紫煙への誘い
>BOCCHI
(伊尹……って、知ってるわけ無いよなぁ)
最後の希望を託した、お姫様救出部隊からもツッコミは放たれなかった。
大体こいつら、ツッコミの間が悪い!
こんなに時間掛けて突っ込んでくる芸人が……いやありはありか。
そもそも芸人の話ではないし。
それにしたって対応が遅すぎる。おかげでマドーラと色々打ち合わせにリハまで出来たわけだが、これの何割かは鍛え直さないといけないわけだ。
そもそも命令が下りてくるのが遅いわけだけどもさ。
と、何やらマドーラがこちらを見ているな。
もう少し頑張れよ、と言いたいところだが、初陣でここまでやったことは認めねばならないだろう。
褒めて伸ばす、が取りあえずの教育方針。
「……つきましては皆さんにお知らせがあります」
強引にマドーラのあとを引き取った。
料理番でこういうことすると、最終的に王を追放しそうな気がしてやだなぁ。
だが、そもそも俺は宰相でも何でも無いし、マドーラに仕えているわけでも無く、従う道理もない。
いざとなったら追放なんて面倒なことはしない。
そう、心に強く思って、こちらに視線が向けられるのを待った。
「マドーラは、王宮であるのに武装してここまで来られた皆さんの処遇については不問に付す、だそうです」
俺がそう告げると全員が、ハッ、と気付いたような表情を浮かべ、次いで自分たちの立場が微妙なものである事に、ようやく気付いてくれたようだ。
これも遅いんだよなぁ……たった一手でひっくり返るのに。
いや、この気付きの遅さについて“お姫様救出部隊”に責任をとらせるのも、不条理な話か。
しかし事態がこのように判明したのだから、そろそろ能動的に動いても良いんじゃないかな?
見たところ、各貴族子飼いの冒険者、という感じのようだが、その忠誠心を発揮してしまうと、なかなかマズいことになる――無論そちらが。
「ちょ、ちょっと待って……下さい」
俺の立場がよくわからないのか、救出部隊の中の顔役と思しき男から、戸惑いをたっぷりふくんだ声が上がる。
その可哀想な身の上はよくわかるので、俺は鷹揚に頷いて質問を促した。
「で、殿下はご無事……何ですよね?」
「無論」
と、俺が簡潔に答えているのにマドーラは何だかガチガチに緊張したままだ。
1つ頷くだけで良いんだがなぁ。
「それでは殿下の部屋に……」
「それはダメ」
今度は即答かい!
と、俺が答えるより早くマドーラが圧倒的拒否の構え。
まあなぁ。
今、元の場所に戻ったら「ぷ○ぷよ」勝負が、強制的にお開きだもの。
ここでいい大人なら、適当にそれらしい理由をでっち上げられるんだろうが、この年では難しいだろう。
その上、王位継承者に子爵だもんな。
それっぽい台詞がスラスラ出てきたら、それはそれで問題がありそうだ。
ここは、強引に押し通すしかあるまい。
「……皆さん、取りあえず1度お戻りなられては。1番肝心なマドーラの無事はこのように確認できたでしょう? そしてマドーラがここを動きたくないという意志は示されている――この状況で、皆さん出来ることありますか?」
あるはずが無い。
と、心の中で反語表現を付け足してみる。
「……お。あな、き、君は?」
俺への呼びかけ方をさんざん迷ったようだが、何でも良いのにあぁ。
取りあえず、応答しておくか。
マドーラに相手させるよりは良いだろうし。
「俺は、ご紹介いただいたようにサンデー・ムラタと言います。ご覧の通りの“異邦人”です」
まずはジャブ。
冒険者稼業であるなら“異邦人”の剣呑な話の一つも聞いている奴もいるだろう。
だから、ここでは迎合しないのが上策。
「ですから、こちらの世界のしきたりとか身分制度なんかちゃんちゃらおかしくて付き合ってられません」
連中は、この言葉にざわめき始めたが、俺は構わず続けた。
「それだけにマドーラとの契約はフィフティフィフティ……これ通じてますか?」
「その……お互いに五分?」
「良かった、通じているようですね」
誰が応じてくれたのかわからないが、助かった。
「俺とマドーラは、相互に協力状態にある事に意義を見出しているんです。端的にいえば俺はマドーラを利用する――マドーラも俺を利用する」
