レア様はみんなのお母さん
ゴールデンウィークも終わり、日常が返ってきてから一週間ほど経過した今日、ついに木彫神像が完成した。
おおむね僕の想像したとおりの出来栄えで、圧倒的な母性を感じられる気を抜けばママと呼んでしまいそうな女性の像が今、僕の手によってこの世界に生を受けたのだ。
我ながら良い出来である。
作っているのが女神像だったため、途中から神像というかフィギュアを作っているような気持になってしまったのは秘密だ。
僕はそれが出来上がったので、さっそく教会に帰って奉納することにした。
ソアラから棺桶をもらったその日から、僕はずっと廃墟から出ずにレベリングをしながらこの女神像を彫っていた。
魔法を使うのに手は使わないので、少し弱めの敵が相手なら、作業をしながらでも戦うことができたのだ。
そして、MPが尽きたら隠れて自動回復を待つ。その間にも、当然僕は彫り続けた。
その結果、たった一週間で慈母神像が完成したのだ。
僕はすがすがしい気持ちで教会に戻った。
教会に入ると、マリアさんが掃除をしていた。雑巾片手に窓枠をふいているのが入り口からでもよく見えた。
「ただいまマリアさん」
この一週間、一度もあっていなかったから彼女に会うのは久しぶりだと思いながら、僕は気づいていなかったようなので声をかけた。
するとマリアさんがバッと頭を上げて、僕の方を見て安心したようにため息をついた。
「レティさん、心配したんですよ! 急に来なくなるから悪い人につかまったりしたんじゃないかって、何かあったんじゃないかって。カストール司祭も、旅人の方も心配いらないっていうけど、二週間も音沙汰がないし…」
掃除を途中で放り出したマリアさんが、ものすごい勢いで走ってきて僕を抱きしめた。
その勢いにあわや押し倒されると思ったが、僕も男だ。足に力を入れて踏ん張って何とか受け止めることに成功する。
マリアさんの目には涙が溜まっており、そこまで心配してくれていたことと、そこまで心配させてしまったことに罪悪感を覚える。
僕は抱き着いてくる彼女の背中に両手を回して抱き返す。
彼女は少し、震えていた。
僕はマリアさんが落ち着くまで、少しの間そうやっていた。
そして、落ち着いたマリアさんは僕を放し、どこか恥ずかしそうにそっぽを向いて言った。
「今度からは長く開けるときはあらかじめ言っておいてくださいね。じゃないと私、また泣いてしまいます」
「はい、そうさせてもらいます」
「それよりレティさんはこの二週間、どこに行っていたんですか? 旅人の方は知っている風でしたが、教えてくれませんでした」
旅人ってプレイヤーのことだよね。そういえば、僕が廃墟で作業をしているとき、割と頻繁にプレイヤーの人が来て死霊魔術師の討伐を手伝ってくれって頼んできたな。
僕はここ最近のことを思い出しながらマリアさんに答える。
「ずっと廃墟にいましたね。そこでアンデッドの浄化です」
「二週間ずっとですか?」
「はい、ずっとです」
「レティさん、神の信徒になって使命感を抱くのはいいですが、あんまり危ないことはしてはいけませんよ? 神は信徒が命を無駄にすることを良しとしません」
「はい、気を付けます」
「よろしい。ではレティさん、これからどうします? 教会のお仕事を手伝ってくれますか?」
「はい…いや、ちょっと待ってください」
「何か?」
「廃墟にいる間に、神様への奉納物を完成させたんですよ。それを捧げてからお手伝いします」
「わかりました。では、私はここで待っていますね」
僕は一度、マリアさんと別れてから慈母神レア様の像の前に行く。慈母神像は、両手を開き大きなベールを纏った女性の像で、顔は隠されていてよく見えない。
僕は自分の作ってきた像と、教会に安置されている像を見比べる。
教会においてある像は、顔ははっきりと見せないようになっていて、反面僕のほうは顔もしっかりと彫り込んでいた。また、教会のほうは羽衣のようなものを身に纏っているけど、僕は母親というイメージを強く持ってしまったせいかエプロンのようなものを着ている。そして、教会のほうはこれでもかと胸の大きな女性だが、僕のほうは、胸はほどほどに収まっている。これは、原木から削り出しているという関係上、厚みに限界があるしバランスが悪くなるからそこでとどめていた。
「今更だけど、自分の木像をプレゼントされるのって反応に困らない?」
教会のものと自分の像の違いを見ているうちに、だんだんと冷静になった僕はそんなことを考え始める。
これを奉納するはやめておこうか、と思い始めた。
しかし、せっかく作ったし、神様もまさかいちいち信徒から送られてきたものに反応しないだろうと思った僕は、結局自作の女神像を奉納することにした。
慈母神像の前にある台座に、手作り女神像を設置して僕は膝をつき両手を合わせる。
「慈母神様、どうぞお納めください」
僕がそう祈りをささげると、台座に置かれていた手作り女神像がぴかっと光り輝き、その場から姿を消した。
これで奉納は終わったと思った僕は、すぐにその場を立ち去ってマリアさんの手伝いでもしようかなと考え立ち上がった。
すると、先ほど女神像が消えて何もなくなっているはずの台座に一枚の紙きれが置いてあることに気が付いた。
「なにこれ?」
僕は気になって手に取ってみた。
紙には文字が書いてあり、僕はその文字を目で追った。
そこには、こう書かれていた。
『捧げもの、確かに受け取りました。
受け取ってみてもうびっくり、私そっくりなんだもの。
それに、とっても心のこもっているのが伝わってくるわ。
我が信徒であるレティ、とっても嬉しかったわ。
ありがとう。
レアより』
!!!!!!!!!!!!!!?!?
