初めは修道女(♂)から
教会はいかにも教会ですという見た目をしていた。白を基調とした建物に色とりどりの花が咲く庭、入り口は大きく開け放たれておりその奥から修道服を着た人が見え隠れしていた。
教会は来るもの拒まず、というスタンスなのか開け放たれた入り口に一般人――ここでいう一般人はNPCのこと――が何の気負いも無く入っていくのが見えた。
僕もそれに便乗するように教会に入った。
教会の内部は煌びやかさがあるが、どこか質素さも感じられる作りだった。そのちぐはぐな印象の正体は装飾にあるのだろう。真っ白でシミ一つない壁や色とりどりのステンドグラス、天井からつるされたシャンデリアにはどことなく高級感を感じさせ、煌びやかだと思わせる迫力があるが、それに釣り合うだけの装飾がどこにも施されていなかった。
何というか、見た目がよくなるように目につきやすいところには最大限の費用を費やしましたという風な内装だった。
僕はそんな内装を確認しながらも、近くにいたシスターに話しかける。
「あの、すみません」
「あら? どうしたのかなお嬢さん」
僕はお嬢さんじゃなくて……と一瞬言おうとしたが、縛り的には女性に見られてる方が何かと都合がいいかなと思った僕はそのまま貫き通した。
「えっと、ギルドで聖職者のことについてはここで聞けって言われて…」
「成程。そうでしたか……聖職者になることをご希望ですか?」
「はい。そのために来ました」
「そうですか。では、私から軽く説明させていただきます。聖職者とは―――――」
教会のシスターさんが神官という職業について軽く説明をしてくれる。結構詳しい説明がなされたが、それなりに長い話をされたが、まとめるとこんな感じだった。
まず、神官―――というか神に仕える聖職はほかの職業と違い特別であり、神様にその身をささげることを誓うことで神様との契約が成立して職業の力を得ることができる。
この過程はほかの職業にはなく、またその身は神様に捧げられたものであるため、容易に他の職業に就くことはできない。もちろん、同じ聖職者内なら転職は容易である。
簡単に言えば、神官は祈祷師とか巫女とかにはなれても戦士とか魔法使いの道は断たれるということらしい。
しかし、一定レベルで就けるようになる副職はこれに該当しないらしい。
次に、信仰対象の話。
聖職者になるにはどの神様を信仰するかを決めなければいけないらしい。そしてどの神様を信仰するによって覚える技能やステータスの上がりやすさに変化があるらしい。例えば慈愛の神様を信仰すれば回復系の技能を多く覚え、神罰の神様は攻撃的な技能を多く覚えるといった感じだ。
とまぁ、こんな感じに他の職業と違って聖職者はそれなりに特別な職業になるらしい。
「以上が、聖職者についての説明になります。何かご質問は?」
「ありません。大丈夫です」
「わかりました。お話はこれで終わりです。熱心に聞いていらしていましたが、もしかして転職希望ですか?」
シスターさんは説明を終えると同時に僕にそう言った。僕は首を縦に振る。
「わかりました。では、どの神様に身をささげるかをお決めになりましょう。ちなみに、私が信奉するのは“約定のテミス”様です。あなたも一緒にどうですか?」
シスターさんは僕が聖職者への転職を希望していると話すと僕の手を握りしめてぐいぐいとテミス神を勧めてくる。
それと同時に僕の目の前にウィンドウが開いて選択肢が出てきた。
そこには、どの神様を信奉するかを選ばせる選択肢だった。
そしてその中には今勧められた”約定のテミス”という項目もちゃんとあった。しかし詳細を読んだ限りでは、僕のプレイスタイルに合わないと思った。
それからそこに表示されている神様の説明を読んだ。
それぞれの神様の特徴をまとめると以下の通りになった。
“神罰のネメシス”
悪人相手に超攻撃的になる技能を多く覚える。
“約定のテミス”
条件の付いた技能を多く覚える。その反面効果値は大きい。
“復讐のエリーニュス”
回復能力を捨てた代わりに高い攻撃能力を得る。
“生誕のルキナ”
回復と支援能力が高いが、攻撃は苦手。
“正義のアストレイア”
攻撃、回復、支援をバランスよくこなす。
“陽光のヘメラ”
太陽の光が出ているときに強くなる。
“月光のルナ”
月の光が出ているときに強くなる。
“慈母神のレア”
攻撃性能を完全に捨てた代わりに圧倒的な回復支援能力を得る。
“勝利のヴィクトーリア”
能力支援能力が一番高い。攻撃と回復はそこそこ。
“調和のコン”
継戦能力が高くなる。異常効果に強くなる。
神様ごとの特徴を読み終えた僕は、僕にぴったりな神様を見つけることができたのでそれに決定した。
「ごめんなさい。僕はこの”慈母神のレア”様に身をささげたいと思います」
僕がこの神様を選んだ理由は単純明快。一切の攻撃能力がないということは、うっかり縛り違反してしまうことがなくなると思ったからだ。
