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不殺縛りのほうは何とかなるらしい


ログアウトした僕は長時間動かなかったからか少し固まってしまった体をもみほぐしてから起き上がった。

もうここは現実世界なので光に頼ることはできない。僕は記憶と手探りで自分の部屋を出てリビングのほうへ向かう。

この動作はこれまで生きてきて何度もやった動作で、慣れ親しんだ自分の家ならば僕は文字通り目を閉じても迷うことはない。


リビングに行くとキッチンの方からじゅぅじゅぅと何かを炒める音が聞こえてきた。どうやら、お母さんが昼食を作っているみたいだ。

丁度良いと思った僕はキッチンのほうに向けて声を上げた。


「お母さん、今何時?」

「11時49分よ」


僕は大体2時間ほどあちらの世界にいたみたいだ。『Arcadia』と現実世界とでは時間の流れる速度が違う。

僕にはよく理解はできなかったが、脳に送る電気的な情報がどうとかで時間をゆっくり認識させることで結果的に『Arcadia』の中で時間が流れる速さが速くなるらしい。


『Arcadia』では現実世界の2倍の速度で時間が流れているみたいで、僕はあっちの世界で3時間ほどマリアさんのお手伝いをしていたが、こちらの世界ではキャラクター作成や着替え、その他諸々を合わせて大体向こうで4時間、こっちで2時間弱がたっていた。


「光、そろそろご飯できるから、響ちゃんを呼んでくれる?」

昼食を作っているお母さんがそんなことを言ってくる。僕はその言葉に従って響を呼びに行った。

響も僕と同じくゲームをしているはずなので、自分の部屋にいるだろう。

僕はいつも歩いている感覚を頼りにリビングから出て、響の部屋に向かう。


響の部屋は階段を上ってすぐのところだ。


ただ響を呼びに行くだけであるが、そんな時にもももたろうは心配しているのか僕と一緒に来てくれる。

僕が響の部屋の扉をノックして

「響、そろそろおひるごはんだよ」

と声をかけると、ももたろうも扉を爪でかしかしという音を鳴らすように叩いて「ワン!!」と鳴き声を上げた。


しかし、部屋の中で何かが動いた気配はない。

まだゲーム中なのだろう。そう思って僕は響の部屋の扉を開けた。それと同時にももたろうが響の部屋に突入した。


VRゲームをやっている間は現実の体は動かせない。

しかしそれだと、体を他人に好き勝手されてしまう恐れがあるため、現実の体を何かに触られたといった異変が起こった場合にはゲーム内でアラートが鳴るのだ。

それと同時に表示されるログアウトボタンを押せば即座に現実世界に戻ってくることができる機能がついているのだ。


それを知ってか知らずか、ももたろうはVRマシンの上で眠っている響の上に乗っかった。


少しして響は「う~ん」といううめき声とともに起き上がった。


そして自分のおなかの上でお座りしているももたろうと、部屋の扉を開けて起きるのを待っていた僕を見て

「きゃー、乙女の部屋に勝手に入るなんて何を考えているのおにいちゃん」

と、若干棒読みチックに言った。こういうときだけ僕は男扱いだ。


それに対して僕は特に動じることも無く

「ごめん」

と一言。すると響は

「そう思っているんなら、私の言うことを聞いてくれるよね」

と言う。僕はうなずく。すると響は嬉しそうに

「そう、なら後で私の体をマッサージしなさい」

と言った。これは休日になったらほぼ毎日、どこかのタイミングで行われるやり取りだった。


僕の行動に何かと難癖をつけて、僕が謝罪したら許してあげる代わりにマッサージを要求されるというのが大筋で、タイミングは完全にランダム。響が好きなタイミングで始める。


