贅沢の神髄
グツグツグツ……
ここで焦ってはいけない。
下手に手を入れると、豆腐が崩れて失敗してしまう。
ちなみに、木綿では無く絹ごしだ。それぞれ用途はあるあろうが、俺は麻婆豆腐には絹ごしだと確信している。
だから、殊更慎重に。
(国を治るには、小魚を煮るように)
という格言が自然と出てくるわけだが……どうにもイヤな気分になった。
なんとも、暗澹とした心持ちだ。
俺は単純に麻婆豆腐を食べたかっただけなのに。
それも丸○屋!
俺が愛した、至高の麻婆豆腐。
……壊れスキルをアレコレやっている内に、出現したんだよなぁ。
だが、それを再現出来ない。
つまり丸○屋の麻婆豆腐はオーパーツとなってしまったわけである。
それを使ってしまう決心をしたのは、この職人宅の物置に暇を告げることになったからだ。
俺は最後までエリクサーを使わないで、そのままクリアしてしまうタイプ。
今もかなり惜しいが、丸○屋の麻婆豆腐は1箱で2回分だからまだ余裕が……そうなると俺は、使いかけの丸○屋を手に持って、引っ越しすることになるのか。
そんな自分を少し想像してみる。
……有りか無しかと問われれば――有りだな。
白飯、心の赴くままに作ったので3人前相当の丸○屋の麻婆豆腐。焼き鳥(ネギマ、セセリ、ボンジリ)、玉ねぎサラダ(和風ドレッシング)。
恐らくこんなものだろう。
栄養学は知らないが、俺の好物を集めた感じ。
肉は鶏肉が一番旨い気がするんだよな。
もちろん豚も牛も捨てがたいが、鶏はなんというか……まぁ、良い。
一応、最後の晩餐のつもり。
何しろ、これから見当もつかない所に乗り込むわけだからな。
ゴードンは上手く行くように取りはからう、とは言ってくれたが、俺が自由に出入り出来る段階で、かなり問題がある。
乗り込む場所は、何と言っても“王宮”だもの。
安易に出入り出来るのは、問題があることの証じゃ無いだろうか?
それだけ王家の家の権威が失墜しているのか。
俺は麻婆豆腐をレンゲで書き込みながら、ナイト2000のセンサーが左右に動く様をジッと眺める。
そして「ナイトライダー」のOPを鑑賞。
ここのところ、飯時にはずっと見続けている。
シーズン3はそろそろ観終わるな。
うう……このテーマ曲は相変わらず、俺を不安な心持ちで一杯にする。
これから王宮に乗り込むという、俺の気持ちをさらに削ってくる旋律。
まだ時間はあるし、データをさらい直しておこう。
全身全霊を込めて、気休め。
これ大事。
その女の子の名前は、マドーラ・レスキンタス・レタングスという――
御年12歳。
満、なのか、数え年なのかは不明。
誕生日の発想があるのかもよくわからないな。誕生日パーティーとか、ボッチには関係の無いことだし。
数えの場合、満で行くと10歳ぐらいの可能性があるな。
で、成人年齢に達していないので次期国王として扱われているらしい。
さっさと登極させろよ、と考えるのが普通の思考だと思うのだが、各貴族間でアレコレ思惑があって、まだまだ、やり合っているらしい。
やり合い続けて、王家の生き残りは、ほとんどこの子だけになったのに懲りない連中だ。
最後に残ったこの子が総取りになるかと思いきや、元々擁立した貴族――西の方の伯爵――が、いの一番に殺されており、この子はそのためにずっと前に脱落したと考えられたのが――まぁ、不幸なんだろうな。
田舎に引っ込んで、年老いた遠縁の子爵の庇護下で生活していたものが、また引っ張り出された。
その子爵が出張ってくるなら、それはそれで、ある程度地固めも出来たんだろうが、年齢、所有する兵力、どうしたって国王の背景を勤めさせるには無理がある。
……というか、勤めさせたら物理的に首が飛ぶ。
それをこの女の子が察しているのかいないのか、それもまたよくわからないが、特に自分の立場を主張することも無いらしい。
ある意味、処世術……なのか?
