新たな世界へ
(注)この作品は作者の過去作『その人形に不用意に近づくな』と、地続きの世界となっております。
前作を読んでおられない方が、読んでいないからわからないといった事態は極力ないように努力しますが、そこのところをご了承ください。
テレレテレレレレ~レ~レ~レ~レレレレ……
その時、唐突に僕の携帯の着信が部屋の中に鳴り響いた。着メロとして採用しているのは昔のゲームの戦闘BGMだったものだ。生憎、僕はそのゲームはやったことはなかったが、お母さんが好きだったから、そして僕は自分で設定ができないからという理由でそれを使用していた。
そんな音を聞いてびくっとしてしまった僕の手元が狂ってしまい、作りかけのトランプタワーが倒れる音を聞いた。
それを認識した僕は疲れが一気に出たようにため息をつき、おもむろに手のひらを上に向けた。
すると手に固くて平べったいものが乗せられる感覚があった。
ハッハッハッ
そんな少し興奮気味の息遣いがすぐ隣から聞こえてきて、僕はそっちを向いて
「ありがとう、ももたろう」
といった。そして親指でその乗せられたものをタッチする。
すると、うるさく鳴り響いていた着信音が消え、代わりに僕の手の中にある平べったいもの―――携帯電話から声が聞こえ始めた。
『もしもし、光? 今大丈夫か?』
この声は僕の友人の山本 辰巳の声だとすぐにわかった。だから僕は返事をする。
「うん、丁度暇していたところだよ」
『そうか、それならよかった。今からみんなで家に行っていいか?』
「大丈夫だよ。ちなみに何人で来るの?」
『いつもの3人で行くよ』
「了解。待ってるからね」
僕はそう言って電話を切った。そして未だ横でこちらを見ているであろう柴犬のももたろうに話しかける。
「みんなが来るからおもてなしの準備をしなくちゃね」
僕がそう言うと、ももたろうは一目散に走りだし、スライド式の戸棚を器用に開けてその中においてある袋を銜えて戻ってきた。
僕はその袋を受け取ると、ももたろうを撫でてその中に入った犬用のおやつを取り出す。無作為に取り出したが、手触りから察するにこれはぺろ〇ゅ~だろう。僕は切り口に沿って袋を開けて、ももたろうの前に置いた。
そして、僕はももたろうが持ってきてくれたおやつの入った袋を机の上に置いた。
僕は選ぶことはできないので、みんなが来たら食べたいものを自分で選んでもらうためだ。
そうして準備を済ませたら、僕はまた、トランプタワーを積み上げる作業を再開した。先ほど崩れてしまったから、机の上を確認すると散らばったトランプがあり、僕はそれを丁寧に回収して一つの束にして机の端に置く。
そしてそこから二枚ずつ取り出して机の上に立てていった。
当然だが、一段目は何の苦も無く完成する。
二段目、またそれ以降の一番の難関は土台となるトランプを設置するところ。これを正確にできなければ、そこで倒れてしまったり、以降の積み上げに支障が出たりする。
二段目は何とか積みあがった。でも、三段目を作っている最中、手が滑って塔は崩れてしまった。
僕はもう一度、散らばったトランプを束ね、同じように積み重ね始める。
その間、ももたろうはおやつを食べ終わったみたいで息遣いだけを聞かせてくるが、僕が繊細な作業をやっているというのが何となくわかっているのか、お利口にしていた。
ぴんぽ~ん
そうして時間をつぶしていると、不意にインターホンを押した音が家の中に鳴り響いた。
その直後に、隣の部屋から
「はーい」
という、僕のお母さんが返事をしながら玄関口に向かう音も―――
玄関の会話は鮮明に聞こえてきた。
「あら? いらっしゃい。光ならいつもの、リビングの隣の和室にいるわよ」
「ありがとうございます。お邪魔します」
「お邪魔します」「お邪魔しま~す」
僕のお母さんのほかに、聞こえてきた声は三つだった。一つは先ほど電話口で会話した山本 辰巳の物、そして次に同じく友人の宗方 翔の物、最後に雛月 あかりのものだ。
四つの足音がどたばたと僕のいる部屋のもとにまでやってきて、部屋の扉―――スライド式を開けた。
「いらっしゃい。みんな、待ってたよ。座って座って」
僕は作りかけのトランプタワー(5段)を撤去しながらそっちを向いて声をかけた。
ももたろうはみんなが来てくれたのがうれしいのか、息を荒げながら駆け寄っていった。