「わかったよ。昼ごはん食べてからね。お母さんが呼んでいるよ」

「うん。ありがとう。すぐに降りるから先行ってて。ももたろうも、ひかり姉についていきなさい」

「ワン!!」


僕は階段を下りてリビングに戻った。そこにはもうすでに昼ごはんがいいにおいをさせながら僕たちを待っていた。

この匂いは焼きそばだ。

僕は自分の席について響が降りてくるのを待った。

1分もかからないうちに響もおりてきて席に着いた。そして「いただきます」と言ってから焼きそばを食べ始めた。


僕は目が見えないが、大抵のものは一人で食べられる。

こういうのは慣れてしまえばなんてことはないのだ。まぁ、素麺とか、目が見えないからこそ食べにくいものも確かにあったりはするんだけどね。


僕は黙々と食事を続け、15分ほどで完食した。

食後のお茶を飲みながら、響に先ほどまでやっていた『Arcadia』の進捗を聞いてみる。


「響、Arcadiaは今どんな感じ? 魔王になれそう?」

「うん、方針は決まって結構順調だよ。そういうひかり姉は?」

「僕のほうは聖職者になるまでは順調だったんだけど、このままだと行き詰りそうだなって感じだね」

「え? どうして?」

「”不殺”が縛り内容に入っているから敵を倒してレベルアップができないんだよ」

「あ、そういう……というか不殺って魔物を倒すのもダメなんだ……あ、でも……」

「でも?」

「…いや、何でもない。とりあえずそのことについてはこっちで対策を考えておくから、ひかり姉は存分に聖女を目指してて」

「え、でも」

「大丈夫。私にあてはいくつかあるから……ところで、ひかり姉はどこの国を選んだの?」

「僕はロクス聖国だよ」

「安直だね」

「うぐっ」

「ロクスかぁ……よしっ、多分明後日くらいには”不殺”対策ができると思うから、それまでは街中で何とか頑張って」

「わかった。ありがとう響」

「そう思っているならマッサージの方、よろしくね」


響はそう言って締めくくった。そしてその直後

「あ、あとでお母さんにもよろしく」


じゃぶじゃぶと皿を洗っているお母さんからも声がかかった。

昼ごはんを食べたら割とすぐにログインしようかなとか思ってたけど、そういうわけにはいかなさそうだった。


それから、少しの食休みのあと、僕は響の部屋に行った。

響は僕が部屋の扉をノックすると、快く部屋の中に入れてくれてベッドの上でうつぶせになって寝ころがる。


「今日はどうする? 足つぼ?」

僕がそう聞くと、響は少しいやそうに

「足つぼね~、うん、今日は他のやつにしておこうかなあなんて」


響はそう言うが、多分痛いから嫌なんだろうなっていうのは僕でもわかる。なんせ、足つぼをやった時はぎゃぁぎゃぁと叫びながら悶えるのだ。

しかし響、痛いというのはどこか悪いところがあるからそうなるんだよ?

この前、健康体代表として宗方君に実験台になってもらったけど、彼はとっても気持ちよかったってほめてくれたんだからね。


その後、そんなに気持ちいいのかと気になって飛び込んできた山本君はダメだったみたいだけど。

あの時は土踏まずを押したときに特に痛がってたから、偏食なんだろうなとか思ったっけな。


「じゃあ普通に整体でいいかな?」

「え? 性(感)帯? お兄ちゃんのえっちぃ」

「わかってて言っているよね? 響も女の子なんだからもうちょっと恥じらいを持ったらどうかな?」

「外ではちゃんとしてますぅ」


そんなことを言い合いながら僕は寝そべっている響のところに行って整体を始める。

響はさっき注意したばっかりなのに「ぁあん」とか「んんッ」とか、そんな感じの艶っぽい声を出している。僕をからかっているのだろう。

実の妹がそんな声を出しているのを聞くと、興奮するというよりかは複雑な気持ちになるんだけどね。


さて、今更ながらに何故僕の身内が僕にこうしてマッサージを頼むのかという話を少ししておこう。

と言っても、そこまで長い話でも難しい話でもない。

目が見えなくなってしまった僕に何の仕事ができるのか、と悩んでいた時に人から教えてもらったのがこれだったというだけの話だ。


ちなみに、教えてくれたのは雛月さんだ。

彼女はいろいろ僕に世話を尽くしてくれる優しい女性なのだ。


僕は30分ほど時間をかけて施術を行った。


響のマッサージを終えてリビングに戻ってみると、今度はお母さんが準備を終えて待っていた。

お母さんは

「60分コースでお願い」

と言っていたので、じっくり一時間かけて施術した。お母さんは結構肩が凝っていた。

いつものことだ。

お母さん曰く、父を射止めた武器の代償なのだそうだ。


こうして2人へのマッサージを終えたとき、時間を確認したらもう3時を過ぎていた。




そこから僕は特にすることがなかったため、再び『Arcadia』にログインすることにした。


ログインすると教会の前だった。ログイン時はログアウトした場所からスタートするから当然と言えば当然の話だ。

僕は特に何も考えずに教会の中にはいる。するとそこには僕と同じくプレイヤーの人がそこそこいた。


僕と違っていかにも戦う人間ですという風な格好いい装備を付けている。

そしてその人たちは列になって何かを待っていた。


なんだろう。そう思った僕が列の先を見ると、そこにはマリアさんがいた。


そしてさらに見てみると、マリアさんが何か瓶を手渡しているのが見えた。プレイヤーの人がお金を支払っているのも。


僕がそれを観察していると、マリアさんが僕に気づいたようだ。

こちらを見て一度ニコッと笑った。きれいな笑顔だなと思った。


それにしても、そこそこ列になっているから僕も手伝った方がいいのだろうか?

