二人の手の内
腰の後ろから短剣を引き抜く。
心の内で“スイッチ”を意識。
ヴン……
無事、短剣はビームサーベルと変化した。
とりあえず壊れスキル健在らしい。
ここを確認しておかないと、打ち合わせの前提から違ってくるからな。
「魔法的なモノ、使える?」
「モノって……」
テラスでゴードンが苦笑を浮かべていた。
すでに夜はとっぷりと暮れている。
空には満天の星とアレコレ。
気温は……さほど寒さは感じないが、もしかしたらこれも壊れスキルの影響かもな。
ここはリンカル邸であることは変わりない。
だが流石に“邸”というだけあって、内部は色々区分けされている。最初に面会した場所では無く、同じ屋内ではあるようだが、かなり端っこに近しい区画。
いわゆる「東宮」みたいなものじゃなかろうかと、勝手に想像している。
つまりリンカル邸内の世嗣用の区画ということだ。
最初に通されたのが侯爵本人の実務区画で、それのミニチュア版がこの区画に設置されている。
もちろん生活空間も拵えてあって、俺が案内されたのは、その部分。
食事もそこでいただきました。
壊れスキルが反応できるのか不安だったが、俺に利用価値がある以上、滅多なことはしないだろう。そんなわけで、一か八かで口をつけたが、大丈夫だった。
ゴードンは道理をわきまえた人物だった。
むしろ、好き嫌いが激しい俺の要望を受け入れた奥さんの方が大変だっただろう。
とにかくシナモンはダメだ。
……もしかしたら、他の嫌いなモノは上手く誤魔化されて入っているのかも知れない。
セロリとかな。
出されたものは“異世界”における家庭料理ということで、いわゆる初物だったが、旨かった。
グルメリポートは期待されて無いだろうから簡単にまとめると、
・パンを切り分けたモノ
・肉を焼いたモノ
・肉じゃがのようなモノ
・生ハムが乗っかったサラダ
……こんな感じ。
それぞれに仕事が為されているのはわかるが、技巧は良くわからないな。
ただ、あまり格式張った感じで無かったのが助かった。
気遣いの範疇だろうが、大皿から取り分ける方式であるのも安心して味わえたことも大きいな。
そこで俺は、しばらくは共犯状態になるということで、壊れスキルによる“料理”を披露することにした。
味わって貰うというよりは、こちらの戦力披露、壊れスキルの確認――それとアメリアさんに俺への不審感を募らせる、という一挙“三”得を目論んでのことだ。
まずアメリアさんに、簡単なモノを追加で用意して貰う。
――簡単に、と言ったのに、ジャガイモ他色々な野菜の上に溶けたチーズを乗せた小鉢が出てきたわけだが。
これが壊れスキルの犠牲になると思うと悲しみが胸を突く。
しかも、出現したのが「カボチャの鶏そぼろあんかけ」だった。
どういう、つもりでこうなったのか小一時間問い詰めたい……対象が判明していれば。
しかしまぁ、これが実際に旨いし、ゴードンは舌鼓を打つし、アメリアさんは不気味な物を見る目でカボチャを見ているから、成果はあったんだろうな。
そこから、事のついでとばかりに、俺は壊れスキルを確認したいと要望を伝えたところ、外に出られるテラス付きの部屋に通された次第だ。
もちろん、食事は済ませている。
「何でも良いのかい?」
だからこそゴードンは悠然と腰掛けてタバコを燻らせているわけだ。
……俺も「食後の一服」を味わってからにすべきだったな。
「何でも良いって、何でも出来るのか?」
「基本的なものなら」
「では、アイスを。それと距離を取っても大丈夫か? 俺を狙えるか?」
「これ、別に君を狙わなくても良いんじゃないか?」
言われてみればそういう気もするが、あまり散らされると、動くのが面倒。
いや、そもそも迎撃する意味は……ああ、そうか。
壊れスキルが不具合かどうかを調べてるんだから、魔法が正常に仕事をする可能性もある。
この僅かな時間に、俺の行動の本意を見抜かれるとは……
「じゃあ、この辺を狙って――できるか?」
俺はビームサーベルをバッドのように構えて、ストライクゾーンを示すように、左手で指し示してみた。
ゴードンは頷いて、
「じゃあ、行くよ」
と、即座に「アイス」を放ってくる。
俺はその場で足踏み。昼にハミルトンさん達相手にやったような手加減和要らない。
ただ領域だけは狭めて――
ズンッッッン!!