「ももたろうちゃんは今日もかわいいね~。よーし、お姉さんが抱っこしてあげよう」
そう言ってももたろうを抱き上げるのは、雛月さんだ。
ももたろうはさぞ嬉しそうに抱かれていることだろう。ちなみに、ももたろうという名前から勘違いされがちだが、ももたろうはメスの柴犬である。
「君たち、飲み物はお茶がいい? それともカルピス?」
お母さんが僕の友達に向かってそう言って、宗方君と雛月さんはお茶と言ったが、山本君だけはカルピスを所望した。
そしてその流れで僕も先ほどももたろうに持ってきてもらったおやつ袋を指して、
「好きなの食べて」
といった。山本君は嬉しそうにしていたが、宗方君と雛月さんは少しだけ遠慮している風だった。ここら辺は性格の違いだろうなと思いつつも、僕は何も言わなかった。
それから、少ししてお母さんが指定された飲み物を持ってきた。何も言わなかった僕のもとには、何故か豆乳が届いた。
それから、お母さんが退室してから僕は彼らに問いかけた。
「それで、今日はどうしたの?」
普段彼らは僕の家に来ない―――というわけではない。いや、むしろよく来る。雛月さんに至ってはほぼ毎日来るし、あまり来ない宗方君でも少なくとも週一では来る。しかし、三人そろってというのは珍しく、月に一度くらいのことであった。
そしてその時は決まって何か面白い話か、何かのお誘いの時だった。
それがわかっていたから、僕は率直に聞いてみた。
山本君はその言葉を待ってました、と言わんばかりに話し始める。
「光、明日からみんなでゲームをやるぞ」
「みんなって、このメンバーで? 僕はいいけど、何のゲームをするの? というか、よく翔がその手の話に乗ってきたね」
僕のイメージだと、翔はゲームとかあんまりやらなさそうという感じだ。僕たちは通っている高校は違うけど、普段からよくあっているから、その認識はあまり間違っているとは思わなかった。
僕がそう言うと、山本君はふふふと、してやったりという風に答えた。
「翔も彼女が欲しくなったってことだろうよ」
僕は首をかしげた。話が飛躍しすぎていると思ったからだ。そして宗方君はすぐにそれを否定した。
「………違うぞ。そもそも俺はゲームが嫌いというわけではないんだ。いつも一人でやってたからお前が知らないだけで」
宗方君の言葉には納得したけど、やっぱり山本君の言葉には納得できなかったので僕は変な顔をしていただろう。
それを面白く思ったのか、山本君は半笑いになりながら先ほどの発言の解説をしてくれた。
「光は知らないだろうけどな、実は翔の両親ってゲームで知り合ってそのまま結婚したんだぜ」
それを聞いて僕は少なからずびっくりした。
なにせ、宗方君の両親はだれもが認めるほどのおしどり夫婦で、そのラブラブ具合には宗方君が「砂糖を吐きそうだ」とこぼしたことがあるほどだ。
実際、僕も宗方君のお母さんの方にはあったことがあるが、口を開けば三分の一は旦那さんの惚気話だったような気がする。宗方母曰く、二人は運命の赤い糸で縛り上げられているのだとか。
さて、その話はいったん端に置いて、話を戻そう。
「それは理解したけど、結局僕たちは何のゲームをするの? 出会いとか言ってたからオンラインゲームってことだけはわかったけど…それなら電話で知らせられたよね? わざわざ集まったってことは何か理由があったのかな?」
「よくぞ聞いてくれた。これから俺たちが進出する世界は“理想を追い求めし旅人たちによって紡がれる物語“というキャッチコピーで知られる『Arcadia』いわゆる、ファンタジーVRMMORPGなのだ!!」
ババンという効果音でも付きそうな勢いで山本君がそう言い放つ。
そして言葉を挟むことを許さぬ勢いで次の言葉を発す。
「そしてそのVRMMOの中で俺たちはとある縛りを設けようと思う。今日はその縛りをより公平に決めるために集まったというわけだ」
山本君はそう言って締めくくったが、いまいちピンとこなかったので質問してみた。
「えっと、縛る必要……ある?」
縛りプレイって基本的にやりこんだゲームでやるものでしょ?確かに初見で縛りプレイをする人もいるとは思うけど、そもそも縛りプレイって基本的にオフラインのゲームでの話であって、わざわざオンラインゲームを持ち出す必要も無いと思うんだけど、なんで山本君は初見かつVRMMOで縛りという苦行に手を出そうとしているのだろうか?