マリアさんにそれを聞こうとして、プレイヤーの列の横を通ってマリアさんがいるところまで行って話しかけようとしたとき、一番前にいたプレイヤーが話しかけてきた。


「おい、お前そんななりをしてはいるけどプレイヤーだよな? だったら用があるなら並べよ」

そう言われて僕は話しかけてきた人のほうに振り向いた。僕が振り向くとその人は一瞬息をのんだ。

僕も僕で、その男の人は結構イケメンという部類に入るのではないかという見た目だなと思った。まぁ、普段人の顔なんか見ないから僕の審美眼は毛ほどの役にも立たないんだけどね。


僕はそんなことはお構いなしに頭を下げた。


「ごめんなさい。マリアさんが忙しそうだったので、何か手伝えることがないかと思っただけなんです」

僕がそういうと、男の人は

「おぉ、そうかい。まぁ、そのくらいなら……」

とすぐに引き下がってくれた。

おや? 仮にも僕は横入りしようとしたのには変わりないからもっと難癖付けられると思ったんだけど、そんなことはなかったみたいだ。


そのやり取りを見ていたマリアさんが僕に声をかける。


「レティさん、そういうことならお手伝いお願いできますか? 前回は当番じゃなかったからやっていませんでしたが、今日は聖水を渡して寄付を収めていただくお仕事です」


それと同時に前回同様にお手伝いクエストの通知がきた。

内容は前回と同じなので僕はすぐにクエストを受けてお手伝いを開始する。


「皆さん、ほんの少しだけ待っていてくださいね。後輩にちょっとお仕事のレクチャーが必要ですので」

マリアさんがかわいらしくそうお願いすると、並んでいる人は少し緩んだ表情で首を縦に振った。

おぉ、すごい。みんな骨抜きだー。

確かにマリアさんは奇麗だからね。同じ男だからその気持ちわからないでもないよ。


そこまで考えて、僕は自分のミスに気付いた。

ここに並んでいる人たちはみんなマリアさんのファンなのだ。そして聖水を購入するという名目でマリアさんに会いに来ているだけなのだと、気づいてしまった。


だから仮に僕が手伝いでもうひと列作ったとしても、みんなマリアさんのほうに行くに決まっている。

くっ、並んでいるのが男の人ばっかりなことからもっと早く気付くべきだった。


そう悔やんだが、マリアさんは助けが入って嬉しいのかすらすらと説明をしていく。


まとめると聖水は売っているのではなく、人類の奉仕として配布している。そしてもらう側も買っているのではなく、教会への寄付としてお金を落としてるということだ。

あくまで寄付なので金額の明示はできない。大体の相場が決まっているから、それに合わせて寄付を頼むのだそうだ。


もし仮にここで踏み倒されても売っているわけではないから文句を言うことはできない。


こういうのを聞くと、聖職者って結構損をしそうな職業だと思った。


それはさておき、マリアさん目当てのプレイヤーたちが並ぶ列の隣に僕も立って一言。


「あの、聖水はこちらでも配布をしておりますので、マリアさんでなく僕の方でもよいという方はこちらにお並びください」

彼らの目的はあくまでマリアさんなので、こちらに並ぶことを強要することはせずに僕は聖水配布の準備をした。


プレイヤーの人たちは互いの顔を見合わせた後、数人僕のほうに並んでくれた。


多分この人たちは普通に聖水が欲しかったのだろうな。

僕はそう結論付けて聖水配布のお仕事をする。


「いくつお求めですか?」

「えっと……じゃあ、5本もらおうかな」

「かしこまりました。こちらですね。お受け取りください」

「ありがとよ。……えっと、じゃあ寄付のほうを……」


僕のほうに並んでくれたプレイヤーの人が大量のお金を寄付箱に入れた。それを見た僕は少し慌てる。


「あの、すみません」

「んん? な、何か問題でもあったのかな?」

「これ、多くないですか?」

「あぁ、そんなことか。これはあくまで教会への寄付だからな。いくら入れても問題はないだろう?」

「それは、そうですけど」

「聖水にはいつもお世話になっているからな。それに、俺は金持ちだからこのくらいはした金だよ。気にすんなって」


そうしてその人は颯爽と出て行った。

おぉ~格好いいなぁ。僕もあんな感じにふるまえば好きな人に振り向いてもらえるのかな?

そんなことを考えながら次の人の案内をすると次の人は開口一番にこう言った。


「今の奴、単純に寄付額が大きいと教会関係者に覚えがよくなってもらえるだろうから大金を落としただけだぞ。ともかく10本ほど頼む」

「えぇ……」


僕は少し困惑した。

その後も、大金の寄付がやむことはなく、マリアさんのものに比べて短い僕の列を捌き切ることができた。



次回投稿は7時です。

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お姉ちゃんの頑張りが書籍化しました。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 「寄付」も間違ってはいないのかもしれませんが、これは宗教活動の一環であり、文から推測するに、聖水を貰ったお礼としてお金を差し出しているので、「お布施」の方がより正しいかと思います。
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