第27話 王都が分からなかった
再びあの聖騎士少女から逃走した俺は、防壁を飛び越えて街の外へ来てしまっていた。
……もう街には戻らない方がいいだろう。
また彼女に遭遇しかねない。
「よし、このまま王都に行こう」
ジャンに言われた思い出し、俺はこれからの方針を固める。
正直あいつの言うことがどれだけ信頼できるか分からないのが、それでも情報を得るには人が一番多いところに行くべきなのは間違いない。
問題はやはり、ちゃんと人と会話できるかだが……。
と、そこで俺は、それ以前の問題にぶつかった。
「……せめて王都がどこにあるか、聞いておくべきだったな」
周囲を見渡し、そして途方に暮れてしまう。
王都とやらがどちらにあるのか、まったく分からないのだ。
どうしようかと悩んでいると、あの音が聞こえてきた。
プオ~~ッ!
あの芋虫のような巨大鉄塊が街から飛び出してくる。
煙を吐き出しながら、あっという間に街から遠ざかっていった。
「俺がこの街に来たのとは別の方向だな」
恐らくまた他の都市へと向かっているのだろう。
「あれに付いていけば、もしかしたら王都に行けるかもしれない」
もちろんまったく違うところに行ってしまう可能性もあるが、そのときはそのときだ。
……人に聞けば早いだろう、などと安易に言ってはいけない。
コミュ症の人間にとっては、回り道をする方が遥かに簡単なことなのだ。
俺の場合、時間も体力も無限にあるしな。
◇ ◇ ◇
――ロマーナ王国王都。
西側諸国の中でも歴史と伝統ある国だ。
とりわけ王都であるここアルテは、遥か昔から栄えてきた街だけあって、街の至るところで古い建造物を見ることができた。
だが決して古いだけではない。
急発展を遂げている周辺国に乗り遅れまいと、新しいものを積極的に取り入れる活気に満ちた街でもあった。
そんな王都に今、各地から続々と避難する者たちが集まりつつあった。
「ここならきっと大丈夫だろう」
「ああ、この国で最も強固な都市だからな」
彼らが逃げてきた理由は外でもない。
ノーライフキングと呼ばれる、新たな大災厄級の魔物出現の可能性だ。
近年、急速に普及しつつある遠距離通話魔道具や新聞の力もあって、ここ数日で瞬く間にこの情報が拡散されたのである。
汽車はすでにどの便も座る場所がないほどで、値段の高騰に歯止めがかからない状況だ。
もちろん今はまだそれらを享受できる富裕層の間だけだが、これがもし庶民にまで知れ渡った場合には、予想もつかないほどのパニックに発展することだろう。
「教皇猊下は不安がる必要はないとの声明を発表されたそうだが、用心するに越したことはない」
「まぁ本当に大災厄級が現れたなら、たとえ王都だろうと一溜りもないだろうが」
「いやいや、そんなこともないぞ。なにせ、我が国の国王陛下は――」
きゃああああああっ!