僕は再び首を傾げた。
「おぉっと、別に初期装備でいろとか、一人旅しろとか、技能を縛れとか言ってるんじゃないぜ。いや、場合によっては縛られるかもしれねえけど」
「いや、僕が聞きたいのは縛りなんか考えずに普通に楽しめばいいのではってことなんだけど……」
「そんなことしたらまた翔が雑に無双するだけになっちゃうでしょ!!」
僕が質問をしたら逆切れ気味に返された。またってことは僕の知らないところで宗方君が雑に無双したことがあったんだろうなと思った。
そして、その時には僕は仲間外れだったんだろうなと思ってちょっと悲しい気持ちになった。それを察したのか雛月さんがフォローを入れる。
「あ、今の話はこの話を持ってくる前に別のVRMMOでどのくらいの縛りなら大丈夫かって検証した時に“縛りなし”を初めにやってみたときの話ね」
それを聞いて僕の心は救われた。
そうだよ。この心優しい僕の友人たちが仲間外れにするはずはないのだ。僕は少しでも疑った自分を恥じた。
それを誤魔化すように僕は話の続きを促した。
「それで、どんな縛りをするの? 確か、決めに来たって言ったってことはまだ決まってないんだよね?」
「おう、そこでこいつの出番だ!」
山本君はカバンから何やら取り出して机の上に置いた。そしてそれを開いてカタカタと音を立てる。
山本君が取り出したのは、ノートパソコンだった。
数秒間何やらカタカタやった後に、準備完了だという風に話し始める。
「ここには俺がこの日のために作ってきたアプリが入っている。何をするアプリなのかというと、ざっくり言えば言語抽出だ」
「言語抽出?」
「そう。で、ここからが縛り説明。今から各自このアプリを一度だけ使用する。このアプリは〇〇の〇〇か〇〇な〇〇という形に添うようにネット上からファンタジー小説に使われている文字を無作為に抽出するようになっている。俺たちはそこに書かれている言葉から逸脱しないようなロールプレイをしなければならない。ということだ。わかりにくいだろうから、一度走らせてみるぞ」
山本君はそう言ってノートパソコンのタッチパットをポンポンと二回押した。
すると数秒後、キラキラという効果音がした後、パソコンから声が聞こえた。
『魔族の錬金術師』
僕に聞こえるように仕込んでいたのだろう読み上げ装置がそんな言葉を発して、僕はようやく山本君が何をしたいのかを理解できた。
要するに、ロールプレイング全振りでゲームしようってことだこれ。そうと決まれば異論はない。僕は全力で頷いた。
「成程。理解したよ。みんなまだ決めてないんだよね? 初めはだれから決めるの?」
「おお、やっと乗り気になったか光。じゃあ、ここは言い出しっぺの法則だ。俺から行くぞ」
山本君はそう言ってもう一度プログラムを走らせる。
またもやキラキラという効果音が鳴った後、文字が抽出されて読み上げられる。
『山の主』
「ブッ」
その言葉を聞いて噴き出したのは雛月さんだった。山本君は机に突っ伏している。
「くっ…、昨日テストで走らせたときにはこんなものは一度も出なかったのに……何故だ…なんだよ山の主って……どこの山だよ……どこだよ山って……」
自分で作ったルールに首を絞められる。
因果応報? 自業自得? いろんな言葉がちらりと脳裏をよぎっては消えていった。
山本君はすぐに立ち直り、次の人が縛りを決めることになった。次は宗方君がやるようだ。
