表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白い月  作者: 四分音符
5/6

優しい時

1


―どのくらい歩いただろうか。

気付けば私は、隣街まで来ていた。


(結構歩いたなあ…。)


街は、夜が明けようとしていた。

昨夜雨が降ったのが嘘みたいに、空は晴れ渡っていた。


私は、寒くもない手のひらをポケットに入れた。

入っていたのは、月の飾りがついたペンダント。


私はそれを、そっと自分の首につける。


(これは、大切なあの人にもらったもの…。)



私はふと、いつかの帰り道を思い返した。


(何で私は、あの日…。)


後悔は、あの日からずっと残ったままだ。


―それなのに、私は死んでしまったから。


後悔はもう、後悔のままで、ずっと消えることはない。


(だからこそ、このままで終われないよ…。)


私は、足を止めずにまだ歩く。

日はまだ昇らないのに、街はもうそんなに暗くはなかった。


(あなたの街…。)


この街に、私の一番の心残りがある。



杠未来(ユズリハ-ミライ)は、私と同級の男の子である。

高校2年のときに同じクラスになったのがきっかけで、私たちは出会うこととなる。


ある日、私は休み時間に読書をしていた。

「冷たい雨」というタイトルの、ちょっと悲しい小説である。

この本は、少し前に買ったばかりで、まだ読み始めたばかりだった。



私が黙々と読んでいると、いきなり前方から声がした。


「あ、俺それ知ってる。」


急に声をかけられて、びっくりしながら私は顔を上げる。

そこにいたのが、まさしく未来であった。


「えっと…。この小説のこと?」


私がそう聞くと、未来はさっぱりとした笑顔で答えた。


「そうそう、それ。俺も好きなんだよ。」


「そうなんだ…? 私はまだ読み始めたばかりなんだけど…。」


「あ、そーなんだ! じゃあ内容は話しちゃまずいね。」


「うん、ごめん。もうちょっと待っててね…!」



それは、初めてとは思えないくらいに話の弾んだ、私たちの出会いであった。



それからというもの、私と未来はよく話をするようになった。

学校の話や小説などの話、たまに…恋の話とか。


私たちは、話を始めると本当によく弾んだ。

私はもともと喋る人じゃないから、たぶん相性が良いんだと思う。


(今思えば未来と、すごいたくさん話したなあ…。)



―私は、物心ついたときから本が好きである。


そしてそれは、今も変わらない。


でも、未来に出会ったあの日から、私は本を読まなくなっていった。



2


未来と出会ってから、数ヶ月。

私と未来は周りも認めるほど、仲が良くなっていた。


そして私はいつしか、未来を好きになっていた。


未来の優しさ、楽しさ、頭の良さ。

笑顔、声、話し方まで。


―あなたの全てが好きでした。


でもそれももう、失った。



それは、私が死ぬ前の、木曜日だった。


学校が終わって、未来と私は、帰り道を一緒に歩いていた。


実は今まで、家の方向が違うのもあり、私は未来と一緒に帰ったことはなかった。

だから、私はいつになく嬉しくて、一緒に帰るってだけで幸せを感じていた。



―あなたと、もっと話していたい。


ずっと一緒にいたい。


あなたと一緒にいる時間が、楽しい。

あなたになら、私を全てさらけ出せるから。

あなたの前でなら、素直な私でいれるから。


(未来と一緒に帰れるなんて…、たまらなく嬉しい…。)


そんな私の気持ちとは裏腹に、未来は気安く話題を振ってきた。


「優月って、A型っぽいけど、B型なんだ?」


私は、嬉しさを抑え切れずに、笑顔で答える。


「…うん、そうだよー。 未来はA型だっけ?」


「そう、よく知ってるじゃん。」


それでも私たちは、いつものように何でもない話をしていた。

秋が終わって、夕方だけど風が冷たく感じた。


「そういや、A型とB型って、相性悪いらしいぜ。」


でも私は、未来のその発言に、ちょっとムッとした。


「…え、そんなことないよ! …だって、未来と私、相性良いじゃん。」


「あはは、そうだな。でも本当は分からないぜ?」


「えぇ、何でー?」


「優月、裏の性格がありそうだもんなー。」


たぶん、未来は冗談で言ったんだと思う。

暗い私を、からかったんだと思う。


でも、人一倍傷つきやすい私には、その言葉が刃物となって心に突き刺さってしまう。


「え…、そんな…。」


確かに私には、裏の性格があるのかも知れない。

でも、あなたに見せる私は、全部本当なのに。

あなたの前でなら、素直になれるのに。


…私が見せている私は、嘘だって言うの…!?


