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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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すでに完了したはず

 王都におけるリンカル邸――


 通常午前であるならば、貴族の屋敷が目覚める時間帯では無い。

 夜会なども含めて貴族達の“本番”は、どうしても一般市民とはずれてくる。


 もちろん使用人達は忙しく動き回っているが、あるいはそれが貴族達が午前中に動き出さない理由の一端かも知れない。

 使用人と同じように、午前中からバタバタしないことこそが貴族の証と、逆説的に捉えているものもいるだろう。


 ましてや“閣下”と呼ばれるような大貴族にしてみれば、そもそも自分から動くことなどしない。

 用があるのならば、その“用”を自分の前に運ばせる。

 いやその前に、自分に会うこと自体が稀少なことである。


 ――そういう自意識を持つのが「普通」だ。


 リンカル侯も当然、そのような自意識を持ち合わせていたが――今は非常事態でもある。

 よってリンカル侯は今、午前中から半ば駈けるようにして、邸を突き進む。

 その後ろには家宰をはじめとして、複数の使用人が付いてゆくが、それについてはいつも通り目を向けない。


「ゴードン!!」


 大声で、先触れも伴わずに“息子”の部屋に飛び込むリンカル侯。

 普通の、あるいは一般的な家庭であるなら、それも何と言うことの無い日常の一コマであったかも知れないが如何せんここは大貴族の邸宅で有り、そして名前を呼ばれた人物もまた尋常では無い。


