パティスリー コリン・ヴェールの初日終了
「ご来店、ありがとうございましたっ! 」
開店初日、と言っても半日しか営業をしてはいないのだが。なんとか無事に乗り越えた。
「あれあれ? 翠ちゃん、バテバテ? ってイテテ。」
「君が翠ちゃんって呼ぶな。」
そう言ってガトーは楂古聿の耳を引っ張った。
「お前なんか呼び捨てにしてんじゃん。」
「僕は先生だからいいの。」
「せ・ん・せ・い? 」
思わず楂古聿は目を見開いた。楂古聿にはガトーが人にモノを教えるとは思えなかったから。
「何の冗談だ? 究極の超天才パティシエと呼ばれたお前が? お前のセンスや才能は誰かに教えられるようなもんじゃないぞ? 」
二人の会話を聞いていた翠が恐る恐る聞いた。
「あのぉ、ひょっとしてガトーって凄い人? 」
「何言って… 」
翠の問いに答えようとした楂古聿をガトーが制した。
「僕はパティスリーコリン・ヴェールのパティシエ、オンドリュー・ガトー。それ以上でも、それ以下でもないよ。」
「… だとよ。」
「だとよって… 」
「本人がそう言ってんだ。それ以外ねぇよ。それより採用の件、合格? 不合格? 」
「ごめんなさい。悪いけど雇えないの。」
「あんな頑張ったのに? あの忙しさ、二人じゃもたないでしょ? 」
言われてみれば、というか言われなくてもその通り。いったい、ガトーはどんな宣伝をしたと云うのだろうか。
「簡単に言うと、君の給料を保証できないんだ。」
「そう言うアンディの給料は? 」
「僕の給料は食事付きの部屋だけだよ。」
「そう、ルームシェアって…ンググ。」
不意に翠はガトーに口蓋された。
「へぇ~。」
「ち、違う。シェアハウスだ。部屋は共有してないっ! 」
訝しげに二人を見る楂古聿に向かってガトーは慌てて訂正した。翠も自分の間違いに気付いて顔真っ赤にしていた。
「ふぅ~ん… まぁ、そういう事にしといてやるよ。取り敢えず馬に蹴られて、って云うのは御免なんで通いにするから。明日からも宜しく! 」
「待て。なんでそうなる? 給料の保証は出来ないと言っただろう? 」
「そっちこそ、何言ってんだ? この俺と、あのオンドリュー・ガトーが手を組むんだ。客が来ない訳が無ぇだろ? 店の稼ぎも、俺たちの給料も直ぐに払えるようになるさ。」
それから楂古聿は一歩近づいてガトーだけに聞こえるように言った。
(俺を雇わないと、あの方に報告しちまうぜ? )
(君に見つかったくらいだ。遅かれ早かれ見つかるだろ? )
口にこそ出さないが、楂古聿もそれもそうだと思っていた。
(なら、尚更だ。あの方がもし、この店を狙うような事になったら、俺は役に立つと思わないか? )
「男同士で、何こそこそ話してるんですか? やぁらしぃ… 」
「僕に変な趣味はないっ! 」
思わずガトーは楂古聿を押し退けた。
「冗談だってば。あのぉ、本当に直ぐにお給料、出なくても大丈夫なんですか? 」
「それって… 採用って事!? 」
翠の言葉に楂古聿の表情が緩んだ。
「翠、初日が順調だったからって明日からは分からないんだよ? 今日のお客さんのうち、どれだけがリピーターになってくれるのか、人を増やすのは、それを見極めてからでいいんじゃない? それに、この町の人全員が月一回来てくれてもギリギリじゃないかな? 」
確かに、この小さな田舎町の人口ではその通りかもしれない。
「その心配は無用じゃねぇ? 」
楂古聿は自信ありげにそう言った。