最優先事項の女の子
>BOCCHI
進んでゆくのは王宮の……何処か。
何らかの名称があるのかも知れないが、もちろんそれはわからない。
目的地は、政務のための会議が行われている大きな部屋だ。
政務にあたる大貴族達が詰める部屋でもあるのでなかなか豪華な造りで、かなり大きかった。
大きいのは単純に“お付きの者”が多いからではないかと考えているが、これにも確証はない。
で、現在その部屋に向かっているわけだが――この道順であっているかどうかも、実は確証がない。
……午前中に1度、確認したんだがなぁ。
横を歩くマドーラは――やはり知らないんだろう。
ここで無茶を言うほど馬鹿では無いつもりだが……どうにも話題がない。
緊張しまくっているマドーラに声を掛けた方が良いのはわかっているのだが、その糸口がわからない。
間違いなく俺はコミュ障。
しかし、こういう時、マドーラに語るべき言葉を一発で探り当てるのだろうか、コミュ力オバケ達は。
マドーラが朝起きてから、普通に生活を始めて貰った。
朝食は俺が作る――というかでっち上げる。
俺は何となくいつもの和食にして、マドーラとキルシュさんにはトーストを中心に。
キルシュさんはもちろん抵抗したが、俺とマドーラ2人がかりの説得によって、一緒に食事となった。
洗い物まとめておかないと不便だしな。
で、昨日と同じ格好をしていたマドーラだったが、昨晩のウチにアレコレ服をでっち上げておいたから、キルシュさんに頼んで、色々試して貰った。
ただキルシュさん自身の着替えは叶わなかった。
……これだけ聞くと俺がしっかり変態みたいだが、他意はもちろん無い。
それに彼女はあのデロッとした格好で、動くのもあまり苦にしてないようなので、しつこく言うのは止めておいた。
その後、部屋の中の家電製品についてアレコレ説明して、最終的に洗濯機を使いこなし始めたところで、俺は白旗を揚げることにした。
何という柔軟な頭の持ち主である事か。
……多分十代なんじゃないかぁ?
そして、本日のマドーラのファッション。
ストロベリーブロンドを太い1本の三つ編みにまとめ、それをライトブルーのリボンが彩る。
上はベージュのパーカー。ボトムスはオレンジ地にチェック柄のキュロット。
濃紺のタイツに、スタッズベルトスニーカー。
……これが“お姫様”の装いである。
何か取り返しの付かないことをしてしまった気もする。
キルシュさんが、こっそりと頭を抱えているのを目撃したりしたが……気にしたら負けだな、うん。
それにこの子供サイズの服が壊れスキルで出てくる理由を考えてみたのだが――どうもなぁ。
ある仮説を思いつきはしたのだが、さすがにうがち過ぎな気もする。
おびき出したら確認してみたい。
とにかく今は、子供服に不自由しないことを喜びたい。
で、ご飯が終わったところで、さっきも言ったけど俺とキルシュさんが、家電研修を行っている間は、マドーラはフリーとなった。
で、マドーラは自分の部屋に戻らずに、キッチンとは間仕切りの無い俺の住居部分に上がり込んで、ゲーム三昧。
しっかり靴を脱いで。
あぐらをかいて。
……それならそれでスタッズベルトスニーカーとか止めておけば良いのに。
それからキルシュさんと別れて、マドーラと打ち合わせ。
こういう場合、即座にゲームを止めることが出来るのはなんだかんだ言って、育ちの良さなんだろう。
……決してポーズ機能が面白かったからでは無いと信じたい。
そこで、このままではキルシュさんの負担が大きいから、あと数名侍女に来てもらう予定である事を告げる。
少しばかり戸惑う表情を浮かべたが、次の瞬間にはしっかりと頷いた。
やっぱり良い子……というか、何か“人を使う”ということを理解しているように思う。
……これで、あぐらである事を直してくれればな~
その後はキッチン周りの器具について簡単に説明。
IH式だから、危険は少ないはずだがこれで自分でお茶ぐらいは煎れることも出来るはずだ。
……うん、今度はスリッパみたいなのを用意しよう。
洗濯を終え服を畳み終わった後、キルシュさんと侍女にはどういう技能が必要かと言う部分を詰めて貰っていたら、昼の時間になった。
……また俺が準備するしかないわけだが。
本当に料理番のようだ。
マドーラはこういう未来図が見えていたのだろうか。
――マドーラ、恐ろしい娘!