ざわめきが大きくなったが、この辺でそろそろ締めたいところだ。
俺はマドーラを促してみる。
一応この辺りの台詞は練習したはずだが……
マドーラもそれは覚えているようだが、タイミングが掴めないようだ。
最初の口上が見事だっただけに、何というか精神力を全部使い切った感じだな。
仕方ないので、ここも俺が……
「――ムラタにはこれから先も助けて貰うつもりです!」
おお、言えた。
もちろん用意した口上とは違うが主旨が伝われば御の字だろう。
マドーラの声は決して大きなものでは無かったが、救出部隊にはキチンと届いたらしい。
ざわめきがやがて静まり、無言のままの時間が流れる。
この辺でとどめだな。
「……恐らく俺がマドーラにどういった形で“協力”するのか見えない部分が、皆さんを不安にさせているんだと思われます。その点は、ご安心を――と口だけでは安心も出来ないでしょう」
俺は再び口を開く。
「それを皆さんに示すことが出来るのなら良かったのですが、ここでそれを行うと最悪マドーラにまで危険が及びます」
「な……!?」
「でも、俺がどういう力を持っているかは、推理出来るはずですよ――皆さんに指示を出した方々は何処におられますか?」
この問いかけが、連中の意表を突いているのならば、冒険者という連中の頭の出来がかなり残念だと思うんだが……何名かは気付いてくれよ。
もしくは、このふざけた状態に気付いて、さっさと引き上げているとか。
「……それは、こんな現場に普通は出てこないんだし……」
それが総意であるなら――よかった数名は気付いたな。
だが、同じ「冒険者」が、ここで歩調を乱すのも難しいか。
やはり俺から説明した方が良いだろうな。
「普通の現場ではありませんよ。この事態が解決されたとき、その人物はマドーラの信頼を得ることが出来ます。少なくともそういう事態であるという風に、皆さんは説明を受けたはずです」
「…………」
「つまり“普通”であるなら、指示を出した方々は現場を乱すことになっても――例えば無理に護衛任務を命じるとか――この現場には出てくるはずです。それが今は……」
俺はもう1度、見下ろすように連中を見渡した。
バツが悪そうに、俺の視線を避ける冒険者達。
「つまり俺ができることというのは、そういう“力”なんですよ。そして命じられた方々はそれを知りつつも、ここに皆さんをよこした。俺はよく知りませんが、こういう状態って契約不履行になるのでは?」
ざわめきが復活した。
この隙に俺は、マドーラに小さな声で話しかける。
この辺は、打ち合わせになかったからな。
上手い具合にマドーラシンパを作り出す切っ掛けになりそうだし、ちょっと言葉を添えて欲しい。
「……マドーラ、連中にこう言ってやれ。『王家が立場を保証する』と」
「先ほども言いましたよ?」
「あれとはまた別口なんだ。説明はあとからしてやるから」
そこでマドーラは素直に、そのままの台詞を口にする。
すると、魔法のように連中は引き始めた。
魔法というのは、あくまで印象と言うだけで、俺にしてみれば“必然”だな。
連中は目的・意義を失った状態になったところに、不安を覚えたその先まで保証されたのだから。
□
「お疲れ。良くやったよ。あとは……」
「別口って、どういうことですか?」
早速質問か。
正直、面倒なんだが子供の向学心を摘むわけにもいかない。
俺は、最初のは武装して乗り込んできたことを許すと言うことで、さっきのは貴族連中に何か言われるようなら王家がそれを許さない、という意味があることを告げる。
マドーラはピンときていないようだが、そろそろ限界だ。
「キルシュさん、いきなり頼んでしまってすいません。大丈夫でしたか?」
「お鍋をかき回すだけですから……問題はこの香りです」
「いい匂いでしょ?」
そうです。
今晩はカレーです。
この香りをかいだ途端、マドーラは俺を料理番に指名してしまった。
恐るべきはカレーの魔力。
しかし思った以上に匂いが立ちこめないな。これは……
(……タバコ、キッチンならいけるんじゃないか?)