皮肉が神を討つ
曰く、決して治らぬといわれていた重病人を癒やした――
曰く、一晩で河川の流れを変えた――
曰く、山を消し去った――
曰く、海を割った――
最後のは思わず笑ってしまった。
最初のは、宗教創始者に必ずついて回る感じの逸話だったしな。
ゴードンが笑いながら説明しているから、俺も釣られてしまった。
ただ俺が笑っているのと、ゴードンが笑っているのとは、理由が違う。
俺はそれらのいくつかは“向こうの世界”で聞いたことがある話で、海を割ったに至っては、宗教を信じない者たちにも知れ渡っている――まさに“おとぎ噺”の範疇だと説明した。
ゴードンはそれを聞いて、少しばかり神妙になったようだが、
「どうせ、スキルをどうにかして成し遂げたんだろ」
と、俺は切り捨てた。
この手の話は読み物としては面白いが、頭から信じるほど信心深くにはなれない。
まんま同じ事が出来たと考えるのも無理があるので、時代を経ておきまりの誇張されていったんだろうしな。
「その点は私も同意見だな」
「しかしこれ、全部……そうか他の国の話か」
別にこの異世界にあるのはこの国だけでは無い。
“異邦人”の逸話を採取するのなら、国境はあまり関係ないだろう。
ノウミーの馬丁さんも、他の国の話をしていたしな。
……その逸話持ちの“異邦人”は一体、どういう名を都市に名付けたのか。
ゴードンのフォローを受けながら“異邦人”の話を聞き続ける。
別に例の都市の名前を知りたくなったわけでは無いが、聞くためのポイントが出来たことは幸いだった。
話を流さずに、聞き続けることが出たからな。
しかし、これだけ“異邦人”のおとぎ話というか与太話を俺に聞かせて、どうするつもりなんだろう?
俺にそれを再現しろ? ……ゴードンはそこまで愚かではあるまいし、誇張が為されていることにも理解を示していた。
とにかくしばらく聞いてみるか……都市名が出てくるかも知れないからな。
「……と、色々あるんだけど、調べれば調べるほど私にはこれらが本当のこととは思えなくて」
「だろうね」
うん、そこについては異存が無い。
この辺コンセンサスは取れていると思ったが。
「――だが、全てを嘘だと決めつけることが私には出来なかった」
「ああ」
何だか、言い淀んでいる様な感じはこの“告白”に覚悟が必要だったのか。
一種の狂人扱い――なにせ、おとぎ噺を真剣に捉えているのだから、下手に口に出しては奇異の目で見られることになる。
その上、ゴードンには足が不自由であるというハンデもあるしな。
「そして、それは“影向”を望んでも、叶わぬ私の僻みでは無いのか……」
う~ん、思った以上に根が深い。
だから真実に近付いているのに、自分の判断を信じることが出来なかったというわけだ。
で、そういう状況下で現れたのが俺。
なるほど、最初から俺に好意的なのも頷ける話だ。
何せ、初っ端からシステムを馬鹿にして、貴族を敬うこともせず、使うスキルは無茶苦茶。
なんてうってつけの存在なことか。
思わず、自分でツッコミを入れてしまいたいぐらいだ。
しかし、ツッコミに心を砕いている場合では無い。
ゴードンを“こちら”に引っ張り込まなければならない。
「おとぎ噺の中に、真実が紛れ込んでいる話は“向こうの世界”では、もはや常識だ」
俺は“滔々と”を自分で言っちゃうぐらいタメを十分に含ませて話し始めた。
といってもさほどの話ではない。
こういう時一番に出てくるのは、やはりシュリーマンの話だろう。
シュリーマンの生い立ちとかは置いておいて、ホメロスが残した詩を真剣に研究して、ついに遺跡を発見した話だ。
案の定と言うべきか、ゴードンはしっかり食いついてきた。
それに調子に乗って、八岐大蛇退治の話も持ち出してみる。
ただこれって、俺は概略を読んだことがあるくらいで、詳しくは知らないんだよな。
「いざ必要になれば、ネットに繋げば良いし~」
とか構えていたら、まさかの“異世界”だもの。
日本人は、もはやいつ飛ばされても良いように備えておくことが大事。
とにかく、八岐大蛇というのは八ツ又に分岐する河川のことであるという。
また八岐大蛇から発見された草薙剣というのは、川で砂鉄が発見されたことを意味するという話。
……確かこの説に関しては外国の方が打ち出したんじゃ無かったかな。
これって、外国人が事象をフラットに見えていたということなのかも知れない。
何せ、草薙剣。
日本武尊の逸話もあるし、どうしても日本人には八岐大蛇退治を“おとぎ噺”であるという先入観から脱却できなかったんじゃ無いだろうか。
そういう話を俺の雑感も混ぜて披露すると、何だかゴードンの様子が熱病に浮かされているような、焦点が定まらない目が怖い。
八岐大蛇退治の話の方がより深く感じ入るところがあったようだ。
……申し訳ないが、もうこれ以上は知らないんだよなぁ。
助けてhttp://www!