突然どこからか悲鳴が聞こえてきて、彼らの会話が中断する。
何事かと目を向けた先にいたのは、街路樹を破壊しながら暴れ回る生き物――全長およそ二メートルの巨大な蜥蜴だった。
「ど、ドラゴンっ!?」
だが大きさから考えるに子供のドラゴンのようだ。
身体には途中で引き千切られた鎖が巻き付いているところを見るに、どうやら輸送中だったのだろう。
魔物愛好家の中でもドラゴンはとりわけ人気が高く、危険度が比較的低い子竜は彼らの格好のターゲットだ。
ここ王都でも、子供のドラゴンまでならば売買や飼育が認められていた。
「グルアアアアッ!」
しかし子竜とはいえ、ドラゴンはドラゴンだ。
いったん暴れ出すとなかなか手が付けられない。
加えて周囲にバチバチと電流のようなものを放出している。
雷竜と呼ばれる特殊な竜種なのかもしれない。
「お、落ち付けっ! ――ぎゃっ!?」
子竜を必死に落ち着かせようとしていた調教師が、雷撃を浴びて倒れてしまう。
もはや完全に子竜の暴走を止められる者がいなくなり、興味本位で状況を見守っていた人々も慌てて逃げ始めた。
と、そのときだった。
シュンッ、と鋭く風を切り、どこからともなく飛来した縄のようなものが、子竜の足を打った。
それだけで大きな身体がひっくり返り、傍にあった屋台に頭から突っ込む。
「グルァッ!」
すぐに起き上がろうとした子竜だったが、追撃が今度はその脳天を打った。
意識を失い、完全に沈黙する。
「ったく、騒がしいっちゃありゃしないねぇ」
舌打ちしながら気絶した子竜に近づいていくのは、下着並みの露出度の鎧を身に付けた女だった。
その手には、信じられないほど長い鞭が握られている。
「す、すげぇ……あんな長い鞭を使って、遠距離からピンポイントで子竜の足や頭を打ったのか……」
「何者だ、あの女……?」
「とにかく助かった……」
その一部始終を見ていた人々が安堵と賞賛の言葉を口にする。
そんな中、彼女の正体に気づく者もいた。
「あの赤い髪にあの格好……まさか、白金等級冒険者のエスティナじゃないかっ?」
そう、彼女はエスティナ。
コスタールの街で今話題のアンデッドと対峙し、そして、かつてない恐怖を味わった白金等級冒険者だ。
(各地の富裕層の連中が逃げてきている……考えることは同じってわけだ。早めに動いて正解だったねぇ)
実は彼女もここ王都の高い防衛力を頼み、避難してきた一人なのである。
(王都なら間違いなく安全なはず……はず、だよねぇ? ……高い金払って汽車を乗り継いで来たんだ。少なくとも、すぐにはここまで来ないはずさ、うん)
そう自分に言い聞かせるエスティナ。
しかし悲しいかな。
【大災厄級ノーライフキング、王都に急接近か!】の見出しが新聞に躍るのは、このすぐ翌日の朝刊のことだった。
「い、一体どうすれば……?」
「どうすればって、もはや逃げるしかないだろうっ」
「護るべき民を置いてかっ? 貴様っ、それでもこの国の政治を担う人間かっ!」
「黙れ! 私は知っているぞ! お前が秘密裏に王都脱出の計画を立てていることを!」
議場に怒号が飛び交っていた。
王都の中心に位置し、この国の政治の中心でもあるカンベイラ宮殿。
国を代表する貴族たちが集まり、この事態への対策を検討するはずが、気が付けば彼らは我が身可愛さに、自分たちが助かる方法ばかりを考えていた。
「沈まれ!」
力強い一喝が響き渡った。
一瞬にして沈黙した貴族たちが見たのは、議場の入り口に堂々と立つ偉丈夫だ。
「「「陛下……っ!」」」
議場に現れたのは、ロマーナ王国国王その人。
アレンドロス三世である。
すでに齢五十に達しているが、未だ若々しさを失ってはいない。
鍛え抜かれた体躯や見事な顎鬚は、まさに王者のそれだ。
「何を狼狽えているのだ。貴殿らがそれでは国民はますます混乱してしまうだろう」
「で、ですが、陛下……大災害級ともされるアンデッドが、ここ王都に接近してきていると……」
「もちろんすでに報告は受けている。我が国が誇る飛空艇部隊からの確かな情報だとな」
飛空艇は大勢の人を乗せて空を飛べるという、画期的な魔道具だ。
かつては力のあるごく少数の魔法使いだけが空を飛行することができたのだが、この魔道具の発明により非魔法使いであっても自在に空を移動することが可能になった。
索敵能力の向上にも大いに寄与し、近年では多くの国が飛空艇を用いた特別な部隊を組織している。
「は、はい。アンデッドは我が国の鉄道に沿う形で休みなく移動し、真っ直ぐ王都に向かってきているというのです……。その速度から推定するに、早ければ明後日には王都に到達する、と……」
「ふむ。ならば避難は間に合いそうにないな。パニックで無駄な被害を出さないためにも、王都からの移動を厳しく制限するべきだ。もちろん、住民たちにはここ王都に居れば間違いなく安全であると宣言する」
アレンドロス三世ははっきりと方針を口にする。
「そのノーライフキングとやらを迎え撃つ。余がいる限り、王都には一歩たりとも入れさせはせん」
それはすなわち、彼自らが兵を率いて出撃するという宣言だった。





