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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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次は“ムラタ”

>BOCCHI


 結局、乗馬服らしきものは無く俺の壊れスキルに頼ることになったわけだが、上手い具合にマドーラの服変更は上手く行った。


 ……だとするとだ。


 成人男子が、女の子の服を所有物だと主張して不自然では無い――そう認識していることになる、この壊れスキルは。


 例えば娘の服だったとした場合……やはりそれの所有者は娘になると思うのだがなぁ。

 というわけで、当たり前に考えるのを止めた。


 侍女に実に胡散臭そうな眼差しで見つめられることになったが、どうしようも無いしな。

 それに渡した服は別にいかがわしいものでは無い。

 白のブラウスに、ジーンズ。靴はスニーカーとごくごく活動的にまとめてだけだ。


 言われるがままに着替えたマドーラも、この出で立ちに戸惑いは見せたものの、心なしか興奮しているように見える。

 当然、1人だけ置いてけぼりを食らった侍女にも着替えを要求したが――当たり前にここに着替えはない。俺も壊れスキルに頼りたくは無い。


 というわけで、次のターンだ。


 俺は2人を連れて昨日占拠しておいた、やけに大きな部屋へと向かった。

 今いる場所から1階降りることになり、そうとなれば“踏みつぶして”来た部分を通ることになるのだが不思議な事に、抵抗は受けなかった。


 ……不思議でも何でも無かったという意見もあるだろうが、もう少し気骨のある奴がさ~


 それに、このまま俺にマドーラ(ジョーカー)握らせていて良いのかね、ここの連中。

 俺がマドーラを支配下に置いていることを示すためにも、ジーンズ姿を目撃させようという目論見も……何事も上手くは行かないものだ。


「ここは賓客がおいでになった時に提供される……部屋……」


 そう説明してくれた侍女の声が途中で止まってしまった。


 普通なら勢を凝らした両開きの扉があるはずの部分が、金属製のスライドドアが出現しているのだから、無理も無いと言えば確かにそうだろう。

 しかし、その説明で納得出来る事もあった。


「ああ、それで家みたいな造りなのか。ここだけで生活出来るし、やけに便利だったから訝しく思っていたんです」

「生活って……ここに殿下を?」


「あなたが世話してあげて下さい。俺は1部屋あれば十分ですから、残りは全部そちらで使って。決まったら鍵をつけて、きっちり生活空間を分けましょう」

「それは……有り難いですが……そもそも……」


 俺は一言も発しないマドーラを見やる。


(――ふん)


 やはり気付いているか。

 このお嬢さん、かなり聡い。


 そうとなれば自分で発言して欲しいところだが……そうだな。

 子供扱いしている時に、その言葉を言わせては反則になるだろう。


「今までの場所だと、いざというときマドーラを守り切れません。一種の避難だと考えて下さい――恐らく生活は楽になると思いますよ。あなたも着替え等こちらに持ってきて下さい」


 避難するからには、脅威が存在している。

 その脅威が狙っているのは、俺では無くマドーラ。


 それをかなりあからさまに告げたつもりだが、これで気付かないようであれば――大丈夫なようだ。

 だが、そこからの行動が意外――いや必然か?


「殿下、本当によろしいのですか? 自分には何だか……凄く悪い人では無いみたいですけど……」


 やはり忠臣となるとこういう反応になるか。

 マドーラはそれを受けて、小首を傾げこう答えた。


「私には自由に選ぶ権利はありませんよ?」


 うわ。

 今まで処世術として自分を主張してこなかったのだろう。

 だが俺にはそれが通じない。


 そこで、積極的に俺の支配下にある事を利用する処世術に切り替えたわけだ。

 中々の人材が揃ってるね、ヨーリヒア王国。

 問題は――いや、そこまで考える必要も無いだろう。


「そういうことです。全部俺のせいにしてくれて大丈夫ですよ。言うこと聞かない奴は俺がじっくりと言い聞かせますから」

「と、とにかく、部屋を見せて下さい」


 ようやくのことで、次のターンに移った。


 で、基本的には俺が普段使っている“ねぐら”の拡張版みたいな造りである。

 ルコーンさんに、ワンルームマンションみたいな部屋の使い方を教えるのと同じノリで、説明していくと……彼女たちの箍が外れた。


 あれはどうする?

 あれは何だ?

 これはどういう仕組みなのか?

 一体どうなっているのか?

