月と太陽
1
しばらく歩いていると、雨が降ってきた。
雨は身体をすり抜けていくから、私にとっては特に変わらないけど。
でも、何となく街の雰囲気が哀しげになるのを感じる。
(今夜は雨かあ…。空も曇っている…。)
私は、また歩き続けた。
どうしても行きたかった場所があったのだ。
(この道も、何だか懐かしい…。)
私はしばらく歩いたあと、街のはずれにある小さな公園に立ち入った。
ちなみに公園の中央は、小高い丘になっていて、月見ヶ丘という名称がついている。
そう、その名の通り、月を眺めるには絶好のスポットなのだ。
私は公園内を歩いて月見ヶ丘の真ん中まで来ると、遠慮なくどかっと座った。
そして夜空を見上げる。
本降りの雨の夜は、もう既に更けていた。
(今日はやっぱり、月が見えない…。)
私は、高校時代によく友達と2人で、この丘に来ていたことを思い返していた。
(詩織、元気かな…。)
音羽詩織(オトワ-シオリ)は、私が中学時代に知り合った女の子である。
詩織は明るい性格で、何といっても笑顔が可愛い子だった。
だから男子にもよくモテたし、人付き合いも広かった。
そして、暗い性格の私となぜか気が合ってからは、2人で遊ぶことが多くなった。
詩織の家からこの公園が近いこともあり、夜に2人で集まることもよくあった。
恋の相談をしたり、勉強を教えあったり、私が落ち込んだ時には慰めてくれたり。
私を月と例えるなら、詩織はまさに太陽みたいな子だった。
(私のこと、心配してるかな…。)
私は、月の見えない曇り空に、詩織と過ごした風景を思い描いていた。
2
いつしか、雨はやんでいた。
そのことに私が気付いたときにはもう、夜空も雲が晴れつつあった。
そして、雲が晴れた隙間から、月の光が降り注いだ。
(こんな夜更けに、お月さまだ…。)
真っ白く光り輝く月。
それまで暗かった公園内を、優しく照らした。
(これは寝待月、かな…?)
ちなみに寝待月とは、夜に寝ながら待ってると昇ってくるくらいの、遅い月のことらしい。
高校のときに、物知りな詩織が教えてくれた。
(それにしても、綺麗だなあー…。)
―と、そのとき、遠くから静かな足音が聞こえてきた。
私は身体を起こして、足音が聞こえるほうに目を向ける。
(こんな夜更けに…、まさか…。)
長くて黒い髪に、吸い込まれそうな大きな目。
月明かりに照らされていたその人は、紛れもなく詩織だった。
3
(詩織…!!)
私は立ち上がって、近付いてくる詩織に向かった。
(…詩織? 私だよ、優月だよ…!!)
私は、精一杯詩織に伝えしようとしたけど、それは思うだけで言葉にならなかった。
そして悲しいことに、遠い目をしている詩織の視界にも、私は映っていないようだった。
(詩織…、私が見えないの…。)
立ち止まる私の身体をすり抜けて、詩織は月見ヶ丘へと歩いていく。
そしてさっき私が座っていた場所に腰を下ろした。
そして、さっき私がしていたように同じ月を見上げる。
(私はここにいるのに、気付いてもらえない…。)
私は立ちつくした。
それにしても、何でこんな遅い時間に詩織がここに来たのかが私には疑問だった。
(家の近くなんだし、わざわざ遅い時間に来なくてもいいのに…?)
そのとき、夜空を見上げていた詩織が、突然つぶやき始めた。
「優月…」
私は突然名前を呼ばれて驚いた。
「優月…、どこに行ってしまったの…?」
そうつぶやくと詩織は、顔を伏せてしまった。
私はそれを、独り言だと理解するまでに少し時間がかかった。
(詩織…、泣いてるの…?)
私は丘の中央まで歩くと、詩織のすぐ隣に座った。
俯いている詩織の身体は、微かに震えているのが私には分かった。
泣いてるのと、寒いのと、恐らく両方なんだと思う。
そうだ。詩織はきっと、私がいなくなってから辛かったんだ…。
だから私を想うために、わざわざ月が出てからこの丘に来たんだ。
それにもしかしたら、詩織は毎日ここに来ているのかも知れない。
(ごめんね。詩織…。)
私は、抱きしめられない詩織を後ろから抱きしめた。
私がここにいるってことをどうしても伝えたかったし、何より安心させたかった。
でもやっぱり、詩織は私の存在に気付くことはなかった。
しばらくして、詩織は顔を上げて立ち上がる。
そしてすすり泣きながら、公園を後にした。
(詩織…。離ればなれになっても、私たちは永遠に親友だよ…?)
私は、離れていく詩織の背中に問いかける。
でもたぶん…、詩織にとっては、私は思い出の中でだけの存在になっていくと思う。
何となく、そんな気がした。
(…もう、帰ろう。)
しばらくしてから、私も公園を後にした。