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ドカフート王国へ

 


 このネオス大陸を大きく占めている国は5つ。

 中央と西南に掛けて広い土地を占めるシュトーフェル皇国、少し張り出したような形の部分である南に位置するコーザ王国、東側を北から南に掛けてくの字形で位置するフェラン国、その北よりの隣にザコーバ公国、更に幾つかの小国を隔てて北西に、ガイの目的地であるドカフート王国はあった。

 シュトーフェル皇国との国境を高い山脈で囲まれたその王国は、攻めるのには困難な天然の要塞といえる国であったが、それはそのまま輸出をするにも輸入をするのも難しい土地であるということも示していた。

 また海に面した海岸もそのほとんどが峻厳な崖となっているため大きな港も作れず、西側に隣接する小国との国境付近の海岸は小~中規模の船なら入れるが、長い冬の間は雪と氷に囲まれており港としての魅力は低い。

 但し、その高い山脈たちは、この国に他国との交流を妨げていただけではない。そこから得られる恩恵は多種多様、多岐に渡っており悪政下にあった時でさえずっとこの国を守り支えてきた。

 それは豊富な地下資源がもたらす外貨であったり、ぐるりと高い塀に囲まれた中にある平らで住みやすい土地であったり、雪解け水が潤す大地であったりする。取り囲む山脈の向こうは雪や氷に囲まれているというのに、その内側は山に守られ冷たくはあっても乾燥した空気が吹き込む。雪に埋もれることのない大地、それは寒い北の地に生きるものにとって奇跡のようなことだった。


 新しく得た商業ギルドの鑑札ひとつを手に、その国へとたどり着いたガイは、ひと月ほど掛けて未だ内乱の爪痕が大きく残る国内を見て回り細かく内情を調べていった。

 地方からぐるりと、農産物の生育および成育、加工、流通、政治など。少しずつ王都に近づき情報を集め検討して回る。この間、クリストファーと連絡を取ろうとは一切しなかった。

 そうして、クリストファーには潜入といいながらガイが選んだ方法は、貢物を持ち正式にドカフート王国での営業許可および公的に輸出入の取り扱いを行うお墨付き得るという正攻法というべきものだった。


 大国ならば門前払いを受けるか単に事務的に営業許可を下ろされるだけだろう。

 しかし、復興真っただ中に水面下ではあってもシュトーフェル皇国に対して反抗しようと準備をしている最中の国として、その標的として狙いを定めている国の皇太子直属といってもよい男が取った行動の真意を問おうとすることはそう不思議なことでもなかった。

 第一、今この王宮ではかなりの数の腐敗貴族たちを追放し廃爵していった結果、正しい政が行われているのは間違いなかったが、手が足りなくなってしまってもいる。だから、国王自身がその見極めをしたいと言い出した時に、それを代わりに勤めることができる能力がある者も、王がすることではないと諫めることができる立場にある者も欠いていた。

 そうして、貢物を持っていたその日のうちに、ガイはこうして小規模な第二謁見室へと迎え入れられることに成功したのであった。


 国賓を迎え入れる為の第一謁見室とは違い、幾分簡素な作りではあるものの玉座は数段高い所にあり、ダマスク織りの赤い絹が貼られた壁には建国の祖である初代国王がこの国をムーンディ山から見下ろしている絵画が掲げられている。その前には赤いビロード貼りの玉座が据えられており、今そこには黒い軍服を着たドカフート王国国王テネシズ・ブッケ・ドカフート陛下が座っていた。

 そこから数段下がった場所に平伏しているのはガイその人である。

 その後ろには美しい練り絹の反物や上質なワインや砂糖といった、現在この国では生産がされていない貴重な品が山のように積まれていた。勿論すべてラメーリ商会の代表としてここにいるガイからの貢物である。

「ふん。何がラメーリ商会だ。お前はパクリム商会のガイではないか。シュトーフェル皇国の王族との繋がりも深く、そこで長く商いを続けている。そんな奴を信じろと言われてもな」

