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一生の選択


 異形と化してしまった双子を倒した私たちは、双子がそれぞれ落とした本を一冊ずつ手に取ってそれを読んだ。私は妹側の本だった。


 初めは、普通の日記だった。

 裕福な家庭に生まれ、いつも兄と一緒に過ごしている幸せな記憶。それらがつらつらと綴られていた。

 だけど、ある時を境に日記に異変が起こる。

 それは、領地から聖都に帰る途中の、アンデッドに襲われた時だった。


 幸せから一転、全てを奪われて自分の兄しかいなくなってしまったあの瞬間、その絶望ゆえか、日記にも変化が起こっていた。

 どことなく、記述が抜けているような気がしたのだ。


 私は、日記を最後まで読み進めた。

 妹側の日記は、もうすぐ兄と一つになれるという記述を最後に止まってしまっている。これを書いた後、私たちが来たからだろうと予想ができた。

 ちらりとレティの方を見れば、彼も兄の方の日記を読み終わったようで、互いに持っているそれを交換して読む。


 兄の方の日記も、前半は幸せな生活の記憶。

 後半は絶望しつつも妹のために奔走する記録がなされていた。


 特に後半の内容はほとんど妹の日記の方と同じことが書かれていたため、すらすらと読むことができた。


 それらを読み終わった私たちは、お互いの顔を見合わせて吐き出すように言い合った。


「僕は死霊魔術師の呪いっていうのはあり得ないって断定したけど、案外呪いっていうのも嘘じゃなかったのかもしれないね」

「えぇ、どっちにしても、後味がいいものじゃないわ」


 直接的な呪いをかけられたわけではないが、彼らは死霊魔術師の存在に苦しめられていたのは確かだった。

 魂を囚われ、その身を生ける屍に変えられた彼らの苦悩は私で測り知ることはできないが、彼らは決して憐れなだけ悪い存在ではなかったのかもしれない。

 

 日記を読み終わった後、戦いの最中は一切考えられなかったことがいろいろと頭の中に思い浮かんだ。


「ルナルナ、君が気に病む必要はないよ。悪いのは暴いてしまった僕だ。ちっぽけな正義感で、他人の隠していた秘密を暴いた僕が、この結果を招いたんだから、君は悪くないよ」


 気落ちしているのがばれたのだろう。レティは私を励ますべく、そんな言葉をかけてくれる。

 だけど、その言葉は深く私の心に突き刺さった。

 ちっぽけな正義感、それで大事を引き起こして、レティの人生を台無しにした私には、その言葉は鋭い言葉のナイフにしかならなかった。



 先ほどの戦いで、レティは聖域を作る能力を使った。


 聖域は、中にいる者を等しく癒す空間で、副次的な効果として強烈な光を放っていた。

 私と、敵だった双子はその光で視界を奪われ、思うように動けなくなってしまった。その結果、一人自由に動けるレティに戦場をコントロールされ、戦いの結末を決めさせる結果になってしまった。


 私は、何も見えなくって何もできなかったのだ。

 その事実は私の心に重くのしかかった。


 レティ―――母屋 光はもう二度と自分の目で光を見ることができない。

 彼が視力を失う羽目になったのは、私に大きな原因があった。


 あれは確か、小学2年生のころだった。


 母屋 光と私は所謂幼馴染というやつで、家が近いという理由からいつも一緒に遊んでいた。

 その日、学校が午前中で終わって、昼から光君と一緒に遊ぶ約束をしていて、私の家で遊ぼうということになった。

 お父さんは平日だから家にいなくて、お母さんは夕飯の買い物に行ってくるからお留守番をよろしくと私に行って出て行って、家に一人になっていた時に光君が家に来た。

 私は玄関のカギを開けて、彼を家の中に招き入れた。


 まず、ここで一つやらかしていた。

 

