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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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逆転、そして帰還

 王宮に変事有り――


 そのような報が発せられたのは、太陽が天頂に到達する以前だった。

 不審者が現れた、などと簡単に説明出来ることであるなら、あるいは事態もまた簡単に収まったのかも知れない。


 だが、この“変事”とは、容易に説明出来ない現象から始まる。


 突然――まったく突然に、王宮にて勤めを果たしていたはずの、全員が倒れ伏したのだ。

 そこにまったく身分差はなく、平等に全てが床に這いつくばる。


 この状況を、怒りと共に迎え入れたのは爵位を持っている貴族であったことは説明するまでもないだろう。


 大貴族たる「閣下」呼びされるような連中はまだ蠢いてはいなかったが、それでも人より偉いと規定されている者たちは、この状況に我慢が出来なかった。


 多くの者たちが突然の出来事に混乱している中、その自尊心だけを頼りに自らの意志を発することが出来たのは、あるいは賞賛して然るべき資質であったのかも知れない。


 その日、その場所で、とにかく最初に声を発したのはクルール男爵だった。

 その場所とは王宮の一角にあたる「マリーゴールド」の間。


 会議が執り行われる「クレチマス」の間の控え室にあたる部屋で、海に面した区画のちょうど反対側――南東に位置する細長い部屋でもある。


 会議は午後からになるのだが、今日も何も起こらず、何も起こさず無為に時間を浪費するだけの準備が整えられている。そんな中、クルール男爵はそういった空気を読まずに今日も元気いっぱいだった。


 領地を持たぬ一代限りの男爵号ではあったが、裏を返せば彼は一代において、授爵するほどの功績を残したということになるのだが……


「ええい! さっさと我を起こさぬか!!」


 結局のところ、しょぼくれた口ひげの中年男性がその場にいただけだった。

 太りじしの身体がジタバタとしている姿は、端的に言うとグロテクスそのものである。

 それでも、見渡す限りでは男爵が最高位者だ。


 となれば感情を殺して何とか助けなければ、どんな目に遭わされるかわかったものでは無い。

 身動きもままならぬ状況で、身分的には「平民」となる王宮に勤める人々は何とか立ち上がろうと顔を上げた。


 だからこそであろう。


 男爵よりも早く、その“男”の存在に気付くことが出来た。

 誰も彼もが立つことも出来ない中で、平然と近付いてくるその男を。


「何をしておる! 呆けておらぬで我を――」

「うるさい」


 男が一言と共に男爵を踏みつぶした。

 そして、そのまま慇懃無礼に男爵に語りかける。


「おっとこれは失礼。お初にお目にかかりますが、なかなか偉そうな貴方はどなたでしょうか?」


 視線も向けず、周囲を見渡しながら。

 その上、懐からタバコを取り出すと悠然とそれに火を点けた。


「お、お、お主こそ……」


 自尊心による反射的行動。

 その誰何すいかの言葉には一向に構わず、


「考えてみれば、貴方の名前がわかったところでどうということは無いですね。重ね重ね失礼しました。が、とにかく責任のあるお立場の方だと思われます」


 と、マイペースで話し続ける。

 相変わらず視線を向けぬまま、


「マドーラは何処ですか?」


 と、またも唐突に男は告げた。

 その場いた全員が、虚を突かれた。

 この国には、すでにあの「女の子」を名前ファーストネームで呼ぶものは誰もいないからだ。


「あたりは付けていますが、念のための確認ですから、正確性にこだわらなくても良いですよ? むしろ、貴方がたに適当な形での宣戦布告が目的ですから」


 そこで初めて男は男爵を見下ろした。


「いきなり、そのような役目をあてがわれても不条理でしょう。ここで俺からプレゼントです」


 男は男爵を踏み付けている足で、軽く足踏み(ステップ)

 すると周囲から、わけのわからなかった重圧プレッシャーが軽減された。


「う、が、グゥゥゥ!!」


 代わりに男爵への負荷がさらに増したらしい。


「皆を助けるために、その身を厭わぬ献身ぶり――保証してあげましょう。貴方、とても格好良いですよ」


 男爵に話しかける男の口元には笑み。

 確実に、ことわりから外れた笑み。


「もっともこの事態は、マドーラに固有の戦力を与えぬために、貴方がたが良い様に『王宮の作法』をでっち上げたからでしょうからね。部下のミスをしっかりカバーする見上げた心意気ではなく――」


 男の顔から笑みが消えた。


「――ただの自業自得ですね、これは」


 その男の言葉と共に、ついに男爵の動きが止まった。

 男は男爵からすぐに興味を失い、改めて周囲を睥睨する。

 細長い「マリーゴールド」の間を、タバコを楽しみながら、ゆっくりと。


「……さて、この偉そうなおじさんが宣戦布告の代わりです。これから俺はマドーラを抑えに行きます」


 タバコを携帯灰皿に放り込みながら、男はさらなる“不埒な振る舞い”を予告した。


「そちらにも面子があるでしょうし、このままでは済まさないでしょう。俺も取り立てて戦闘を回避したいとは思っていませんので、しっかり準備して下さい――伝言はこれだけです」


