聖女としての役割
僕が聖女になってすぐに学校が夏休みに入った。
今日、学校が終業式を迎え、明日からはみんなと思う存分遊ぶことができる。
そんなこんなでArcadiaにログインしてみると、もうすでに僕以外の人はログインして僕のことを待っていた。
昨日は僕が神域という場所に招待されてしまったこともあって、あの後まともに遊ぶことができなかったから、今日改めてみんなで一緒に冒険しようと約束していたのだ。
お互い、夏休みに入るということで時間もたっぷりあったからね。
僕がログインして、全員がそろったので改めて今日の行動方針を決めるということになった。
そこで、主さんがとある情報を開示する。
「そういえば知っているか? もうすぐ夏イベが始まるらしいぜ」
「夏イベ?って何?」
「夏にあるイベントのこと、ちなみに開催は三日後だ」
「はぁ、ずいぶんと急な話だね」
「情報自体は前々から出て多っぽいけど、俺が気づいたのが最近だからな。急にもなる」
「ちなみにどこ情報なの?」
「公式サイト」
「あれ? それはありなんだ」
「攻略情報が載っているわけではないからな。当然セーフだ。でだ、聞いてくれみんな。今日はまず、そのイベントに参加するためにクランを立ち上げたいと思う」
「クラン? またどうして」
「イベントにみんな一緒に参加するためにだな。そういうわけで、今から俺がクランを立ち上げに行くから、みんなは少しここで待っていてくれないか?」
主さんがそう言って、みんなを見渡すと誰も反論することはなく首を縦に振っていたので、彼は満足そうにそのまま一人どこかへ去って行ってしまった。
ちなみに、主さんは今巨大な全身鎧を装備しており、多少の威圧感はあるものの魔物として警戒されるようなことはなくなっていた。
だからああして一人で街中を歩くことができる。
それから僕たちは、主さんが戻ってくるのを待った。
「今更だけど、主さん一人でクランを立ち上げって…何か嫌な予感がするんだけど、みんなはどう思う?」
「お姉は心配しすぎ」
「……あいつも馬鹿ではない」
「あいつならいい塩梅のクランを立ち上げてくれるわよ」
僕が感じた不安は、みんなは感じていないようだった。
やっぱり僕の考えすぎかな、そう思って先ほど主さんが去っていった方を見ると、今まさにその巨大な鎧が戻ってきているところだった。
あの大きな鎧姿の主さんが、嬉しそうに小走りする姿はどこかコミカルだった。
彼は戻ってきて開口一番こういった。
「じゃあ、今から俺がクランの勧誘を送るから、みんなそれに承諾してくれ」
そう言って主さんは何やら空中を指で何度かタップした。
メニュー画面は他人からは見えないのだ。
『クラン【聖女の家】クランマスター”山の主”から勧誘されました。加入しますかY/N』
……
「ちょっと主さん!! これどういうこと!?」
「言いたいことはわかるが、後ろに人も並んでいたしこれのほかにもう一つしかクラン名が浮かばなかったから仕方ないんだ」
「もう一つ浮かんでいたなら――――」
「【緊縛の館】……もう一つの、俺の頭に浮かんでいたクラン名だ……」
「あ、はい」
僕は無心でクラン勧誘のウィンドウのYの方をタップした。
するとクラン【聖女の家】に加入しましたと言うシステムメッセージが流れる。
【緊縛の館】と【聖女の家】どっちがいいかなんて、みんなに聞くまでもなくこっちに決まっていたからだ。
こうして、僕たちのクランが結成された。
「さて、クラン結成も済んだことだし、今日はイベントに向けて準備しようぜ」
主さんはクラン名をあんなものにしたことに一切悪びれる様子も無く、全員がクラン加入をしたことを確認してからそう切り出した。
準備、というのは物資の補充と装備を充実させることだ。
今日は各々街中だけで済ませられる準備をして、明日になって必要な素材等があったらみんなで協力して外に採取しに行こうということになった。
そんなわけで、一人で行動する僕。
僕の準備は基本的には薬品の補充になるだろう。
僕のアイテムボックスの中には、いついかなる時でも死者を出さないように、大量の薬品が所狭しに詰め込まれている。
加えて、僕の食糧にもなっている聖水も同様だ。
ここまでくる旅の間、みんながいるから僕のわがままで教会に寄るのは憚られたため、聖水の補充ができていなかったから丁度良い機会だと思いこの街の教会に行くことにした。
実際はここの教会に来ることは初めてではなく、テミス様経由でアストレイア様とコン様に女神像を送った時にも来たが、あそこから神域に招かれ、戻ってきたら噴水広場だったということがありほとんど初見状態だ。
教会は僕の馴染みのあの場所のように、入り口が開け放たれている。
僕はゆったりとした足取りで、その中に入った。
そして、中にいる修道士に話しかけた。
「すみませんが、聖水を譲っていただけないでしょうか?」
「わかりました。少々お待ちを」
修道士は一度頭を下げて奥の方へ聖水を取りに行った。
その間、教会内を見渡してみたが、その内装に何か違和感を覚える。
僕が首をかしげて、周りを見ている間に修道士が戻ってきて僕に聖水を手渡してくれた。
それに対して、僕は実質的な代金であるお金を返して、修道士に頭を下げてから教会内を改めてじっくりと観察してみた。
どこか、作りが違う?