 

 ……こういう具合に質問攻めである。


 俺としてはしっかり生活空間を分ける所を見てもらいたかったし、鍵が付くように手を加えたところとかで驚かせるつもりであったが、それ以前の問題だった。


 それでマドーラにも油断があったのだろう。

 腹がぐーっと鳴ってしまったのだ。

 いや、成長期であるから当然と言えば当然だな。


 そこで、昨日厨房からガメてきて、適当に冷蔵庫に放り込んでいた食材で昼飯――可愛らしくオムライスにした――をでっち上げていると、それをきっかけにマドーラは俺の生活空間に乗り込んでしまったのだ。

 しっかり教えたとおりにスニーカーまで脱いで。


 俺が過ごす予定の場所は、基本的にキッチンとの間に間仕切りが無い。

 少しばかり高台になっていて、その上にテーブル、テレビなんかが揃っているわけだが……何故そこで食べるんだマドーラ。

 さらにマドーラは俺の生活空間から動こうとしなくなるし。


 それというのもマドーラが早々にゲームにハマってしまったからだ。

 確かに、マドーラ達用に用意した部屋には置いてないけどさ。

 その飯食いながらは止めた方が良いんじゃないかな~、と思っていると侍女がきっちりと怒ってくれた。


 だがそれ以前に、あぐらをかいている時点で手遅れのような気がする。


 そばかすの具合で何か活動的な印象だったが、これは何とかいう子爵に匿われて王都を離れた時に、たっぷりと田舎暮らしを味わってきたようだな。

 ……これが子供らしいかと言われれば、疑問が残るが……これ大人のエゴなんだろう。


「……靴は脱いで良いんですか?」


 今さらの質問が侍女から来た。


「俺の生活様式では、靴は脱ぐんですよ。そしてそう教えたの俺です」

「……ハァ」


 ため息をつかれてしまった。

 三和土代わりのスペースにマドーラのスニーカーが不揃いに並んでいる。

 侍女はそれを綺麗に並べ直して、


「そちらはお食事、良いんですか?」


 と、尋ねてくる。

 一応これも、予定通りではあるのだが何だが釈然としない。

 やはり子供は嫌いだ。


「簡単なものをあとででっち上げます。おわかりでしょうが、ここにはキッチンもありますし」


 何しろそこでオムライスを作ったように見せかけたのだから、言うまでも無いだろう。

 しかし侍女は何やら肩をすくめながら、こう告げた。


「その……私は簡単なものしか……」


 そういうパターンもあるだろうな。

 対処法は考えるとして、俺はこう応じた。


「それでも、お茶とか用意することもあるでしょう? あと、俺がいない時とか」

「ああ」


 納得してくれたところで、IHヒーターの使い方を教える。

 侍女は尋ねる。


 ――何故、火も無いのに熱くなるのか?


「それは俺も知りたいんですよ」


 と答えておいて、結果だけを受け取って貰うことにする。

 これで一通り“ねぐら”の説明は終わったはずだが――


「……名前は決めましたか? それに……キルシュはちゃんとキルシュと呼んであげて下さい」


 突然マドーラから声がかかる。

 ああ、この侍女はそういう名前なのか。


 先ほども感じたが、マドーラはこの侍女――じゃなかったキルシュさんを大切に思っているのだな。

 それは良いんだが、せめてゲーコンを離してから言った方が良いんじゃないか?

 せっかく良いこと言ってるんだし。


 ……この際、あぐらについては、何も言わないから。


「それではキルシュさん」

「名前を教えて下さい。とにかく名前がわからないと不便ですし」


 そんなの、おい、とか、そこの、で十分なのに。

 俺はしばし思案して、次の名前の決め方を考えてみる。

 一応、方向性は決めてあったから……よし!


 俺は靴を脱いで――脱がなくても良かったかも知れないが――やおらおおきく振りかぶってみた。


「少し見ていてくれ」

「は、はい……」


 マドーラが何だか緊張したおもむきではあるが、俺は構わず憧れのフォームを再現してみる。

 俺がもっとも美しいと感じる、桑田真澄投手のフォームだ。

 この、一切の無駄がなく全身が連動している感じ。

 是非とも――


「――それって、どういう……?」


 それなのにマドーラからは困惑した声。

 振り返ってキルシュさんを確認してみると、こちらもピンときてない様子。


 うう……


 やはり、素人にはあの美しいフォームを真似するには無理があったか。

 そうなるともっとわかりやすくて、それでいて熱意を感じる――


 俺は再び振りかぶった。

 そして、右腕を突き放すように身体に沿わせて下に降ろしそこから、身体全体を使って――あ、バカスキルめ!

 俺の動きが戦闘中だと勘違いでもしたのか、妙な修正を入れてきやがった。


 この危ういバランスでも、投げきる村田兆治投手のマサカリ投法を知らないのか?

 俺はバカスキルに罰をくれてやるために、そのまま身体を床に投げ出した。

 だが、それは俺がまるでマドーラの前に身体を投げ出して許しを請うような形になり――


「……よ、よくわかりません」


 ――と、マドーラからは、当たり前にドン引きの反応。

 くそう、このままでは村田さんの沽券に関わってしまうでは無いか!


 というわけで、俺の次の名前は「サンデー・ムラタ」に決まったわけだ。


 ……絶対に復権してみせるぞ。

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