 信じる馬鹿はいないだろ、とテネシズが小馬鹿にしたように鼻で嗤う。

 当然の反応だ、そうガイは思った。

「そうですね。私はある程度、あの国に食い込めていると思いますよ。

 なんでだと思われますか?」

 ふてぶてしくガイが含みのある笑顔でそういうと、テネシズは、目を眇めて黙り込み、ガイが続きを話し始めるのを待った。

「俺はね、元はザコーバ公国の侯爵家に生まれたんです。二男でしたが、近衛として公国に仕え心から尽くしてきました。

 そこで公女に振り回されシュトーフェル皇国に喧嘩を売る羽目になっちまいました。

 正しくは公女が売った喧嘩の責をすべて押し付けられたんですよ。自分で犯した訳でもない罪を無理やりきせられて、大罪人として、俺はシュトーフェル皇国の為になんでもさせられてきたんです。なんでも…」

 ぎりっと、ガイが俯いて両拳を握りしめた。その大きな身体がこれまで与えられた幾多の屈辱に震えていた。

 そうして、再び顔を上げたガイのその瞳はあやしく昏く輝いていた。両の口角が歪に上がり笑みの形を取る。しかしそれは、普段飄々とした表情を崩さないこの男のものとは思えないほどの険を帯び、異様な雰囲気を纏っていた。

「それでも、ようやく奴隷のような生活もお役御免となりました。刑期としての奉公期間を終えて、俺は自由を手に入れたんです。

 でね。自由になった俺が、なぜいつまでも皇国に執着しなければいけないんです?

 皇国も公国も、俺にはムカつくクソったれ国でしかありませんよ」

 吐き捨てられるようにガイの口からキツイ言葉が飛び出していく。それは今日初めて謁見する異国の王に相対している時にするものではなかったが、その国王に自分の思いを伝える方法として、これ以上の物はなかった。

 そうして国王の方としても、その対応に嫌悪も忌避する気持ちも湧かなかった。

 むしろそういった人間臭い感情は国王にとって判り易いものであったし、国王になる前の男にとっては身近なものであったからだった。

 上から押し付けられる無理難題や不条理に振り回され、地位どころか命すらあっけなく奪われる。そんなことはこの国では日常茶飯事だった。かといって日常茶飯事だからと素直に受け入れるばかりにはいかなくて、そうして自分はここで国王などという立場になっているのだから。

 だから目の前の男が語る呪いともいえる言葉は、国王にとっては同志の誓いにも近いものだった。

「そうして、クソったれ皇国で培った知識と経験を生かして、辛気臭くて古臭い土地を生まれ変わらせる。

 それは男の、商売人としてのロマンでございましょう?」

 ニタァ、と目が眇めてガイは笑ってみせた。

 そこに見えるのはロマンなどという甘いものではない。復讐、言葉にはされなかったその執念じみた思いが透けて見えるようだった。

「シュトーフェル皇国内で長年商いを行ってきたからこそ、普段は他国の商会と取引をしないような古臭い考えに固執している奴らとでも取引ができるのです」

 如何ですか、私を使ってみる気にございませんか、そうガイが挑戦的に誘う言葉に、否という気は既にテネシズにはなかった。


「先にお伝えしておきます」

 下がれと指示を出したテネシズの前から席を立とうとしたガイが、ふと扉の前で立ち止まる。

 何を言い出そうというのか訝し気にするテネシズに向かって、最高に楽しそうにそこにいる男は話し出した。

「俺は長年、あの子供の気が赴くまま、手足となって地に這いつくばる様な生活を送ってきました。ですから、今でも顎で使えると思っていると思います。自分の物だと思っていやがる筈です。ですからこれからも、当然のように俺に指示を出してくるでしょう」

 不敬にも、今は単なる平民、商人でしかない男が一国の王と目線を合わせ勝手に話し続けるそれを、テネシズは黙ったまま聞いていた。

「テネシズを、ドカフート王国を陥れる手伝いをしろ、と。

 でも心配は要りません。俺がどちらを陥れたいか、テネシズ陛下にはすでにお分かりでしょう?」

 そこまで言い終わると一度深く頭を下げ、返事も聞かずその男は部屋から出て行った。



 テネシズは一週間ほど間をあけてガイを呼び出し、今度は直接会うことはせずにこの国での営業と共に輸出入への公認を与えた。

 勿論、この一週間でガイが話していたザコーバ公国でのガイの受けた扱いについて調べ上げ、納得した上での決定だ。

 公女が他国で犯した大罪について7年経った今も忘れられてはいなかった。わがまま放題を許していた大公家の者達はともかく、その無理難題を押し付けられてきた下級貴族や民衆にとって、その責を侯爵家の息子に押し付けて逃げ帰ってきたというスキャンダルは鬱憤を晴らすのに丁度良く、面白おかしいスキャンダルとして未だに酒場での酒の肴として未だに語り続けられていた。下世話すぎる話題ながら悲劇の主人公としてガイを謳う吟遊詩人までいる始末で、大きな尾鰭がついていることを考慮しても語られる話の主軸に違いはなく、概ねガイがテネシズに語ったことに嘘はないようだという報告が届いていた。

