気持ちが大切な話
「レティ、俺と付き合ってくれないか?」
「え? やっくん!?」
「お断りします」
前言撤回、やっぱこいつちゃらちゃらした男だわ。
死霊魔術師との戦闘が終わり、アイテムの回収と分配を済ませていざ帰ろうというタイミングで、ヤクルスラがいきなりそんなことを言い出した。
一瞬だけだけど見直していた僕の気持ちを返してほしい。
「君が俺をかばってくれた時、胸が締め付けられるような気持ちになった。あの時、俺は思ったんだよ。君が運命の人だって。君も、そう思ったからああやって俺をかばってくれたんだよね?」
「いいえ、僕と君は運命の間柄ではないので、あきらめてください」
「そんな、何を根拠に…」
何を根拠に、という言葉は僕のほうが吐きたいくらいだった。
「知っていますかヤクルスラさん。運命の人って、近くにしかいないんですよ?」
「そんなことはない!! きっと遠く離れていても、心が結ばれていれば――――」
「残念ですが、僕たちの心は結ばれているとは思いません。あなたはもっと周りに目を向けてください。きっと近くに、あなたのことを想っている方がいらっしゃるはずです。さて、馬鹿なことを言っていないで、帰りますよ」
僕は強引に話を切り上げて、歩き始めた。
ヤクルスラが僕を追いかけるように、カシワもそれに続くようにそれぞれ歩き始める。
ヤクルスラもカシワも、目的の死霊魔術師は倒せたというのにどこか不満げな表情で歩いていた。
ヤクルスラの瞳は僕の背中をとらえ続けて、カシワの瞳はヤクルスラの背中を刺すように向けられていた。まったく、彼はもっと身近なところにある好意に敏感になるべきだと僕は思うよ。
なぜか、修道女である僕が先頭を歩き、剣士であるカシワが一番後ろを歩くという陣形で進み、ついに廃墟の入り口まで僕たちはたどり着いた。
「ここでお別れですね。お疲れさまでした」
「待ってくれレティ、俺は……」
「ヤクルスラさん、人間の目は前についています。時には、後ろを振り返りついてくる人のことを確認するとよいでしょう。では、さようなら」
「せめてフレンド登録だけでも…」
「では、さようなら」
僕はそれだけ言って、逃げるように廃墟の中へと走り去る。
去り際にちらりと後ろを振り返り、遠ざかっていく彼らの姿を見てみると、未練がましく僕のほうを見ているヤクルスラと、そのほんの少し後ろで小さく僕に頭を下げるカシワの姿があった。
「どうか、お幸せに~」
僕は再び前を向いて走り出し、絶対に聞こえないような小さな声でそう呟いた。
それから僕は、時間の許す限りアンデッドを浄化し続けた。
ここに出てくる相手の対処法がある程度できてきたし、一人なら気にせず逃げ回ることができるので廃墟の中心部付近でも割と安定した狩りができるようになっていた。
そうして狩り続けること2時間、そろそろ街に戻ってログアウトしようかなと思った時、3人組のパーティが現れて僕に話しかけてきた。
一瞬だけPKの人かなと思ったけど、物腰柔らかに来たのですぐに違うとわかった。
彼らは僕に一時的にここの攻略を手伝ってほしいと頼んできた。
どうやら、死霊魔術師が落とすアイテムが欲しいが、戦力的に不安があるので手伝ってほしいとのことだった。
僕はそれを手伝った。
人数が多いのもあるけど、彼らは役割分担がきちんとしていてとっても戦いやすかった。
死霊魔術師を倒した後、僕たちは一緒に街まで戻ってそこで別れた。
僕はその日は教会に戻ってマリアさんに報告だけしてログアウトした。
次の日、今日も廃墟の浄化もといレベル上げをしようかなと思い、それならばクエストを受けてから行こうと教会に立ち寄ると、いつの日か見たような光景が広がっていた。
教会の中、笑顔で聖水を渡すマリアさんと、それを受け取るプレイヤーの方々だ。
今日はマリアさんが聖水当番の日らしい。
というか、今のところこの教会ではカストール司祭とマリア修道女しか見たことがないのだけれど、他にも常駐の人はいるのだろうかね。
そんなことを考えながら、マリアさんを見ていると
「レティさん。ちょうどよいところに、こちらを少し手伝ってもらえませんか?」
そういってマリアさんに話しかけられた。
今日も廃墟に行こうと思ってここに来た僕だったけど、彼女にはいつもお世話になっているので何となく断りづらかった。
だから僕は首を縦に振る。
しかしながら、このプレイヤーたちはマリアさんが目当てで来ている人がほとんどだと思うので、僕が手伝ったところで彼女の仕事量は大して減らない。
そう思いながら、僕はマリアさんの聖水配りを手伝った。
今日は、前回よりも僕のほうに並んでくれる人が多かった。
前回は全体の10%と言ったところだったけど、今日は三分の一もの人が僕のほうに並んでくれたのだ。
ごめんなさい皆さん。マリアさんだけが目当ての人ばっかり並んでいると思ってしまって。
その人たちは単純に聖水が必要で、手早く手に入れるために僕のほうに並んでくれたのだろう。僕は一人一人に丁寧に手渡しをしていった。
それから少しして、マリアさんの聖水配布の時間が終わり、僕のお手伝いも終わりを告げた。