 子供ながらに好きだと思っていた光君が家に来て、二人っきりで独り占めできると舞い上がっていた私は、玄関のカギを締めなおすのを忘れていた。

 私は光君と一緒に、家の中でできることをやって遊んでいた。


 ボードゲームやおままごと、トランプなど、やりたいと言えば、光君は何でも付き合ってくれた。


 遊びに夢中になっていた時、ガチャリと玄関の扉が開く音。

 買い物に行っていたお母さんが返ってきたのだろう。そう思って、特に気にも留めていなかったが、入ってきたのは知らない人だった。


 今まで一度も見たことない人、そもそも顔を隠していたから知っている人かどうかの班別はできなかったが、その人は明らかに不審者、泥棒だった。

 私たちに姿を見られたその人は、咄嗟にナイフを取り出して威嚇してくる。


 一瞬ひるんだ私たちに満足したのか、その後はリビングのものを物色し始めた。


 その時の私は、子供だった。

 年齢とか、体がとかじゃなくって心が子供だった。

 子供ながらの、悪いことはやめさせるべきだっていうちっぽけな正義感と、怖いもの知らずが合わさって、私は気づけば泥棒にとびかかろうとしていた。


 小さな何かが突然とびかかってきて、泥棒の方もびっくりしたのだろう。

 握りしめていたナイフを、咄嗟に横向きに振ってきたらしい。


 この、らしいっていうのは状況から判断するしかなかった。

 私は、その瞬間を見ることができなかったのだから。


 私がナイフに斬られる直前、何かが後ろから私をつかんで引き倒していた。

 何か、なんて言い方は善くないか。わかっている、私を引き倒し、助けてくれたのは光君だ。


 彼は私よりも現実が見えていて、私が止めたところで大人の人は止めることができないとわかっていたのだろう。


 私が動き出すと同時に動き出していて、すんでのところで私の服に手が届き引き戻すことができたのだ。

 だけど、その代償は大きかった。


 私が、何が起こったのかと顔を上げたとき、明らかに慌てて逃げ出そうとしている男と、床にうずくまる光君の姿があった。


 泥棒はほどなくして逃げ出して、うめき声とも泣き声ともとれる光君の声だけが部屋の中に響いていた。

 私が光君に声をかけても、彼はそれどころじゃなさそうで返事が返ってくることはなかった。


 私がどうしたらいいかわからずおろおろしていると、丁度帰ってきたお母さんがその惨状を発見して、半ば強引にうずくまる光君の顔を上げさせ、私たち親子は言葉を失った。

 

 光君の目元に、綺麗に一本の線が入っていたからだ。

 泥棒の振ったナイフは、光君の両目を切り裂き、その視力を未来永劫奪ったのだ。そして、その原因となる行動をとったのは私。

 すぐに救急車が呼ばれて、当事者の私たちも付き添いとして同乗した。


 痛みからか泣いている光君の目からは、涙の代わりに血液が染み出していて、それが一層私の心を不安定なものにさせる。

 その後、光君は治療室に運ばれて行って、どうしてああなったのかの聞き取り調査が行われた。

 私は途中から、苦しむ光君を見て泣きじゃくっていて、まともに事情を話すことができなかった。

 

 私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで、私のせいで光君があんな目に。


 あとで詳しい事情を知った大人たちは、私は悪くないとか、悪いのは泥棒だから気にすることはないとか言ってくれたけど、私にはそれが嘘にしか聞こえなかった。だって、私が変な正義感を出さずに、ただ震えてみているだけならば誰も傷つかなかったかもしれないのだ。

 

 お医者さんがどれだけ手を尽くそうと、彼の視力は戻ることはないらしく、私のせいで光君は光を失った。


 私はその日から、光君への罪滅ぼしとして時間があるときは彼の家に通って不自由なところを手助けしてあげるようになった。

 光君のお母さんはいつも助かるなんて言ってくれてるけど、私のせいで彼があんな目にあったのだから、お礼の言葉は逆に胸を締め付けた。


 光君も光君で、いつも恭しく介護しようとする私に対して、私は優しいとか、来てくれて嬉しいとか好感を抱いているような言葉しかくれない。

 もっと責めてくれて、私のことをこき使ってくれれば少しは心が晴れるかもしれないのに、あの時咄嗟に自分より私のことを優先してくれたところからも分かる通り、彼は優しい人間だった。そんなことは口にしない。