 そうして黙って許可のみを与えてからひと月後、テネシズはガイを呼び出した。


 ──思ったより早かったな。

 それが呼び出しを受けた時のガイの感想だった。

 ドカフート王国が密かに買い集めている小麦ではない、大麦やトウモロコシといった穀物を中心にシュトーフェル皇国やコーザ王国などからの輸入に務めてきた。それはドカフート王国の邪魔をすることなく農作物を扱う手腕を誇示するために選んだ。そうして得た結果がこれから出るのだと思うと、ガイは自分に似つかわしくもないと思いながらその緊張に身を震わせるのだった。



 案内されたのは先日の第二謁見室ではなく、なんとテネシズの執務室だった。

 扉を入ってすぐ平伏しようとしたガイを止める。それでも視線が書類から上がることはなかった。そのまま話し出す。

「済まないな。どうも書類仕事は苦手でね、なかなか完全に手を空けるのは難しいのだ」

 積み上がる書類の山に、この国王が背負っている難題の多さが忍ばれる。こうしてガイに話し掛けながらも、書類に目を走らせサインをする手を止めることはない。

 書類を睨むように読み進み、それぞれの案件を即執行・再考・却下の3つの山に振り分けていく、そのスピードは思った以上に早い。

 作業を進める濃い琥珀色の瞳は強い意志を感じさせた。そして、その強い意志でも消せない深い悲しみが底に沈んでいるようだった。

 初対面の時には感じることのなかったそれに、ガイの目が光る。

 凡庸というべきドカフート王国の新しい国王陛下において特筆すべき唯一がこの瞳の輝きかもしれないとガイは思った。周囲を欺き侮らせることのできる見た目からは想像もつかない強さを秘めた瞳に、『こりゃ思ったよりひと筋縄ではいかないな』そんな思いが浮かぶ。なるほどこれは寝首を掻かれるわ、そう思った。


「突然の呼び出しにも関わらず、即応じてくれたことを嬉しく思う。

 今日来て貰った件についてだが」

 いつの間に手が止まったのか。テネシズはそこまでいうと、つい、と視線をガイに合わせる。

 しばらくじっとそうしてガイの視線を探っていたテネシズが、ふっと笑顔を浮かべてガイに誘いかけた。

「資金は出す。シュトーフェル皇国とフェラン国の穀物を買い占めて欲しい」

 その言葉に、10を数えてガイはまず疑問を口にした。

「その2つの国でだけでしょうか? 小麦ならコーザ王国でも生産は盛んでございます」

 暖かな気候であるコーザ王国では、生育に時間の掛からない小麦は二期作どころか三期作できる地域まである。国の面積自体は大したことはなくても小麦だけでなく農産物に関しては堂々たる輸出国家だ。

 これからの季節ならこの国の港へ船で直接運び入れることもできる。単に備えを増やすという観点からいうなら魅力的な交渉相手だと言える。それはドカフートだけでなくコーザからみても同じだろう。つまり間に入るガイにとっても魅力満点ということだ。

 しかしその至極当たり前である提案を、テネシズは一蹴した。

「私の指示に従う気がないなら話はここまでだ。帰っていいぞ」

 書類に視線を戻し、ガイを見ることなく帰れと促す。

「失礼いたしました。では、確認だけさせて戴きたく存じます。輸入はシュトーフェル皇国とフェラン国からのみ。輸入品は小麦。そして資金はこのドカフート王国持ち。総量と価格は如何いたしましょう。足元を見られない価格で交渉をしながらとなると、現在の相場からすると…」

