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不殺の聖女と慈母の女神


◇――――――――――――――――――――――――――――――◆

ここは神域。Arcadiaの神々が住まう場所。


 ある場所は木々が生い茂り、またある場所では火山が常に火を噴き、そしてある場所では見渡す限り何もない空間が続いている。

 そんな神域の一角、木々の生い茂る神域の中でも最も富める大地に住まうのが、慈母神であり皆の母でもあるレアである。

 彼女はその日、自宅のバルコニーから信徒の1人である聖レティへと話しかけていた。

「レティちゃん、今ちょっといいかしら?」


 レアは自分の信徒から聖女が生まれたということをいち早く察知して、褒めてあげなければという気持ちで話しかけた。

 だが、突然の聖女認定、ワールドアナウンスに加えて神からの言葉が重なったレティは、情報の処理が追い付かずに慌てた様子で返事を返した。


『え、はい! レア様、大丈夫であります!』

 なぜか約定の女神像前で敬礼をしながらそう返事を返してくれる信徒を見て、レアは少し落ち着くようにと言う。

 そして数分、レアは何も言わずに待った。


 レティもそれで落ち着いたらしく、呼吸が整い始めていた。

 それを確認したレアは、改めて声をかける。


「レティちゃん、落ち着いた?」

『はい、だいぶ落ち着きました。それで、いかがなさいましたかレア様?』

 どこか他人行儀なレティにレアは少しムッとした。


 聖女というのは、10柱の女神のうちの5柱、つまり女神の半数に認められた存在であることと同義であり、彼女の存在を認めた神の中には自分の名前もある。

 そもそも、レティは自分の信徒だから、自分が一番かわいがってあげるべきだし、もっと親しくあるべきだとレアは思った。


 神という存在は通常、特定の個人に対して贔屓するというのは許されない。

 今まで、レティが他の神々にいろんなものを作らされているらしいというのは察知してはいたものの、何も言わなかったのはそれが理由であった。

 だが、聖女になったなら話は別だった。


 女神の半数にその実力を認められ、世界からも特別な存在として扱われる聖女になら、自分たち女神が贔屓しても文句は言われないのだ。

 そういう理由があって、レアは今回真っ先に話しかけてきた。


 レティはそんなことは露知らず、内心冷や汗だらだらだった。

 理由は他の女神たちに頼まれて作っていた、レアの像のせいだ。


 レティは、あれが理由で何か説教を受けるのではないかと内心穏やかではなかったのだ。

 だが、レアはそのことに関しては怒ってはいなかった。寧ろ、自分の信徒に無理言って自分の像を作らせるということをさせた他の女神たちには一言言っておきたいことがあったくらいだ。


 ともあれ、レティは説教を免れた。

 レアの用件はただ、彼女に祝福を与えるだけなのだから。

 そこで、レアの頭の中に一つのアイディアが浮かんだ。


 普通の信徒ということだけなら、絶対に許されない行為であるが、聖女になってしまったならだれも文句は言わないだろう。

 レアは、そう考えてレティに声をかける。

「レティちゃん、今からあなたの前に、とあるものを送りますので、受け取ってください」

『え? あ、はい、わかりました』


 レアは、レティの目の前に自分の力を集約させて作った、一本の鍵を落とした。

 それは、慈母神の力の影響を大きく受けているせいか、木製の鍵に植物が絡み合ったというデザインのものだった。

 木製ではあるが、仮にも神の力で生み出されたもの。

 腐食したりすることはない、絶対に壊れないものだ。


 それに、その鍵は、

『え、うわっ!?』

 聖女となったレティが触れると同時に、その胸の中に吸い込まれた。

 突然体の中に鍵が入り込んで驚いたレティは、人目もはばからず修道服の胸元を無理やり開いてどうなっているのかを確認した。

 しかし、そこには真っ白な肌が存在するだけで、鍵のようなものは発見できなかった。


 そのことに首を傾げたレティに説明するように、レアは話しかける。

「今のは神域への鍵です。念じれば再び姿を現し、役割を遂行してくれるでしょう。ではレティちゃん、鍵を取り出してみて頂戴」

『こうですか?』


「そうよ。よくできました。なら、次に聖域を生み出してもらえるかしら?」

『聖域はどんなものでもいいのですか?』


「ええ、どんな効果の聖域でもいいわ」

『じゃあ……聖域展開できました』


「なら、最後に取り出した鍵をその場で扉を開けるようにひねってみて」

『えっと、こう、でいいんですか?』


「そうよ。目の前に扉が現れて、それが開いているでしょう? その先に進んで」

『わかりました』

 レティは、レアに言われた通りに行動を起こした。


 その結果、神域の、レアの家の前に扉が現れ、その先から誰かが神域に侵入してくる。それは言わずもがな、先ほど下の世界から鍵の力を用いてこちらの世界に旅立った、レティだった。

