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教義


 ぐーぎゅるぎゅる


 僕が彫刻をして時間をつぶしていると、不意に誰かの腹の虫が鳴って、静かな牢屋の中に響き渡った。

 その音に僕は何となく作業を中断して、向かい側の牢屋に入っているルナルナの方を見てみる。しかし、彼女も首をかしげてこちらを見ており、先ほどの音は彼女の者ではないことがわかった。

 

 となると、犯人は一人しかない。

 僕がちらりと少年のほうに目をやると、彼は膝を抱いた状態で座っており、恥ずかしそうに目をそらした。


「おなかがすいているのですか?」

「仕方ねえだろ。盗みに失敗して何も食えなかったんだからよ」


「そうですか………食べます?」

 僕はアイテムボックスの隅に死蔵していたアイテムを一つ少年の前に差し出してみる。すると、彼は即座に僕の手からそれを奪い取って、自分の口の中に放り込んだ。


 その光景をまじまじと見ていると、何を勘違いしたのか少年はキッとこちらを睨みつけてきて

「返さねえからな」

 とすごんできた。まだ声変わりしていない、高い声だからかあんまり怖くはない。


「まぁ、僕の最近の食事はもっぱらこれですから、いいですけどね」


 そう言って僕が取り出して見せたのは、もはやおなじみとなってしまったマリアさんに貰った聖水だ。最近は食糧アイテムではなく、最悪攻撃手段として使うことのできる聖水をのんで飢えをしのいでいた。

 現実世界なら、バランスの良い食事をとらないと生きていけないが、そこはゲームの世界だ。プレイヤーたちは満腹度さえ0にならなければ何を食べても生きていけるので、聖水生活も成り立つのだ。

 まぁ、普通に食糧を買った方が圧倒的に安上がりなんだけどね。


 しかし、この満腹度システム、割と曲者である。

 というのも、満腹度が100%の時は何を食べても効果がなくなるのだ。つまり、経口摂取が必須の薬品類は満腹状態では食べられない、ということになる。

 HP回復ポーションなんかは、振りかけるより飲んだ方が、効果が高かったりするので、満腹度管理は旅人にとっての必須事項となることは間違いないだろう。

 ともかく、僕は聖水しか飲まないようにしているのでいつ買ったかも覚えていない食品は必要なかったのだ。


 体のいい在庫処理だね。


 ちなみに、僕が聖水しか飲まなくなった理由は常飲しておけば、体が浄化されて聖女に近づけないかなという打算があってのことだ。今のところ、効果は出ていないけどね。

 少年は僕が与えたものを食べ終えると、こちらを見る目が少しだけ柔らかくなった。

 しかし、何かを思い出したかのように再びこちらに鋭い視線をやってくる。


「どうかしましたか?」

「ふん、神様は施しを与えないんじゃないのか?」

 そういえば、そんな話もしたなと僕は少年に言われて思い出した。神は個人を特別視しないから、個人を対象とした施しは行わず、全体を対象にした救済のみを行うなんてことを言ったような気がする。


 彫刻に没頭していて半ば忘れかけていたが、それに対しては反論の一つくらいはある。


「僕は人ですからね。神様じゃあない。それに僕は、寛容なレア様の信徒ですからね。弱っている生き物は等しく手を差し伸べる……とまではいきませんが、おなかをすかせている子供にご飯を与えるくらいは許してもらえるでしょう」

「なんか納得いかねえ」


「そういうものです。宗教なんてふわっとした感じが一番いいんですよ。厳格に引くラインは一本だけ、神様とその他くらいでいいと、僕は思いますね」


 僕はそれだけ言って、ホットドッグを取り出して少年の前に布を敷いてその上に置いた。少年は少しだけ驚いた顔をしながらも、何も言わずにそれを手に取って口に放り込み始めた。


 そして、それを向かい側の牢で見ていたルナルナは


「あー、レティが浮気してるぅ。レティは浮気者よー」

 なんて言っていた。


「してない、してないから誤解を招くようなことを言うのはやめてもらっていいかな?」

「はーい」

「それにしても、僕たちはいつまでここに入れられているんだろうね」

「明日までに出られるといいね」

 僕たちは軽い気持ちで話していた。いまいち緊張感が足りないのは、僕たちが旅人、外の人間で最悪死んでも生き返るからだろう。

 その点、この少年はこの世界の人間なので、かなり危機感を抱いているようだった。


 それから少しして、ガチャガチャと音を立てながら何人かの人がこちらにやってくる気配がした。

 最初は看守の巡回かな? と思ったけど、それにしては足音が多い。雰囲気で言えば、一度僕が外に出されたときとおんなじ感じだった。


 何が起こるのかと思いながら、音がくる方向に集中してみると、かすかだが話し声が聞こえてきた。


『おやめください。ここはあなたのような方が来る場所ではありません』

『うるさいわよ。アタシの進退がここで決まると言っても過言ではないの。さっさと退きなさい』

 この声は……大司教と看守?何やらもめているらしい。


 少し不思議に思っていると、気配がこちらに近づいてくるのがわかった。

 現れたのは声で判別した通り、大司教だった。


 彼女は護衛の騎士を数名引きつれ、僕の入っている牢の前で立ち止まった。

 はて? 僕は何かやってしまったのだろうか?