 まるでリンカル侯を待ち受けていたかのように、悠然とソファに腰掛ける次期侯爵の地位にある息子。

 この構図だけ取り上げてみると、立場が逆転しているようだが、幸いなことに侯爵はそれに気付かなかった。

 侯爵の頭の中には、怒りとも焦りとも付きかねる感情が渦巻いていたからだ。


「これはどういうことだ! お主、知っておったのか!?」

「何かやることは承知しておりました」


 激する父に、相変わらずの疲れた表情のままゴードンが答える。

 この時点で両名とも、


「王宮に不埒な男が出現。現在、フイラシュ子爵夫人を人質に立てこもっている模様」


 という報せは受け取っている。


 先にその報に接したゴードンは、微妙に見栄が混ぜ込まれている報に冷笑を。

 その後に、報に接したリンカル侯はそのまま受け取り、ここに飛び込んできたというわけだ。


「どうするのだ?」

「どうもしません。あの報は不完全ですから――ところで私はそろそろ戻りますよ。ついでですからご挨拶を」

「戻る!?」


 素っ頓狂な声を上げる侯爵。


「い、今戻られては困るぞ! あの男と親しくなったのだろう?」

「それはそうですが私も領地で仕事が……」

「ええい! 今の状況以上に危急な用件などあるか! その上、ギンガレー伯が――」

「それはご心配に及ばないでしょう」


 ゴードンにとって、もはやギンガレー伯は脅威では無くなっている。

 あまりに強引な手段で驚きはしたが、その狙いは明々白々。

 むしろそれがわからない父親に失望するが――いつものことではある。


 だが、いきなり急所を口にしても、この父親は大人しく聞きはしないだろう。

 まずは――


「――王宮にトラブル発生と言うことになればまず、伯の動きは封じられます。今の事態で、一番被害を被っているのは間違いなく伯ですよ」

「む! ……そ、そう言われれば確かに」


 この父親に褒めるべき点があるとするならば、損得勘定の軸がぶれない点だろう。

 本来なら、王国の臣として持っていて然るべき忠誠心を振りかざすべきなのに、自分の保身が叶うならそれ以外については考えが及ばない。

 ゴードンはそんな父を内心では笑いながらも、外見は殊勝に先を続けた。


「そうやって時間が稼がれては、伯はもう打つ手がありません。何故なら――」


                   □


「――殿下と謀れば事件は終わりだろう。最初から、殿下の意を受けて行動していたと“後付け”したところで、誰もそれを否定出来ない」


 ザインが複雑な表情を浮かべて、そう結論づけた。


 ここは王都でも、高名なホテル「クライスワン」の最上階。

 そのフロア全体を借り切っている「ガーディアンズ」は、各寝室の中央にある応接室に集まっていた。


 昨日、事実上の手引きを行い、経緯上その経過を観察していたのだが――結果としてはロームが水浸しになって帰ってきてしまった。


 ロームが斥候としてのスキルと経験を生かせば、王宮といえども物の数では無かったのだが、不可思議な力にいきなり落とされてしまったのだ――王宮の外壁から。


 即座に受け身をとり、堀に着水出来たことを、この場合讃えねばなるまい。

 それに、まったく情報が無いままに落とされたわけではないところも、さすがと言うべきだろう。


 ――()()()()()()王宮に出現した不審者が、我が物顔で王宮をたちまち制圧してしまった。

 

 ……という情報は、ギリギリのところで持ち帰ることが出来たのだ。


「近衛騎士達は何をしているんですか?」


 それでもルコーンは疑問を呈さずにはいられない。

 一番情報を持っているロームは浴室に籠もったままだ。

 となれば、これは情報の再確認というよりも単なる愚痴だ。


「騎士団長は演習の最中だ。どうやらギンガレー伯に媚びを売りたい“誰か”が手を回したようだな」


 サムが、その愚痴に付き合うことで、改めて情報の再確認という次元に会話を押し上げた。


「……それに騎士団長がいたとしてもどうしようも無かっただろう。王宮内で自由に振る舞えるほど風通しの良い状況じゃ無い」

「しかし!」

「落ち着け。彼が殿下に危害を加える気が無いことは確認しただろう?」


 ザインがルコーンをジッと見つめる。

 そして応接室のソファの上で座り直すようにしながら、さらに続けた。


「となれば、さっき行った俺の推測が一番妥当だと思う。ロームの話では真っ直ぐ殿下の所に向かったようだし」

「……監禁は危害とは言いませんか? あるいは脅迫は?」

「『嘘感知(センス・ライ)』の弱点か……」


 当人が、嘘を嘘だと認識していなければ『嘘感知(センス・ライ)』は意味をなさない。

 そして彼は、どうにも“嘘”の認識の仕方が違うような気がするのだ。


 そうなると残る情報は、名前も定かでは無い怪しげな人物が、マドーラの元へと向かった、というものだけになる。

 しかもその不審者を手引きしたのは――


「どうするの? 突撃する?」


 今まで興味なさげに聞いていた双子の内のキリーが、突然割り込んできた。

 ブルーはその言葉に目を輝かせるが、年かさの連中の表情は渋い。


 キリーの言い分は無茶であったが、あるいはそれこそが最善手にさえ思えるからだ。

 恩を感じているリンカル家のゴードンの頼みとは言え、やはり関わってはいけなかった――そういう後悔が、彼らの心を苛んでいた。


「キリー、ブルー、『視覚浮遊(フローティング・アイ)』を飛ばして」


 浴室から出てきたロームが、ほとんど下着姿のまま双子に指示を出した。


「それって僕らのスキルを使って?」

「そうじゃないと届かないでしょ」


 ブルーの問いにロームがあっさりと応じる。

 そしてそのまま、


「突撃するにしても、まず情報を集めないと。失敗するかも知れないけど、やって損は無い」


 と、頭をタオルでふきながら提案。

 元々情報収集に関しては彼女が専門だ。面々は納得と共に頷いた。

 そこで双子もお互いの手を握りしめて、同時に宣言した。


「「『視覚浮遊(フローティング・アイ)』」」


 同時に双子はスキル『共振レゾナンス』を発動させる。

 このスキルは、双子固有のものでは無かったが、レアスキルである事は間違いない。


 主に魔法を使用する時に、その威力等を増幅させる効果が発生するが、このスキルをここまで使いこなせるのは、やはり双子故の先天的な要素も大きいだろう。


 この場合、強化されるのはやはり『視覚浮遊(フローティング・アイ)』の効果範囲。

 通常であれば、せいぜいが1kmといったところがそれを無視して、双子の視覚は王宮――それも最奥へと飛んで行く。


 魔法的な防御は当然施されているが、どうやら一部機能不全を起こしているようだ。

 ロームは、それを見越した上で指示を出したらしい。

 双子は易々と、その隙を突いて――


 ――驚愕の光景を目撃する。


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