『神授魔法:レア』のスキル解放条件を満たしました。
まさか神様が捧げものを逐一チェックしていると思っていなかったし、お礼の言葉がもらえるとも思っていなかった。
僕は先ほど送ったものがちゃんと届き、それが手に渡ったことを知り少し恥ずかしい気持ちになりながらも、それが評価されてお褒めの言葉をいただいたこともあり少し複雑な気持ちに顔をゆがめながら、その紙をもってマリアさんのほうに向かった。
「マリアさん、これ見てください!」
「あら? レティさん嬉しそうですがどうかしましたか?」
「さっきレア様に捧げものをしたらこんなものが返ってきたんです!」
僕は先ほどレア様から頂いた紙をマリアさんに見せる。言ってしまえば自慢だ。仕方ないだろう。それくらいうれしかったのだ。
なにせ、今まで僕の作品は凡庸だの見てくれだけは善いと言われてきたのだから、ああいった直球でほめられたことなどなかったのだ。
「ええ!? 神様から直接メッセージが送られてくるなんて……私なんてテミス様から一度も答えてもらったことがないというのに。ずるいですレティ、私もテミス様に褒められたいです」
マリアさんはうらやましそうに僕の持っていたメッセージカードを見ていた。僕はそれを奪われないようにアイテムボックスの中に避難させる。
「むぅ、まぁいいです。レティ、私のお仕事、手伝ってくださいますよね?」
その日のうち、マリアさんは少しだけ僕に冷たかった。また、今日は教会内の掃除が主な仕事だったのだが、マリアさんはテミス様の神像を念入りに掃除していた。
◇――――――――――――――――――――――――――――――◆
<神域>
ここは神域。Arcadiaの神々が住まう場所。
ある場所は木々が生い茂り、またある場所では火山が常に火を噴き、そしてある場所では見渡す限り何もない空間が続いている。
そんな神域の一角、木々の生い茂る神域の中でも最も富める大地に住まうのが、慈母神であり皆の母でもあるレアである。
彼女はその日、自分の家で優雅にお茶をたしなんでいた。
そのお茶は、決して高級なものでも特別なものでもなく、信徒から届いた贈り物の一つであった。
そんなゆったりとした時間に、乱入してくるものの影が一つ。
「レア、遊びに来たわよー」
「あら? この声はヴィクトーリアね。いらっしゃい、こっちにいるわ」
乱入者の正体は、レアの豊満な体形とは対をなすかのようなすらりとした女性、勝利の女神であるヴィクトーリアだった。彼女はレアが入ってよいというよりも先に家に入り、レアがお茶をしているバルコニーまでやってきていた。
そのことにレアは怒る様子も無く、ただただにっこりと笑みを浮かべていた。
レアのもとにやってきたヴィクトーリアはレアの隣に座る。すると、いつの間に淹れていたのかレアがお茶を差し出した。
「相変わらず、安い茶葉を使ってるわねぇ。あんたもたまには高級な茶葉で飲んだりしないわけ?」
「せっかくの信徒からの贈り物です。私のことを信じてこれを贈ってくださった彼らのためにも、無駄にはしたくありませんから」
「その信徒も信徒よ。仮にも女神へ捧げるものなんだから、もっといいものを贈りなさいって思うわ。ここ半年はかなりひどいわね」
「そうですか? 私のほうはいつも通りって感じがしますけど」
「そりゃああんた、旅人がほとんど信徒になってないじゃない」
「そうですね。その分、他の方の信徒がいっぱい増えたのでは?」
「そうね。私なんか大人気だわ。人気過ぎて困っちゃうもの。聞いてくれる? 旅人たちって希少なものを贈れば私たちが喜ぶと思っているわ、きっと。その証拠に、私のもとに届くのは使い道のない魔物の素材ばっかりよ。せめて加工してから贈れと言いたいわ」
「あらあら、私は旅人さんたちに人気がないみたいだから、その気持ちがわかってあげられないけど、愚痴くらいなら聞いてあげられるからいつでもきてちょうだいね」