「そんな… 嘘なわけないじゃん…。」


私の涙ぐんだ声に、未来は慌てた。


「え…!? いやいや、ちげーよ!」


「…違くないよ!」


私は震えた両手で、未来を突き飛ばした。


「おわっ! …おい待てって!」


そしてそのまま、泣きながら走って帰った。

未来は、追いかけては来なかった。


帰る途中で、雨が降ってきた。

冬の雨は冷たく、身体の体温を奪っていった。



私は家に帰ってからも、しばらく泣いていた。

でも悲しみはすぐに、後悔へと変わった。


(未来は何にも悪くないのに…、あんなひどいことしちゃった…。)


そして次の日、私は学校を休んでしまう。


(私、何してんだろ…。)



―思い返してみると私は、自分のことしか考えてなかったのかも知れない。


未来を想う気持ちは、未来に対する優しさなんかじゃない。

私の中で勝手に造り上げた、私自身なんだ。


(ごめん、未来…。)


報われない気持ちに、行き場所なんてなかった。



ゆっくりとこぼれ落ちる涙とは相反し、ただ時間は刻々と過ぎていった。



3


―朝日が、山の間から昇った。


(日の出…。)


私は、眩しい目を細めた。


(あの日、まさか2日後に自分が死ぬとは思わなかったなあ…。)


大切なもの、大事なこと。

大抵そういうものって、失ったあとで後悔する。


失う前に、もっとできることがあったんじゃないかって。


―でも、後悔したところで時間は戻ってはくれない。


(だから今、私はここにいる。)



考え事をしながら歩くうちに、私は未来の家まで来ていた。


(ここもまた、懐かしいなあ…。)


私は、未来が毎朝ランニングをしていることを知っている。

そして確か、日が昇ってから走ると言っていたことも覚えている。


(だから、そろそろかなー?)


私は、未来の家の前で座って待ち伏せすることにした。

しばらくすると、玄関のドアが開いて、誰かが出てきた。


(―未来だ。)


未来は、何ひとつ変わっていなかった。


私の知ってる未来だった。


未来のまとっている雰囲気や匂いは、私にしてみれば唯一無二なもの。


(ああ、懐かしいこの感じ…、未来以外の誰でもない。)


私は思いにふけながら、ストレッチをしている未来に近づいた。

しかし未来は、私に気付かず、今にも走り出そうとしている。


―そうだ、私は姿がなかったんだ。


(あ…、ちょっと待って…!)


私は焦った。


(未来、私はここにいるよ…!)


未来は既に軽く走り出していた。


(お願い、気付いて…!!)


未来の背中が、どんどん離れていく。


しかし、その時だった。


「未来っ!!」


―静かな朝の空気に、私の声が響いた。


自分でもびっくりした。


(今、声が出た…!?)


前を見ると、未来が立ち止まって私のほうを振り返っている。

びっくりしたような顔をしながら。


そして走って近付いてくる。


「優月…!?」


「え、未来…!?」


未来は私の前まで走って来ると、息を切らしながら言った。


「優月…、本当に優月か!? どうしてここに…!?」


私はわけが分からなかった。


(未来には、私が見えるの…!?)


私は、冷静じゃなかったけど、頭を無理やり切り替えて未来に伝えた。


「未来、あのね…。私、伝えたいことがあって来たの…。」


「優月…。」


「あ、でも待って…。」


(突然の出来事で、未来は今、私以上に冷静じゃないだろうな…。)


