろう。

 だが、それをソアラは強く否定する。


 だが、主さんはソアラの言葉が信用できないのか、エメラルダを睨みつけたと思うと、再び殴り掛かった。


「レティ、この馬鹿に回復の準備を!」


 余裕がないといった様子で、ソアラが僕に向けて叫ぶ。

 僕はこれから何が起こるのかがわからなかったが、彼がああいっているのだからと念のため単体回復では最大級の『溢れる生命』を用意した。


「仲間の忠告を聞かないなんて、あなたは彼らを信じていないのかしら?」


 主さんがその巨体をもってエメラルダを押しつぶすように拳を繰り出す。

 エメラルダはそれを避けようともせず、手をかざして受ける構えだ。


 体格差、パワー差が圧倒的に見えるその2人の一瞬の攻防。

 ソアラはきっと、この攻防はエメラルダが勝利し、また主さんがダメージを受けると予想したのだろう。

 だから僕にああ指示を出したのだ。


 僕はその予想が外れてくれと思いながらも、その攻防の結末を見届けた。


 主さんの大きな拳が、エメラルダの手のひらに触れた瞬間、不思議なことが起こった。

 主さんの腕が、爆散したのだ。


「主さん、引いて!!」

 僕はそれを確認した瞬間に、『溢れる生命』を主さんに使う。


 失われた腕は、瞬く間に再生され、主さんはソアラに回収されていた。


「ソアラ、今のどういうこと?」

「……わからない。だが、あの手は危険だ。触れたものが破壊されるらしい」


 エメラルダは腕を失った主さんに追撃を仕掛けようとしていたが、それはレナが素早く骨の壁を出して防ぐ。

 だが、レナが出した骨の壁もエメラルダの手に触れた瞬間他のものと同じようにバラバラになってしまった。


「ねえ、聖女様、今私はあなたの仲間を殺そうとしたけど、それでもまだ私が悪人ではないと言い切れる?」

「それは…」


「言えないよね? だって殺人は悪いことだものね。さっきの力は慈母神の系列の力でしょう? 命を大切にがモットーの慈母信徒が、ましてやその聖女が殺人を許すわけないわよね?」

 勝ち誇ったようにエメラルダはそう言った。

 しかし、僕にはその姿がどこか自分を罰してほしくてしているような気もした。


「エメラルダさん、あなたは何がしたいのですか? なにが目的でこんなことを…」

「私の目的? そうね……全てを取り戻すことかしらね?」


「それは、こういった方法でしか得られないものなのですか?」

「ええ、とりあえず人間の身体が欲しいもの。あなたも知っているでしょう? 私の家族に、ちゃんとした人の身体を与えてあげたいのよ私は」


「でも彼らは、あの身体でも幸せそうでした!」

「本当にそうかしらね? 心の奥底で、化け物のような姿になってしまった自分に嫌悪感を抱いていないと、どうして言い切れるの?」


「それは……言い切れませんが…でも、きっとあの優しい人たちなら――――」

「あなたは!! 私たちがどんな想いでここに住んでいるかも知らないで好き勝手言わないで!! 父は母は兄は! 私のせいで、私がいたからあんな姿になっているのよ! だから私が彼らの身体を取り戻してあげる必要がある! 確かにあの人たちは気が狂うほどやさしいから、私に気負わせないようにその態度は絶対に表に出さないでしょうね!! でも、だからこそ私がやるしかないのよ!! どんなことに手を染めても、私は私の家族の肉体を取り戻させて、この島からも出させて、そして―――――――私を忘れさせて幸せに生きてもらうのよ!!」


 僕の言葉が彼女の心の琴線に触れてしまったらしく、初めて見せる激情を滾らせてまくしたてるようにそう言った。

 そして、その昂ぶる感情を叩きつけるように叫ぶ。


「私たちの苦労なんて、ぬくぬく生きて大した苦労もせず、虐げられたことも無く聖女なんて言われていい気になっているあなたには全く分からないでしょうね!!」

 歯を食いしばり、仇でも見るかのような目で僕を睨みつけるエメラルダに、僕は一瞬たじろいだ。

 僕は、心の底ではきっと彼女もゆっくり話し合えば分かり合えるかもしれないと思っていたのだろう。

 拒絶するような目が、僕の心を深くえぐった。

 僕の言葉が途切れ、エメラルダが叫び終わった後一瞬の静寂が研究室に戻った後に口を開いたのは―――――


「ちょっと…レティが、苦労せずに生きて来たって言葉、訂正してもらえる?」

 以外にも、僕の胸に頭をくっつけることで視界を塞がれてグロテスクな研究室を見ないようにされていたルナルナだった。

 彼女は僕の胸から頭を外し、初めて研究室の惨状を初めて目にしながらもそれにひるむことなくエメラルダを睨み言う。


「何よあなた。今更話に入ってきて、あなたも結局苦労も知らない小娘なんでしょう?」

「そうね。私は大したことのない女よ。でもね、レティのことを悪く言うのは許さないわ」


「はん、何度でも言ってあげるわ。聖女なんて言われている人が、茨の道を歩いていると思わないけどね」

「そんなことない!! レティは、レティは私のせいで―――――」

「ルナルナ、そこまでだよ」

 きっと、彼女は僕の目のことでも話そうと思っているのだろう。

 でも、僕は不幸自慢がしたいわけでもないし、僕の苦労はルナルナの甲斐甲斐しい介護のおかげで実際大したものではなかったのだと思う。


 1人で、誰もいない島で戦い続けてきた彼女とは比べるべくもないだろう。


「でもレティ、あの女!!」

「ルナルナ、僕たちが話すべきところはそこじゃないよ。エメラルダさん、あなたの心のうちは、その深い絶望は僕にはどうすることもできないかもしれません。でも、きっと、一人で考えるよりはいい結果を得ることができることができるかもしれませんから、僕たちと少しだけ話をしませんか?」


「はん、どこまでも君は聖女様ってことかしら? でもお断りよ。私の悲願は、人間の素体さえ手に入れば大部分は達成される。もうすぐそこまで来ているの。ここまで来て、もうやめるつもりはないわ!!」

 エメラルダは、あくまで僕を拒絶する姿勢を見せた。

 これは―――――――――――もう無理だ。


 僕は彼女の説得を諦めた。

 そして、エメラルダがいつ戦闘態勢に入るかと警戒を解かないソアラと、隙を伺っている主さん、少し顔を青ざめながらもしっかりと戦う準備をしているルナルナ、僕の後ろでおもむろに竪琴を取り出したレナ、彼女たちをちらりと確認して僕は言った。


「みんな、ごめん。少しだけ僕に力を貸してくれないかな? とりあえず彼女の無力化しよう」


 今のまま説得しても無駄だとわかった僕は、一度戦意を奪ってから改めて話をするために構えた。



………にゃぁん


 この時、研究室には、島中から特殊な動物たちが集まり始めていた。

 しかし、僕たちはそのことを知らない。


【tips】

ソアラは常にアイテムボックスを20枠ほど剣で埋めている

代わりに回復アイテムは4枠しか持っていない

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