「そうさせてもらうわ。…それにしても、どうして旅人たちはレアに見向きもしないのかしら? こんなにいい神様、他にはいないわよ?」
「あら? 嬉しいことを言ってくれるわね。でも大丈夫よ。私にもちゃんと旅人さんの信徒はいるから」
レアはそう言って、一度家の中に入り、そこに飾ってあった一つの木彫りの像をもってバルコニーに戻ってきた。
ヴィクトーリアは、話の流れから旅人から贈られたものだろうと目星をつけ、今まで自分のもとに届いたものを考えながらどんな役に立たないものが贈られてきたのかと目をやった。
そこには、木を彫りだすことで作られたレアの姿があった。
それは、まるで見て来たかのように彼女そっくりであり、ヴィクトーリアは不覚にも一瞬だけほしいと思ってしまった。
(くっ、下界にあるレアの神像は無駄に胸が大きいものばっかりで巨乳というより奇乳って感じのやつすらあったけど、これはちゃんとバランスが良くてレアの良さが損なわれていないわ……等身大の奴とかあったらくれないかしら? ……はっ、いけないいけない)
「どう? 今日、旅人の方から贈られてきたの。とっても良くできているでしょう?」
「ええ。よくできているわね。使い道があるかと言われればそこまでだけど、少なくとも魔物の素材よりは断然そっちの方がいいわ」
「えぇ、そうね。いつの日も、信徒が一生懸命作ったものはいいものだって思うわ。茶葉もそうよ」
「茶葉? どうしてここでその話が?」
「定期的に贈られてきているこの茶葉ね。私の信徒が私だけのために畑を買って作ってくれているものだもの」
「成程ねぇ。あなたが好きそうなものだわ」
「えぇ、この木像もそうね。生き物の営みの中で作られたっていう暖かさを感じて、大好きだわ」
「ふーん。……私の信徒も、たまにでいいからそういうものをくれればいいのに」
「見落としているだけで、今までの贈り物の中にもきっとあるわよ。ヴィクトーリアは私の目から見ても素晴らしい女神様なんだからね。自信を持ちなさい」
「あ、うん。ありがとレア。……ご馳走様、今日はもう帰るわ」
「お粗末様でした。また来なさい、いつでも歓迎よ」
ヴィクトーリアは恥ずかしそうにそっぽを向いて茶器を置いた後、逃げるように自宅へ向かって帰って行ってしまった。
その後、家に帰った彼女は自分宛の捧げものを一つ一つ確認した。
その中にいくつか、刺繍入りのハンカチだったり、自家栽培の野菜だったりを見つけて笑顔になる勝利の女神の姿がそこにはあった。
余談ではあるが、旅人たちからの贈り物にはそのようなものは一切なかった。
旅人たち―――つまりはプレイヤー間では神への捧げものは完全なボランティアとしてしか扱われていなかったからである。
実際には、神にその贈り物が認められ、嬉しいと思わせれば恩恵があるのだが、効率を求める旅人たちはそのことを知らない。
また、聖書やその他には勝利の女神ヴィクトーリアは、打倒した敵をトロフィーとして飾ることを好むとされているが、実際にはそんなことはなく、それをいつまでたっても修正できていないから、いつも魔物の素材が届くのだった。
贈られてきている物を素早く全部見直してから、旅人の出現によって信徒が増えて贈り物も増えたが、そのほとんどが不要なものだと気づいたヴィクトーリアは再びレアの家に突撃した。
「レアぁ! 私もその神像欲しいぃ! 癒しが欲しぃ!」
旅人には、攻撃力が下がる上に明らかに過剰回復力だから信仰対象に選ぶのは推奨しないと攻略サイトに書かれるレベルにまで不人気な慈母神レアではあるが、神々の間ではみんなの母親的な立ち位置として、普段一番上に立つ神が唯一甘えられる対象として大人気なのであった。
「あらあら、ならヴィクトーリアの分も作ってくれないか、あの信徒さんにちょっと頼んでみましょうかね」
「え? いや、私はレアの像が欲しいのであって……」
レアは信徒の1人に直々に話しかけることにした。