そう当たりをつけてみたが、どこが違うかがわからない。
そんなことをしていると、先ほど僕に聖水をくれた修道士が話しかけてくる。
「何か気になることでも?」
「ああいえ、知っている教会と比べて、どこか違うような気がしたんですけど……気のせいだったみたいです」
「もしかして、聖国から来た方ですかな?」
「え? どうしてわかったんですか?」
「聖国の教会は作りが違いますからね。知っていますか? あの国以外の教会は基本的にはこうなのですよ? まぁ、例外はありますが」
「へぇ…そうなんですね。ということは、あなたは他の教会を見たことが?」
「ありますよ。前はいろんな場所を旅してまわりましたから」
「だから教会の違いについても詳しいですか?」
「ええ……と言いたいところですが、実は違うのですよね。とりあえず、その違いについてのお話があるのですが、聞いていかれますか?」
「え」
そう問いかけられて、僕はちらりと時間を確認した。僕は真っ先に聖水をもらいに来たので、みんなと別れてそう時間は経っていないし、そもそも今日は各自で行動するようにという話だったから、僕がここで時間をつぶしても問題がないと判断した。
単純に、教会の作りの違いの話は気になったし、僕は首を縦に振った。
すると、修道士はにっこりとほほ笑んで
「では、これは教会の秘密に当たることなので、こちらの部屋に来てください――――聖女様」
と言った。
「!!?」
僕が目を丸くして修道士の方を見ると、彼はその笑みを崩さぬまま言う。
「そう警戒なさらないでください。新たな聖女が生まれたこと、それがあなた様であることは、神託を受けられる、大司教以上のものになら周知の事実でございます」
「え? ならあなたは―――?」
「自己紹介が遅れました。自分はこの、帝国東教区を任されている神罰信徒の大司教、ジョヴァンニと申します。以後、お見知りおきを」
僕がずっと修道士だと思い接していたのは実は大司教の1人であり、そんな位階の高い聖職者である彼は恭しく頭を下げてそう自己紹介をした。
さっきまでの僕は何か粗相をしてなかっただろうか? そんな思いが僕の頭の中によぎった。
そんな僕を気にすることなく、ジョヴァンニ大司教は
「では、自己紹介も済んだことでこちらへ」
と、僕を奥の部屋に案内した。
半ば放心状態の僕は、それに従い奥の部屋に連れていかれた。
「では、教会の作りの違いについてでしたね。聖女様」
「えっと、その聖女様っていうのは…」
「まだ、呼ばれ慣れていませんか?」
「はい…できれば、レティと呼んでもらえると」
「わかりました。では、レティ、教会とその役割についてのお話です。ここからは教会の機密、聖国の本来の役割と言う重要な部分になりますので、みだりに多言してはいけません。そのことを理解してお聞きください」
その前置きのあと、ジョヴァンニ大司教は語り始める。
◇―――――――――————————————————————————★
昔々、そのまた昔、今は古代とまで呼ばれている昔の話。
未だ、聖国が存在しなかった時代、王国と帝国と魔国しか存在しなかった時代の話だ。
今もだが、当時は王国と帝国は非常に仲が悪かった。
帝国は領土が欲しいがために、王国に戦争を吹っかけ、王国は自国の領土を守るために必死に応戦した。
その戦場となっていたのが、今の聖国があるあたりだ。
戦いは押し押されでなかなか決着がつかず、ただひたすらに死者を量産する結果となった。
死者が増えれば、アンデッドが湧く。
今となっては常識的な知識であったが、当時の者たちはそれを知らなかったのか、はたまた軽視していたのかは定かではないが、いくら死者を出そうと、一度始めた戦争を、それだけの死者を出しておいて引くわけにもいかずに続けた。
