涙と決意
1
朝の眩しい光で目が覚めた。
私は、眠い目をこすりながら上半身を起こす。
(ん、ここはどこだろう…?)
いつものベッドの上…? と思いきや、そうじゃない。
その割には、やけにフワフワしたものの上にいる感覚。
周りを見渡すと、そこはただ、真っ白いフワフワが続く世界だった。
そして、ところどころの下の隙間から、山や海や街が、遥か小さく見える。
どうやら、ここは相当高いらしい。
(ま、まさか…)
自分でも信じられなかったけど、私は今、フワフワ雲の上にいる。
(何でこんなところに…。)
そのときふと、昨夜の出来事が頭の中を巡った。
車が猛スピードで突っ込んできて…
避けた私は用水路に落ちて…、
(そうだ…。あのとき、私死んじゃったんだ…。)
不意に悲しい気持ちになった。
私はつい、母親の悲しそうに涙ぐむ姿を思い浮かべてしまった。
今頃、家族や友人は悲しんでいるのかな…。
大切な人が悲しむことほど、自分にとって辛いことはない。
いや、でも、雲の上といえど、今自分はここに確かに存在している。
本当に自分が死んだのか、まだ実感が沸かない。
(死んだ後の世界なんて、考えたこともなかったけど…)
もしかして自分の身体が無いのかとも考えたけど、見るとちゃんと存在していた。
手もあったし、足もあった。
でも、少しだけ透けているようだ。
手で遮っても、遥か遠くの景色はうっすらと見える。
(要するに、今の私はユーレイってことね…。)
私は、不意に肩の力を抜いた。
と同時に、身体がフワッと宙に浮いた。
重力に縛られている日常の世界とは違い、私は空中を思い通りに動くことができた。
(ユーレイって空も飛べるんだ…。)
私は、せっかくなので色んな場所に行ってみることにした。
2
まず初めに訪れたのは、虹の架け橋。
距離があったのでずいぶんと飛んできたけど、やっと虹の最先端にたどり着いた。
普段は遠くにしか見えなかった虹も、実際に近くで見ると、かなり大きくて、そして綺麗だった。
どうやらこの架け橋は、小さなキラキラの粒子が集まってできているみたいだ。
(見とれるほどキレイ…。)
私は思わず、虹の架け橋を向こう岸に向かって歩き始めた。
虹を渡ることは、私の幼い頃の夢だった。
(こんなに長かったら、到底渡り切れないけど…。)
しばらく歩いてたけど、私は途中で橋を渡ることを止めて、また空に飛び出した。
次に訪れたのは、天使のはしご。
私は、あえて地上付近に来て、空を見上げる。
そして、はしごが降りてくるのを待った。
すると雲の隙間から、光が放射状に漏れ出して、幾つもの天使のはしごが地上に降り注いできた。
(何とも神秘的…。)
私は、そのうちの1本のはしごを上り始めた。
上りながら改めて見渡すと、幾本もの天使のはしごは、まさに天衣無縫な光の筋だった。
とある詩人が、光のパイプオルガンと表現したのも納得できる。
(パイプオルガンかあ…。)
私は上りながら、とある友人がピアノを弾く姿を思い出していた。
(…あの人は、今元気にしてるだろうか…。)
私は不意に悲しくなった。
涙がこぼれて、遥か下の小さな景色に吸い込まれていく。
それでも私は、はしごを上り続けた。
(…私のバカ。)
はしごを上り切るのには、結構かかった。
でもずっと考え事をしていたせいか、体感的にはあっという間だった。
はしごを上った先は、最初に私がいたフワフワ雲だった。
そして雲に降りるなり、私は座り込んだ。
(居場所も行き場所もないのに、私は何をしてるんだろ…。)
私は泣いた。
涙が枯れるまでひたすら、泣いて泣いて泣きまくった。
3
泣き疲れた私が、俯いていた顔を上げると、想像もしないものを目の当たりにした。
いつしかそこにあったのは…、階段。
ひたすら上まで続いている、幅の細い真っ白な階段だった。
(白い階段…。)
でも、それが何の階段なのか、考える前に直感で分かってしまった。
―これは、天国への階段。
これを上れば、天国に行ける。
何も確証はないのに、私にはそんな気がしてならなかった。
(私が幼い頃に死んだおばあちゃんも、この階段を上ったのかな…。)
私は何となく、その階段を上り始めていた。
(これを上ったら、悲しみのない世界に行けるのかな…。)
しかし、私はふと足を止める。
なぜか、この階段を上ってはいけない気がした。
「まだ、上る時じゃないよ。」
と、心の中の自分が言った。
(うん、そうだよね…。)
―でも、本当は自分でも分かっていたんだ。
(私には、やり残したことがある。)
もう二度と、楽しかった日々には戻れない。
でも、もう二度とみんなに会えないわけじゃない。
(もう一度、あの人に会わなきゃ…。)
私はそう決意し、フワフワ雲を飛び降りた。




