第17話 追ってきていた
「何だ、あれは……?」
逃げるように街から去った俺は、不思議なものを発見して足を止めた。
それは街の方から始まり、遥か遠くまで延々と続いている謎の道だ。
もしかしたら街道だろうか?
だがその割に人が通っている様子がない。
見慣れぬそれが気になって近づいていってみると、どうやら二本の鉄の棒らしきものが遥か先まで伸びているらしかった。
周辺はごつごつした石が敷き詰められており、これではかえって人が歩き辛そうだ。
「街道じゃないのか?」
首を傾げていると、
プオオオオオオオオオオオオッ!
突然、街の方から大きな音が鳴り響いてきた。
何事かと目をやった俺は、思わず息を呑む。
巨大な黒い物体が、大量の煙を吐き出しながらこちらに向かってきていたのだ。
「芋虫の魔物か!?」
一瞬そう思ったが、よく見ると鉄の塊のようだった。
しかもそれが幾つも連なって、二本の鉄の棒の上を走っているらしい。
しばらくすると、それは俺のすぐ目の前を猛スピードで通過していった。
どうやら鉄塊には車輪が付いており、それが鉄の棒に噛み合わさる形で走っているようだ。
「こんな巨大な鉄塊がこれだけの速度で走るなんて……一体どんな原理なんだ……」
もちろん俺が生きていた頃に、このようなものは存在していなかったはずだ。
「っ……」
気づいたときには、すでに遥か遠くを走っていた。
俺は慌てて後を追いかける。
さすがに追いつけないかと思ったが、意外と簡単に最後尾に追いついてしまう。
そのまま煙を吐き出し続けている先頭まで進むと、今度は横を並走しながら巨大鉄塊を観察する。
「す……すげぇぇぇ~っ!」
その大迫力に俺は思わず感嘆の声を上げたのだった。
◇ ◇ ◇
あらかじめ敷かれた線路の上を走らせることで、短時間での長距離移動を可能とした巨大魔道具――魔導機関車。
通称、汽車。
今や世界各地で製造され、人や物の輸送に欠かせないものとなっていた。
しかし魔道具と言いつつも、その動力の大部分を占めるのは魔力ではない。
安価な石炭を燃やして熱を生み出し、その熱で蒸気を発生させ、さらにその蒸気の力を車輪を回転させるためのエネルギーとしているのである。
その熱を発生させるために、走行中、石炭を補給する役目を担っているのが機関助士と呼ばれる者たちだ。
その名の通り機関士の助手であり、その厳しい肉体労働を主に二人が交代で行っていた。
「おい、何よそ見してやがる。早く石炭を入れろ。また機関士にどやされるぞ」
石炭を補給していた機関助士のシャベルが止まっていることに気づいて、もう一方が注意する。
「なぁ、もしかして俺の目がおかしくなったのかもしれないんだが……列車に並走している人間が見えるんだが……」
「ああ? そんなわけ――なっ!?」
同僚に言われて初めて外へと目を向けた機関助士は、信じがたい光景を目の当たりにした。
白髪の青年が、この汽車と並走していたのである。
「何だ、あいつはっ!?」
「お前にも見えるのか……? やっぱ俺の目に異常があるわけじゃなかったんだな……」
「安心している場合か!」
そのとき機関士が血相を変えて彼らの元へと駆け寄ってきた。
どうやら彼も外を走る青年に気づいたらしい。
「もっと石炭をボイラーに投入しろっ! 今からさらに速度を上げるっ! 一刻も早く奴を引き離すんだっ!」
「「え?」」
「あの白髪に赤い目! 今朝の新聞に載っていたやつだ……っ! あれは人間じゃない! アンデッドだ! 万一この汽車に乗り込まれたら一巻の終わりだぞっ! 俺たちみんな殺される……っ!」
「「~~~~っ!?」」
二人の機関助士たちは顔を引き攣らせ、必死の投炭を開始したのだった。
◇ ◇ ◇
「ど、どうにかギリギリ間に合ったか……」
私は座席にぐったりと腰を下ろしながら、ひとまず安堵の息を吐いた。