一方は欲のために、もう一方は自衛のために、ただひたすらに戦い死者を量産した。
その間、不思議とアンデッドが湧くことがなかった。
もし当時、聖国が存在していたならそのような戦争、どちらかに加担してもう片方の国を滅ぼしてでも止めたであろう。
だが、聖国はこの事件があったからこそ生まれたのであるが故、その当時にその戦争を止めるものは存在しない。
頼みの綱の魔国は、国内で反乱がおこっていたという理由で我関せずだった。
そんな戦争が20年続いたとき、そいつは現れた。
戦争で出た死者全てが生み出した、最凶最厄のアンデッド。
そいつは後に、厄災死霊サクリファイスと呼ばれた異形。
近づくだけで生命を奪われ、その腕を振るうだけで大地を腐らせたそのアンデッドは、戦争中の軍の間に突如として現れ、互いの軍を文字通り全滅させた。
国境付近に突如として現れたそのアンデッドは、その場にとどまり続けて強制的に戦争を終わらせた。
皮肉にも、戦争によって出された死者が戦争を終わらせたのだ。
さて、戦争は終わったがその厄災級のアンデッドを放置することはさすがにできない。
各国はそいつの対策を立て、何とか討伐しようと試みた。
だが、20年の戦争によって出た死者によって生み出されたアンデッドはもはや人間の手に負えないものになっていた。
幸いにも、そいつは大きく移動するようなことはなかった。
そのことに各国は少なからず安心していたのだろう。だが、問題はまだあった。
厄災死霊サクリファイスは、近くにあった村落を正確に見つけてはつぶし始めたのだ。
そして、失われた村落からはアンデッドが生まれ始める。
あふれ出る負の力が、死者をアンデッドに変え始めたのだ。
そして、遂にサクリファイスは移動を始めた。
目的地は、王国の方向だった。
王国の王は祈った。
自分たち人間は愚かだったと、自分の命でもなんでも捧げるから、せめて民だけは助けてほしいと。
神にその祈りが届いたのか、それとも神があのアンデッドの存在を危険視したのかは定かではない。
しかし、結果として神が―――というよりかは女神様たちが動いた。
女神様は、王国民に十本の神器を授けた。
神聖な力に満たされたその神器は、持つものに強大な力を与え、サクリファイスに対抗する力をもたらした。
だが、それらはあくまで対抗する程度のものでしかなく、サクリファイスを倒しきることができなかった。
王国により選定された十の勇者と呼ばれた彼らは、神器の力を解放してサクリファイスを封印することに決定した。
そうして勇者たちの奮闘と神器の力により、何とかサクリファイスは封印することができた。
神器は強大で、封印は完璧なものに見えた。
だが、もうすでに神器が失われた人間に、あれと対峙することができると考えなかった王国は、戦いで生き残っていた勇者を含めた人間を多く派遣し、封印を見守らせることに決めた。
そして、封印を守るために街を作った。
その街が現在の聖都となり、サクリファイスが生み出した他のアンデッドも同様に封印されそこもそれぞれ街となった。
また、大量の死者を出したその戦場はまとめて聖国となり、帝国ですらうかつに手を出さない地となった。
★―――――――――————————————————————————◇
「まぁ、つまりどういうことかと言うと、聖国の教会のほとんどにはアンデッドが封印されるための作りがなされており、試練とかはそれを利用して作られているということですね。知ってます? 特殊な役職に就くには、聖国以外では基本的にはできないんですよ」
ジョヴァンニ大司教はそう締めくくり、僕の方を見つめていた。
【tips】
大司教には教区を任されている者と、教会本部に常在している者と、各地を旅している者の3人がそれぞれの信徒にいる。





