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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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“イチロー”をしる者たち

 カウンターに乗せられた登録カード。

 そのカードを前に、少し躊躇ったような右手が伸びてくる。

 それにつれて肩口まで伸ばされた金色の髪が一房揺れた。

 

 若草色のローブの上から、ソフトレザーでしっかりと防備を重ねているが、左手に持っているのがスタッフであるから、魔法職でまず間違いない。

 スタッフに填まっている宝珠はかなり大きく、装備にそれだけの資金を回せる分、随分と余裕があるのだろう。

 ファー生地の白い帽子が、彼女を幼く見せているがソフトレザーの上からでもわかる、豊かな胸の膨らみが随分と主張している。


 ここは王都の冒険者ギルド。

 まさしく“ピンからキリまで”の冒険者が揃う、王国一の規模を誇るギルドでもある。


 女性は登録カードを受け取ると、振り返って周囲をぐるりと見渡した。

 今まで女性が経験したことがない程の数の冒険者達が、あちこちの丸テーブルでとぐろを巻いていた。ギルドの待合室であるはずだが、巨大なホールでもある。


 その中で当然のように生息している柄の悪い、普段、女性であれば野卑な視線を送ってくる連中も、一瞬女性の姿を確認しただけで、それ以上の行動は示さなかった。


 ハイエンドクラスのパーティーになれば、ギルドには滅多に現れない。

 仕事についても指名がほとんどで、ギルドに顔を出すメリットが少ないのだ。


 そういう点から考えると、女性の装備からしてギルドに足繁く顔を出す冒険者の中では、恐らく上位クラスなのであろう。


 なんだかんだで、生き残り続けた冒険者達は敏感に危険を回避する。

 つい先日も、ベテランと言ってもいい斥候職の女性がわけのわからないままに大恥をかかされている顛末があった。

 

 ――足を滑らせた


 ということになっているが、それを素直に信じるようでは冒険者稼業はやってられない。


「アニカ、何怖い顔してるのよ?」


 ローブ姿の女性――アニカの前を歩いていた赤髪の女性が振り返った。

 メイルだ。

 ポニーテールに結わえていた長い髪がショートカットに変更になっていたが、快活そうな瞳に変わりは無い。


 チェインメイルと、左手だけに装備された大きめのガントレット。

 それなりの重武装だが、やはり胸部に陰影はない。


 一番に目立つのは縦に背負った身長ほどもあるロングソードだろう。

 周囲の冒険者を威圧しているとするなら、間違いなくこの得物のせいだ。

 何しろ、これだけ扱いにくそうな得物であるのに、メイルの歩きにまったく乱れが見えない。


 それだけで彼女が、このロングソードを使いこなしているのは誰の目にも明らかだったからだ。

 メイルは右手に登録カードを持ったままのアニカを見て、忙しく頭を上下に動かすと、


「わかった! またイチローのこと考えてたんだ!!」


 と、いきなり急所を突いた。

 