 レアは立ち上がり、彼女を迎えに行く。


「ようこそレティちゃん。こうして顔を合わせてお話しするのは、はじめましてね」

「え? その声は、レア様!? えっと、その、お招きいただきありがとうございます?」


「かしこまらなくていいのよ。こっちにいらっしゃい」

「は、はい。わかりました」


 レアが手招きをして、レティがおずおずとレアに近づく。

 本来、神という存在はそこにいるだけで威圧感があり、おいそれと近づけないようになっているのだが、今回はレアが受け入れていることと、レアが慈母の女神、包容力を司る女神であることも相まって何とかレティは少し緊張する程度にしか影響を受けずにすんでいた。


 レティは言われた通り、レアの目の前までゆっくりと歩いて行った。


 そして、2メートルほどまで近づいたところで、レアが急に前に出て、レティのことを抱きしめる。

「え? え? レア様?」

「聖女就任おめでとうレティちゃん。あなたの身を捧げられた神様として、とっても鼻が高いわ」


 レアは大きな胸でレティの頭を包み込み、後頭部を優しくなでながらレティをほめたたえた。

 聖女なんて言われているが、レティの中身の母屋 光は男であり、現実とゲーム内の性別を変えることのできないArcadiaにおいてもレティは生物学上男という分類がなされるだろう。


