第16話 なぜか知られていた
私の名はジェームス。
父が設立した小さな商会を、たった一代でこの都市ダーリでも有数の商会にまで成長させた男だ。
そしてこの私の経営手腕にかかれば、いずれこの国一の大企業にすることも可能だと自負している。
「それにしてもこの自動車と呼ばれる魔道具は便利だな」
高い金を払って購入したが、仕事上、街中を移動することが多い私にとって、非常に良い買い物だったように思う。
自動車。
近年、これまで主流だった馬車に代わり、世界各国で急速に普及し始めている画期的な魔導具だ。
魔力を動力源としているため維持費は決して安くないが、馬や御者が不要なため、馬車と比べると幾らかマシだ。
操縦も比較的簡単で、この私でも少し練習すればすぐに自在に乗り回すことができるようになった。
今日も私はこの自動車を操縦し、自宅から商会事務所へと向かっているところである。
「む?」
すると前方に、道のど真ん中を堂々と歩く者がいた。
音で気づいたらしくこちらを振り返ったが、なぜかその場に留まったままだ。
プ~~~~~~~ッ!!
私は警笛を鳴らした。
しかしそれでも道を開けようとしないので、私は仕方なく自動車を停止させると、窓から身を乗り出して怒鳴った。
「おい、邪魔だぞ! 早くどけ!」
「あ……すん……せん……」
帽子を深く被っていて顔はよく見えないが、どうやら若い男のようだ。
ぼそぼそと聞き取りにくい声で何かを言ってから、男は大人しく道の脇へと寄った。
一体どんな輩なのだと、私は通り過ぎるときに帽子の中を覗き込んだ。
――そして見てしまった。
「っ……真っ白い髪に、赤い目っ……」
私の脳裏に浮かんだのは、つい先ほど自宅で朝食を取りながら読んだばかりの新聞の記事だ。
【災厄級アンデッド出現か】
世界有数の魔境として知られる〝エマリナ大荒野〟。そこから最も近い都市であるコスタールで、24日、白髪赤目のアンデッドが発見された。
冒険者ギルドによると、白金等級や金等級の冒険者たちが対峙するも、あらゆる攻撃が通じなかったことから、未知のアンデッドと断定。折しもコスタールへ接近中であった大災害級の魔物タラスクロードに食べられたが、驚くべきことに硬い甲羅を突き破って脱出したという。
しかしその後なぜか姿を消した。なお、コスタールに被害は出ていない。
冒険者ギルドはこのアンデッドを、冒険者たちを震撼させたその不気味な笑みにちなみ〝笑う死神〟と暫定的に命名。
さらにはその危険度を「災厄級」、場合によっては「大災厄級」に指定すべきと主張しているが、未だ具体的な被害がない状況のため、王国政府は慎重な姿勢だ。
同アンデッドと対峙した一人、冒険者ギルド・コスタール支部ギルド長のバルダ氏は、「我々が助かったのはただ運が良かっただけだ。あのアンデッドはその気になれば、いつでも人類を滅ぼせるだろう」と語っている。
「け、今朝の新聞に載っていたのは、本当だったのか……っ?」
私は戦慄する。
……いや、まだそうと確定したわけではない。
普通の青年が白く髪を染めているだけかもしれないし、赤い目だって何か特殊な方法で色を付けているのかもしれない。
と、そのときだった。
にこ~。
「こ、この恐ろしい笑みっ!? やはり新聞に書いてあった通りだ……っ!」
笑う死神。
まさにその名に相応しい、見た者を魂の底から震え上がらせるような笑みを浮かべたのだ。
次の瞬間、私は咄嗟に隠し持っていたそれを握っていた。
後から考えれば、むしろ危険極まりない行為だったと思うが、このときの私は恐怖のあまり動転していたのだろう。
私がその死神に向けたのは魔導拳銃だ。
小型で軽量なため携帯性に優れた魔道具で、商売敵に命を狙われた際の護身用として使っている。
ここ最近の魔導拳銃は、開発競争により威力と命中性がかなり向上しており、オークくらいなら殺してしまえるほどの殺傷力を持っていた。
通常、銅級冒険者が必要なオークの討伐が、私のような戦闘経験のない人間でも引き金を引くだけで可能になるのだから、魔導技術の進歩は凄まじいものがある。
パァンッ!