「な、何を……!」

「イチロー殿がどうかしたのか!?」


 慌てるアニカ。そしてそんな反応に被せるようにして声を上げるのもまたまた女性だ。


 右手に掲げるのはハルバード。

 鎧は黒色で塗装された、プレートアーマーを上回る性能を誇るスーツアーマーなのだろう。間接部まできっちりと覆われている。


 そしてダークブラウンの髪を、以前のメイルと同じようにポニーテールに結わえおり、勢いよく振り返ったためか、その先端が綺麗な孤を描いたいた。


「クラリッサさん……反応良すぎ」


 と、疲れたように肩を落とすメイルを前にさすがにクラリッサと呼ばれた女性もバツの悪さを感じたのだろう。自ら首をすくめて、囁くような声でこう言った。


「す、すまん。だがイチロー殿の消息は、私たちにとっても重要だったはずで……」

「そんなに重要じゃ無い」


 クラリッサの言葉を言下に否定するアニカ。

 それでまた、クラリッサが肩をすくめて縮こまってしまう。


 クラリッサという女性はノウミーの冒険者ギルドで、マスターだったレナシーの側に仕えていた女性だ。

 いかなる経緯か、今はメイル、アニカと行動をともにしているらしい。


「とにかく座ろうよ。一通りの用事は終わったんだし」


 あっけらかんと提案してくるメイルに2人も素直に頷いて、空いている席を探して丸テーブルの一つを占拠した。


 3人が3人とも長い得物を持っているので、それをテーブルに立てかけているだけで、まるで簡易的な結界が出来上がったような風情だ。


 それでもメイルがウェイトレスに声を掛けてくれたおかげで、普通にサービスを受けることも出来る。

 メイルがどうやらパーティーリーダーであるらしい。


 彼女たちは珈琲に、果汁飲料2つとアルコールは避けた。

 それも午前中であるから当たり前と言えば当たり前かも知れない。


「――で、また登録カード見てイチロー思い出したんだね、アニカ」

「…………そう」


 一息ついたところで、メイルがアニカに水を向ける。

 蒸し返しているようだが、このまま放置は良くないと判断したのだろう。

 それを聞いて、クラリッサが首を傾げる。


「イチロー殿は確か登録カードを作らなかったと聞いているが……?」

「作らなかったから、余計に覚えてるの」


 アニカの言葉に、クラリッサは虚を突かれたような表情になる。


「どちらにしろ、こだわりすぎだと思うよ」

「だって……イチローの事考えるとモヤモヤしない?」


 アニカがその言葉を裏付けるように、渋面を作ってみせる。


「この話も、何度もしたじゃ無い。あたしも確かに、ちょっと引っかかるけど別にイチローに騙されたわけでもないし。イチローは最初から、距離をとっていたんだし……やっぱり文句を言う部分がないんだよね」


「……だからその最初から、全部わかりきってた、みたいな部分が……この話も何度目だろうね」

「私にはアニカ殿の心情がよくわからないな。我々は間違いなく、イチロー殿に助けられたのだから」


 クラリッサが割り込んでくるが、それもまた何度も繰り返されたやり取りだったのだろう。


「……クラリッサさんは、すっかりイチローに心酔しちゃったしね。神官になっちゃうし」

「仕方ないだろ。私はノウミーで出立直前でもロランの身の上を案じた、イチロー殿の優しさに感動したんだ」


 その話も何度も聞いている。

 そして何度聞いても、それで何故神官になるのか理屈がわからなかった二人だ。


 ただクラリッサが神官職になったことで、2人とパーティーを組むのに実に都合が良くなったのも事実。

 その上、後に“影向ようごう”によって、ロランが癒やされたとなると、何だかクラリッサの判断が正しかったようにも思える――さらに心酔度が増したのも事実だが。


「それにイチロー殿の薫陶を一番受けているのはアニカ殿ではないか?」


 それは今回初めての指摘だった。

 メイルが目を丸くし、アニカがますます表情を曇らせる。


「ど、ど、ど、どういうこと?」


 メイルが勢い込んで尋ね返す。


「閣下に的確にアドバイスしたと聞いているぞ」

「そうなの?」

「……だって、うるさいんだもの」


 そう告げたアニカの表情が険しいので、他の2人は唾を飲み込んでそれ以上の追求は出来なかった。


 このパーティーの知恵袋は、そもそもアニカであり、クラリッサの話には元々信憑性がある上に、つむじを曲げると、アニカがえげつない戦い方を選択するのも2人は知っていたからだ。


 アニカの一言で、色々なことが一気に説明されたような気がする2人。

 薫陶を受けているかはともかく、あの時、アースジャイアントを仕留めた戦いによって、その後一番影響を受けたのは間違いなくアニカであろう。


「で、でも、ほら、それで、閣下に付き合って王都に来れたわけだし、これはラッキー――ではないね」


 慌てたたようにメイルがフォローを試みるが、それは尻すぼみになってしまった。


「ないな」

「ないわね」


 2人からも同時に声が上がる。

 王都に来たことについては、3人が3人とも同意見であるらしい。


 その事実だけで、メイルは心を落ち着けることが出来た。

 少なくともこれで、建設的な話に移れる。


「――で、一応こっちでも仕事は出来るようになったわけだけど、どうする?」

「金銭的に余裕はあるな」

「……観光で良いんじゃないかな」


 後ろ向きに建設的な話がまとまりそうになったところで、ギルドの空気が一変した。

 それもそのはずで、ホールにいる冒険者のほとんどが入り口に視線を向けている。


 ほとんど普段着と変わらぬ出で立ちで、得物すら持っていない。

 だが全員が感じていた。


 ――最高位冒険者ハイエンド


 だと。

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