悪党指南
“悪党”
その言葉にマドーラは戸惑いを隠せなかった。
どう考えても、人が目指すべき姿ではないように思える。
「その反応で、君の性質がよくわかる。本来なら、そこを伸ばすべきなんだろうが、あまり時間が無い」
「時間……ですか」
「例えば君の家庭教師になって、その成長を見届けることが出来るなら……そうだった」
いきなりムラタの口調が変わる。
そして、そのままマドーラに要求する。
「取りあえず俺、つまり“ムラタ”を近侍として雇う旨、布告してくれ。それこそ家庭教師でも何でも名目は何でも良いんだが」
「は、話がよくわからなくなりました」
次から次へと積み重なるムラタの言葉に、思わずマドーラは口を挟む。
それを無表情で受け止めるムラタ。
その後、視線を落としそして再びマドーラに向けると、
「……確かに、順番に説明して行かないとかえって混乱するな」
と、独りごちた。
「ただ、そうなると長くなるぞ。大丈夫か?」
「何がですか?」
「だって。ほら……」
ムラタは顎で、放り出されていたゲームコントローラーを指し示した。
途端に、マドーラは顔を朱に染めて、
「あ、あれは、その……」
「我慢出来るなら良いんだ。それに――ああ、どちらにしろ、ちゃんと説明しなければ、どうにもならないことは変わらないか」
ムラタは1人で、ため息をつくと表情を改めた。
そして、こう始める。
「まず俺の目的をはっきり告げておく。俺の目的は――そうだな、君の王権を確立するためだ」
「オウケン……?」
「簡単に言うと、君を立派な王様にする――自分で言っていて、まったくもって気持ちが悪いが多分これが1番近い」
「その……今までも……」
「似たようなこと言ってくる大人が沢山いたんだろう? それはわかるんだが、つまり俺はそれほど優しくは無いんだ」
優しい?
今までの大人達が?
どうにも納得しがたいムラタの言葉に、マドーラは首を傾げる。
なんというかムラタという人間は、好んで自分が“悪い人間”であることを主張しているように思えて仕方ない。
そもそも“悪党”という話は――それほど外れてはいないのか。
「――ムラタ様。もう1度、行ってきます。食べるものは大丈夫ですか?」
整理が終わったのか、キルシュが姿を現した。
ムラタはすぐに、質問に答える。
「そちらはしばらく大丈夫なんですが、やはり今日は無理をしない方向で行きましょう。どうも動きが鈍すぎます。何だか大袈裟な準備をしている気がしますね」
「……大丈夫なんですか?」
「ご心配いただいてありがとうございます。しかし、俺がいなくなったら全部俺のせいにするように言っておきましたよね。“被害者”であることは忘れないようにして下さい」
キルシュの眉がハの字に寄り、その口がしばらくの間もごもご動いていたが、最終的にはため息をついた。
「……ハァ、わかりました。とにかくあと1回ですから……」
「それならやはり……」
「すぐ終わります。それよりも殿下をお願いします。どうも不埒なことは為さらない様ですが、男の人は気が利かない面もあるでしょうし」
「肝に銘じます」
「それと殿下の前に、とは言いませんがせめて掛けられては如何ですか? 立ったままでは殿下も落ち着かれませんし」
ムラタはそこで視線を向けると、マドーラが熱心に頷いていた。
「……彼女が同意ならそうしましょう」
渋々、ムラタが同意するとキルシュは何だか勝ち誇るように胸を反らすと、マドーラに挨拶を済ませ出ていった。
ムラタは扉がスライドして開いた瞬間、厳しい顔つきをしていたが、キルシュが何事無く出て行くと、すぐに緊張をほどく。
そんなムラタの様子を眺めていたマドーラは、やはり納得出来ないでいた。
「……本当に優しくないんですか?」
「これは臆病なだけ――何処まで話したっけ?」
言いながら、ムラタは椅子をわざわざテーブルから遠ざけてまでマドーラから離れた場所に座った。
その様子だけ見ると、確かに臆病という主張もわからないでは無いが、これではまるでマドーラに怯えているようだ。
(自分で「子供」といっているのに)
マドーラは何だか面白くない。
思わず頬を膨らましそうになって――自分の変化に驚愕する。
まるでニディア子爵の元にいたときのような――もっと遡れば両親と……
そこまで考えたが及んだとき、マドーラは思わず頭を振っていた。
「つまり俺が――どうした? 具合が悪いのか?」
話しかけたところで、マドーラが首を振ったのだ。