 男は「わかったか?」といわんばかりの笑みを浮かべた。

 そして、そこにいる全員が頷いて――現在は夕刻である。


                 □


 王宮に勤める人々は何をしていたのか。

 もちろん、()()()()()()()いたのである。


 やるべき事はハッキリしている。


 女官長から訴えられた内容から、そして追い出されたマドーラお付きのメイドから、男がマドーラを“抑え”たことは間違いは無い。


 であるならば、次にやるべき事は「マドーラの奪回」。

 これに尽きる。

 しかし、その手段がないのだ。


 マドーラに対して忠誠心の高い武官が存在するだけで、彼女を巡っての王宮内のやり取りは呆気なく瓦解する。

 さすがにそれが理解出来る貴族達は、お互いを牽制しつつ、


「王宮内では、武器の所持を禁ずる」


 から始まる、アレコレを制定してしまった。

 だから今、奪回に必要な“武力”を使うことが出来ない。


 また王宮に勤める近衛騎士を、マドーラが捉えられている王宮の奥に突入させることも出来なかった。

 それもまた自分きぞくたちの都合の良いように、近衛騎士の行動を制限していたからである。


 そんな決まりなど無視する横紙破りがこそが貴族の貴族たる特権であったとしても、問題がある。

 近衛騎士を強引に突入させた場合、


 ――誰が、どのような権限で?


 という具合にあとから他の貴族にあげ足を取られることは間違いないのだから。


 あるいは、この機会を捉えて一気に権力を握ろうとしても、現在騎士団をまとめているのは、ロード・ハミルトンである。

 つまり、リンカル家の身内だ。

 完全に手詰まりであり、そのために誰も彼も動けなかったのだ。

 

 さらには問題のリンカル侯に代表される大貴族達は、日和見を決め込んでまったく王宮に姿を見せなかった。

 主導権を取りそうな――つまり責任を引き受けてくれそうな人物は姿を現さない。

 あるいは王宮の外で暗闘の真っ最中かも知れないが、だからといって王宮内で右往左往している面々が救われるはずもない。


 そしてすでに夕刻――

 動かない事態に焦れた貴族達は、ようやくのことで覚悟を決めた。

 

 爵位を持つ数名の貴族が、息のかかった手勢を呼び寄せ始めたのだ。

 随分遅きに失した行動ではあったが、ようやくのことでそれなりの戦闘集団が形成されることとなった。


 これで巻き返すことが出来る、と意気軒昂……とはならなかった。

 当たり前の話だが、男の使う力が何によるものなのか、事ここに至ってもさっぱりわからなかったからである。


 だが、とにかく自分たちが直接危険に直面することがなくなった貴族達は、男がマドーラを人質に立て籠もっている部屋への突撃を命じた。

 それを受けて実働部隊が、問題の部屋に詰めかけすっかり様変わりした扉を目撃する。


 実働部隊は戸惑いながらも、その奇妙な扉を取り囲んだ。

 やはり魔法か? その前に偵察を…… 剣は通じそうに無い。

 と、実働部隊が相談を始めた段階で――


 ――扉がスライドし、男が現れた。


「お集まりいただいて、ありがとうございます。ですが、せっかく来て下さったのに謝らなくてはいけません」

 

 男は武装した集団に何ら臆することなくスタスタと近付いて行く。

 それに押されるように、実働部隊が一斉に間合いをとる。


「俺は戦闘を回避するつもりは無いと言いましたが、検討の結果、それは“無し”の方向で――皆さん、良い王様をお持ちだ」


 男は笑う。

 そして身体を開き、その背後に隠していた“女の子”に場所を譲った。


「殿下!!」

「姫様!」

「マドーラ様だ……」


 実働部隊から様々な名称で呼ばれる“女の子”とは、マドーラ・レスキンタス・レタングス。

 紛う事なき、次期王位継承者だ。

 身に纏う服は何とも奇妙なものだったが、そのストロベリーブロンドの髪は間違えようがない。


「……皆、心配を掛けました」


 そのマドーラが声を発する。

 この王宮における、マドーラの様子を知っているものは思わず息を呑んだ。

 だが周囲のそんな反応に構わず、マドーラは続けて言う。


「ですが安心して下さい。こちらの“異邦人”たる、サンデー・ムラタには料理番(・・・)として、私の側に仕えて貰います」


 今度こそ、実働部隊の全てが圧倒された。

 マドーラの言葉の意味を、全員が瞬時に悟ったのだ。

 今までの前提がひっくり返ってしまう――そう何もかもが!!

 

「……以上は、次期王位継承者たる私の勅命で有り、決定事項です。これに異を唱えるものあれば、即ち王家への反逆を意味します」


 震えながらではあるが、マドーラの言葉の意味を取り違えるものなどいなかった。

 そう。


 ――ヨーリヒア王国に王が還ってきたのだ。

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