 それ故、女性の胸というものには免疫がない。

 しかしながら、レティはレアのその豊満な胸に顔をうずめながらも、性的な興奮は覚えず、逆に安らいでいた。


 これは、レアの包容力と、レティ自身の清い心が成した事象であった。

 もし仮に、抱かれているのがヴィクトーリアだったなら、顔を真っ赤にして甘え散らかしていたことだろう。


 レアは、一頻りレティのことを抱きしめた後

「苦しかったわよね。ごめんなさいね、感極まっちゃってつい」

と言ってレティを解放した。


 レティはその暖かさが離れていくのにさみしさを覚えながらも、甘えるわけにはいかないと心を強く持ち、まっすぐに立った。


「レア様、僕はどうして今回ここに呼ばれたのでしょう?」

「貴方をほめるためです。よく頑張りましたって、それと鍵の使い方の実践もかねて呼ばせて貰いました。でも、そうね。ここまで頑張ったんだもん、ご褒美が欲しいよね」


「い、いえ! そんなことは!!」

「いいのよ。私も、日ごろ頑張っているあなたに何か上げようと思っていたところだから、とりあえずここが私の家だから、入りなさい」


「え? レア様の家?」

「小さいでしょ? でも、それなりにいい家だと自負しているわ」

 レアの家は、他の女神と比べて圧倒的に小さい。

 ヴィクトーリアの塔は遠くからでもよく見えるし、テミスの館もそれなり、アストレイアに至っては巨大な城に住んでいる。

 そんな神々に対して、レアは一人、森の中にある一軒家に住んでいた。

 その広さは、一般的な家に比べては大きいが、それでも神様が住むには小さいようにレティは感じた。


 そんなレティの心中を察したレアは、悪戯に微笑んだ。

「大きくても、私一人じゃ使い切れないからこのくらいでいいのよ」


 レアの家は女神にしては小さめだが、敷地という点においてはかなり広い。

 神域の中、自然豊かな領域全てはレアの管理区域であり、その内部全ては彼女の家といっても過言ではない。

 レティはそんなレアの家にお邪魔して、案内されるままにバルコニーへ、そこに設置されてある席に座った。


 レアが座ったレティの前にお茶を出す。

 それにレティが慌てて、自分が淹れると言おうとしたが、レティはお茶を淹れるという経験がなかったため、口を噤んだ。

 仕方がないので出されたお茶を口にするレティ。

 一口目を呑んだ彼女の口から、小さく言葉が漏れる。


「あ、おいしい」

 それを聞き逃さなかったレアは、どこか誇らしげだった。


「でしょう? このお茶は私のためにある人が作ってくれているのよ」

 自分の分のお茶を用意したレアはレティの隣に座り、にっこりとほほ笑みかけた。


「ねぇ、レティちゃん。あなたは今日、聖女になったけど、どんな聖女になりたいのかしら?」

「僕は……誰も死なせない、そんな聖女になるつもりです」


「うふふ、いいわね。誰も死なせない。それは素敵な理想ね。とっても険しい道のりになるだろうけど、頑張ってね」

「はい」


「なら、私がその道を歩むのが少し便利になる力を与えましょう。さぁ、レティちゃん、私の手を取って」

 レティは言われた通り、差し出されたレアの手に自分の手を重ね、少し握った。

 すると、レアとレティの手の間から強烈な光が放たれ、一瞬視界が遮られる。


 その光はすぐに収まり、同時にレティの頭の中にシステムメッセージが流された。

『『慈母の代行者』スキルの解放条件を満たしました』

 そのシステムメッセージは、レティを驚かせるのには十分すぎるインパクトを持っていた。

 レティは目を丸くして、レアの方を見る。

「レア様、これは……」

「えぇ、私の力を一部好きに行使できるようになる力、聖女としてはぴったりな力ね。ただ、その力をその身に刻み込むときは、気を付けてくださいね」


「気を付けるって…一体…?」

「代行者と名前のついている力は、一人につき一つまでしか得ることができないわ。私の力を受け取ったら、他の、あなたを認めてくれた女神たちの力を代行者として行使することはできないわ。それでもいいのなら、その力を身体に落とし込むのよ」


 レアは、よく考えてから代行者の力を得るようにと忠告した。これは、取り返しのつかない選択だから。

 だが、レティに迷いはなかった。

 自分に与えられた枷と付き合っていくために、慈母の力ほど適したものは今までなかった。


 レティは5種類の神授魔法が使える。

 だが、彼女が使うのは主にレアより受け取った神授魔法だけだったのだ。


 他の魔法は、補助的に使う程度であったため、レティは他の女神の代行者としてふるまうつもりはなかった。

 それを証明するため、すぐに代行者のスキルを取ろうとして――――

「あ、ポイントが足りない」


 聖女になる際にポイントをほぼすべてつぎ込んでいたことを想いだし、ばつが悪くなって素早くメニュー画面を閉じた。

 そして、彼女はちらりとレアの方を見た。


 レアは変わらず、にっこりとほほ笑んでレティの方を見ていて、その様子はどこまでも安らぎを与えてくれる。

 思えば、この世界に来てからレアにはお世話になりっぱなしだと感じたレティは、意を決しレアに声をかけた。


「あの、お身体の調子とか、大丈夫ですか?」

 レティがレアにしてやれることは少ない。

 だから、せめて自分が一番自信を持っている物で、自分が信仰する神様に奉仕をしようと、レティはそう考えた。


「あら? 私のことを心配してくれているの? ……そうね、ちょっと気になるから、あなたが見てくれるかしら?」

 レアは慈母神、生命の女神だ。

 その身は生命力にあふれており、病魔に侵されることなどない。


 だが、ここで首を横に振れば目の前にいる彼女が悲しむだろうと思ったレアは、彼女がどうするのかを見たいということもあってお願いをした。


「はい。わかりました。なら失礼しますね」

 お世話になっている相手に、少しでも何かを返せるということが嬉しいレティは、力強く席を立った。


















おまけ

「何か悩みとか、相談したいこととかないかしら?」


神域にて、うつぶせになって寝そべってマッサージを受けるレアからそんなことを聞かれたレティは、女神さまにだけは隠しごとはしたくないという考えのもと、懺悔の気持ちでそれを口にした。

「レア様、実は僕、聖女になりはしたけど男なんです…。皆さんをだましているようで本当に申し訳なくって……」

「あらあら? そうだったのね。でも大丈夫よ。世界があなたを聖女と認めたからには、あなたは男かもしれないけど女の子なのよ。きっと、世界も騙されちゃってたのね。うふふ」


「気にしないんですか?」

「ええ、こんなに私のことを心から慕ってくれているもの。男だろうと女だろうと、私は気にしないわ」


「レア様……ありがとうございます」

「ただ」


「?」

「あんまり公言はしない方がいいかもしれないわ。そのことは心のうちに秘めておきなさい」


「はい。レア様がそういうなら、わかりました」

「じゃあ、マッサージの続き、お願いね。とっても気持ちいいわ」


「恐縮です」



ここまで3章……この章分けに意味があるのかと問われると、微妙です。


感想より

Q,レティは男だけど………男の娘だからOKみたいな奴いそう………多分カミングアウトしない限り僕っ娘聖女だと思い続けると思う

プレイヤーってこと自体気付かれなさそう?


A,愛せるくらいかわいいなら性別とかどうでもいいって人はいそうですよね。

プレイヤーかどうかはしれーと教会とかにいたらほとんどばれないとは思います。

 


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お姉ちゃんの頑張りが書籍化しました。
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[一言] 親衛隊だ、我らの聖女様をお守りする親衛隊が必要だ!
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