ええ――この音でお気づきのことかと思われますが、周囲一帯陥没してしまいました。
半径5mほど。
狭めるのが上手くいって良かった。
これゴードンまで影響が及んでいたら、下手したら人死にが出てるな。
そんな中でも、俺はいっこうに平気。ついに領域に入った「アイス」も格段にスピードを落とし、軌跡だけならフォークのように下降する。
俺の壊れスキルは健在なようだ。
この辺りのルールが、一向に見えてこないのも……いつも通りか。
俺はビームサーベルを振るって、周囲の芝生に給水すると「ヨイショ」と声を出して、陥没した場所から離れる。
別にmでへこんだわけでは無いので、これは楽――当たり前だが、ゴードンが微妙な表情を浮かべている。
流石にバツが悪い。
故意では無いが、こうなる可能性は予見できたわけで、つまり「未必の故意」だろうか?
この言葉と共に非難されたら“異世界”に白旗上げても良いけど、そんなことにはなるまい。
だが、少々やり過ぎたのは事実。
俺はビームサーベルを短剣へと変化させながら、尋ねてみる。
「これで俺の壊れスキルについて、わかってくれただろうか?」
「ああ、やっぱり目で見た方良いね」
……ということは、どんなスキルかは知っているのか。
それがわかるラインは――うん?
「どこから知った?」
「父の知っていることは、大体わかってるよ。良く出来た弟のおかげでね」
そうか。
ハミルトンさんが、事実上のスパイだものな。
というか、侯爵家全体がスパイみたいなものだ。こういう中で、侯爵は侯爵という立場だけを言い様に使い回されている。
となると――
「ランディは良く出来ていない?」
「今までは本人も何をして良いかわからなかったみたいだけど、今は充実しているようだね」
俺は頷きながら、となりの椅子に腰掛けてセブンスターを取り出す。
そこにタイミング良く、アメリアさんが珈琲を持ってきてくれた。
タバコに珈琲。
これ以上無い、黄金ペアだな。
ちなみに、ゴードンも同じ嗜好にして、酒を嗜まないのも同じ。
もしかしたら、酒でも飲んだ方が健康には良いのかも知れないな。
「……で、侯爵の種はあと何人なんだ?」
「男子に関しては、ランディが一番下だよ。女子は領にあと一人かな」
神聖術もあるし、無理して血統の保存に走らなくても良いだろう。
これだけお盛んなのは、侯爵が欲望に忠実だからだろうか?
……他に愛人囲ってるんだから、増える可能性もあるな。
ともかくランディに、もう少し――
「ランディのことはいつから?」
先に尋ねられた。
どうにも、息が合いすぎるな。
「侯爵家絡みの人間だと気付いたのはつい最近。ギンガレー伯の話を持ち込んできた辺りで、ほとんど確信だったな――わかりやすかったし」
恐らく侯爵の愚痴でも聞いて、先走った形がかつてのランディ。
……それを巻き込まれたり、利用していたのがかつての俺。
現在果たしてどうしているのやら。
近衛騎士を揺るがせた騒動は、あくまで副作用だからな。
「伯の先触れに食い込んだようだ……というか、そう指示した」
「なるほど」
侯爵家の影の支配者が出張るぐらいには、順調なようだ。
少なくとも王都に騒動を発生させただけ、ということにはならないようで一安心。
……俺も目的見失いそうだったからなぁ。
「「で」」
うわ、声が重なってしまった。
お互いに顔を見合わせてしまう。
俺は仕切り直しのつもりで腰掛け直してタバコをふかし、ゴードンは珈琲のおかわりを室内に控えているアメリアさんに、お願いしていた。
そうして十分に間を取ったところで、ゴードンが口を開いた。
「私の目的は、ギンガレー伯の掣肘」
ふむ。
先に戦略を披露したか。
それならばこちらも。
「俺の目的は神をおびき出して会うこと」
“会う”とはまた、穏便な言いぐさだな。
俺は、浮かびそうになる笑みを唇の端でこらえた。
「……それは“影向”かな?」
「いや」
俺は頭を振った。
「――誰が神なのかはわかってるんだ」