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第25話 ゴーストの集合体だった

「ふふふ、君は今日から僕の忠実な眷属だ……さあ、こっちにおいでよ」


 まるで幼い子供にでも呼びかけるように、ジャンが言う。

 俺はそれに魔法で答えた。


「ファイアボール」

「……は?」


 うん、やっぱり何ともないようだ。

 奴の支配下に置かれていたとすれば、こんな風に攻撃できるはずがない。


「ひぃっ!?」


 いきなり飛来してきた炎塊を、ジャンは咄嗟にしゃがみ込んで回避していた。


 意外と素早いな。

 どうやら当人もそれなりの戦闘の心得はあるらしい。


 まぁまだ死なれては困るし、あえて躱せるように放ったからなのだが。


「ば、馬鹿なっ!? なぜ僕を攻撃できる!? 確かに僕の術は発動したはずっ!」


 目を剥いて驚いているところを見るに、単に失敗したわけではなさそうだ。

 要するに俺には効かなかったということだろう。


 ……あれ?

 ということは、俺を浄化させることも不可能なんじゃ……。


 完全に期待外れである。


 いや、まだそうと決めつけるのは早い。

 ひとまず話を聞いてみるとしよう。


「……おい」


 俺はジャンに近づきながら声をかけた。

 って、なんか恫喝している感じになってしまった……。


「っ……」


 そのせいか、向こうは怯えるように一歩二歩と後退ってしまう。


 相手が人間だから緊張してしまったのかもしれない。

 そうだ、こいつを人間とは思わないことにしよう。


 生きた人間ではなく、アンデッドだと思えばいい。

 相手がアンデッドであれば、少しはまともに会話ができるはずだ。


 だがそんな俺のせっかくのナイスアイデアも、残念ながら台無しになってしまう。


「~~~~っ!」


 最後に残ったアンデッドの女が、俺の前に立ち塞がったのだ。


「い、いやっ……あたじはまだっ……消えだぐないっ……」


 しかし涙で顔をくしゃくしゃにしている。

 恐らくジャンの命令に逆らうことができないのだろう。


 ……さすがにこれはやり辛い。

 幾らアンデッドとはいえ、さすがに泣いている女を殺すのには抵抗があった。


 俺が躊躇していると、ジャンはそれを好機と見たのか、着ていた外套の中から何やら古い壺のようなものを取り出して、


「……そうだ、僕にはこれがあったんだっ! できれば取っておきたかったんだけど、こうなったら仕方がないっ!」


 そうして何を思ったか、その壺を思い切り放り投げた。

 地面に落ちて壺が割れる。


 すると中から猛烈に嫌な気配が噴き出してきた。


 どす黒く、禍々しい何かだ。

 実体はないものの、それは確かな存在感を伴ってそこにある。

 しかも無数に重なり合いながら蠢いていた。


『憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い』

『許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない』

『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』


 撒き散らされるのは凄まじい怨念の数々。

 聞いているだけで発狂しそうになるような悍ましい感情の洪水が、こちらへ押し寄せてくる。


「ゴースト……?」


 ゴーストは肉体を持たず、霊体だけとなってこの世界を彷徨い続けるアンデッドの一種だ。

 壺の中から現れたのは、夥しい数のゴーストの集合体だった。


「あははははっ! 僕が密かに収集し、じっくりと育ててきたゴーストの塊だっ! その数およそ三百っ! 圧倒されるほど見事な怨念だろう!? さすがの僕でも、これだけの数を集めるのには苦労したよ!」


 どうせ集めるならもっといいものを集めろよ。

 俺は心底からそう思った。


 ゴーストの集合体は一番近くにいた女アンデッドの身体に纏わりつく。


『おいで』

『こっちにおいで』

『あなたも仲間になるのよ』

「や、やめてっ! 放してっ! あたしを巻き込まないでぇぇぇっ!」


 どうやら彼女の肉体から霊体が引きずり出されそうになっているらしい。

 そんなことが可能なのか……。


 女アンデッドは涙と鼻水を垂らしながら、ジャンに懇願する。


「ジャン様、お願いっ! 助けてっ!」

「君はもう用なしだよ。そいつの一部になっちゃって」

「どうして!? 永遠に一緒だって、以前あたしに言ってくれたわよね!?」

「あはは、覚えてないなぁ」

「そんな――い、いやああああっ!?」


 ひと際大きな絶叫の後、女アンデッドの身体が糸の切れた人形のように崩れ落ちる。


『いやあああああああっ!?』


 一方で彼女の霊体は最後まで悲鳴を叫びながら、あえなくゴーストの集合体へと取り込まれていった。


「あははっ、こいつは霊体を喰らって永遠に成長していく代物なのさっ!」

『『『オアアアアアアアアアッ!』』』


 今度は俺の方へと向かってきた。

 ……怖っ!