汗で全身がびっしょりだが、股間のそれを隠せるためかえって好都合かもしれない。
あの恐ろしいアンデッドから自動車で逃走した私は、そのまま汽車の駅へ。
幸運なことにちょうど発車間際だった便へと滑り込んだのだ。
もちろん切符など買っていないが、そんなものは後からどうとでもなる。
鋭い汽笛の音とともに汽車が加速し、街がぐんぐん遠ざかっていく。
気持ちが落ち着いて、少し頭が冷静になってきた。
「そもそも、奴は私を追ってくる気などないのではないか……?」
あのときは気が動転して、どこまでも追いかけてくるに違いないと思ってしまったが、考えてみたら私一人を殺すためにそこまでするとは思えない。
あの場から逃げ切った今、すでに私は助かったと考えてよいのではないだろうか。
もちろんもうあの街には戻れない。
予定より随分と早くなってはしまったが、商会のことは息子に任せるしかないだろう。
自分の命の方が大切だ。
終点の王都に付いたら連絡を入れよう。
今は遠距離でも会話が可能な魔道具があるため、それである程度は指示を出せるはずだ。
そのとき、加速を終えてしばらく安定した速度で走っていたはずの汽車が突然、再び加速を始めた。
さらに周囲の乗客たちが窓の外を眺めながら騒めき出す。
一体何事だと、私は重たい身体を座席から起こし、窓の外を見た。
「~~~~~~~~っ!?」
するとそこにいたのは、猛スピードで走るこの汽車と並走している、あの白髪のアンデッドだったのである。
「や、や、や、やはりこの私を追ってきたのかっ……!?」
しかもあの不気味な笑みを浮かべたまま、こちらを見ており――目が合った。
「ひぐぅ――」
恐怖が頂点に到達した私は意識が暗転。
股間が再び温かくなるのを感じながら、失神してしまったのだった。
◇ ◇ ◇
……しまった。
まさか人が乗っていたとは。
いや、考えてみたら当然か。
こんな巨大な人工物が、無人で動いているはずがない。
鉄塊の先頭まで追い付いた俺は、そこで滝のような汗を掻き、何やら大変そうな作業をしている人たちを発見したのだ。
向こうも俺のことに気づいて慌て出した。
それはそうだ。
これだけの速度で走ることなど、普通の人間には不可能だろう。
プオオオオッ!
再び大きな音を響かせ、鉄塊が加速し始めた。
今の俺なら十分付いていける速度だったが、さすがにこれ以上の並走はやめた方がいいだろう。
俺は少しずつ遅れていく。
すると今度は、窓らしき場所から人々が顔を出してきて、注目されてしまった。
どうやらこの巨大鉄塊は、人を輸送するためのものだったらしい。
馬車よりも遥かに速く、しかも大人数を運ぶことができそうだ。
だがそのせいで大勢の人たちに見られてしまっている。
そして彼らの表情を見るに、例外なく怖がったり怯えたりしていた。
「こ、怖くないよ……?」
頑張って笑顔を向けてみたが、生憎と効果はまったくない。
「……ん? あれはもしかして……」
彼らの中に見知った顔を発見する。
先ほど会ったばかりの小太りの男性だ。
「なるほど。もしかしてこれに乗るために急いでいたのか」
そう納得していると、なぜか彼は白目を剥いて、すぐに見えなくなってしまった。
巨大鉄塊が走っていた二本の鉄棒。
人の輸送手段として使われているのだとすれば、これを辿っていけば別の都市に着くことができるのではないだろうか。
「もしかして俺、頭いいかも……?」
自らの推測に確信を持った俺は、この鉄棒を頼りに進んでいくことにした。
鉄塊と並走するのはもちろん、走ることもやめた。
まだまだ幾らでも走ることができそうだが、別に急ぐ旅ではない。
それに街に行くにしても、やはり夜に忍び込む方が安全だろう。
「しかし、あれだけ走ったのにまったく疲れていないとは……持久力までとんでもないな……」
自らの身体の異常性に改めて驚愕しながら、俺は延々と歩き続けたのだった。