それに普通にゴードンが怖い。
俺は嫁さんが淹れてくれた珈琲を勧める。良い具合に冷めているだろうしな。
うん、細巻きは止めておこう。
「――いや、いや……いや興味深い」
どうにか落ち着いたのか、ゴードンがそれでも熱心に独りごちた。
「もちろん俺は“異邦人”の逸話をさっき教えてもらったことぐらいしか知らないんだが、色々説明できそうなのか?」
「うん……今なら自信を持って言えるよ。“異邦人”の実際の業績をね」
業績……ね。
何だかまだ神聖視が――そうか。
全くの逆だ。
元々俺は、そういうゴードンを期待していたのだから。
であるからこそ、ゴードンにはパートナーとして得がたい資質がある。
俺は、ほとんど勘でそれを嗅ぎ取っていたわけだが、今なら理論化できる。
つまりゴードンの根っ子にあるのは、
「神への不審」
だ。
これを自分自身で認めてしまうことに恐怖に近いものがあったのだろう。
だが、ゴードンはそれを捨てることも出来なかった。
神も実在しているが“異邦人”も間違いなく存在し――何しろ俺がいる――しかも、おとぎ噺成分を排除できればより即物的な対象として研究対象に据えることが出来る。
神の代わりに“異邦人”を崇め奉るのなら、進歩は無いが、ゴードンはあくまで“異邦人”の「業績」と呼称した。
これは神からの脱却に等しいのだろう。
皮肉な話だ。
神は、自らがより良いように“異邦人”を繰り出しているのに、それが蓄積することによってついに、神の行いに不審感を叩きつける者が出現したのだ。
……もしかしたら“異邦人”に、おとぎ話成分を加えてるのも、神自身が積極的に操作した可能性もあるな。
だがついに、そういった詐術に引っかからないものが出てきたわけだ。
啓蒙主義の目覚めって、こんな感じなのかなぁ。
だが、しかし。
そういう世界のアップデートを喜んで「はい、おしまい」というわけでは無い。
お互いに神は当てにならないとコンセンサスが取れたことによって、ここから先、どう行動するか?
ここが肝要なところだ。
「君の報償稼ぎ、あれは少しばかり採用してる」
「本当か?」
実務報告に移ったところで、ゴードンから欲しかった情報が来た。
「うん。流石にそのままやると神に目をつけられそうだから、一応模擬戦仕様に変えた。戦っている“風”に変えたわけだ」
俺より根が深いなぁ。
「結果として、比較的簡単に成長させることが出来たよ。何故気付かなかったのか、自分を責めたい」
そういうのを含めて、神の差配なんだろうな。
その他の軍制改革っぽいものは採用されたんだろうか?
「うん。流石に即座に効果を確認出来たわけでは無いけどね。それよりも“大密林”を端から崩していくという発想も見事だ」
比較的浅い地域にあった採石場――もちろん稀少鉱物の――へのルートは出来上がりつつあるらしい。
だから、同じく俺から言われた軍制改革にも期待しているということだったが――
「それが効果を発するまで。というかこの先ずっと、出来れば大人しくして欲しい」
「何が?」
「王家だよ」
段々、容赦が無くなってきたな。
いい兆候だが、確か俺への欲求は……
「というわけで、君には王宮に行ってもらいたいんだ」
……そんな話だったっけ?