 なにせ無数のゴーストたちが、世界を呪うような形相をして迫ってくるのだ。

 生前の俺だったらチビっていたかもしれない。


 俺は思わず心の中で叫んだ。

 こっち来るな!


『『『オアアア……?』』』


 するとなぜかゴーストの集合体が動きを止めた。


 え?

 もしかして俺の言うことを聞いた?


 いやいや、まさかな。

 しかも俺は心の中で叫んだだけだ。


 ……一応、試してみよう。


 三回まわって、わん。


 って、さすがにゴーストの集合体がそんなこと――


 ぐるぐるぐる。


『『『ワン』』』


 マジでやった!?

 今、間違いなく三回まわってワンって言ったよな!?


 よし、他にも試してみよう。


 お座り!


 ゴーストたちが一斉に地面に座り込んだ。


 伏せ!


 ゴーストたちが一斉に地面に寝転んだ。


 ……まるでよく躾けられた犬だ。

 しかも集団なのでなかなか見応えがある。


「っ!? ど、どういうことだい!? 一体何をしている!? 僕はそんなことやれなんて命令した覚えはないよ!」


 ジャンが焦っている。

 理由は分からないが、やはり今このゴーストの集合体は、奴の命令を完全に無視し、俺に従っているらしい。


 ん……?

 そのとき不思議なことに、怨念の奥底に隠された彼らの感情が伝わってきた。


『殺して』

『死にたい』

『もう許して』


 ……そうか。

 こいつらも好きでこんな状態になっているわけじゃないんだな。


 ジャンの奴が死霊術を使い、この世界に無理やり留まらせているのだ。

 それがいかに冒涜的なことなのか、今の俺にはよく分かった。


「……お前たちも早く安らかに眠りたいんだな」


 問うと、うんうん、と力強く頷いた。

 それに応えるように、俺は魔法を発動する。


「ファイアボール!」


 指向性を持たせず、その場に留まるように燃え上がらせた炎。

 霊体に魔法は効かない――それが常識ではあるが、恐らく俺の使う魔法はそうではない。


 ゴーストたちが我先にと燃え盛る炎へと飛び込んでいった。


『ああ……』

『これでようやく眠れる……』

『ありがとう……』


 そしてその姿が薄れ、やがて消えていく。

 やはり俺のこの火魔法には、ゴーストを浄化させてしまう力があるらしい。

 ……俺自身には効かないのだが。


「こ、こんな……こんなことが……」


 その光景を見ながら、ジャンがわなわなと唇を震わせていた。


「ゴーストと意思を通わせ、しかも自在に操る……まさか、君は……」


 そうしてすべてのゴーストたちが消え去ると。

 俺は怒りの籠った目でジャンを睨みつけた。


「ひぃっ?」


 それだけで腰が抜けたのか、ジャンはその場で尻餅を突いた。

 俺は近づいていくと、その喉首を掴み上げた。


「あ、あ、あ……」

「最後に、一つだけ問う。俺を……俺自身を浄化させる方法を知っているか?」

「うひっ……うひゃひゃひゃひゃひゃっ!」


 ……何か突然、変な風に笑い出したぞ。


「そんなこと僕でも不可能だっ! いひひっ! だけどっ、そうだねぇっ! 王都! この国の首都に行けば、何か分かるかもしれないよぉっ! うひひひひっ!」


 王都か。

 やはりこの死霊術師では、俺の期待に応えてはくれないらしい。


「そうか……じゃあな」


 俺はそのまま指に力を入れ、ジャンの首を握り潰した。

 そして死霊術師の身体が地面に崩れ落ちた、まさにそのとき。


「み、見つけたぞ!」


 ――聖騎士少女に追いつかれてしまった。

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― 新着の感想 ―
[一言] そんな大層な知識があるところなんか教会か国の中枢部だろうから無理矢理侵入させて人類の敵認定させる気か 大体こういう本来前に出ないやつは本体が別にあるか分体がいくつもあるかだな
[気になる点] ジャンは何故死ぬ前に笑い出したの?
[気になる点] 絶対人類の敵認定される展開やん…萎える… この手の勘違いは嫌いなんよねぇ…
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