リンカル家でも何でも、さっさと乗っ取った方が平和だと思うのだが、ゴードンにその気は無いようだし、他の貴族がこの時ばかりは一致団結で手を組んだら、それはそれで厄介そうだ。
……で、そんなことは本来、他人事なわけだ。
勝手に殺し合ってれば良いし、ゴードンにしても自滅するコースに入ったのなら、それを助けるつもりも無い。
そして――私は子供が嫌いだ!(伊武雅刀風)
子供の王族なんてイヤな予感しかしない。
まったく関わり合いたくない。
王家というのは、国の看板背負っているので調べる気が無くても、自然と耳に入ってくるものだから、現在、王家がどんな状態かは一応知ってはいたが……
関わり合いたくないから、見ないでおこう、という最悪の危機対処法を実践していたらこれだよ。
自分の運の悪さを再確認。
まったくあのバカ女神のために、つまらない苦労を背負い込むことになった。
これがなぁ。
ボンッ、キュッ、ボンッ、ならまだ鑑賞の楽しみもあるんだが、子供ではなぁ。
この観賞用と割り切れるからこそ、俺はこのように好き勝手言える。
本来なら体型に関する好みを、詳らかにするのは非常なリスクを伴うからな。
そういうことが出来るのは、ボッチだけの特権と心得ていただきたい。
考えて欲しい。
女性を生涯の伴侶と決心した時、多くの男性が、その体型を重要視するだろうか?
――否!
これは確信を持って言えるが、惚れた以上、女性の体型など枝葉末節。
まったく考慮しないとは言わないが、その優先順位は限りなく低くなる。
となれば、だ――
自分の好みを声高に発信してしまうのは、非常に危険な行為であると言うことが論理的に導き出される。
惚れた女性が出現する。
その女性は、自分の好みスタイルでは無かったが、もちろん惚れてしまった以上、それは些末な問題であることは言うまでも無い。
ところがここに立ちふさがるのが男の過去の発言。
もちろん、そういう好みを乗り越えて成就する組み合わせも多々あろうが、発言が無ければしなくていい苦労である事は、言うまでも無いだろう。
……それに、いざ結婚した後に、そういう好みの発言を蒸し返されるパターンもまた多々あることだ。
将来的に結婚したいのであれば、このような発言は控えるが吉。
――大小を、問えばボッチの一里塚
などと、思わず一句ひねってみたが……何の話だったかな?
ささきいさお氏の声で喋る、デビッド・ハッセルホフを見ながら整理。
野島昭生氏の、AIボイスが俺に冷静さを取り戻してくれた。
見れば、食卓は軒並み空の食器が並んでいた。さすがに麻婆豆腐は量が多かったのか半端に残っている。
(ここは白米を追加で、丼にしてしまうか)
ここまで来てしまえば豆腐も半分ほど崩れている。
ちなみに、しっかり味わっているのでご心配なきよう。
頭の中で思考を巡らせながら、味覚はしっかりと働かせる。何というマルチタスクだろうか。
ちなみに、焼き鳥の方も炭火の香りが漂う良い出来でした。
……壊れスキルが出してきたコンロは底が知れない。
これ、王宮内でも使えるかなぁ?
この無計画さに震えが来るが、
「怖い? 君が? これ怒るところ?」
と、ゴードンに目一杯煽られてしまった。
……あのガキ絶対泣かす!
と、決意しながら、即席麻婆丼をかき込む。
ここから先、しばらくはボッチ道返上になるからな。好き勝手やってやる。
女神にナシつけたら、この国ともおさらばだ――俺は多分死ぬだろうから、おさらばするのは“国”じゃなくて“世界”かな。
ところで、美味い!
……残った丸○屋の箱どうするかな~
かくして最後の晩餐――晩では無いが――を済まし、短い期間だったが世話になった物置を“物置”に戻す。
持って出たものは、職人宅の内儀宛ての贈答品と、丸○屋の麻婆豆腐。
……本当にどうするこれ?
まぁ、あるものは仕方がない。
すでに堅苦しい一張羅は着るのを止めているし――そうか、ボトムスをカーゴパンツみたいにすれば良いのか。
早速変更して、太もものポッケに丸○屋の麻婆豆腐をセット。
……おおう。
何というフィット感。
内儀に気分良く挨拶を済まし――何だか「鋼の旋風」っぽい衣装が吊しているが見えたのは、全力で見ないフリをする――あっさりと退去完了。
適度に距離感維持していると、こういう時も実に楽だ。
そして、待ち合わせ場所の大通り沿いの一画を目指す。
時は午後二時。
午睡の風習は無いようだが、人通りが少しばかり落ち着いたこの時間帯を選んでくれたのは、正直助かる。
……ただでさえ会いたくないのに、これが人混みとなったら、あっさり心が挫けて回れ右しそうになるからな。
待ち合わせ場所にいるのは、とにかく淡い金髪が目立つ女性……プラス5名。
そしてその女性は――
(何故に、そっちが怯えている?)
――ルコーンさんだ。