耳をつんざく破裂音とともに銃弾が発射された。
無論、私には弾道など見ることはできないが、しかし確実に相手の眉間を打ち抜いたはずだった。
これでも射撃の腕には自信があるのだ。
「……?」
だというのに、死神は額を軽く抑え、首を傾げているだけだ。
眉間には傷一つ付いていない。
こ、殺される……。
私は死を覚悟した。
こちらから何もしなければ、まだ見逃してもらえたかもしれない。
だが、あろうことか私は自ら攻撃をしてしまったのだ。
し、死にたくない……っ!
まだ私には成すべきことがあるのだ。
商会をもっと発展させねばならないし、私の跡を継ぐ予定の息子にまだまだ教えるべきことが沢山ある。
ブルオオオオオオオオオオオオッ!
死にたくない。その一心で、私は思い切りアクセルを踏み込んでいた。
自動車が急加速し――どんっ!
死神を弾き飛ばしていた。
だが私はそのまま構わず自動車を爆走させた。
人々が慌てて避けていく。
お、追ってこない……?
私は恐る恐るサイドミラーからちらりと後方を見た。
すると何事もなかったかのように立ち上がりながら、こちらを見てくる死神の姿が――
にこ~。
「ひいいいいいいっ!?」
あの笑みの意味を私は直感した。
――どこまで逃げようが無駄だ、地の果てまで追ってお前を殺してやる。
「い、嫌だっ……死にたくないっ! 私はまだ死ぬわけにはいかないのだぁぁぁぁぁっ!」
駄々をこねる子供のように泣き叫び、じわじわと股間に温かいものが広がっていくのを感じながら、私は藁にも縋る思いでアクセルを踏み続けたのだった。
◇ ◇ ◇
何かが破裂したような音。
そして小太りの男性が俺に向けてきたL字型の見慣れぬ物体から突然、石塊っぽいものが発射された。
それが俺の眉間へと直撃する。
「……?」
今のは一体何だったんだ?
俺が首を傾げていると、
ブルオオオオオオオオオオオオッ!
という轟音が響き渡り、謎の馬車が急に動き出した。
角のあたりが腰に激突して、俺は弾き飛ばされてしまう。
もちろん痛くも痒くもなかったが、いきなり発進するなんて危ないな。
恐らくだが、中に乗っている男性が操って動かしているのだろう。
そのことを謝ることもなく、猛スピードで走り去っていくなんて。
しかしまぁ、この程度で怒るほど俺は狭量な人間ではない。
……今はアンデッドだが。
周りにいた人たちが心配そうな顔で俺に注目している。
そんな彼らに無傷だとアピールするべく、俺は笑顔を見せた。
にこ~。
「「「ひぃっ!?」」」
あれ?
何でみんなして顔を引き攣らせて一歩後退ったんだ?
そのとき誰かが声を震わせて叫んだ。
「は、白髪赤目……まさか、新聞の……っ?」
「お、俺も読んだぞ……っ? 笑う死神だ……っ!」
そこで俺はいつの間にか帽子が足元に落ちていることに気づく。
石塊が眉間に当たったときか、その後に弾き飛ばされたときに脱げてしまったのだろう。
それにしてもまたシンブンだ。
さっきの小太りの男性もそんな言葉を口にしていたが、生憎と俺はそれを知らない。
「こ、殺されるっ!?」
「に、逃げろぉぉぉっ!」
何人かがそう叫んで走り出すと、それを皮切りに次々と人々が悲鳴とともに逃げていく。
「ま、待ってくれ……お、俺は……怪しいやつじゃ……」
必死に訴えようとするも、会話の苦手な俺にはもはやこの状況をどうすることもできなかった。
それにしても、この白髪と赤目だけでここまで怯えられるなんて……。
しかも何人かは、まるであらかじめ見知っていたかのような反応だった。
「すでにこの街にまで情報が伝わっているのか……? だが俺の移動より早いなんて……一体どうやって……?」
そう言えば、遠く離れた場所へ一瞬で移動する魔法があると聞いたことがある。
それを使える魔法使いが、偶然にも二つの街を行き来していたのかもしれない。
「……いずれにしても、もうこの街にはいられそうにないな」