「レア様ですか。それもまたいいでしょう。では、あちらのレア様の像の前で祈りをささげてください。それで儀式は完了です」
僕はシスターさんに促されて神像の前に跪いて胸の前で手を組んだ。
するとシスターさんが祝詞を詠んでくれる。その間ずっと僕は祈り続けていると、祝詞を詠み終えたシスターさんが僕に立つように促した。
それに従って立ち上がった僕に、彼女は声をかける。
「これであなたはもう聖職者です。聖職者以外の職業に就くことも許されません。さて、ではさっそく肝心の職業を決めましょうか。と言っても、初めですから選べるというほどの数もありませんが……どうですか? 先ほどは袖にされてしまいましたが、私と同じ修道女になってみませんか?」
完全に女子とみられている僕に彼女は修道女を勧めてきた。
ここで首を縦に振ればもう後戻りはできないだろう。男としての誇りを持っているなら、ここは首を横に振るべきだ。
だけど、僕は知っている。
遊ぶときは羞恥心を捨てて全力でやった方が盛り上がって、あとでいい記憶として残る物だと。
だから僕は意を決してシスターさんに告げる。
「はい、では修道女でお願いします」
「了解しました。修道女ですね。では、あなたは今から修道女になります。あなたがその身をささげた、レア神に清貧、貞潔、服従の誓いを……」
こうして僕は修道女になった。
メニュー画面を開いて、ステータスを確認すると先ほどまではノービスと記されていた僕のステータスの職業欄に修道女と表示されている。
僕がそれを確認していると、いつの間にかシスターさんが手に何か持っていて、僕にそれを差し出してきた。
「これは?」
「新たな信徒の旅出ですからね。これは私たち修道女の正装です。防具としての性能はそれほどいいものではありませんが、身分を証明するものにもなりますから、どうぞ持って行ってください。ちなみに、あちらに空き部屋があります。着替えてきてはいかがですか?」
シスターさんは暗に僕にこれを着ろと言ってくる。にっこりと笑みを浮かべているが、その圧力はすさまじいもので僕はその圧に屈してしまい逃げるように空き部屋と言われた部屋に入った。
そこには普段からここを身だしなみを整える場所として使っているのか、大きな姿見があった。
そういえば、僕の姿ってどうなっているんだろう?
キャラクター作成の妖精さんにお任せして以降、自分の姿を確認していなかったな。そう思った僕は姿見の前に立ってみた。
そこには、金髪の少女がたっていた。目も金色で見ていてまぶしい少女だ。
髪の毛は肩にかかるくらいで、これは現実の自分より少し短いかなというくらいの長さだ。
「これが……僕?」
妖精さんはいい仕事をしてくれたみたいだ。見てくれだけなら完璧に女子になり切っている。
僕はそのことに少し満足して頷きながら、この部屋には着替えるために入ったことを思い出して素早く着替えようとした。
しかし、いざ着ようとしたら少しだけ苦戦してしまった。それから悪戦苦闘を繰り広げていると不審に思ったのかシスターさんが入ってきて着るのを手伝ってくれた。
初めは恥ずかしいから遠慮をと思ったが、よくよく考えてみたら僕は現実でも女性(母・姉・妹)に着替えを手伝ってもらうこともそこそこあると気づいて恥ずかしさが霧散してそれからは服を着せてもらった。
そして完成した僕の修道女姿。
姿見で確認するとそれなりに様になっている。
「私の予想通り、とってもお似合いです。えっと……そういえば、まだお名前を聞いていませんでした。それに、自己紹介も怠っていましたね。申し遅れました。私、ここで修道女をやっております。名をマリアと申します」
シスターさん改めマリアさんが小さくお辞儀をしながら挨拶をしてくれた。僕もそれにこたえるように返す。
「えっと、僕は今日からここで修道女を務めさせていただきます。名をレティと申します」
キャラクターネームとしては”聖レティ”だけど聖の部分は冠詞のようなものだからこのキャラクター自体の名前はレティということになるためそれを名乗った。
「レティ、ですね。あなたは私の後輩ということになります。それに、まだ見習いともいえる立場です。それでなんですが、今から私のお仕事を手伝って修道女がどういうものかを学んでみませんか?」
互いの自己紹介が終わった後、マリアさんは僕にそう提案する。
すると、僕の前にメッセージウィンドウが現れた。
『クエスト:修道女マリアのお手伝いが発生しました。クエストを受注しますか?』
初めてのクエストだ。
クエスト内容を読んでもマリアさんの手伝いをするということしか書かれてなかった。拒否するという選択肢もあったけど、聖女的に教会のお仕事の手伝いを断るってどうなの?という気持ちになったので受けることにした。