とか、頭の中に浮かんでくる分、まだ余裕があるのだろう。
俺に見えているのは絶対この先、レパートリーが枯渇する未来図。
確かに、別に俺が作るわけじゃ無いけどさ~取りあえず、ホットプレートでお好み焼きな。
案の定、キルシュさんが抵抗の構えを見せたが、
「お好み焼きをバラバラに食べるとか、それってどんなファンタジー?」
ぐらいの勢いで、説明をしたことで再びテーブルを囲んでの昼食となったわけだ。
そして、お好み焼きをつまみながら昼以降の行動予定を告げる。
マドーラが起きてくる前に、今日は会議が行われることと、そこまでの道順を確認してあったので、マドーラにも会議に出席するように要請してみた。
ごねられると思ったからな。
キルシュさんには昨晩、マドーラが積極的に動かないとジリ貧になる……的な事を説明していたのが功を奏したのか、消極的中立ぐらいの構えをとってくれているらしい。
で、マドーラはまず1番にゲーム機を見て、自分が着ている服を見て、それからお好み焼きを見て――最後に俺の言葉を思い出したんじゃないかな?
こっくりと、何も言わずに頷いた。
……もしかしなくても、この子、資質だけならピカ1ではないか?
いや俺が論評したところで、何ら価値は無いのだけど――少なくとも俺がかなりやりやすくなったのは事実だ。
せいぜい有意義に利用することにしよう。
……とか思い出してるウチに、見覚えのある彫像までたどり着いた。
ごく普通の戦士像だったんだが、どういうわけか盾二枚持ちが印象に残ってたんだよな。
で、ここを基準にして、脳内マップを無意識に構築していたのか、ここからはスッキリだ。
その分、人とすれ違いそうになることも多くなったが……マドーラは人影が見えても、怯んだ様子はない。
その理由を色々考えてみるが、何故か、
――自分のやるべき事を果たそう。
という感じの、前向きな決意のように感じてしまうのは何故だろうか?
別に頭を悩ますわけでもなく、間違いなくマドーラを贔屓目に見てしまう俺の心境が影響しているんだろう。
あまり入れ込みすぎると、壊れスキルが――とも思うが、マドーラは恐らく友人を求めてはいない。
恐らくは自己防衛本能に近いものがあるだろうが、周囲の様子を絶えず観察している。
その上で、自分の行動を決め、決めた以上は迷いを抱かない。
(行動しながら、色々と迷ってばかりの俺とは随分違う)
自嘲気味にそんなことを考えて歩いて行くと、ようやく目的の部屋に到着だ。
俺が――というよりマドーラがやって来るであろう事は、当然知っているのだろう。
部屋の前には丸腰に見える有象無象がいたが、本当に“いる”というだけで、何ら意志のようなものは感じられない。
……まぁ、理由もわかるけど。
やむなく俺は軽く首をならした。
「俺とマドーラが来るのはわかってましたよね? 出迎えは要りません。退いてくれますか?」
取りあえず、声を掛けてみたが……動きませんか、そうですか。
さて、どうしたものかな――“踏み付け”はマドーラが近くにいる状態では使いにくいし、いよいよ殺しておくか。マドーラにも……
「そ、そこを空けてください」
マドーラから声が発せられた。
決して大きくもないし、緊張で震えているし、威厳も何も感じられなかったが――
――それは間違いなく“王”の言葉。
どんな大貴族が、いかなる命令を発していたとしても、その言葉はすべてに優先される。
有象無象は顔を見合わせ、やがて扉の前から引いていった。
俺流に解釈するなら、
「職場放棄に正当な理由が出来た」
ということになるんだが、ここはマドーラの決意に敬意を表しておこう。
実際、彼女の声が迷っていた有象無象を退かせたのは事実だしな。
俺は壊れスキルのスイッチを意識しながら、両開きの扉を開ける。
片方だけで十分だけどな。
そして、わざわざ口に出して宣言してみる。
「――さあ、王の登場だ」
……念のために確認だが――マドーラの格好に引いたわけでは無いよな?