私たちは、冷静に話すために、とりあえず近くの公園に向かうことにした。



4


私は、死んでしまったあの日からの経緯を全て未来に話した。


天国への階段のこと。

自宅に戻って、母親に会いに行ったこと。

月見ヶ丘で、詩織に会ったこと。

こうして未来に会いに来たこと。


そして、死んでから気付いたこと。


大切なもの。

もう戻らないもの。


未来は、私の話を包み込むように聞いてくれた。

私もまた、伝えたい想いを話せるだけ話した。


「でも、本当にごめんね…。あの日の帰り道…。」


「ああ…、あれは本当に俺が悪かった。ごめん、優月…。」


「ううん。ありがと…。」


固い結び目は段々と、やわらかく解けていく。


そして重い話は、いつものように何でもない会話になっていった。


「あ…!! 未来、そろそろ学校行かないと。」


「何言ってんだ、今日は日曜だろ。」


「そーなんだ? 曜日感覚がなかったから…。」


太陽は段々と高度をあげ、空気が暖かくなっていく。


「でも、優月…。」


「うん、何?」


「これからは、ずっと一緒にいられるのか?」


「えっと…。」


私は半ば忘れていたけど、今は仮の姿である。

本当は、未来とずっと一緒にいれたらいいけど、それはしちゃいけない気がしていた。


私の帰るべきところ。

それは家でもなく、未来でもなく、天国なんだ。


私はそんな運命を背負っているかのようだった。


「ごめん…。私はもう、死んでるから…。帰るべきところがあるの。」


「そうか…、もう、一緒にいられないのか…。」


「でも、1日だけ…。」


―どうか、1日だけ、運命に逆らわしてほしい。


今夜中に、きっと帰ります。


「うん、分かった…。」


未来は私の気持ちを悟ったのか、深く頷いた。

それを見た私は、あえて明るく言う。


「何で重い顔してるのさあー?」


「え、だってさ…。」


「私は、もう二度と未来に会えないと思ってた…。それは未来も一緒でしょ?

 でも、こうして今話してる。それだけで幸せだと思うの…。」


「うん、それもそうだな…!」


「せっかくだから、どこか遊びに行こう…?」



そして、私と未来は2人きりで街に遊びに行った。


楽しくショッピングをしたり、ゲームセンターで遊んだり。

お腹が減ってはご飯を食べ、カフェでお話をしたりもした。


それはそれは楽しい、まさに恋人のようなデートだった。


(でも、知り合いに会ってしまったら、色々とどう説明しよう?)


しかしその日、知り合いに会うことはなかった。


(そうだ、これはきっと…。)


―きっと今日は、許された1日なのだ。


だから私の身体もちゃんとあるし、人として人らしく行動できる。

喋れるし、お腹もすくし、寒さだって感じる。


「おーい、何してんだ優月、早く行くぞー。」


「あ、ごめんごめん。 今行くー!」


「そういえば、言い忘れてたけど、そのペンダントつけてくれてるんだな。」


「うん、そうだよー! 似合ってるでしょー?」



私は、また未来と一緒に過ごせることに、今までにない幸せを感じていた。



5


―私たちは公園に戻ってきた。


日が傾いて、沈もうとしている。

街はもう、既に夕方になっていた。


「あー。楽しかったな。」


「そうだね…。楽しかった。ありがとう、未来。」


「いや、そんなそんな…。」


未来がベンチに腰をかけたので、私もその左隣に座った。


そのとき、冷たい風が吹いた。


(やばい。寒いかも…。)


今まで寒さを感じなかった分、夕方の寒さを体感する。


それに、未来が気付いた。


「優月、寒いのか?」


「あ、うん…。ちょっとね。」


「上着貸してやるよ。」


未来はそう言って、自分の上着を脱ぐと私に被せてくれた。


「あ、ありがと…! 未来は寒くないの!?」


「これくらい平気だよ。心配すんなって。」


「ふふ、ありがと。」


公園内はやけに静かだった。

ベンチの2人の影が、長く伸びていく。


(もう…、日が、沈む…。)


時が経つのは早いもので、日はあっという間に山に沈んでしまった。


2人の間に、沈黙が訪れる。

日の入りは、1日の終わりを意味するからだ。


そして私は、何かにそそのかされるように立ち上がる。


「私、そろそろ行かなきゃ…。」


―もう、未来ともお別れだ。


(夢を見れただけで、幸せだったよ、ありがとう…。)


私は空を見上げる。

綺麗な一番星が、輝いていた。



―そのとき。


「ちょっと待って!!」


未来がいきなり立ち上がった。


そして突然、私を抱きしめる。


「え、ちょっと…!?」


「俺、ずっと好きだった。…優月のこと。

 だから…、離したくなくてさ…。ごめん。」


私はなぜか、涙があふれた。


「私だって…、ずっと…好きだよ…。」


「…うん。」


「好きなのに…。お別れなんて寂しいよ…。」


私は、大粒の涙をこぼして泣いた。

輝き始めた星たちが、滲んで見える。


未来は、更にぎゅっと抱きしめてくれた。


「元気でな、優月…。」


「うん…。未来こそ…。どうか幸せに過ごしてね…。」


「うん、ありがとな。」


―そのとき、身体が空気に溶けていくのを感じた。


私の身体が、宙に浮かび始める。


未来が私の手を握ろうとして、空振りしてしまう。


「優月…!!」


「未来…、今までありがとう…。ごめんね…。」


私の身体は、夜空に吸い込まれるように、ふわふわと高く飛び上がった。


未来がどんどん、見えないくらいに小さくなっていく。

一生懸命、私に手を振っているのが見えた。


そして見えなくなってしまう。


(またいつか…会えるといいな。)


しばらくすると私はもう、自分の意思で飛んでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