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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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説教誘拐

 着替えろ、と命ぜられたが着替えるべき服は無い。

 仕方なくマドーラは無造作に両手を広げるが、男はしかめっ面で、


「着替えぐらい自分でやれ」


 と理不尽なこと言い出す。

 そうしようにも……


「もしかして、1人で脱げない服か」


 すぐに察してくれたが、繰り返しになるが着替えも無い。

 ……いよいよ“そういう”事を要求されるようになったのだろうか。

 まるで自分がいないかのようにヒソヒソ話を繰り返す、女官達の表情は……何というのだろう。

 

「君、自分の服がどこにあるかわかるか?」


 本当に着替えさせるつもりのようだが、今の格好はダメなのだろうか?

 ……とにかく、1つ頷いておく。


「君が寝てる部屋にあるのか?」


 これにも頷くしか無い。

 ハッキリとわかっているわけではないが、その付近にあるはずだ。

 それに間違えていても、あまり問題があるとは思えなかった。


「じゃあ、そこまで案内してくれ」


 そう言われて、マドーラは思わず男をもう一度見つめる。

 なにか――違う。

 何処がどう違うのかよくわからないが、とにかく違うと言うことはわかる。


「俺を見てても仕方ないだろう? 寝てる部屋はどっちにあるんだ? それぐらいわかるだろう」


 そうか。

 自分から動かなくていけないのか。

 マドーラは、そんな状況に驚きながら、勉強室を出た。


                 □


 王宮はいくら大きくとも、マドーラが生活している空間は、3部屋ほどしか無い。

 寝室と食堂と勉強室。

 これで終わりだ。


 食堂というのも、正式なものでは無く便宜上そうしてあるだけの部屋で、肝心なことはマドーラを隔離すること。それが最優先事項なのだろう。

 警護のためと言っておけば、見栄えの良い建前すらも用意出来る。

 そうであるのに……この男は姿を現した。


 段々、この状況がかなり異常なことだとマドーラにも理解できてくる。

 しかし、それで何をどうすれば良いのかわからない。

 結局の所、同じようにただ従うしか無い――何も変わらない。

 ……いや扱いは悪くなっている……良くなっているのか。


 マドーラは混乱に心を沈めながら、寝室にたどり着いた。

 元々、さほど距離が合ったわけでは無い。白く塗装され、金で装飾された扉の前でマドーラは停止して、次の指示を待つ。

 

「ここで着替えるんだな? ……というか、自分で開けろよ」


 またこれだ。

 そういう行動をやって良いものかどうか、判断が出来ないのだ。

 マドーラが逡巡している間に、男は勝手に開けてしまう。


 部屋はマドーラが出てきた時と、当たり前だが大差は無い。部屋の中で女官というか侍女達が忙しく動き回っているが、マドーラと男を見てピタリと停止してしまった。


「失礼します。いきなりですが、何かしらの“ヒモ”付きであるならば。即刻退去をお願いします。言い忘れましたが、俺は昨日から王宮ここで取り沙汰されているであろう“狼藉者”です」


 男は、マドーラをその場に残して部屋に踏み込みながらそう告げた。

 

「あとから判明した場合、俺も厳しい処置をとらざるを得ません。命を永らえる機会はこの後、10秒間だけ――それでは」


 男は短剣を抜き放ち。10、9、と数え始める。

 途端に部屋の中にいた侍女二人が、弾かれたように部屋から飛び出していった――マドーラを突き飛ばすような勢いで。


「ということで、貴女しか残らなかったわけだが、この子の着替えを……」

「殿下!!」

 