 数字を提案しようとするガイを、テネシズが止めた。

「よい。言い値で買い集めてきて構わない。幾らでも出そう。幾らでも買おう。そうだな、あちらの穀物庫が空になるまで買い付けてきて欲しい」

 軽い口調で告げられたそれは、ある意味戦争を仕掛ける手伝いをしろと言っているのと変わりなかった。

 ガイの視線が問い質すように見つめても、テネシズは書類から視線を上げることはしない。2人の間に、テネシズが書類にサインをする音だけが響いた。

「お承り致しました。ラメーリ商会のガイ、ドカフート王国よりのその発注、必ず成功させて参ります」

「よく計らえ」そう軽く返事はかえされ、そのままガイは執務室からの退出を促された。


 テネシズの側近であるリシャスの案内で会計司所に向かう間も会話はない。

 王城の建物自体は重厚な造りで、柱に施された彫刻も、天井を彩る彩色も、床に敷き詰められた大理石も、そのすべてが美しい。しかし、圧倒的に人の手が足りないのか、そこかしこに埃のようなものが溜まっている。また装飾品というものにも手を掛けておらず、本来なら飾り壺等が置かれているであろう場所には今は何も置かれていなかった。

 さきほどテネシズから申し渡された『言い値で買い集めてきて構わない』という言葉が意味するものとこの城の状態が重ならず、ガイは戸惑っていた。

「この城のちぐはぐさが気になりますか?」

 視線のみ動かしていたつもりでも、興味を持って観察していたことはバレバレだったのだろう。リシャスにそう問いかけられた。

「そうですね。自分が無実の罪による罰に服していた間に、色々とお有りだったと聞き及んでおります」

 無実というには程遠いが、それでも信じ込ませたい自分側の事情をさらりと織り交ぜながら答える。異物扱いをされるより、訳アリなのは同じだと共犯者めいた思いを掴めたらそれに越したことはない。

 狙い通り、前を歩くリシャスがくすりと笑った、そう思った。

「アナタが私達に親近感を覚えるのは勝手ですが、私としてはテネシズ様がアナタのような恩知らずの手を取られる事は不快感に近い物があります。

 シュトーフェル皇国に対してアナタの国が犯した罪は大きいと聞いています。不本意だろうとその罪への償いをアナタが国を背負ってすることになった。ですからザコーバ公国に対して不満を覚えることは判ります。

 しかし、被害者であるシュトーフェル皇国に恨みを抱くなど本末転倒も甚だしい」

 正論を諭されるとは思わなかったが、ガイは何も言わずにその自分への断罪の声を聞いていた。

「それでもアナタの手を取るとテネシズ様がお決めになったからには私もアナタのことを信じましょう。その恨みの深さを。ただし、テネシズ様を裏切った時は、覚えておいてください。私は地の果てまででもアナタにそれを返しに行きます」

 それは惚れ惚れするような鮮やかな決意表明だった。

 強い瞳が自分の主への忠誠に輝き、心酔を表明していた。

 言いたいことはいったとばかりにリシャスはくるりと前を向き直り、そこからは黙って人の少ない王城の中を先導していった。

 その迷いのない後ろ姿に、『いい部下持ってるじゃねえか』ガイはテネシズという男を見直すことにした。


 会計司所にて、資金の流れ、実際の商品の動かし方、ラメーリ商会の取り分、連絡方法などといった打ち合わせをする。

 そしてフェラン国内での商取引を行う上で、ガイが入国禁止になっていることを告げるとリシャスは呆れたという顔をしながらも、ガイに対して特別にドカフート王国内の戸籍を作ってくれた。なんと名前はそのままに、苗字をリシャスの物として即日発効された。

「…こういうのは不正っていうんじゃないんですかい?」

 胡乱な目で渡された身分証明の鑑札を睨みつけながらガイはそれを首に掛ける。

「我らが陛下の為に働き、我が国家に税を納める人間を、我が国の国民と認める。それのどこが不正だと?」

 不本意だと堂々と言い切られて苦笑する。なるほど。新しい国というのはこういった迅速で自由な対応が可能なのかと羨ましくなる。それは歴史あるという言葉にしがみついたままの故国と比べていたのかもしれなかった。


 そうして今考えられる内容について細やかな打ち合わせを終えてガイは王城を後にした。

 裏門から外に出て、高くそびえる城を見上げる。

「なんだよ、参ったな。ここの連中に愛着持ってどうするよ、俺」

 自分でもどうしてこんなにも心が揺れるのか判らないまま、誰にも聞かせる訳にはいかない心の内を、ちいさくそっと呟いた。



そうなの。お気づきになっていないかもしれませんが

この御話だけシリアスタグ付いてんで。最初から。

ギャグに転ばないよう頑張るのが今回の裏のテーマ

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