牢屋の中で
ここから3章
彼女ができて、デートもして、とてもいい気分の僕は目を覚まして早々、Arcadiaにログインすることにした。
昨日、帰り際に今日はこっちで一緒にいようって約束したのだ。
うっきうきの気分のまま、僕がログインすると、何やら周囲が騒がしかった。
僕たちは双子との戦闘のあと、屋敷から脱出してすぐにログアウトしたため、今は双子がいた屋敷の前にいる。
ルナルナはまだログインしていないみたいで、周りを見渡してみても僕しか…、僕しか……、僕しか………いや、いっぱいいた。
何やら屋敷の方を調査しているようで、十数人ほどがいろんなところを見て回っていた。
その中の1人が、僕のことに気づきこちらに近づいてくる。
「やあ、そこの君ちょっといいかな?」
「はいはいなんでしょう?」
僕に話しかけてきたのは白銀の鎧を着た中年の男性で、イケメンというわけではないけど年齢を重ねることによって得られた渋さというものがにじみ出ていた。
「三日ほど前の話だ。ここの屋敷から強い光が漏れ出ているという通報があったため、一応何があったのかの確認を取るために人をよこしたらしいんだが…」
「が?」
「誰も出てこなかったらしいのだ。誰一人、だ。おかしいだろう? ここはルミナリエ子爵家が聖都に滞在する際の屋敷に使っていたのだがね、あの光があった後、忽然と姿を消したのだよ」
「そうなんですかー」
中年騎士さんが淡々と説明している間、僕は心当たりがありすぎて内心動揺しまくっていた。
軽い相槌が打てただけでも自分をほめてやりたいくらいだった。
「して、お前さんはこのことについて、何か知らんかね?」
鋭い眼光が僕を刺し貫く。きっと、彼は確証があって僕に尋ねているのではなく、この近くに現れたものを全て疑ってかかっているのだろうと感じた。
つまり、僕がやったことは現段階ではバレていない。だからここで首を横に振れば、この場は切り抜けられる。
僕はそう推測した。
しかし、それと同時にそれは時間稼ぎにしかならないだろうという予想も立てられる。
屋敷の人間がいなくなった日時が大まかながらにわかっている現状、その時間帯に出入りしていた人間は被疑者として挙げられるだろう。
その中に僕と、ルナルナもいるはずだ。
そうなると、ここで僕が逃げた結果、ルナルナが捕まってしまうということになりかねない。
そうはさせない。
彼女は僕が守る。
僕は、そう決意してから中年騎士をまっすぐ見据えてから、答えた。
「僕がやりました」
「んなぁ!? お前が!?」
「えぇ、ですので、僕を連れて行ってください」
「…ああ、そうさせてもらうよ。おいお前ら、調査に進展があったから共有しておくぞ」
中年騎士は一緒に調査に来ていた仲間に僕のことを軽く説明してから、僕を連行していった。僕がおとなしくついていくからか、乱暴に縛り上げて連れて行くと言ったようなことはなく、傍から見たら騎士と修道女が歩いているようにしか見えないだろう。
そしてそのまま僕が連行されていったのは、衛兵の詰め所や監獄かと思いきや教会だった。ここは聖都なので、僕が連れていかれたのは教会本部ということだね。
もしかしてもしかすると、僕は罪に問われないのではないかという期待を胸に、教会の中に入ると、そのまま奥につれられて、事情聴取などがあってその後はあれよあれよと牢屋の中に―――――
いや、結局牢屋に入るんかい。
僕は質素な部屋に押し込められて、そこで沙汰を待つようにと言い渡された。
一応、僕はルナルナのことを隠しつつもあの屋敷での出来事は説明したんだけど、犯人の供述をそのまま鵜呑みにするわけにはいかないということで、一時的にここに押し込められることになった。
ここまで僕を連れて来た中年騎士は、僕を看守に引き渡すと調査に戻ってしまったし、看守も巡回の時しか姿を見せない。
つまり、暇になってしまった。
思えば、ルナルナと一緒に遊ぶ約束を反故にしてしまったなと少し申し訳ない気持ちになりながらも僕は、せっかく時間ができたんだから創作活動にでも手を出そうと思い、アイテムボックスを開いて作りかけのレア様の像と彫刻刀を取り出して、一心不乱にそれをけずり続けた。
それから、我ながらかなりの集中力で作業をしていて、これなら最高の作品ができそうだと思っていた時、それに水を差すものが現れた。
「おら、ここに入ってろ!」
看守の荒っぽい言葉とともに、僕の入っていた牢屋に新たな住人がどさりという音ともに入室する。
「犯罪者同士、精々仲良くするんだな」
看守はそう言い捨ててから牢屋のカギを締めて立ち去ってしまった。
僕は彫刻刀という明らかな凶器を持っていたのだけど、それは華麗にスルーされてしまった。
