想像以上に縛りが重かった話
その日は縛り内容を決めた後、その他の細かいルールの説明をされてから少しだけ遊んでみんな家に帰っていった。
その際、言われたルールは以下の通りだ。
攻略サイトの閲覧を禁止する。これは初見のゲーム純粋な気持ちで楽しむために課せられた縛りであって、みんな納得しているようだった。
それに加えて全員に小さく縛りを設けられた。例えば僕であれば生き物のHPを0にするのを禁止するというものだったり、回復職を選ぶというものだったりする。
これは僕の縛り内容が“不殺の聖女”であることに起因しているといえる。“山の主”の山本君は基本的には山暮らしを強いられているみたいだし、“可憐な脳筋”である雛月さんは力押しだけで攻略することを強いられていた。あと、おしゃれをすることも。
また、“暗黒の聖騎士”の宗方君は実態が定かでないのか、それらしいことしとけってことで放置されていた。
何気に一番よさげな縛り内容を引いた宗方君の扱いが一番雑だった。
さて、そんなこんなで縛りが決まり、次の日、僕は僕を女子化させた一人である妹に頼みごとをした。
ちなみに、現在の時刻は朝の8時。普段なら学校が始まる少し前で、妹はあわてて学校に行っている頃なのだが、今日からゴールデンウィークに入り、今年は6連休だから今日から6日はこうしてゆっくりしていられる。
それを見計らってお願いをしているのだ。
「ということで、みんなとオンラインゲームをやりたいんだけど、僕の部屋のVR装置へのインストールとかを響にお願いできないかなって思って」
「ひかり姉の頼みだからいいけど、私もその遊びに参加してもいい?」
ちなみに僕の妹の名前は母屋 響というのだが、この子は僕のことを光ではなく光と女子っぽく読んだ挙句の果てに兄ではなく姉をつけて呼んでくる。
いろんな頼みごとを聞いてくれるし、何も言ってないのにいろんな事をやってくれるかわいい妹なのだが、ちょっと我が強いところがある。
そんな響も僕たちの遊びに参加したいと言った。僕は確認を取るように山本宅に電話を掛ける。
ちなみに、携帯電話の扱いにはまだ慣れないが、ボタンのあるタイプの電話なら僕一人でもかけられる。
コールが4回ほどなったところで通話がつながった。
『もしもし、どうしたんだ光? もしかして、今になっておじけづいたわけじゃねえだろうな?』
「それについてはもう覚悟は決まったよ」
『お、おう。なんだ。死にに行くような決まった声を出してよ……それはいいや。ならどうしたんだ?』
「いや、うちの妹が一緒にやりたいって言ってたから、昨日のアレ、走らせてくれないかなって思って」
『あぁ、なんだ、そんなことか。いいぞ。ちょっと待ってろ』
山本君がそういうと、少しの間無音が流れる。そして再び声が聞こえ始めた。
『よし、準備できたぞ。じゃあ流すからメモを取る準備でもしてなよ』
山本君はそう言ってから昨日の奴を起動したみたいだ。まだ四回しか聞いていないのに、もはや聞きなれたとすら思ってしまう例のキラキラが聞こえてくる。
キラキラ……
『残忍な魔王』
「………」
『………じゃっ、そういうことで。縛り内容はお前の口から伝えてくれ』
プッ—-ぷーぷー
「それで、どうだったのひかり姉?」
「えーっと、響の縛り内容なんだけど―――“残忍な魔王”らしい。よかったね。前後に齟齬がないから緩めの縛りだよ」
ちょっとさわやかに流そうとしてみた。僕は響が怒るだろうなと思っていた。
何せ響はファンタジーとか、メルヘンとか、そういったものが大好きで、いつも運命的な出会いを夢見ている乙女なのだ。
そんな響が強制的に魔王をやれと言われて納得するはずがない。
僕はそう思っていたのだ。
しかし、現実は違った。
「魔王。魔王かぁ……くふふ……ってことはひかり姉を攫ったりするのが役目ってことだよね? くふっ、俄然燃えてきたよ。さて、さっそくセッティングやらを済ませるよー。2人分やらなきゃだからすぐにやってくるよ」
しかし、僕の予想を裏切り響は怒らなかった。むしろ、何やら理由はわからないが燃えていて、そして嬉しそうに僕の部屋に向かっていった。
響が引き当てた縛り内容は“残忍な魔王”……もしかして、何かストレスでも溜まっていてゲームの中でそれを発散させようとしているのではないだろうか??