 結果私は、罪悪感を抱えながら今日この日まで過ごしてきていた。


 そして、光君―――レティが聖域を展開して、私自身が視力を一時的に奪われたとき、私のせいで彼はこんな世界で生きているのだということを知った。

 

 視力が突然奪われる恐怖は、私の想像していたよりずっと大きなものだった。


 私は見えているらしいレティの指示に従って、その言葉通りに動いた。

 レティの言葉なら、不思議と信じられて思いっきり動くことができた。


 だが、最後の指示の時、私は壁に激突した。

 レティはそれも織り込み済みだという風だったが、私に想定外だったその出来事は、壁にぶつかった私は彼も普段から壁にぶつかっているのではないかと、意識するようになった。


 そしてその後すぐに私はレティに抱えられた。

 近くにいるから、かろうじて見える彼はものすごく輝いて見えた。


 何も見えなくて一人では何もできない私を、抱えて走る彼はまさしく救世主でとっても安心できた。

 そして、戦闘が終わり、光が収まり、目が見えるようになって気づいた。


 視力を失わせた後、それを補助することに救世主という感情を抱いたのは、私だけではないのではないかと。


 光君も、同じことを想ったのではないかと。彼は私にはいつも優しかった。

 山本にからかわれているときも、宗方にゲームでぼこぼこにされているときも、彼は私にやさしく接してくれていた。

 

 それが、先ほど私が得た感情からだったとしたら、とてつもないマッチポンプではないかと気づいてしまった。


 戦いが終わって、元気がないと心配された私は、咄嗟に双子との戦いが、後味が悪いものだと言ってごまかしたが、どちらかというと私が負い目を感じたのは彼に対してだった。


 私は、母屋 光という人間が好きだ。友達としても異性としても好きだ。

 だけど、こんな私に彼と結ばれる資格なんてあるのだろうか。私の心は深い闇にとらわれそうだった。


「ルナルナ、そろそろ帰ろうか」

「う、うん」


「元気がないね」

「やっぱり、今はね」


「…気にしないでいいと思うよ」

「え? 」


「日記からわかるように、双子の最後は狂っていた。多分だけど、アンデッドになった時からあの二人はほぼ別人だったんだろうと思う。そして、同一人物だったんじゃないかな? あれは自分のことを双子だと思い込んでいる、別人だ」

「どうして、そう思うの?」


「アンデッドに襲われて全滅した後から、日記が重なるように書かれていたからね。多分、同じ人が書いているんだろうなって思っただけだよ。間違っているかもしれないけどね」

「そういうこと…よく気付いたわね」


「行間は読めるタイプの人間だからね。僕は。だから、僕の目のことももう気にしないでいいよ」

「っ!!?」


「ルナルナ、ずっと気にしているでしょう? 僕が気づいていないと思ってた?」

「え、でも私は、私のせいで…」


「だから、それも気にしていないって。ねぇ、ルナルナ、今日この後僕の家に来ない? 最近はゲームの時間があるからかあんまり来てなかったでしょ?」

「行っていいの?」


「君ならいつでも大歓迎だよ」


 レティはそう言って、手を伸ばした。

 私はその手を取って、その手に惹かれるように誰もいなくなってしまった屋敷を出た。


 そこで2人ともログアウトして、私はレティの、光君の家に向かった。


 もう薄暗くなり始める時間だったけど、私はそんなことを気にせずに母屋家のインターホンを押した。

 中から出てきたのは、光君のお母さんの飛鳥さんだった。

 彼女に促されるように、私は光君の部屋に行った。


 彼はベッドに腰掛けて、見えていないだろうに入口の方を見て待っていた。


「よく来たね。雛月さん」

「お邪魔します。光君」


……私たちが挨拶をして、部屋の中には沈黙が訪れる。

光君は深呼吸して、どこか覚悟を決めているようだった。私は、彼がしゃべり始めるのを待った。

 そして、一分ほど待っていただろうか?