「では、マリア先輩、よろしくお願いします!」
「いい返事ね。あなたは善い聖職者になれるわ。じゃあ早速教会のお掃除から始めましょう。掃除道具はこっちにあるからついてきて」
それから僕はマリアさんに言われる通りに働いた。教会の掃除から始まり、庭の手入れをして、神像の前でお祈りをした。
マリアさん曰く、このほかに街の清掃や炊き出しなんかもやったりすることもあるのだが、今日はそれはやらないらしい。
そんな感じに教会内の仕事のお手伝いをしていると、祭服を着た男の人が入ってきた。
年齢は4~50くらいだと思う。
それを見たマリアさんがその男の人に声をかける。
「あ、カストール司祭、お帰りなさい」
「今日も熱心ですねマリア君は、それで、そちらの方は? 見ない顔ですが…」
「この子は今日から修道女としてここで働くレティです」
僕の名前が出てきたので、神像を祭る台座の足元を掃除していた僕は立ち上がって礼をする。
「紹介に上がりました。レティと申すものです。今日からよろしくお願いします」
「司祭、レティはとってもいい子ですのよ。今日初めて教会に来たというのに、すぐにその身を神に捧げるくらいには信仰に熱いの」
「ほっほっほ、それは素晴らしいことです。して、時にレティ君」
「はい」
「君は外から来た人間かね?」
カストール司祭は僕を見ながらそう質問した。外から、という言葉が一瞬理解できずに硬直する。
それを見た司祭は質問の意味が解らなかったと思ったのかわかりやすいように言いなおしてくれた。
「言い方が悪かったね。君は外の世界から来た旅人かね?」
そう言われて何を聞かれているのかがわかった僕は首を縦に振った。
「そうかね。なら基本的に仕事は振らないほうがよさそうだね。レティ君、君が教会のために、神様のために働きたいと思った時にはそこにいるマリア君に言いたまえ。彼女なら適切な仕事を任せてくれるだろう」
僕は外の世界から来たことで司祭に何か悪い感情を与えたのではないか、と思ったりもしたのだが、そんな心配は杞憂だった。
むしろ司祭は僕の事情を分かっていて配慮するようなことを言ってくれた。
「ありがとうございます」
僕はそれに感謝して頭を下げた。
「うん。わたしはあまり教会にいることはないが、もし出会ったらその時はよろしく頼むよ。じゃあ、邪魔して悪かったね」
司祭はそう言って教会の奥に行ってしまった。彼がいなくなってからは止まっていた手も動き出した。
それから少しして、
「じゃあ、とりあえずこのくらいにしましょうか。お疲れ様、レティ」
マリアさんが終わりを宣言した。それと同時に僕の前にメッセージウィンドウが現れた。
『クエスト:修道女マリアのお手伝いを達成しました』
『報酬:1000EXP 100G』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
おぉ!!? お手伝いを一回終わらせただけでレベルが三つも上がった!!それにちょっとだけだけどお金も手に入った!!
僕は予想外の結果に驚愕した。そして、それと同時に目をそらし続けていた現実に突破口を見出した。
僕が目をそらし続けていた現実。
それは言わずもがな、どうやってレベルを上げるの問題だった。
僕の縛りは不殺。生き物を殺すことができない=敵を倒して経験値を得ることができないのだ。
結果、僕はずっとここで足踏みをする結果になると思っていたのだが、こうしてお手伝いをするだけで経験値を得ることができたのは僥倖だった。
これなら、敵を倒さなくても何とかレベルを上げることができるのだ。
それに気づいた僕はウキウキしながらステータスを開いて確認した。
先ほど三つ上がったから、僕のレベルが4になっている。それを見て僕は喜んだ。しかし、現実はそこまで甘くなかった。
レベル4と書かれた場所のすぐ近くに、次のレベルまで後1350と書かれていたからだ。
マリアさんの手伝いをしても一回1000だからレベル5には二回。それ以降はレベルアップに必要な獲得経験値は増えていくと思われるから、いつかはまったく上がらなくなってしまうことは容易に想像できた。
だからこれは一時しのぎにしか過ぎないのだ。
僕はどうにかして敵を倒さずに稼げる方法を早いうちに探さないといけないなと思いなおした。
そのことを確認した僕は顔をあげてマリアさんに声をかける。
「マリアさん、今日はありがとうございました。カストール司祭にも言われたように僕は外から来た旅人で、一度元の場所に戻らないといけないので帰ります。お疲れさまでした」
「レティも、今日はありがとう。レティは働き者だから助かっちゃった。また今度もよろしくね」
僕はマリアさんに挨拶をしてすぐにログアウトした。
もう、ストックしているものは一気に吐き出していいよね?
次回投稿は―――0時にしましょう。
なくなったら書けばいいんだ。