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敗北、そして高揚

 順番に行こうじゃ無いか――


 「王宮に行く」という言葉に俺が戸惑っていると、ゴードンがにこやかにこう告げたのだ。

 何か普段やっていることを逆にやられる感じだな。


 こういうのって推理小説について詠まれた、


 ――名探偵、皆を集めて「さて」と言い


 という川柳を思い出す。


 そこから始まる、探偵無双が面白いんだよなぁ。


 だから警察関係者が探偵役の推理小説、いまいちハマりきらない。

 言葉だけで、その場を支配する蹂躙感――いや蹂躙“され”感かな?


 ああいうのが好きなんだから、推理小説好きって実際の所はM? いや、何とか犯人を見つけようと躍起になっていれば、Sとも考えられる。


 ここからゴードンの説明を聴きながら、判断してみたい。


「君が教えてくれた、アレコレを試している話はしたよね?」

「ああ。アレンジもしてくれてるらしいと」

「これで、道筋が見えた気がするんだ」


 道筋?

 この流れで見えてくるのは……


「リンカル領の独立?」

「流石にわかってしまうか」


 ゴードンが苦笑を浮かべる。


「普通に考えると、そうなるよな。もう王家の後ろ盾は要らないだろう?」


 俺はその苦笑に乗っかるようにして、確認してみる。

 ゴードンは頷きながら、


「最初はどうにかして王家に認めて貰う方法を考えてたんだけど……」


 ここで言葉を濁らせるか。

 探偵役には少し足りない。

 論理の刃で、全てを切り裂いてこその“探偵”だ。


 ……いや、そういう話じゃ無かったな。


 それに、ここは俺から言い切った方が無難な気もする。


「――クーデターを考えたんだな」

「ああ」


 ここは躊躇しないのな。

 思わず笑いそうになってしまったから、思わずセブンスター(セッタ)のフィルターを噛み切りそうになってしまった。


 ……うう、もったいない……ということも無いんだが、釈然とはしないな。

 そんなわけで。俺がもう1本出している隙に、ゴードンが先を続けてくれた。


「“それ”についてはムラヤマからのアドバイスが届く前に考えていたんだ。だけど、ムラヤマのアドバイスが届いて、それが効果的だと気付いた時、ちょっと思ったことがある」


 ははぁ。

 その“思ったこと”というのがなんなのか、わかる気もする。


 それを俺が言ってしまうのも……ちょっと引き延ばしてみるか。

 何というか、その言葉は“異世界”の人間に言ってもらいたい。


「……俺もアドバイスが有効だと聞いた時に、俺もちょっと思ったことがある」


 まずは前振り。


 ゴードンは、俺のターンが続いていることを察してくれたようだ。

 ……いや、単に細巻きを味わいたくなっただけかな?

 とにかく沈黙してくれているので、先を続けよう。


「……臣下が、これほどあからさまに兵力拡張しているのに、それに口を出すことが出来ない。これって事実上の統治能力を失っているんじゃ無いか、ってね」

「まさに」


 ゴードンが細巻きを燻らせながら大きく頷いた。

 この方向性で間違いないようだな。

 つまり、


「王家の意向とか気にするのも馬鹿らしいだろう。どうせ何も言ってこないんだから。そうなるとクーデターを起こすなんて、礼儀正しく叛乱するのも、当然のことながら馬鹿らしい」


 となるわけだ。


 ゴードンの肩が震える。

 これは必至で笑いをこらえているんだな。

 何せ、細巻きの先がプルプルと震えてる。


 だが、そろそろゴードンのターンだ。

 是非とも、あの言葉を言ってもらいたい。

 俺は、手振りでゴードンに先を促した。

 ゴードンは、我が意を得たりというように細巻きを灰皿でもみ消しながら、こう告げた。


「――それに何より、()()()()()だからね」


 うん、満点以上。

 戦争を止めさせたいなら、人命がどうのこうのと人道主義的に訴えるのでは無く、もっと単純に、戦争がどれだけ面倒か、知らしめれば良い。

 対費用効果なんか最悪の部類じゃ無かろうか。


 それが中世の香り漂う“異世界”人の口から出たことを頼もしいような、恐るべきと考えるべきか。

 ……いや、こんなこと別に俺が考えるべき事じゃ無いな。


 何だかゴードンとの会話が楽しくて、延々と続けてしまいそうになるが……結局、話の元は何だったけか?