キラキラ……
『暗黒の聖騎士』
「………これは、成立してるのか?」
引き当てた当人は困惑していた。そりゃそうだ。
「多分、何とかなる。っていうかこの企画お前の剣を縛るためにやったのに騎士引き当ててんじゃねえよ」
山本君は自分が山の主だからか半ば投げやりになっていた。
そして次は雛月さんが引いた。
キラキラ……
『可憐な脳筋』
「うわぁぁん、脳筋って、私神官になりたかったのにぃ!!」
雛月さんは発狂した。女子にとって脳筋という言葉はよろしくなかったみたいだ。山本君は爆笑していた。
仲間を見つけたりといった風だった。
僕は笑っている雛月さんが好きなので、何とか気を取り直してもらおうと思い声をかけた。
「ほら、でも可憐なってついてるから。山本君みたいなバーバリアンにならなくて済むよ!!」
「おい光ぅ、お前何気にひどくないか!?」
「そ、それもそうだよね。私は可憐。私は可憐…」
「そして脳筋…へぶしっ」
雛月さんが自己暗示をかけているときに山本君が余計なこと言ってはたかれていた。
これは山本君が悪いので放置することにした。
はたかれたとき、山本君がほとんど聞こえない小さな声で「脳筋のほうが板についてるじゃねえか」と言っていたのを僕は聞き逃さなかった。
僕は向かいに座っていた山本君を小さく足で小突いた。
それはさておき、最後は僕の番だ。
「じゃあ、やるよ」
僕は指示に従ってパソコンを操作する。
そして――――
キラキラ……
『不殺の聖女』
………部屋の中が沈黙で包まれた。そして僕は机に突っ伏していた。
ネカマを、僕に、やれと?
せめて聖者にしてよ。
僕の心の内を察したのか、みんなが励ましてくれる。
「ま、まぁ、光ならいけるだろ。四捨五入すれば女子だし誤差率5%以内だよ」
その5%はもしかして生えているか生えていないかの差ですかね? ならもっとあっていいんじゃないの?
「………がんばれ」
頑張る。
「光君。私、光君は適役だと思うの。ほら、光君私よりかわいいし何とか……」
「ありがとう雛月さん。僕にはわからないけど、絶対雛月さんのほうがかわいいしきれいだからその慰めはいらないよ……」
「きゃっ、もう、光君ったら……」
さて、ここで自己紹介をしておこう。
僕の名前は母屋 光
もうそろそろ感づいていると思うが、僕はある時から両目が一切見えない、所謂全盲というやつだ。
そして、僕は物が見えないから結果的に自分の格好を気にしなくなったのをいいことに、姉と妹は僕を遊び道具にして服装やら化粧やらを好き勝手にする。
僕は目が見えないからみんなの手を借りることでしか生活ができない。それに負い目を感じている僕は姉と妹の要求や頼みを拒みづらいし、また一人で運動することすらできないからがっちりとした体を作るのも難しい。
結果的に、僕の見た目は山本君や雛月さん曰く、かなり女子なのだそうだ。
ま、僕は自分の姿を普通の方法では見ることはできないからそれは気にしていないんだけどね。
これはそんな目の見えない僕が、何とか不殺の聖女としてVRMMOを謳歌する物語だ。
色々書いてきて思ったけど、作者はハイファンタジーは向いていないことがわかったのでVRものを書きます。
次回投稿は本日18時です。
とりあえず1章は全部書き終わっているので、それまではトントン拍子で投稿していきます。
それ以降は―――未定です。