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パティスリー コリン・ヴェールの新作菓子

 この町への出店計画が頓挫し、アイリスの攻勢は一端、落ち着いたように見えた。翠も、このところは落ち着いている。

「なぁ、アンディ。どう思う? 」

「何がだい? 」

 楂古聿の質問の意味を掴みかねたガトーが聞き返した。

「イリスの事さ。そう簡単に諦めるとは思えないだろ? 」

「そうだね。でも、他所の会社を気にしてるほど、暇じゃないだろ? 」

 確かに、連日の盛況を見せる中、余計な心配をしている余裕は無かった。そんな折、パティスリー コリン・ヴェールを一人の紳士が訪れた。

「社長!? 」

 ガトーと楂古聿が同時に声を挙げた。それはコンフィズリー アイリスの現COO、つまりイリスの父親、アーテュであった。

「社長はやめてくれないか。もう私は君たちの社長ではないし、アイリスの社長でもない。COOというのも名ばかりだ。二人とも、元気そうで何よりだ。」

 にこやかに話すアーテュの様子にガトーは、昔と変わらぬ安堵感と、イリスとの温度差を感じていた。そんな最中さなかに翠が大慌てでやって来た。

「ハァハァ、わ、私がオーナーの丘です。ご、ご用件は私が伺います。」

 そこまで言って、目眩を起こした翠をガトーが抱き止めた。

「どうしたの、そんなに慌てて? 」

「だ、だってクレムが、今度はイリスのお父さんが乗り込んで来たって… 。」

 ガトーは翠に座るよう促した。そんな睦まじい様子にアーテュが楂古聿を見やると、楂古聿は軽く二度ほど頷いた。

「どうやら、うちの娘はオーナーに色々と御迷惑をお掛けしているようですね。まぁ、原因を作ってしまったのは私なのですが。そもそも、ガトーと娘の縁談を企んだのは私なのです。娘も大いに乗り気だったのですが、ガトーの気持ちを確かめる前に娘に話してしまったのは失敗でした。アイリスの次期社長と娘を同時に手に入れる。これを断る菓子職人など、いるはずがない… 驕りでした。そして三年も過ぎれば娘も忘れるだろう… 誤算でした。私は個人的には、うちのように国中、何処でも同じ味を提供出来る店と、こちらのように、此処でしか食べられない店があってもいいと思っているのですが。とはいえ、私もアイリスのCOO。私の父はどうもイリスに甘いもので、社長の決定を後押しするようです。」

「つまり、最高執行責任者として最高経営責任者の判断に従うと? 」

 楂古聿が分かりきった事を敢えて聞いた。

「ええ。この周辺地域の売り上げが低迷している事、ガトー、楂古聿の両君がアイリスに欲しい有能な人材である事に変わりはない。ただ、父親として娘にガトーへの個人的な想いは諦めるよう、話してはみますよ。そうそう、手土産にうちの新作をお持ちしたんでした。すっかり忘れていました。新型の保冷容器なので問題ないはずです。それでは、また。」

 アーテュは立ち上がると、翠に軽く会釈をして出ていった。

「イーだ。べーだ。二度と来るなっ! 」

 クレモンティーヌは聞こえないくらい遠退いたアーテュの後ろ姿に悪態を吐いていた。

「色恋が絡まない分、社長より手強そうだな。」

 そう言って楂古聿はアーテュの手土産を開けた。

「さすが新型。うちの予算じゃ、とてもじゃないが導入出来ないな。」

 そして中の菓子を口に運ぶと二、三度咀嚼して動きが止まった。

「どうしたの、楂古聿さん? 」

 黙って楂古聿が保冷容器を差し出した。そして、三人も同様に動きを止めた。

「やべぇくらい、旨ぇな… 。多分… あのお方の考えたレシピだ。」

「あのお方? 」

 翠とクレモンティーヌが不安そうに尋ねた。

「アイリスの創業者、アベル・ヴンサン。」

 笑顔の消えた翠の肩をガトーが抱き寄せた。

「アイリスの親子三代が本気って事だ。こんなちっぽけなケーキ屋が、あんな大企業に本気を出させるなんて凄いじゃないか。向こうが新作なら、こっちも新作を作ろう。翠、手伝ってくれるよね? 」

「えっ、でも私、まだ何も… 。」

「ここはパティスリー コリン・ヴェール。君の店だろ? 」

 そう言われて翠が首を横に振った。

「ここはパティスリー コリン・ヴェール。私たちの店、私たちの夢、私たちの居場所。」

 翠の言葉にガトー、楂古聿、クレモンティーヌの三人も力強く頷いて、手を重ね合わせた。

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