僕は、同室になったこの牢屋の住人をちらりと確認した。
それはまだ、小さな子供だった。小学生くらいだろうか?男の子だ。
手足はやせ細っており、薄汚れた子供。衣服はかなり着古されていてボロボロであった。
男の子はうずくまり、こちらに意識を向けようとはしなかった。
だから僕も、少しかわいそうだとは思いながらもそちらに関心を向けなかった。
途中で途切れさせられた作業を再開した。
シュリ、シュリ、と彫刻刀が木の表面を薄く削る音が連続的に牢屋の中になり続けた。その音は僕が出している音だから気にならなかったが、どうやら同居人となってしまった男の子はそうではなかったらしく、少年が入ってきてから30分ほどが経過したところで妨害が入る。
「さっきからうるせえんだよ!!」
僕が作っていた、もう少しで完成するレア様像をいきなり奪い取った少年は、それをこちらに向けて投擲してきた。
僕はそれを避けることなく受け、僕の体にあたって弾かれた神像を飛び込んで抱きかかえるようにキャッチした。
牢屋は決して広くはないため、その勢いで壁にぶつかる。だが、神像には傷はなかったから良しとしよう。
僕が神像の状態をチェックしているとき、少年は苛立たし気にこちらを見ていた。
「はっ、牢屋に入ってまでやることが神の像を作るかよ。そこまで神を信じて、馬鹿見てえだな」
どこか喧嘩腰の少年、きっと牢屋に入る羽目になって荒れているのだろう。ここは年長者ん僕が宥めてあげないといけないな。
そう思って、僕は言葉を返す。
「信じることは悪いことではありませんよ」
「かもな。でも信じたって神はなんもしちゃくれねえぜ? あんたはその服を見る限り教会の人間っぽいな、それなのにここに入ってるってことは神に見捨てられでもしたか? いいや違うね。あんたは自分で悪事を働いたから捕まった。そこに神は関与しちゃいない。結局、神が本当にいたところで俺たち人間には何も関係はないのさ」
斜に構えている少年は、神様の存在を否定こそしなかったものの、その存在に何の意味も無いと斬って捨てた。
「僕が悪いことをしてここに入れられているのも、それに神様が関与していないのも事実ですけど、神様が何もしてくれない、というのは間違えていますよ」
「はっ、神が何をしてくれるってんだ。俺は生まれてこの方、神に何かしてもらった試しはねえぞ」
「少なくとも僕の信仰する神様は、こうやって作ったものをほめてくれたりはしますよ」
「もし、仮にそうだとして何の得になるってんだ。言葉じゃ腹は膨れねえ、そんなもんは何かしてくれている内に入らねえんだよ」
「そこに実利を要求するのは、神様たちに対して不敬だと僕は思いますけどね」
「ふん、兎に角。俺は神になんて祈らないし信じてない。そしてそれを信仰する教会もだ。何が神は平等に救いを与えるだ。嘘っぱちじゃねえか」
「そうですかね?」
「そうだろうがよ。もしそうなら、俺がここに入ることも無かったはずだ」
「それは、どうしてでしょうか?」
「もし神とやらが平等に救いを与えるなら、俺が腹を空かせて盗みを働くことも無かった。そうすれば捕まることはなかったはずなんだ。どうだ」
もう言い返せないだろうと、少年は勝ち誇るように言った。
はぁ、正直、それを武勇伝のごとく語ってほしいとは思わないんだけどねぇ。
「それは神様があなたを救うために平等な救いを与える価値はないと、そう判断されたんじゃないですか?」
「あ? どういうことだよ。お前の言い分だったら困っているやつを救うのが神の仕事なんだろ?」
「もし仮に、あなたの飢えを満たすために神様がパンを与えたとしましょう。おなかいっぱい食べられるだけの大きなパンです。さて、それはどこから出てきますか?」
「神が与えるんだから、なんかすげー力で生み出すんじゃねえの?」
「僕の知る限り、神様は一長一短で万能ではないと思うのですが、そこは置いておいて、もし仮に、神様が真に平等に救いを与えるなら他の人たちにもパンを与えなければいけません。逆に、あなただけを救うのならばそれは平等とは言い難いと思います」
「あぁ? あれは困っている人間を平等に助けるって意味だろ?」
「誰がそのようなことを言いましたか?」
「それは、教会の者たちがよく言ってんじゃねえか。神はあなたたちを見捨てませんってよ」
「本当にそうでしょうかね? さて、ここで一つ、面白いものを見せましょう」
僕はアイテムボックスを開き、あの日以降返すタイミングをつかめなくてずっと持っていた聖書の写本を取り出した。
当たり前のように何もないところからものを取り出す僕のことを見て、少年は一瞬驚いたようではあるがすぐに取り直した。