「そんなわけで私はもう、王家のことは気にせずに“大密林”南下をやってしまおうと考えたわけだが――」


 そうだな。

 戦争なんかでマンパワーを消費するよりは、開拓した方がよほど建設的だ。


 だが接続詞的に、このゴードンの方針に横槍が入っている、ということになるわけだが……思い出した。

 そもそもが「ギンガレー伯の掣肘」という話だったか。


「伯が何か、やらかすと?」

「確実にね。ランディからの情報だと、リンカル侯の専横甚だし、みたいな話が出ているらしい」


 うわぁ。

 ランディ、立派になって。

 ……いや、スパイ行為を立派にこなすというのは褒めるべき事柄だろうか?

 青少年が、まったく健全に成長していない気もするが――貴族の血族と生まれた不幸を呪って貰うしか無いな。


 それにしても、ギンガレー伯なぁ。

 確か王宮に猟官でやって来るみたいな話は聞いていた。

 その背後には“大密林”を巡る、利権争いもあったはずだ。


 ……こうやって情報並べてみると、確かにこれは面白く無いな。


 近衛騎士というのが王家の戦力と考え、それにプラスして勢力の増強著しいと言われている、ギンガレー伯の戦力。

 これが“大密林”開拓に振り分けられた、リンカル侯の後背から襲いかかるという未来図が見える。

 ……この事態を避けるためには、


「睨み合いになるか」


 とタバコの煙を吐き出しながら、単純な未来図を独り言のように呟いてしまった。


 ゴードンは何も言わずに、椅子に深く腰掛けた。

 これは俺の何かしらの反応を待っているのか?


 ……しかし、睨み合う以外の未来予想とか、睨み合って、その先の展開は流石に予想出来ないぞ。

 それに睨み合いにしたって、あくまで予想の範疇だ。


 ギンガレー伯が王宮で足場を固めて、王家の代理人みたいな立場を手に入れることが出来るかも、まだまだ未知数。

 もっとも、対抗するべき表看板があの侯爵なら実現性は高そうな気がする。

 そもそも――ん?

 

 ……そうか。


 ゴードンは俺がここまで辿り着くのを見越していたわけだ。

 だとすると、当然それに対する理屈も出来上がっているわけで……悔しいことに、これを言われたら流石に、ちょっと厳しいな、という理屈もすぐに思いつく。

 だが具体的に――ああ、クソ。


 見事にコントロールされてしまった。


 これ本当なら、操られたことを怒るべきなのかも知れないが、何か感動してしまったぞ、俺は。

 ……やっぱり俺はMかも知れん。

 要するに、見事に順番通りだったわけだ。


「――俺に王宮で好き勝手やってもらいたいんだな」


 降伏文書にサインを記すような心持ちで、宣言した。


「君が私の敵に回らないことを祈るばかりだよ」


 それに対して、ゴードンは笑みを浮かべながら応じた。

 確かにな。

 だが、そこは賭けになっても押し通すべきと考えたんだろう。


 ちなみに俺がショートカットした部分は、


・そもそも俺が、何でギンガレー伯に対抗しなくちゃならないんだ?


 と気付き、ゴードンはそれに対して当たり前に、


・そもそも「イチロー」だった時に、やらかしたのは君だ。


 と、対抗してくるわけだ。

 ギンガレー伯が調子に乗るきっかけを作ったのが俺だ、と言われると……なかなか厳しい。


 それに加えて最近のランディ――言葉を選ばなければ“腐女子”の――騒動で、指名手配になりかねないところを、取り持ってくれている。

 確かに勝手に“貸し”だと言われたら反発するところだが、何より俺がゴードンを気に入ってしまっているからな。


 しかも俺を完全な走狗として扱わないところも見事だ。

 俺を用いることのリスクもキチンと計算しているようだ。


 ――一方的に預けてくる信頼は、単なる依存だからな。


 俺は胸の内で大きく頷いた。

 それにだ――


 この状況、もしかしなくても俺にも都合が良いような気がする。

 俺はゆっくりと煙を吸い込み――同盟文書を差し出すことを決意した。


 すでに実質的な交渉は終わったも同然。

 それを言葉にすることで、俺は調印の代わりにする。


「――俺にも協力してもらうぞ」

「無論のこと」


 ああ、いい感じに悪い表情だぞゴードン――

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