 そう思い、首をかしげていると牢の扉が開かれた。その後、護衛の騎士さんが僕を立たせると、そのまま牢の外へと僕を誘導した。


僕が出ると、牢の扉が閉じられる。そして大司教の前に立たされる僕、これから一体何をされるのだろうと思っていると、不意に大司教が膝を床につけて腰を折った。いったい何を? その湧いた疑問の答えが自分の中から出てくるより早く、大司教は足を折りたたみ床に頭をつけた。


所謂、土下座の体勢である。

これには僕はもちろん、護衛の騎士たちも動揺した。

騎士たちは大司教に頭を上げさせようとした。しかし

「邪魔しないでもらえるかしら?」

大司教がそれを頑なに拒否した。


大司教は床に頭をつけたまま、僕に言う。

「申し訳ございませんでした。アタシたちの勘違いで、あなたをここに閉じ込めてしまって」

「え?」


「ヴィクトーリア様から、再び神託がありました。あなたは悪くなく、加えて使命を背負っているのだと」

「えっと?」


「全ては一度目の神託の時、その意を読み取れなかった私の責任です。どうか、お許しください」

 大司教は、頭を下げたままそう言い切った。その状態では会話がしにくいので、僕は大司教に頭を上げて立ち上がってもらった。


「えっと、まず、僕がここに入れられているのは勘違いでもなんでもなく、僕が悪いことをした、それだけです。それに使命ですが、確かにヴィクトーリア様には少しお願い事をされていますがそんな大層なものではありません」

「だが、ヴィクトーリア様が確かに言ったのだ。あなたは悪くないと」


「ヴィクトーリア様から直接頼みごとをされるのが大したことがない!? あなたは何を言っているのかしら?」

「本当に、ちょっとしたものなんで、5分ほど自由にしてもらえればできることなんですよ」


「ええ、そうなの? と、ともかく、あなたは神託によりその罪を祓われました。故に、この場にいるのは相応しくありません。早くその身を神々への奉仕へと投じなさい」

「それは、…はい、わかりました…しかし一つ、お願いがあるんですが」


「何かしら?」

「そっちの牢に入っている彼女、僕のことを心配してここに乗り込んできたんです」


「わかったわ。その子も開放しましょう」

「大司教!? よろしいので? そいつは…」

 僕たちのやり取りを聞いていた護衛の1人が、ルナルナの釈放を軽く承諾したことに声を上げる。

 ルナルナがおとなしく捕まるとは思えないし、きっと捕まえるのには苦労したのだろう。そしてきっと、その場に居合わせたか何かだからこそ、ルナルナの釈放に反対なのだ。


「アタシたち教会が間違えて捕まえた人間を助けに来て、武力に敗れ捕まった。さて、彼女と教会、どっちが悪いのかしら?」

「うっ、しかし…」


「悪いことをしたらすぐに償う。神に仕えるものとして恥ずかしくない人間になるために、ここは譲れないわ」

「で、では、こちらの牢に入っている少年は?」

 護衛の騎士が、僕が出てきた牢に入っていた少年を見やる。少年は自分の話題が出たと思い、話の流れからしてもしかしたら出してもらえるかもと考えたのか、調子のいい声を上げる。


「俺も、俺もこいつを助けに来たんだけどさ、捕まっちまって」

「嘘言えお前は窃盗だろうが!!」


 真っ先に嘘を吐いた少年の言葉を、ここまでついてきたはいいが黙って事が進むのを見ていた看守が反射的に声を上げた。

 今のやり取りだけで、知らない人間もどちらが嘘を吐いたかは一目瞭然で、少年が嘘をついたことはすぐにばれてしまった。

 大司教はそんな少年の方を向く。


「出たいのはわかるけどさ、嘘はいけないよ。神様が与えてくれた償いの機会として、あなたはここに入れられているんだからね」

「チッ、ちょっと食い物盗んだくらいでなんだよみんなムキになっちゃってさ」


「ちょっと盗んだ、ではないわ。いいかしら、ヴィクトーリア様は他者から不当に奪うことを純然たる悪としているわ。欲しいものは戦ってつかみ取れ、戦うという過程を飛ばして盗むという行為はこれにあたり、償うべき罪となりその身に刻み込まれるだろうとね」

「でも仕方ないじゃないか。腹が減るんだよ」


「なら、外に行って兎と追いかけっこでもしてなさいよ。勝てば、肉が手に入るわ」

「はぁ? んなことできるわけねえだろうがよ!」


「どうして?」

「素人で子供の俺が、道具も無しにどうやって兎を捕まえろっていうんだよ」


「それを言ったら、兎は服すら着ていないわ。向こうはそもそも使えないから素手で挑んだら?」

「どうやって!!」


「はぁ、勘違いしているようだから教えてあげるけど、神様にとって兎と亀も、月と鼈も、人間とそれ以外もおんなじなのよ。そう考えると、畑を荒らしに来た兎は肉にされるけど、店を荒らしたあなたはこうやって五体満足で檻に入れられるだけ、ずいぶんと優遇されているわね」


 大司教の言葉は、長らく神を信仰しているからこその言葉なのか、ずいぶんと重みがあった。内容自体は聖書を読んで知っていた僕も、その圧に少しだけひるんでしまう。

 そこには、先ほどまで慌てて頭を下げている弱者の姿ではなく、幾度となく勝利を積み重ねた歴戦の英雄のような姿を幻視させられた。


 少年もこの圧を前に黙ってしまい、もはや何も反論をする気になれなかったのだろう。


 話が一段落したと判断した護衛の騎士が、看守から鍵を受け取りルナルナが入れられている牢屋の扉を開けた。

 ルナルナは素早く牢から出ると、僕にぴたりとくっついて周りの安全を確保する小動物のような動きを見せる。

 これで少年ともお別れだ、そう思っていたが、意外なことに大司教が少年に話しかけた。


「ま、あなたはヴィクトーリア様の信徒じゃないからね。チャンスぐらいはあげてもいいわよ」


 それは、先ほどまで、罪を犯したなら絶対にそこから出さない、そのような雰囲気を纏っていた彼女からは予想がつかない言葉だった。


次回くらいからテンポよく進めたらいいなと思っています

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お姉ちゃんの頑張りが書籍化しました。
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