僕は人知れず響のことを心配した。
学校でうまくいっていないのだろうか?
そうは思いつつも現状僕にできることは何もないので、リビングでおとなしく待っていることにした。
それからすぐに響が戻ってきて、あと二時間くらいでインストールが終了するから10時くらいからゲームが開始できるよと教えてくれた。
それから二時間くらいは暇つぶしにももたろうと遊んだり、トランプタワーを作ったりして時間をつぶした。
そして10時を少し過ぎたころ、僕はももたろうの手を借りながら自分の部屋に設置されているVR装置に横たわった。
僕はこの目で見たことはないが、VR装置はソファー型のものだ。
そして手探りで電源ボタンを探し当ててそのまま押して装置を起動する。
そしてそのままリラックスするように座ると、いつの間にか僕は真っ暗な空間にいた。
そしてどのソフトを起動するかという選択肢が目の前に現れる。
そう、目の前に、だ。
僕は盲目にも関わらず、それはちゃんと見ることができた。
何のことはない。現代のVR装置は視覚ではなく、脳に直接情報を送り込む。だから先天的に目が見えないわけではなく、眼球が傷つく形で光を失った僕はこの仮想現実の世界でなら、再び光を見ることができた。
だからこそ、この目から光が失われても僕は折れることなく今日まで生きてこられたのだ。
さて、僕が目を向けると空中に浮かぶようにいろいろなアイコンが存在していた。それらは僕のVR装置にインストールされているゲームの数々だ。
例えばこの卵から、ひよこみたいなやつが出ているアイコンの物は僕のお気に入りの一つ『いくもん』と呼ばれる生き物を育成するゲームだ。
そしてその隣のは『THE・芸術』という仮想現実で芸術作品を作ることを目的としたゲームだ。これは確か宗方君が持ってきたソフトからインストールしたものだったっけな。
そんなことを思いながら、僕は目的のアイコンを探す。
少し探すとすぐに見慣れないアイコンを見つけた。
そのアイコンは切り取られた大地に気が生えたようなアイコンで、アイコンの下には小さく『Arcadia』と書かれていた。
インストールは完了しているようで、僕はそれを見つけ次第すぐに起動した。
するとすぐにゲームが起動される。
元々真っ暗だったが、真っ暗な空間に放り出された。今度はアイコンも何もなかったが、唯一、羽の生えた小さな妖精さんがいた。
「ようこそ『Arcadia』へ」
妖精さんはきれいだが、どこか作り物のような声で僕を見てそう言った。
あぁ、入れたんだな。それを聞いて僕はそう思った。僕が黙っていると、妖精さんが言葉を続ける。
「『Arcadia』は初めてですね? まずはご自身の分身となるキャラクターを設定いたしましょう」
妖精さんがそういうと、僕の前に窓が開く。そこには現在の僕の姿をそのまま投影したような姿――――我ながら女子だこれ―――があり、その隣には種族や外見といった様々な項目が並んでいた。
僕は一番上にある、プレイヤーネームという欄をタップする。
「では、プレイヤーネームを設定いたします。ご希望のプレイヤーネームを入力してください」
妖精さんがそういうと、僕の目の前には入力欄が現れた。
僕がそれをタッチするとキーボードが現れて名前を入力できるようになっていた。僕はとりあえず思いついた“ライト”という名前を入れてみる。
ご察しの通り、名前の光からとった。
しかし
「申し訳ありませんが、その名前は既に使用されています」
と妖精さんに却下されてしまった。どうやら、他の人が使っている名前は使えないらしい。なりきり防止とかだろうか?
