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パティスリー コリン・ヴェールへ宣戦布告

 パティスリー コリン・ヴェールのある町から遠く離れた、この国の首都。その中でも一際目立つ建物が在った。それは周辺諸国を含めても最大級の洋菓子チェーンの本社である。この日、朝から会議は揉めていた。

「最近、売り上げが落ちているって、どういう事? 」

 社長席に座っていた少女が思わず立ち上がった。

「ですが、イリス社長。グループ全体としては 順調に伸びております。この田舎町周辺の一角だけの落ち込みなど、気にされずともよいのでは? 」

「その油断が危険なの。客なんて流され易いんだから。うちより人気の店なんて出来たら、あっという間に客取られちゃうわ。」

 イリスは自分がお飾りの社長である事を自覚していた。創業者でもあるCEOを祖父に持ち、COOを父に持つ。確かに社名コンフィズリー・アイリスのアイリスはイリスの事で、イリスが産まれた時に祖父が社名を変更したものだが、経営は実質、祖父と父が行っている。それだけに、自分にも経営者としての能力があると認めさせたいイリスにとって売り上げの落ち込みは看過出来なかった。

「いいわ。私自ら、その地域に出来たケーキ屋を視察して来ます。私がアイリスの社長とバレないよう、ともの者は不要です。」

 そう言い残してイリスは部屋を出た。

「まったく、困ったお嬢様体質だ。」

「まぁまぁ。次のCEOはCOOの先代でしょうから、我々の定年までは安泰でしょう。」

「くれぐれも先代、先々代には健康に気を使って貰わねばなりませんな。」

 扉の外で中から聞こえて来た会話にイリスは唇を噛み締め、拳を握り締め堪えていた。



「ふぅ、とんだ田舎町ね。こんな田舎町に行列のできる店のケーキ屋なんて本当に在るのかし… 」

 イリスは言葉を詰まらせた。目の前にはアイリス本店でも見ないような行列が出来ていた。

「き、きっと店内が狭いせいね。客をこんなに待たせるなんて、なんて店かしら。」

 そう言いながらも、行列して待っても食べたいケーキが、どんなものか気になった。

「いらっしゃいませ。お持ち帰りですか? 店内でお召し上がりですか? 」

「えっ…と、て、店内で… 。」

「何名様ですか? 」

「ひ、一人で… 。」

「では、こちらへどうぞ。お一人様でぇす。」

 翠の接客に呆気にとられながら、イリスは喫茶へ通された。

「いらっしゃ… イリス!? 」

 イリスの顔を見て楂古聿が固まった。イリスも固まっていた。

「あ、楂古聿さんの知り合い? 悪いけど挨拶は短めにネ。レジ入りまぁす。クレム、案内お願い。」

「はぁ~い。」

 翠はレジ打ちに回った。そして何故かクレモンティーヌも手伝っていた。気候が違うので翠の国ほどではないが、それでも繁忙期と閑散期があり、柑橘農家が忙しくない時限定で手伝うことにした。

「それで楂古聿。何故、貴方がここに居るの? 」

「まぁ、色々とありやして。ご注文は何にしやす? 」

「相変わらず言葉遣いは治らないのですね? でも、腕は認めます。貴方が関わったのなら、ガトーショコラと… シャリマティをいただこうかしら。」

「オーダー、ガトーショコラとシャリマティっ! 」

「ウィ」

 楂古聿の声に応えて、翠がティサーバーに多めに茶葉を入れる。この辺の水質が硬水のためだ。ストレートティならポットサービスなので『カップの為のもう一杯』だが、シャリマティはカップサービスだ。淹れた紅茶にオレンジのスライスを浮かべ、クレモンティーヌの農園で、オレンジの花から作られた蜂蜜を添える。

(何、この紅茶… 美味しいじゃない。で、でも問題はケーキよっ! )

 イリスはガトーショコラを一口口に運ぶと、おもむろに立ち上がった。

「楂古聿っ、これは… この味は… 。」

「お察しの通りですよ。アンディと俺が、ここのパティシエとショコラティエ。あ、アンディは今、手が離せないよ? 」

「こ、ここのオーナーに会わせてちょうだいっ! 」

「最初に会ってるじゃん。」

 多少、興奮気味のイリスに楂古聿は翠を差した。

「か、彼女がオーナー? こんな若いが!? 」

「おいおい、あんただって、歳は変わらないのにアイリスの社長じゃん? 」

 イリスには翠の方が若く見えていた。翠も、この国では若く見られる事には慣れていたのだが。

「ア、アイリスの社長さん!? そんな凄い人が来てくれるなんて、ありがとうございます。」

「勘違いしないでちょうだい。これは敵情視察。うちのパティシエとショコラティエを引き抜くなんて、いい度胸ね。」

「えっ!? 敵? 引き抜き? 」

 翠には、まったく話が見えていない。

「根も葉もない噂を立てるのは、やめて貰えますか? 大手の社長が自ら嫌がらせとはみっともない。」

 それは店の騒ぎに奥から出て来たガトーだった。

「僕が翠と暮らし始めたのは、アイリスを退社した後です。変な言い掛かりはやめていただけますかっ! 」

「く、暮らし… 」

 思わずイリスは目眩を起こした。

「な、なんて破廉恥な… 。決めたわ。この地域の売り上げとアンディは必ず取り返してみせます。翠っていったわね? これは宣戦布告よ。覚悟なさいっ! 」

 憤ってイリスが店を出ようとしたが、クレモンティーヌが呼び止めた。

「9フラン30サンチームになりまぁす。あ、システムが無いんで現金のみになりますね。」

 カードに手を伸ばそうとしたのを察して言葉を接いだ。

「おつりは結構よ。」

 10フラン札をクレモンティーヌに渡すとイリスは足早に帰って行った。

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