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シナモンはお断り

 わざとらしく挑発してみたわけだが、半分ぐらいは本音でもある。

 やり方は完全に間違っていたが、国を揺るがす、という現象自体は望んでいたことでもある。


 そして目の前には、人望も有り、野心も……あるのだろう。

 いや、やれるところまでやってみよう――ぐらいかな?


 侯爵家に生まれついているのに、生まれながらに足が不自由。

 父親との確執。母親についてはわからないが、恐らく“影向ようごう”に関しても手を尽くしたはずだ。

 それが一向に上手く行かない。


 だが幸か不幸か、ゴードンさんはそれで自棄になれる理性を持ってはいなかった。

 結果、ゴードンさんは自分を制して日々を送ってきた結果、その姿は多くの人の心を打ったのであろう。


 ここまでは想像も容易だ。

 美談としての構図が出来上がっている。


 こうしてゴードンさんは、穏やかな人生を手に入れた――ということになっていない。

 全てがゴードンさんの働きかけによるものでは無いだろうが、現実彼は世嗣だ。


 リンカル領を切り盛りするに、そういう肩書きが必要だったのかもしれないが、それも彼は過不足無く――いや、さらに人望を得るほど上手くやった。

 伯爵から、さらに疎まれるほどに。


 だが、それでも彼は今の立場を手放すことは無かった。

 これはもう、野心を持っていると考えるべきだろう。


「――謎が解けた、と俺は先ほど言いましたが」


 灰を携帯灰皿に落とす。

 ゴードンさんを、このタイミングで観察。


 うん、落ち着いたらしいが――良い人アピールのために嫁さん晒したのは失敗だったな。

 恐らく計算では無く自然にやっているのだろう。


 あるいは自分自身も気付いていないのか……天性の人たらしかも知れない。

 俺は――そんな彼を前にして、一歩踏み込んでみることにした。


 きっかけはやはり……彼の不自由な足になるのか。

 とにかく話を続けよう。


「俺は疑問だったんですよ。どうもこのリンカル邸に待ち受けている人物は俺に好意を抱いている感触がありました。で、あるのに出迎えに出てこない」

「それは!」


 アメリアさんが、流石に声を上げる。

 俺とゴードンさんは、同時にそれを留めた。


 ええと――何て呼ぶのが良いんだろう。

 奥さん? 内儀……は流石に無いか。


「――アメリア。申し訳ないが話はそう単純なものでは無い」


 俺がしょうも無いことで迷っている隙に、俺の言いたいことを先にゴードンさんが言ってくれた。

 どうやら俺が“野心”と指摘したことで、ゴードンさんは即座にそれを自分の中で組み立て直したのだろう。

 ……あれ? これもう俺が話す必要無くない?


「ムラヤマ様は、私のやり方に計算を感じたんだ。衷心、ムラヤマ様に感謝しているなら、私は他の方法を選んでいるべきなんだ。先ほど指摘されたように出迎えに出るべきだった」

「そ、それはゴードン様のお足の歩みではかえってご迷惑をおかけしてしまう……」


「そう。そんな風に()()()()()()()()――想いが純粋であれば、そんなこと考えたりはしないよ」


 うわぁ、楽。

 おかげでじっくりとタバコを味わえる。


 ちなみに強制連行だと思わせておいて、最終的に俺と近衛騎士との確執も取り除くように指示を出したのも、恐らくゴードンさん。

 彼は知ってか知らずか、緊張と緩和を生み出している。


 それが計算によるものか? となると、実のところ俺はそういう風に考えてはいない。


 恐らく、不自由な身体で生まれてしまった彼の防衛行動に近い物で有り、それは“計算”と呼ぶのはいささか酷だろう。

 だがまぁ、彼がそう呼びたいなら止めはしないし――俺も違うと感じながらも、そう指摘するつもりだった。


 今からその方向性で話を進めるつもりだし。

 その前に、俺は決着をつけねばならぬ事がある。


「ああ~っと、奥方? それとも奥さん? 何とお呼びするべき何でしょうか?」


 好意的中立状態にある女性とコミュニケーションを取ろうとした試しが……思い当たらないな。

 それが人妻ともなれば、もうどうしようも無い。


 だが、この間抜けな質問が良い具合に場の空気を和らげたようだ。

 アメリアさんは戸惑いながら、


「……私のことは、どうぞアメリアとお呼び下さい。本来なら名前を呼ばれることすら畏れ多いことです」


 と、答えてくれた。

 うん。

 そういう慣例はわかる。

 だから自己紹介も無かったんだろうし。


「ですが、これからお付き合いを深める上で、その伴侶を呼び捨てというわけには……」

「だから、は、伴侶では……」

「ムラヤマ様、お怒りでは無いのですか?」


 上手く釣れた。

 というか、こういう受け答えを自然にやってるんだろうなゴードンさん。


「もちろん。怒るなんてとんでもない。俺はゴードンさんという存在が都合が良すぎて、自分が幸運であると信じてしまいそうなのに」


 俺の口元に自然と笑みが浮かんだ。

 もちろん自嘲の笑みだ。


「そもそも、それぐらいのこと自然に計算出来なく侯爵位なぞ取り回せないでしょう。むしろ悪人であった方が頼りになりますが――ゴードンさんは、残念ながら善人ではあるようだ」