そういえば昔それを許容していたオンラインゲームで有名な名前が多発したということが起こったと聞いたことがある。
しかしそうなると困った。
実はこの『Arcadia』というゲーム、もうすでにサービス開始から半年くらいたっているからそれなりに名前が使われているはずなのである。
そうなるとありきたりな名前や、無難な名前が使えなくなる。
僕は思いついた名前を適当に入力したが、
「申し訳ありませんが、その名前は既に使用されています」
同じ答えが返ってきてしまった。
僕はとりあえず思いつく名前を片っ端から入れていったが、同じ答えが返ってくるばかりで、少し考えようと思った。
ちなみに、名前の端に番号や記号を入れるなどということはしていない。なぜか、と言われればそうすると仮想現実――VR体験なのにリアリティが大幅に失われてしまう気がするので好きではないのだ。
それから3分くらい思いつく名前を入力し続けて、最終的に決まった名前は―――
「了解しました。あなたの名前は“聖レティ”でよろしいですね?」
もういっそ開き直った聖女推しな名前だ。最初は“聖女”とか入れてたけど、それらはさすがに使われていたので、ちょっと聖人っぽく頭に”聖”を入れて、聖女だから”レディ”を後ろにくっつけて、”レディ”だとちょっと名前っぽくなかったから濁点を消してみた結果がこれだった。
後で見たら恥ずかしくなるだろうけど、これから恥ずかしいくらい全力のロールプレイをすると思われるのでこのくらいでちょうどいいかなと思ったのだ。
次、種族。
これは本当に多岐にわたった。エルフやドワーフ、獣人といった定番のファンタジー種族や、スケルトンやゴブリン等明らかに敵キャラだろうと思うような種族もあった。
ちなみに僕はよくわからなかったし人間を選んだ。
聖女志望だし多分あっていると思う。
はい、種族ときたら次は職業――――ではなく、外見の設定に入った。
職業はゲームが開始されてから選ぶタイミングがあるらしく、ここで選ぶことはできなかった。
ただし、初期地点が街中でない種族のみこの段階で職業を選ぶことができるのだそうだ。
この情報は妖精さんが教えてくれた。
つまり、僕はここで選ぶ必要はないということだね。
で、外見なんだけど――――
「あの、できるだけ聖女っぽく見えるようにってできますかね?」
骨格やら身長やらを現実の姿からある程度の範囲で変えられるみたいだったけど、普段人間を見慣れていない僕はどうすれば聖女っぽい見た目になるのかがわからなかった。
今の僕はそれなりに女子っぽい見た目になっているような気はしたが、やるからには徹底してという信念のもと、ダメもとで妖精さんに頼んでみたのだ。
「かしこまりました。外見はこちらで調整いたします。『聖女っぽく』でよろしいですね?」
「はい」
僕は返事をして次の項目を選んだ。次は所属国だ。
所属国とは、……よくわからないけど多分どこの国の住人になるかっていうことだよね?
そこには5つの国が表示されていた。
・アンバース帝国
・パストラル王国
・ロクス聖国
・モア連合国
・二コラ魔国
そしてそこにはざっくりとした説明が書かれていた。その内容を要約すると、人間以外は連合国か魔国がお勧めで、アンバース帝国は勢力が一番だけどほかの国と仲が悪い。
パストラルとロクスは特に仲が良く、ロクスは教会が力を持ち、パストラルは農業が盛んである。といった感じだ。
ちょっとだけその内容を脳内でかみ砕いた後、僕はロクス聖国を選択した。聖女=教会という単純な図式が僕の頭の中に完成していたからだ。
さて、そんなこんなでキャラクター作成が完了した。外見は確認していないけど、妖精さんがなんかこう、いい感じにしてくれていることだろう。
「キャラクター作成は完了しました。これからチュートリアルを開始します。このチュートリアルはスキップすることもできますが、いかがなさいますか?」
「スキップしません」
「では、今からチュートリアルを開始します」
妖精さんがそう言うと、視界が急に開けた。先ほどまで真っ暗で何もない空間だったが、今は草が生い茂る草原が広がっていた。
それから僕は妖精さんから武具の装備の仕方やアイテムの使用法、またスキルや魔法の使い方を教わった。
そこまではよかった。
しかし、もう少しでチュートリアルが終わるというところで事件が起きた。
「では、仕上げに今まで教えたことを駆使して魔物を倒してみましょう!」
僕たちの目の前にウサギを大きくしたような生き物が突然現れた。
妖精さんは楽しそうにそう言ったが、対してそれを聞いた僕は嫌な汗をかいているような気がした。
魔物を倒す―――――そう、縛り違反である。
あれ?もしかしてチュートリアルで詰むの僕?
