巨人の襲来
翌朝――かどうかは判然としないが快適な目覚めは迎えることが出来た。
しかし、どれほど牢を魔改造しても地下室は地下室。
朝の光によって目覚めたわけでは無く、眠りたいだけ眠りきって目が覚めたんだから、それは快適になるだろう。
灯りは俺の部屋の蛍光灯と、廊下側の持続光。
俺は灯りが付いてようが、暗かろうがどっちでも眠れるのでアーサーさんのリクエストに応える形で付けっぱなしにしてあった。
……電源なぁ。
突き詰めたら、もしかしたらスキルの謎が解けるかも知れないが、どうやって突き詰めれば良いのか。
それはともかく、アーサーさんに挨拶と時刻を――いないな。
実はここは“俺の部屋”であるから内鍵が当たり前にある。
かといって、この状態で外に出たらアーサーさんの責任問題になるだろうし。
……トイレ、どうするか。
何とか一階まで出てアーサーさんを確認しようかと、自分ルールの改正を検討していると、人影が見えた。
「あんた、やっと起きたか」
そのまま部屋の扉を開けたのは、もちろんアーサーさんだ。随分難しそうな顔をしている。
「お早うございます……今は、えーっと」
「大体昼じゃな。あんた随分暢気に寝ておったからの。やっぱり、そのスキルの影響かのぅ」
また次から次へと気になる事を。
だが、優先順位を考えるとまずこれか。
「何かありましたか?」
本来、囚人である俺は暢気上等のはずだ。
それなのに思わず愚痴をこぼしてしまうような事態が起こったのではないか?
それと合わせればアーサーさんが持ち場を離れていたことも説明出来そうだ。
「いや、あんたは知らなくとも……う~ん」
なかなか難しい事態らしい。
では、もう一つの最優先事項に取りかかるか。
「じゃあ、取りあえずトイレ、お願い出来ますか?」
期せずして会話の順番は正解だったようだ。
一階にあるトイレで用を済ませるまでの間、アーサーさんは何が起きているのか、大体の所は語ってくれたからだ。アーサーさんも不安を感じているのだろう。
何しろ昨日の喧噪とは打って変わって、剣戟のような音や、金属の擦れ合う鋭角な響きが伝わってくる。
俺は手早くトイレを済ませると、自分の部屋に戻った。
「……で、その巨人というのは厄介なんですか?」
金満であるとか。
ジャンパイアが従属しているとか。
そういうしょっぱい話ではないのだろう、多分。
「正確に言うとアースジャイアントじゃな。それの特異種らしい。他の属性のジャイアントのような面倒は少ないものの、やはり防御力が難物だ。しかも特異種。う~む……」
1人で言うだけ言って、また唸ってしまった。
今までのアーサーさんの話をつなぎ合わせると、
――アースジャイアントというモンスターが出現。このノウミーの街に向かっている。これだけのモンスターに対抗出来うる冒険者は出払っており、もしかしたら街に被害が出るかも。
――という具合らしい。
街に被害? そんなバカな、とは思いながらも“異世界”の事でもあるし、安易な判断も危なく思える。
他に知りたいこともあるし、もう少し話を聞いてみよう。
……流石にそんな事態では飯の欲求も出来ないしな。
「その特異種は、頻繁に現れるものなんですか?」
「いや。頻繁では無いよ。でも滅多にない事でも無い。数年に一度はこういう事がある」
何と物騒な。
でも、たかだか巨人1体じゃ、さほど深刻にはならないか。
昨日、メイル達が「騎士団に止められた」とか言っていたから、それが巨人対策のためだったとすると非常線の裏をかかれた――というところだろう。
正直、これも世界のやり口かと疑ってはいたが、これは偶然の産物かも知れない。
どう考えても巨人ぐらいで……
思い返すのはアーサーさんの唸り声。
何か重要な情報が抜けている?
例えばニュアンス的に、1体だと思い込んでいたが――
「――ジャイアントが100体ぐらい来てるんですか?」
そう尋ねてみると、アーサーさんの口が大きく開かれた。
「な、な、何を言うとるんじゃ!? そんなことになったら、ここでのんびりしておるものか! 即座に逃げ出すわい!!」
「じゃあ何体ですか?」
「1体じゃ、1体! 特異種じゃと言ったじゃろ! “異邦人”とは言え、それぐらいわかりそうなものじゃ!!」
やはり、そういうニュアンスで良いんだよな。
じゃあ、巨人1体に何の脅威を感じてるんだ?