 ついに光君が口を開いた。


「ねぇ、雛月さん。僕は君のことが好きだよ」

「え?」

 突然言われた言葉に、私はとっさに反応できずに声を漏らすことしかできなかった。


「友達としてもだけど、一人の女性として好きだよ。気持ち悪いと思うかもしれないけど、信じられないかもしれないけどずっと前から好きだったよ」

「でも、私は、君に一生の傷を――――」


「確かに、あの時何かが違っていれば僕の目は見えていたかもしれない。でもその想定は意味のないことだし、僕はこの結果にそれなりに満足していたよ」

「どうして!!」

 光君の言葉に、そんなはずはないと自分に言い聞かせるように大きな声で反論してしまった。


「僕には見えていたんだ。あの時、泥棒が振ったナイフが、僕が引き寄せなかったら雛月さんの首に突き刺さる軌道を描いていたことを。それを考えたら、命一つと眼球二つ、十分お買い得だったと思うよ」

「でもっ、でもっ」

 私は何か反論を言おうとしたけど、今度は言葉が出なかった。


「僕のおかげで命が助かった、そう思ってもらえたら少しは嬉しいな。でも逆に、自分のせいで僕の人生が台無しになったなんて考えてほしくはない」

「っ―――」


「それに、僕の人生のことについて考えるならさ。さっきの言葉、ちょっとだけでいいから真剣に考えてみてほしいんだ。僕は君のことが好きだから、ずっと一緒にいてほしんだ。こんな体で、きっと迷惑をかけると思うけどね」

「迷惑なんて―――」


 思っていない。そう言おうとしたけど、いつの間にか自分の目から涙が溢れだしており、呼吸も荒くなっていてうまく言葉にできなかった。

 私は、光君に悟られないように嗚咽を漏らさないように手で口を押えてぐっとこらえた。


 涙をこらえるのと、呼吸を押し込めるのと、そしてさっきの言葉を頭の中で理解するのに労力を割き過ぎたのだろう。

 いつしか頭が熱くなって、少し痛み始める。


「光君、答えは少し待ってもらっていいかな?」

「少しでも考えてもらえるなら、僕は幸せ者だよ」


 私は逃げるように光君の部屋から出た。


 そして家からも出ようとした。でも、その時飛鳥さんが泣きながら家を出ようとしている私を見つけてしまう。


「あかりちゃん!? どうしたの? 光? 光があなたに何かやったの? 何をやったのか言ってごらん、私が懲らしめてあげるから」

 まくしたてるようにそう言ってくれる飛鳥さん。彼女はすぐに光君の部屋に特攻しようとした。


 だけど、服の裾をつかんで私は飛鳥さんを止める。


「ごめんなさい。私、少しうれしくって」

「嬉しい?」


「光君が、私のことを好きって、言ってくれて」

「あぁ、遂に言ったのね。あの子。それで? あかりちゃんはうちの子はどう? 見た目は女の子みたいになっちゃったけど、あれで男らしいところはあるからおすすめよ」


「はい、はい…まったく、その通りだと思います。私も、できれば、彼と、一緒にいたい」

「そう、それは善かった。とりあえず、お夕飯、一緒に食べていきな。光も喜ぶよ」


 飛鳥さんは泣きじゃくる私が落ち着くまでそこにいてくれて、私の家に電話を入れてくれて私の分のごはんまで用意してくれた。

 私は、こんなに幸福を感じる日があってもいいのかなと、本当は夢なのではないかと、ずっと疑い続けていた。



 でも、覚めないなら夢でもいいなって、大好きな彼と一緒に食卓を囲んでいて心の底から思った。


誤字報告ありがとうございます。

次回で2章が終わりですね (多分)

この作品の恋愛要素のほとんどはこの話に詰まっていると思います

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お姉ちゃんの頑張りが書籍化しました。
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