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“異世界”での異物

 ゴードンさんの“挨拶”には少しばかり驚いたが、俺は即座にひっくり返った椅子を起こしに行った。

 

「これは……痛み入ります」


 う……

 これは困った。

 いや、手助けするの当たり前なんだけど、当たり前過ぎるだけに、こういう風に声を掛けられると、返す言葉が出てこない。


「構いません」


 とか、


「大変ですね」


 とか声を返すのって、自分で自分に「何様だ!?」と、どうしても突っ込みたくなるから、正直苦手だ。

 結果、無言で作業を進めるしか無い。

 何というコミュ障。


 だけどコミュ障って、結局こういう自意識で自縄自縛に陥ってるんだと思うんだよな。

 ……などと、心の中で言い訳を並べてみる。


 そして、元々大したことの無い作業だけに、すぐに終わってしまう。

 椅子の向きを直して、眼鏡メイドが付き添っているゴードンさんを支えながら、その椅子に座って貰った。


「ありがとうございます助かりました」


 重ねて礼を言われた。

 流石に返事をしなくてはいけないんだろうが……困ったな。

 未だに適切な立ち位置も、距離感も見当が付かないぞ。

 とにかく適当に――


「――謎が解けたのと、感心したことがありまして」


 ……と語り始めてしまったが、これ正解か?

 ゴードンさんは深く頷いて、傍らの椅子を勧めてくる。


 そ、そうだな。

 とにかく座った方が良いだろう。


「それは興味深いですね。是非ともお聞かせ願いたい――お願いするよ」


 俺に応じながら、ゴードンさんは眼鏡メイドに何かしら指示を出す。

 取りあえず安心したのか、眼鏡メイドは部屋の隅に片付けてあったローテーブルを、俺とゴードンさんの前に移動させてきた。

 大した重さは無いんだろうけど……どうにもムズムズするな。


 かと言って、また俺が立ってドタバタと始めたら、逆に向こうが気を遣うだろう。

 ここは辛抱するしかない。

 そうすると、その判断が功を奏したわけでは無いだろうが、ローテーブルの上に灰皿が運ばれてきた。


「……よろしいのですか?」


 俺は恐る恐る尋ねてみると、ゴードンさんは疲れた表情ながら笑みを浮かべた。


「もちろんです。私もいただいて構いませんか?」

「是非ともお願いしたい」


 気を遣う必要もなくなった。

 俺は携帯灰皿使うわけだが、それでも灰皿がある環境はなによりの免罪符だ。

 しかも同席者も喫煙者となれば、もうこれは無敵。


 眼鏡メイドが一瞬だが眉をしかめたが……

 いや、これはそもそもそちらの主人が先導したわけで俺が無理を言ったわけでは――


「アメリア。勘弁してくれないか? ここのところ私も控えてきたんだ」

「ですが……」


 一瞬、俺を見る眼鏡メイド――アメリアさんというのか。

 すいませんね。

 そちらの主人は俺を免罪符にしなかっただけ立派だと思うよ。


「それで紹介は……まだのようですね。こちらは私の妻でアメリアです」


 またしても奇襲を受けた。

 俺とアメリアさん、どちらかはわからないが表情が読まれたこと。

 そしてそれ以上に――“妻”と言ったか?


「ゴードン様!」

「私はずっとそう言ってきたし、大事なお客人を前に嘘は良くない」


 偽名ですいません。

 しかし妻?

 メイドの格好なのに? コスプレ?


「――そういうわけですムラヤマ様。彼女には色々と助けて貰っています」


 ゴードンさんはあっけらかんと言うが、そんなことあり得るのだろうか?

 間違いなく身分違いだろうし、アメリアさんの反応から見ても、それが異例であるという俺の認識がずれているわけではなさそうだ。


(これは……)


 何だか誘導されている気もしたが、これだけ見事だとそれに乗ってみたくもある。

 俺は、一旦停止していた会話を再開させることにした。


 それは色々な要素を確認せぬままに、ある程度決め打ちで話し始めることになるが……それでも大きく外れてはいないと確信――いや、これは信仰に近いのかも知れない。

 

「……俺はこの“異世界”の成熟度に少し感心していたんですよ」


 ゴードンさんは笑いながら頷いた。

 俺はそのまま続ける。


「というのも、身体が不自由な人間は自動的に排斥される――家を大事にする層では特にね。俺はそういった物だと考えていたんですが、ゴードンさんは次期侯爵だという。これはこの“異世界”を甘く見ていたと考えていたんですが――」