俺が思う巨人とは何か根本的に違う所があるのか?
「すいません。それでは“異邦人”と言うことで、甘えさせて下さい」
「お、おう」
「アースジャイアントについて、もっと詳しく教えてもらえませんか?」
そこから始まるアーサーさんによるアースジャイアント(変異種)講座。
元・冒険者だけあって、知識というか経験を元に色々教えてくれる。
まずその動き、行動パターン、特殊な武装など。
そして特異種ならではの、特質も。
結果――
――身の丈6mほどと推定。知能はさほど高くない。動きは鈍く、棍棒のように巨木、岩石を使うこともある。身を守るものは腰布がせいぜい。だが特異種は防御力が並外れており膂力も尋常では無い。
という線で落ち着いた。
……俺の思う巨人と何ら変わらない。
しかし手詰まりを感じる前に、さらなる驚愕が俺を襲った。
アーサーさんの体験談を聞いて、どうしても看過出来ない部分があったのだ。
「アーサーさん、もう一度伺ってもよろしいですか?」
俺は念のため確認する。
「ん? 何をじゃ?」
「ジャイアントへの対処法です」
「そんな特別なことは、なんもないよ。特に属性対策が必要でも無い、というかあまり意味がないからの。もっとも高位での風魔法が――」
「では、重装備の戦士が前に出て」
申し訳ないがアーサーさんの言葉を遮ってしまう。
そして、先ほど聞いた話を何としても確認したかった。
それほどに俺は呆気にとられてしまっている。
「――それでジャイアントの動きを止めて、攻撃力の高い戦士が攻撃。魔法職が攻撃面の全体的な補助。神官職が防御面での回復を含めてのサポート。これで間違いないですか?」
俺は自棄になったように、早口で確認する。
するとアーサーさんの口元には笑みが浮かんだ。
「な、なんじゃ、しっかりわかっとるじゃないか」
マジか。
今までは“異世界”であっても「人は人」と思っていたが、もしかしたら、この世界の連中“人間”じゃ無いかも知れない。“異世界”だから当たり前と言えば当たり前かも知れないが、これはひどい。
こちとら原始人に毛が生えたくらいの時分から、安全に狩る事に血道を上げた連中の血統だぞ。
魔法とやらがあるにしても、脳筋が過ぎる。
それに“異邦人”という言葉が成立している以上、他にも俺と同じ人間が出現しているはず。
それなのに何らこちらに影響を与えていないじゃないか。
(スキルとかいう奴の弊害か……?)
以前聞いた話によると“異邦人”は例外なく特殊なスキルを持っていたという。
ならば、それで調子に乗って、おだてられ、いいように使われて――飲み込まれたか。
もしそれが“異邦人”のスタンダードと世界が認識していたら……
「――あんた、大丈夫か? どうかしたんか?」
アーサーさんの声が聞こえる。
そうか。
何かしらの会話の途中だった。
確か……
「あ、ああ……アースジャイアントの話でしたね。すいません」
「いや、良いんじゃが……何かあんた、顔つきが変わったな」
「そうですか? やっとの事で事態の深刻さが理解出来たんじゃないんでしょうか」
「あんた、そんな他人事みたいに」
何とか誤魔化したいところだが、今脳裏に浮かんだ論理が現実を侵食していく感覚が心地良い。
これに浸りたいところだが、アーサーさんがいるのに、そんなことも出来ない。
まずは何とか会話を終わらせなくては。
「――いえ、どうも混乱しているようで。前の世界の記憶とまぜこぜになってしまったような……」
「ああ、そうか。なんせ“異邦人”なんじゃものな。いやまぁ、俺もホントの所は大丈夫じゃと思っとるから、心配するな」
そこの心配はしてないが、それで納得してくれるなら御の字だ。
俺は頭を下げ、寝台に戻ろうと――
「……あの嬢ちゃん達も頑張ってくれてるはずじゃ」
――何だって?