「は、はぁ……」


 ゴードンさんは辛うじて返してくれたが、アメリアさんは確実に迷ってるな。

 あまりやり過ぎて、安全弁として機能しなくなるのも問題だから、これぐらいで良いのだろう。

 俺は続ける。


「……ですが、あらゆる意味でゴードンさんは頼りになる。実際、迷っていたところですが今決めることにしました」

「何をですか?」


「俺が王都ここでやりたいこと。それに協力して欲しいんです。もちろん俺も手助けしましょう。何か――あるから、俺を呼んだんでしょうし」


 そこでいったん区切って、ターンエンド、とやりたいところだが、ここを忘れてはいけない。


「……で、結局、アメリアさんを何とお呼びすれば?」

「いや、少し待って下さい」


 ゴードンさんの表情が引き締まる。

 俺からかなり情報を提供したからな。

 是非とも再構築してくれ。


 その間に俺は、もう一服させて貰う。

 さて、どう切り返してくるか。


 一方でアメリアさんは、最初の無表情ぶりはどこへやら、かなり困惑している。

 このままの状態を保っていれば、ゴードンさんに言うこと聞いて貰うための切り札にもできるし、距離を取りたい時にも利用出来る。


 本当に、結婚って良いものだなぁ。


「……では、食事をご一緒に」


 やがてゴードンさんは、そう切り出してきた。

 俺の調べが済んでいるのなら、なるほど、なかなか上手い手だ。

 だから俺も乗ることにした。


「メニューはどうしますか?」

「食堂というわけにはいきませんから、簡単な物を。肉とまめを煮込んで香辛料で……あれは何という名前だったかな?」


 ここでアメリアさんに振る。

 これにも乗っておこう。


「奥さんお構いなく。簡単な物で構いませんので」

「え? ああ……いえ、あの……」


 大混乱中だから、助け船を出すか。

 今度は俺のターンだろうし。


「ゴードンさんが俺の話に乗る、と決められたようです。“異邦人”である俺にね。で、話が長くなるから、食事をお願いしたわけです」

「それは何となく……」


「そうとなれば“こちらの世界”の慣例とか馬鹿らしくてやってられません。だがそれを、余人に説明するのも面倒だから、食事……というかその手の格式張った事はこの先オフで、という次第です」


 こういうのあまり説明しても仕方がない。

 というか、一発で説明できる方法がある。


 しかし何というか、俺がそれを言うのは犯罪だと思えるのだ。

 だから俺は片手で、ゴードンさん――いや、ゴードンを促した。


 ゴードンはくたびれ顔に、笑みを浮かべながら、


「――私たちは“友達”になったんだよ」


 はい、お見事。

 それでアメリアさんも概ね納得してくれたようだが、やはりここは引っかかるらしい。


「それで……“奥さん”というのは……」

「友人の連れ合いだから“奥さん”と呼ぶのは、俺の世界ではまぁ、標準です。そうして、俺と付き合う以上、そちらの身分とかしきたりなんか俺に欲求するのは不遜すぎます。友人が自分の妻だというなら、俺はそれを尊重しますよ。それが一番大事――あとは……奥さんの料理の腕が心配と言えば心配」


「それは請け負うよ……というか、それを口に出すのは友人とはいえ“不遜”じゃないかい?」

「俺は好き嫌いが多いんだよ」

「豚肉は? 香辛料は?」

「香辛料で嫌いな物はある」


 シナモンなんか、人が口にして良いものでは無い。


「やれやれ。それじゃアメリア、そういうことだから」

「すいません奥さん。とにかく腹は減ってるんで」


 アメリアさんは、変わらず目を白黒させていたが、やがて、ハァ、と溜息を一つ。

 そうそう。

 人間諦めが大事だ。

 身分とか関係なくね。


 とにかくこれで、俺は“友人”を作ってしまった。


 壊れスキルに影響があるかどうか――いやないだろうな。


 お互いに損得勘定込みの関係性だと、理解しての“友人”だ。


 ……何より俺に友情は無い。

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