 残った一人の侍女が、今度は男を本当に突き飛ばしてマドーラの下へと駆け寄った。

 そのままマドーラの正面で、身をかがめてジッとマドーラを見つめる。


「大丈夫ですか……怪我は無いみたいですけど……痛いところはないですか!?」


 マドーラはこくりと頷いた。


「君、少しは返事してやれよ。こんなに心配してくれてるのに」


 男が声を掛けると、侍女がキッと男を睨む。


「何という言葉遣いですか! 殿下に対して――」

「それなら貴女、いきなり子供に敬語で話しかける男、胡散臭くは感じませんか?」


 その反論は侍女の虚を突いたらしい。

 男を見上げたまま、完全に動きが止まってしまった。


 侍女はこうやって“侍女”という仕事をしているのだから、成人扱いされる年齢なのだろう。

 その割に、随分幼く見える。

 ショートヘアにまとめた明るい茶色の髪。それに負けず劣らず明るく輝く大きな瞳。

 随分と端っこい印象だが、それを決定づけているのはあちこち飛び跳ねている髪のせいだろう。


 身だしなみは当然のことながら整えているわけだし、それでもなお――ということは相当なクセっ毛の持ち主。

 女官長と同じモノトーンの服に身を包んではいるが、いまいち合っていないように感じる。

 何だか背伸びして大人の真似をしているような侍女に、男はなおも話しかける。


「それで繰り返しになりますが、着替えをお願いします。動きやすい格好で。乗馬服とかあるんじゃ無いですか? 全くの想像ですが」


 侍女は現状と男の立ち振る舞いを上手く組み合わせが出来ないらしい。

 立つことも忘れて、ジッと男を見つめている。


「しっかりして下さい。マドーラを守るのは貴女の仕事でしょう? こうして狼藉者が乗り込んできているんだから速く動きやすい格好に」

「え? え、え、え、はい! ……はい?」

「ほら急いで」

「あの……」


 男と侍女のやり取りがますます混迷を深める中、マドーラはようやく声を上げることが出来た。

 今までの大人達は、自分の意志をまったく尊重はしなかったが、それでもやりたいことは想像出来た。

 むしろ単純であったと言える。


 自分の周りにいる大人達は、色々やりたいことがあるようだったが、基本的には自分マドーラを誰が1番利用出来るかという点で、競い合っていたようにも思えた。

 であれば、自分から意志を示すのは……何か良くないことを引き起こしそうな気がしていたのだ。


 だが今、何もかも明け透けに「自分を利用する」と宣言したこの男が出現した。

 大人達の間で、何か変化が起こったことはわかる。

 だがこの変化は――上手く説明出来ない。

 それに何より、この男は……


「……あなたは“誰”ですか?」


 それを聞かねばならない。

 聞いておかねばなるまい。


 男が“何者”であるかという疑問から、マドーラは半ば眠り続けていた――そうしなければならなかった意識が覚醒する。

 そしてマドーラはようやくのことで、今の状況が特異なものである事をはっきり理解することが出来たのだ。


 それは自己防衛本能に似たものだったのだろう。

 少なくとも流されるままではいけない。

 いや――


 流されることをこの男は許さない。

 そして今、男は笑みを――本当に自分を見て、愉快そうに笑った。

 マドーラはまた感じてしまう。

 きっとこの男よりは、今までの大人達の方が()()だったのではないか、と。


「……それは俺の名前が知りたいのか?」

「名前“も”知りたいです」


 マドーラのアッシュブラウンの瞳に怯えが揺らめく。

 しかし視線は外さない。


「名前は、あまり気にしないんだ。イチロー、カケフ・フジムラ、カケフ・ムラヤマ――この辺りを名乗ってきたが、それを知って、君、納得出来るか? あるいは俺の本名を知れば、どうにか出来るスキルを持っているのか?」

「それは……」

「そうだそれでいい」


 マドーラを遮って男は告げる。


「本当にスキルを持っていても、わざわざ俺に教えることは無い。逆転のチャンスを狙っていれば良い。俺は君を利用する。だから君も俺を利用すれば良いんだ――わかるな?」


 わかるような気がするが――それ以上に男の事がわからなくなった。

 マドーラは、再び黙り込む。

 だが今度は、無気力のままに黙り込んだのでは無い。

 とにかく整理が必要だと感じたからだ。


「そ、それで、着替えの件は……」


 侍女からの訴えに、男は一つ頷く。


「そのままです。着替えはして貰いますよ。何より俺がそのデロデロした格好に付き合わされるのが我慢ならないですから。貴女も動きやすい格好になっておいて下さい。その方が便利でしょ?」


 侍女は変わらず困惑した表情を浮かべたが、少しばかりではあるが男の本意らしきものが聞けたことで彼女も落ち着くことが出来たらしい。

 それに事態が未だによくわからないが、確かに着替えておいて方が良さそうだ。

 納得にはほど遠い状態ではあるのだが……


「そうだ。1度この子の着替えを俺にくれませんか?」


 再びかき乱される侍女の心。

 無表情では無く、半眼でジッと男を見つめるマドーラ。


 まだまだ、混乱は収まりそうに無い。

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