交錯
リナと言えば――
「ナベツネ」と名乗った正体不明の男に喧嘩を売って、模擬戦にもならずに、こけてしまった冒険者である。
その後しばらくの間は、大人しくしていたが最近になって、不思議な事を言い出していた。
曰く――
――あれは転んだんじゃない。何かの“力”が働いていたんだ。
と。
もちろん、それを頭から信じる者はいなかった。
それならそれで、その時にそういうことが起こったと訴えれば済んだ話であるからだ。
しかし最近になって、あれは脅されていた、と主張を始めたのだ。
「あのナベツネという男の謎の力に押しつぶされそうになって。やむなく“転んだ”ということにしてしまっただけ。私はあんなにドジじゃ無い」
概ね、このような話を繰り返し続けている。
あの模擬戦が評判になって、斥候職として身を立てていくのが難しくなっただけだ――と、周囲の冒険者達はすげなく流していたわけだが。
たまに話に反応した者が現れても、
――結局、ナベツネが使った“力”というのは何なのか?
というところで、信憑性が消失してしまう。
そのような力をもたらすスキルに思い至るものは無かったし、ナベツネという男が魔法を使わなかったことは、多くの証言から明らかだったからだ。
結果として、リナは中堅クラスの冒険者であったにもかかわらず、パーティーに招かれることもなく、組むことも出来ず、現在に至る。
……というわけである。
そのリナの話を親身になって聞いていたのはルコーンだけであった。
「ガーディアンズ」の他の面子は、それぞれの方向に、今少し冷静にリナの話を聞いていた。
「――つまり、その力に“アテ”がないか? というのが君の話だな?」
ザインが改めて確認した。
リナは首をすくめて、肯定した。
「……どうだ?」
「ないな」
「残念ながら……」
「「ない」」
と、ザインの呼びかけにあっさりと応じる面々。
ザイン自身にも心当たりが無いのであろう。
「あの……そのナベツネという方もギルドに所属しているのでは?」
ルコーンがそう尋ねると、リナは表情を僅かに歪めた。
「そ、その、ギルドに所属してないみたいで……」
「他の街のギルドって事か?」
「い、いえ、そもそも冒険者では無いみたいで……」
その言葉に双子が顔を見合わせてニヤリと笑い合う。
確認したサムも、耳をほじりながら視線を外した。
「それは依頼人として、冒険者ギルドに来たということか――依頼の内容はわかっているのか?」
ザインが続けて尋ねる。
「はい。ある商会が冒険者を雇いに来たんです」
「……その辺は普通なんだな」
「い、いや、普通じゃ無くて……」
リナはそこから、ナベツネが関わったショービジネスと、それが王都でどれほど流行っているのかを説明を開始。
あっという間に、王都の重要人物となってしまったランディ――リナが下に見ていたランディ――の説明には苦慮していたが、王都にやって来たのは数日前である「ガーディアンズ」にとっては、実に興味深い話でもあった。
ザイン、ルコーンはもちろんのこと、いったん興味を無くしたサム達も、熱心にリナの説明を聞いている。
「それちょっと見てみたい」
と、最終的にはキリーが言い出すまでになったが……
「それならナベツネという方についても、普通に尋ねてみれば良いんじゃないでしょうか?」
新しいショービジネス自体には、いまいち関心を持てなかったルコーンが話を元に戻す。
「それが……もう商会からは抜けているらしくて……」
「それは……」
何とも怪しすぎる話だ。
「ガーディアンズ」の全員が、眉根を寄せる。
その反応に、誰よりも違和感を感じたのはリナだった。
「あ、あの……あたしの話信じてくれるんですか?」
「……信じる? 何をです?」
ルコーンが応じると、リナは言いにくそうに、模擬戦の話を繰り返した。
それを黙って聞いていたルコーンは首をひねって、
「何かおかしなところありましたっけ?」
と、本当に不思議そうに尋ねてくる。
するとリナの方が、かえってムキになって、思わず身を乗り出した。
