パティスリー コリン・ヴェールの重大発表
「当面の間、商品を個数制限します。」
「ええぇ~… アレ?」
翠の発表に驚いたのはクレモンティーヌだけだった。
「このままじゃアンディが倒れちまう。そうだろ? 」
楂古聿の言葉に翠は頷いた。
「僕なら大丈夫だよ。売れる時に売っておかないと、離れたお客さんを呼び戻すのは大変なんだ。」
真剣に訴えるガトーだったが、翠は首を横に振った。
「今のうちは、四人でコリン・ヴェールなの。誰1人欠けても困るの。誰かが欠けたら私たちの夢が終わっちゃうの。私も、私の夢も、私の店も守ってくれるんでしょ? 今、貴方が倒れたらお家賃だって払えなくなっちゃう。そしたら、一緒に居られなくなっちゃう。」
思わず楂古聿とクレモンティーヌは顔を見合わせた。
「最後のが本音よね? 」
「あぁ、最後のが本音だろうな。でも、オーナー。その心配は無用だぜ。」
「えっ!? 」
翠は状況が掴めなかった。
「家賃滞納したって、追い出したりしないだろ? 大家さん。」
そう言って楂古聿はガトーの肩を叩いた。
「楂古聿、いつから気づいた? 」
「最初に言ったろ、あのお方の命令でお前を捜してたって。」
「何それ? なんで? クレムは? 」
「あぁ~… こないだ楂古聿から聞いた。」
「皆で私に隠してたの? 酷い… 」
「待てよ、オーナー。」
店を飛び出しそうになった翠の腕を楂古聿が掴んだ。
「こいつは、あのお方… つまりアイリスのCEOの命令で調べた結果だ。本来、守秘義務ってのがあるのかもしれねぇが、誰も文句言わねぇだろ。ここの土地は最初っからアンディがオーナーに貸す為に買ったものだ。この国じゃ同業からの引き抜き防止として退職条項に一定期間の現場復帰を規制するってのは、よくあるんだ。ただ、その間だったり、次の仕事が決まるまでだったりは退職条項によるが、賃金を前の職場が保証する。で、こいつは、その殆どをこの店に注ぎ込んだんだ。」
そこまで言われて翠には疑問が湧いた。
「それって、なんか変… 。だって、ガトーと出会ったのって、このお店が出来てからよ!? 」
「三年前、アンディに当時のアイリス社長令嬢… つまりイリスとの縁談が降って湧いた。誰もが受け入れると思った縁談をアンディは断った。それは、縁談の話しを貰う3日前、アンディは一人のお客に恋をした。」
翠には楂古聿が突然、何の話しを始めたのか分からなかった。戸惑う翠を余所に楂古聿は話しを続けた。
「その異国から来た少女は、たまたま品出しで店舗に居たアンディの差し出した試食を口に頬張ると、満面の笑みで美味しいを連発しながらも、的確な感想を述べたそうだ。ろくにアンディの顔も見ず、並ぶケーキを選びながら、その少女はいつか自分のお店を持つ事が夢だと語った。アンディは、その少女に店を出したら雇ってくれるか聞いたそうだ。その少女は相手が業界実質No.1とも知らずに、ケーキ作りが上手になったらと答えたらしい。」
「ちょっと待ったぁっ! 」
2つの声が同時に響いた。
「息、ピッタリ。」
それを聞いたクレモンティーヌが呟いた。
「なんで、そんな事を覚えているんだ? 」
「何、言ってんだアンディ? この話し、三日間で7回も聞かされたぞ? 」
「お、多い… 」
ちょっとクレモンティーヌが呆れた。
「それって… 」
「アンディが大企業の令嬢と社長の座を棒に振ってまで選んだ相手はオーナー、あんただ。」
傍目にも翠があたふたと動揺しているのが分かる。
「慌て過ぎでしょ、オーナー。二人っきりにした方がいい? 」
「ちょちょちょちょっと無理無理無理。」
翠は思わずクレモンティーヌの腕にしがみついていた。