 身体の不自由な人が社会に参加できる状態が“成熟”と言ってしまうのも、何か適切では無いような気もするが、ここは置く。


 とにかくゴードンさんの有り様が、俺にとっては“異世界”においてなかなかショッキングだったんだが、どうやらゴードンさんは特例であるらしい。


「私はかなり無茶をしてるんです」


 俺の言葉を先回りするようにゴードンさんは告げる。

 そして俺にタバコを勧めてきた。

 俺が吸わないと、ゴードンさんも吸えないのだろう。


 俺はポケットからセブンスター(セッタ)を取り出し、ゴードンさんもアメリアさんが運んでくれた細巻きを手に取る。

 そしてお互いに一服。


 ああ……旨い。


 これもう、別に言葉交わさなくても良いんじゃないかな?

 何だかお互いに、大体のことは掴んでいるようだし、あとは細かいところを――というわけにはいかないか。それに一つ判明すると疑問点が出てくるのも当たり前だしな。


「……お人柄に甘えてお伺いしますが、その足は神聖術では?」

「治りません。私の“コレ”は生まれつきですから」


 即座に答えが返ってくる。

 おそらくゴードンさんにとっては何万回と繰り返されたやり取りだったのかも知れない。

 しかしこれは……?


「――“影向ようごう”については?」

「いいえ。どうやら私の元には来てくれないようですね」


 うん、やはりそうか。

 この異世界の“神”には規則ルールがある。


 それが自主規制レベルなのか、退っ引きならない事情かはわからないが、それが可能であっても“やらない”と決めたことにはタッチしない。


 そういう風に世界を作ってる。

 だから……


「……ご自身のやり様を無茶というわけだ」


 半ば独白じみた俺の言葉に、ゴードンさんは頷いた。


「将来的に廃嫡されることは決定事項なんですね」


 今度は尋ねるのでは無く、確信を込めて呟いた。

 そこで繋がり出す、脳内の会話フローチャート。


「……しかしこれは参りましたね。予想以上にゴードンさんは手強そうだ」


 まずは褒め殺してみよう。


「手強い……ですか?」

「身体が不自由であるのに、爵位を継げることが“普通”であるなら、それは“こっちの世界”の慣例によるものでしょう。しかしながら、ゴードンさんは慣例を無視しても次期侯爵の地位にある――たとえ廃嫡前提であっても」


 この辺りは、褒めるも何も無く現前とした事実だ。

 ゴードンさんが傑物である事はまず間違いないのだろう。


「これは過分な評価をいただいているようだ」

「ゴードンさん、廃嫡とは言わずそのまま襲名なさっては?」

 

 殊更、軽く告げてみる。

 恐らくずっと前に諦めたか、もしかしたらハミルトンさんの影に控えていたい、という事なんだろう。

 そして、多分後者だな。

 ……何というか、この人は俺と似ている。


 流石にこの申し出は、ゴードンさんをして戸惑わせたらしい。

 だが、ここからの反論も予想は付く。


「……無理ですよ。今は良いとして、そんなことを父が許すはずも無い。それに私がアメリアを妻だと申し上げたのは、何も便宜上の事では無いんですよ」

「ええ。そのまま侯爵位を継がれればよろしいでしょう。何、文句がある奴は――俺が黙らせます」

「こ、これは……」


 ゴードンさんは戸惑ったままだが、今まで溜めた情報と実際会ってみた感じた俺の感覚。

 おそらくゴードンさんはすぐに立て直してくる。

 だが……慎重に目線を動かさずに傍らにいるアメリアさんの手元。


 震えている。


 つり下げられた未来に、心が動いたな。

 俺の標的は、ゴードンさんではなくアメリアさんだ。

 結婚という()()をさらしてくれたのだ。これを利用しない手は無い。


「貴族同士の間だけで婚姻が行われるなんて、実に迷信じみたバカのやることです。“向こうの世界”では血が近すぎる婚姻は奨励されないのですよ。それに王でも貴族でも血は血。それが特別な物であるという考え方は、まったく低レベルです」

「そうなのですか?」

「ええ」


 ゴードンさんの問いに堂々と嘘をつく。

 未だに、血を神聖視してる輩が多いからな。


「……ですが、それをムラヤマ様が薦められる理由がわかりかねます」

「簡単な事です。爵位どころか王位に就いて欲しいと考えているからです」


 俺は、さらに煽る。

 ゴードンさんの群青色の瞳に血が灯り、スミレ色に燃え上がった。


 ――さあ、本音で話し合おうか。

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