「だ、だって、あたしの言ってる事って、わけがわからなくないですか? ……自分で言うのもおかしな話ですけど」
「確かにわけがわからんが……お前さんの話は、実際にあったんだろ」
「だよね~」
「そこのところはね」
「身のこなしから考えても、君が簡単に転けるとは考えにくい。例え転ぶにしても、身をひねるなり何なり出来たはずだ。わけのわからない力の存在を――おい!」
ザインが声を上げる。
それもそのはず、リナの目に涙が浮かんでいたからだ。
「す、すいません……何だか……その……」
「良いんですよ。色々と辛かったんでしょう」
ルコーンが親身になって声を掛けるが、サムと双子は顔を見合わせて人の悪い笑みを浮かべていた。
それはリナの主張をでたらめだと判断した王都の冒険者のレベルの低さを笑ったものか、あるいはリナの人望の無さを笑ったものなのか。
とにかく3人は、これ以上は面倒な相手だとリナを判断したようだ。
「……とにかく俺たちに言える事はここまでのようだ。今度は君の話を聞かせてくれ」
ザインが無表情に、リナに先を促した。
心情的には3人と同じなのだろう。
それにリナの相談を受けるために冒険者ギルドに来たわけでは無い。
その硬質な声音にリナも、涙を拭いてザインの言葉に応じた。
「はい――やっぱり箝口令は出たんです」
リナの話はそこから始まった。
マドーラが人質になっているとも判断出来る事態だから、当然と言えば当然だろう。
だが、そんな命令、冒険者の間で通じるわけがない。
反骨精神など持ち出すまでもなく“危険”に関しては、情報を共有しておかねばマズいことになるという共通認識があるからだろう。
しかも、今度の“危険”は正体が掴めない。
いわゆる実力行使によって、冒険者達を追い払ったわけではない。
いつの間にか、丸め込まれたという話が近いわけだが――
「それ、ナベツネだったっけ? 同じ事じゃ無いの?」
ブルーが指摘したのは、冒険者達に匂わされたという侵入者の特徴だ。
「そう思えるな……やはり、直接話を聞いた方が良さそうだ。キチンと紹介して欲しいがアテはあるかい?」
「皆さんがお話を聞きたいと言うことなら、間違いないと思います。あたしは、どうしてか向こうから話をふってこられて……やっぱりナベツネの話に聞こえますか……」
変わらぬザインの硬質な声に答えながらも、リナも何やら納得したようだ。
そこにキリーが割り込んできた。
「そもそも、あのおかしな部屋については良いの?」
「おかしな……いえ、部屋については聞いてません」
「それは、実際に現場に行った者に聞けば良いだろ?」
「でも、この段階で話が出てないんじゃ、やっぱり話聞いても仕方ないかも」
そのキリーの言葉に、ブルーが頷いた。
「そうだね。あんな光る板で遊ぶ――」
ガタタンッ!
そこまでブルーが口にした途端、比較的近い位置に座り続けていたテーブルからけたたましい音が響いた。
思わず身構える「ガーディアンズ」の面々。
そんな「ガーディアンズ」が確認したのは、戦士職と魔法職と思しき女性が2人。
目を限界まで見開いて、2人ともジッとブルーを見つめていた。
「な、なんだよ……」
その二人の視線を受けて、ブルーが怯みながら答える。
「「それは」」
そんなブルーには構わずに、2人は一斉に話し始めた。
2人は互いの顔を見合わせ、赤髪の戦士職が先を続ける。
「――それは光る板の中に、人がいるみたいな感じ?」
今度はブルーと、そしてキリーの瞳が輝いた。
「わかるの?」
「人はいなかったけど、同じものじゃない?」
「……でも、私たちが見たのとは違う……」
今度は魔法職の女性が応じた。
「ちょ、ちょっと、待って下さい。そもそもこちらの話を盗み聞きしてた――」
「ルコーン、ちょっと静かにしろ」
サムが獰猛な表情を隠すことなく、ルコーンを止めた。
「そうだな」
ザインが、今まで以上に厳しい声音で応じた。
「――それに、そちらも話をすることについては同意してくれるはずだ。盗み聞きを認めることになっても確認したいことがあるんだろう?」
その言葉に2人――メイルとアニカはしっかりと頷いた。