「それがなんだよ」
「これは聖書……まぁ言ってしまえば聖職者に向けた教科書のようなものですが、そこに先ほど僕が言ったことが書かれています」
「はっ、講釈垂れておいて結局は引用かよ」
「そうですね。では、その部分を簡単に読み上げてみましょう。
『神々は人々に施しを与えず、与えるのは平等な救済、もしくは平等な神罰のみである』
これを聞いてどう思いましたか?」
「は? 結局神は平等に救うって言ってて嘘っぱちじゃねえかとしか思わねえよ」
「いいえ違います。あなたが救済と勘違いして神様たちに望んでいるのは所謂施しの方ですよ。もし仮に、飢えを解消するための救済があるとしたら、大飢饉でも起きて生物がみな同様に飢えたときだろうと、僕は思うよ」
「そんなの屁理屈だ!!」
少年はその後もごね続けていた。その理屈はおかしい、やっぱり神様がいて平等に救いを与えるなら自分は救われるべきで、それをしてくれないから神様も教会も嘘つきだと言い続けた。
僕が思うに、神様から見た僕たち人間は犬かなんかとおんなじなのではないかと。そして、信徒は飼い犬だ。
僕たちからしても、もし仮に野良犬が飢えていても何も与えないだろうが、飼い犬が飢えていたらおやつの一つくらい与えてしまうだろう。
先ほど、少年に説明する際にパンの話を出したが、この場合のパンは魔法のことに当てはめることができる。信徒でなければ使えない、神様を信仰することで初めて使えるようになる信仰系統の魔法は、まさしく神様が僕たち人間に与えるパンなのだ。
それを言っても仕方ないだろうな。僕はそう結論付けて、少年のほうを見やった。
彼はここに入ってきたときも確認したようにやせ細っていて、盗みでここに入れられたと言っていたようにあまり食べられていなかったのだろうと思われた。
僕はそのことについてかわいそうだとは思いながらも、現状僕には何もしてあげられないので僕は彫刻作業に戻り、レア様の木彫神像を完成させた。
レア様の像を完成させてから僕は、材料は大量に購入してまだ余っていたのでここいらで大きめの何かでも作ろうかなと考えて構想を練り始めた。
そこで、不意に牢屋の扉が開かれた。
「おや?」
「お? なんだ出してくれんのか?」
「ああ、出ろ」
看守が複数の騎士と修道士を連れてやってきて、出ろと促した。
出ろと言われているのが僕か、この少年なのかは僕にはわからなくて、罪の重さ的には彼のほうが早く出られるだろうし僕ではないだろうなと思い牢屋の床に座ったまま立ち上がらずに待っていた。
「へへっ、お先」
少年はそう言って牢屋の外に出ようとした。だがそれを看守が阻止する。
「何すんだよ!」
「違う違う、お前じゃなくてそっちの女の方だ」
毎度のことながら僕は女じゃないんだけどね、と心の中だけで返しながら、一応貴族を殺した疑いでここには入っている僕がどうしてこんなに早く出られるようになったのだろうかと疑問に思った。
「いいのですか?」
「あぁ、といってもすぐに自由になるわけではない。お前のことをポーラ大司祭がお呼びだ。すぐに連れてこいとのことだったから、そこにいる騎士たちについていくように。わかったな」
「はい。了解しました」
僕は促されるまま牢屋を出て、先頭を歩く騎士について歩いて行った。
牢屋から出て、その扉が閉まる瞬間、ちらりと後ろを見ると憎しみのこもった目でこちらを見る少年の姿が確認できた。
僕は少しだけ居心地の悪さを感じ、そそくさと逃げるように歩いた。
そして、連れられた先では長い赤髪を一本結びにした女性がいた。
大司教、とは言われていたけれども、その雰囲気はどこか武人のようなものの気がして僕は一瞬ひるんだ。
そんな僕の動揺を無視して、その女性は言った。
「ヴィクトーリア様からの伝言よ『完成したなら早く送りなさい』だって」
感想より
Q.声だけで体型が分かるって相当すごいと思う
A,普通の人でも意識して聞けば案外わかったりする……と思います。
作者はマッチョとふとっちょだけは何となくわかるような気がします。
Q、これ……THEシリーズの剣豪とかなんだったかな?策謀家だったかな?そういう系統やってたら才能開花して
あの人形さんやらとまで言わないが超人にはなっていたんじゃ……
A、残念ながらレティは人間の壁を越えられないタイプの人間なので、もし仮にソアラと同じように鍛えたとしても、前作のアーク程度の強さにとどまります。
そういえば、今の今まで言い忘れていましたけど感想はちゃんと読んでいます。
疑問点みたいなやつは他の人も思っているかもしれないのでこうしてあとがきで返すようにしています。