というか、ずっと聖女のほうに目が行ってたけど、よくよく考えたらファンタジー系のRPGで不殺ってどうやって強くなるの?
急に動きを止めた僕を心配してか、妖精さんが心配したように声をかけてくる。
「どうなさいました? お身体がすぐれないとか……? でもバイタルは正常ですし……」
「スキップで……」
「はい?」
「チュートリアルスキップでお願いします」
「へ? でも、あの魔物を倒せばチュートリアルは終了ですよ? チュートリアルをクリアすれば特典アイテムももらえますけど……」
「アイテムとかいらないんで、スキップできますか?」
「できますが……よろしいのですか?」
「はい、いいんです」
みんなで決めたからには、その縛りを犯すことはできない。僕は首を縦に振った。すると妖精さんは少しだけ困った風に笑いながら、
「わかりました。では、これからロクス聖国の始まりの街に転移します。それでは、行ってらっしゃいませ」
妖精さんが手を振ると、周りの物の輪郭がぼやけていくような感覚があって――――
気づけば僕は見知らぬ街中に立っていた。
どうやらゲームがスタートしたようだ。あたりを見渡してみると、プレイヤーと思しき人が歩いているのが見られる。
僕はとりあえずメニュー画面を開いてみる。そこには装備やステータス、アイテムといった項目のほかに、ヒントという項目があった。
これはチュートリアルの時に聞いたことだから、僕はすぐにそれを開いた。
そこには『職業を決定しよう』と書かれていた。
一部種族を覗き、職業はゲーム開始後に決めることができる。また、一部の職業は条件を満たさないとつくことができなかったりする。
ちなみに、今の僕のような職業に就く前の状態はノービスというのだそうだ。
とにかく、どこかで職業を決める必要があるのだ。
僕はヒントにある『職業を決定しよう』の項目をタップした。するとその目標を達成するためのヒント―――というか道筋が記されていた。
その一番上には『冒険者ギルドに行って職業について聞いてみよう』と書かれていた。
僕はその指示に従って冒険者ギルドという場所を探すことにした。
幸いにも、冒険者ギルドはすぐに見つかった。
というか、マップに表示されていた。マップの表示に従いたどり着いた冒険者ギルド、山本君曰く、ファンタジー物の定番ではこういうところに入った初心者はベテランに絡まれるというものだったが、そんなことは一切なかった。
それなりに人がいて喧騒に包まれた冒険者ギルドの内部であったが、僕が入っても遠巻きにこちらを見る人がいるくらいだった。
受付には人が並んでいたので、少しだけ待った。といっても数分くらいだ。一人一人にかける時間が短いから列がするする進んでみていて気持ちいいくらいだった。
さて、ここでやっと僕の番になった。
「冒険者ギルドへようこそ。本日はどういったご用件ですか?」
受付の人を見て、きれいな人だなと思いつつも僕は用件を伝えた。
「職業のことについて聞きたいんですけど」
「かしこまりました。職業についてですね。どのような職業についてお聞きになられますか?」
受付の人がそう言うと、僕の目の前にウィンドウが現れる。
そこには戦士や魔法使いと言ったオーソドックスなものから、道化師や罠師といった少しマイナーっぽいものまであった。
しかし、何故か聖職系は見つからなかった。それを疑問に思った僕は受付の人に聞いてみた。
「あの、聖職者みたいな職業ってないんですか?」
「あら? 聖職希望でしたの? それでしたら教会にてお話が聞けますよ」
そう言われて僕は少し恥ずかしい気持ちになりながらも、欲しい情報を得られたのでギルドを立ち去り教会へ向かった。
幸いにも教会は冒険者ギルドからさほど離れておらず、歩いて5分ほどでたどり着くことができた。
次回投稿は本日21時です。
1話の分量を多めに書いているので、このペースで投稿したら1章が3日くらいで終わりでそうです。
やばいですね。