ムラタの心配も当たり前ではあったが、マドーラにしてみれば触れて欲しくない事でもある。
「大丈夫です。それよりもお話の続きを。急いでいるんでしたよね?」
「優先順位がある。君が病で倒れるのは俺にとっても面白く無い。下手な強がりは要らないぞ――何と言っても原因らしきものもあるし」
「原因……?」
ムラタの視線を辿ればそこにあるのは、アイスの空きカップ。
それと、身体の不調を結びつければ想像出来るのは、1つだけと言っても良いだろう。
その証拠に、原因と気付いたマドーラの顔が真っ赤に染まる。
「なるほど、身体の不調は大丈夫らしい」
「……やっと、あなたが悪い人であることがわかった気がします」
「それはよかった。では話の続きと行こう。どうにも我ながら手間取りすぎている――気遣うのは止めだ」
マドーラの嫌味にもまったく動じず、むしろそれをきっかけにムラタも覚悟を決めたようだ。
今までの、何処か頼りなさが漂う雰囲気も引き締まっている。
思わず、マドーラも生唾をのみこんでしまった。
「――俺は、王宮にあるバカを誘い込むためにここに来たんだ」
「ある……バカ?」
「それが誰なのかは、言わないし君も知らない方が良い。問題は俺がどう動くかで、君はどうしたいのか? そこを考えた方が建設的だ」
少し考えた後、マドーラも同意する。
ムラタに言われるまでも無く、どうにも話が先に進まないとマドーラも考えていたのだ。
自分から話を長引かせたくはない。
「で、おびき出すためには君の王権の確立……そうだなぁ、君が王様らしく振るまい、周囲の大人達もそれを受け入れる。そういう状態に持っていきたい」
「今までも……そういう感じでしたけど」
「そう言われるとそうなるんだが――今までの状況は不幸そうに見えるし、将来的にあまり良くないことが起こりそうだ、という意見が大多数を占めると思うぞ」
「それは……」
言われるまでも無く、マドーラ自身も感じていたことだ。
しかし、この状況をどのようにすればいいのか。
マドーラにはそれがよくわからない――先が見えない。
「王様が王様たり得るのに、一番必要なものはなんだと思う?」
タイミング良く、ムラタから問われた。
まさに今考えていたことで有り――ふと考え込む内容でもある。
あの窮屈な状況からの解放を、マドーラも願わなかったわけでは無い。
ただ願ったところで、どうにもならなくなり……結果として心が死んでしまっていたのだ。
ムラタは、そんな状況に変化をもたらしてくれたが……
「わからないか。まぁ、それも無理はないだろうな。俺ももっと時間を掛けて伝えたいところだが、今はおかしな事になっているからな」
マドーラが首を傾げる。
「俺が“異邦人”であるのはわかるだろう?」
「それは……はい」
「“異邦人”が、おかしなスキルを持っていることは?」
「え?」
マドーラが発した驚きの声に、ムラタはむしろ納得したように頷いた。
「……やはりな。とにかく出来ることだけを説明しよう。俺は、この国で強い力を持っているとされている貴族を葬り去る事が可能なんだ。実際、その力――これが“異邦人”の持っているスキルのせいなんだが――で、俺は王宮のこんな奥深くまで乗り込んできている」
「こ、殺して――」
「いや、そこまではしていない。出来るだけ君の味方は残しておかなくてはいけないからな。ただ――」
ムラタの黒い瞳がマドーラを見据える。
「――いずれそういうことが起こると覚悟だけはしておくんだ。君の状況を変えるためには、それぐらいの苛烈さが必要になってくる」
そこでムラタは一息つくと、目をそらしながらこう付け足した。
「……まったく、俺の都合だけで勝手な話だと思うが我慢してくれ」
「そうなると……王に必要な事は……」
しかしムラタの心配とは違い、マドーラの関心は奪われるかも知れない命についてではなかった。
――奪った命の果てに何を成し遂げるか。
そういう風に思考の方向が向いている。
それを王の資質ととるか、年幼くしてすでに壊れ始めていると見るべきか。
どちらにしろ、ムラタに選択の余地はなかった。
ムラタは覚悟を決めて、答えを告げる。
「そうだ。王が王たり得るのに1番必要なものとは、圧倒的な暴力」
告げられたマドーラのアッシュブラウンの瞳が収縮する。
それを斜めに見上げるようにして、さらにムラタはとどめを刺した。
「君の持っている権威と、俺が持っている暴力――2つ揃えばこの国で叶わぬ事は何も無い」