聖水配布のお手伝いを終わらせてから時間を見てみると、もうそろそろお昼ご飯だという時間になっていた。
今から廃墟に行っても、すぐにログアウトするために帰ってこなければいけないなと思い、それならば街中で何かをやった方がよいと考えた僕は、何かないかとあたりを見渡してみた。
そして、ふと目についたので気になっていることを聞いてみる。
「そういえばマリアさん、神像の前の台座ってもしかして神様に物を捧げたりするためのものだったりするんですか?」
「そういえば言っていませんでしたね。あれは特別な台座になっていまして、それぞれの神様に実際に物が届くんですよ」
「へぇ、そうだったんですね」
「レティさんも実際に何か捧げてみてはいかがですか?」
「うーん、でも僕は神様に捧げられるようなものは持っていませんし…」
「こういうのは気持ちが大切なんですよ。私もよくテミス様に物を捧げておりますが、高価なものでなくても怒られたことはありませんから」
「成程、ちなみにマリアさんは普段どんなものを捧げているんですか?」
「いろいろですね。例えば万年筆とか、果物とかですね。聖書によればテミス様がそれらを好むとかで」
「神様にも好みってあるんですね。マリアさん、レア様の好みって知ってたりしますか?」
「レア様は確か――――手作りのものが好きだと記載されていたはずです。聖書はカストール司祭の私室に写本が何冊かあったと記憶していますから、とってきましょうか?」
「そこまでは悪いですよ。というか、司祭の部屋に勝手に入っていいんですか?」
「司祭がいいと言っているんですからいいんですよ。それに、本棚くらいしかありませんしね」
マリアさんはそう言って教会の奥の方へと向かっていった。
その方向に司祭の部屋があるのだろう。立場的にはマリアさんよりカストール司祭のほうが上なのに、勝手に私室に入られて勝手にものを使われる司祭が少しだけ不憫に思えたが、記憶の中のカストール司祭を思い浮かべるとそんなことを気にするような人には見えなかったなと思った。
僕はアイテムボックスの中身を確認して、何か捧げられそうなものはあったかなと考える。
しかし、僕のアイテムボックスの中身はそれなりの量の聖水と大量の回復アイテム、そしてそれを上回る量のアンデッド系の魔物のドロップアイテムだった。
当然だけど、僕はこの世界にきて何も作ったことはないため、僕の手作りアイテムなんてものは一切なかった。
「…時間もあるし、何か作ろうかな」
素材も何もないから、素材を買いに行くところからかな。
その場で少し待てば、マリアさんが聖書の写本とやらを持ってきてくれる。それを受け取ってから僕は一度市場に出かけた。
市場を歩いて回ると、お目当てのそれが売っていたため、失敗することも考えて大目に購入して教会に戻った。
「お帰りなさいレティさん」
「マリアさん、今から捧げものを作ろうと思うんですけど、使ってもいい部屋ってありますかね?」
「それでしたら、瞑想の間などはほとんど人が来ませんので大丈夫かと」
「……そこ、本当にものづくりに使っていいんですか?」
「ちゃんときれいに片付けるなら大丈夫ですよ」
それなら、ということで僕は瞑想の間を貸してもらうことにした。
瞑想の間は本当に何もない部屋だった。
出入り口のドア以外は真っ白な部屋で、部屋の角なんかも見えないほどの白い部屋だ。
人間、こういった何もない部屋に閉じ込められると気が狂うという話を聞いたことがある。ここはそう言った効果を利用して修行をする場所なのかもしれないなと思った。
僕は案内してくれたマリアさんが見えなくなってから、アイテムボックスに入れておいた先ほど購入したものを取り出した。
僕が買ってきたのは、原木と彫刻刀だった。
そう、僕はこれで神像を彫って捧げるつもりなのだ。
僕は早速、神像製作に取り掛かろうとした。
しかし、教会に祭られていたそれを参考にしようとしていたのだけど、ここは生憎何もない部屋。
一度戻って姿を確認してこようと思ったけど、そういえば聖書の写本を借りていたんだったなと思いだした僕は、そこに姿の一つでも書かれていないかなと思い中身を確認する。
そこには、世界の成り立ちと人間の在り方、神の存在とその教義などについて書かれていた。
そして、神様たちの姿の描写もいくらか見受けられた。
それによると、レア様は母のような方で、聖書を読んだ限りだと長髪、巨乳、安産型という特徴があるというのが大体読み取れた。
そして、母のような存在だということも。
その情報をもとに、僕は頭の中で慈母神レアという存在を作り出し、それを原木から掘り出す作業に入った。
さて、以前一度振れたと思うが僕は過去に宗方君からもらった『THE・芸術』というゲームをやっていたことがある。否、今でもたまにやっている。
そのゲームの内容は単純、ゲーム内で芸術作品を作ること。そのゲーム内でそれなりに彫刻はやっていたので、僕の彫刻刀は思うように動く。
しかし、地道な作業であることには変わりなく、僕はその日はずっとそこにこもって一心不乱に神像を彫っていた。





