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リンカル家の奥に

 リンカル邸――


 以前、訪れた時には離れの別宅に誘導されたわけだが……今度は本宅。

 多分、本宅。

 正直これが本宅かどうか――いや住居と判断して適当かどうかもわからない。


 石材で柱を造り、壁面はどうやら木材で建築しているらしい。下手すると木材の方が頑丈とかあるかもしれないな。なにせ“大密林”を領地に抱え込んでいる家なのだから。


 それで建築したことは、ある種の示威行為ではないか? 木材と思しき壁面は白で塗装されており、王宮への挑戦とも受け取れる……という具合に、家康並みのいちゃもんをつけることもできないことも無い。


 だが、いちゃもんの背景バックには、それをごり押しさせるための武力――暴力が必要で、今の王家ってその辺どうなっているんだろう。


 有力な戦力だと思われた、近衛騎士ハミルトンさんは確実にリンカル家側の人間だし。

 騎士団長が、よほどの傑物なのか……はて。


 そうこうしている内に、屋敷の正面玄関の前に到着した馬車の扉が開かれた。

 で……うわ、使用人揃ってのお出迎えだよ。

 いつか見た家宰らしき人物も含めて、ざっと10人以上いるな。


「ムラヤマ、着いた……何だその顔は」

「大嫌いなんですよ。無駄に人が集まってる状態が」


 特にそれが自分絡みともなると、吐き気すら感じる。

 

「そう言われてもな……」


 俺の口調か、あるいは顔か。

 本気でヤバさを感じたのか、ハミルトンさんはすでに俺を懐柔しようとしているように思えるな。

 しかし、ここでわがまま言った方が、ややこしくなる。


「侯爵家、というか貴族にはやりようもあるでしょうからお気になさらずに。気にせずに。この間を通っていけば良いですか?」

「ああ。それで大丈夫だ」


 俺たちは連れだって馬車からでる。

 それと同時に、家宰を除く使用人の方々が一斉に頭を下げた。

 こんなことされて、本気で良い気分になる奴は首を刎ね飛ばせば良いと思う。


 踏み絵ならぬ、晒し出迎え。

 少しでも偉そうに振る舞ったら、死刑。


 ……そんなことをブツブツ呟きながら、前屈みで使用人の方々の間を歩いている俺こそが、死んだ方が良いんだろうな。


 家宰、ハミルトンさん、俺の順番で使用人のアーチを抜ける。

 前屈みはそのままに。

 それでも罠を警戒しつつ、俺はどうにか屋敷内に侵入できた。


 玄関ホール……ほとんど体育館並だな。

 床に設置されているのは、一枚板に見える大理石。何しろ化石込みだから切断加工すれば、流石に気付く。化石になっているのは……海ユリか何かだろうか?

 この辺も“大密林”を想像させて、来客者を威圧する仕掛け……なのだろうか?


「それではムラヤマ。私はここでおいとまさせて貰う――父上のご機嫌伺いに行かねばならなくてな」


 言いながら苦笑を浮かべる。


「そうでしたか。それでは俺は……?」


 家宰が案内してくれるのかと思いきや、ホールの隅に立っていた眼鏡メイドが近付いてくる。

 金髪をひっつめてまとめており、無表情。

 多分……美人。


 ま、この辺りは採用基準があるのかもしれない。


「彼女に案内して貰う」

「わかりました」


 流石に段取りはできているか。

 しかしそこでハミルトンさんは、眉を潜める。

 

「……ムラヤマ、受け入れすぎではないか?」

「いや、今のところ不可解な事は何もありませんし」

「そこがおかしい。何か企んでいるのか?」


 何という俺の信用の無さ。

 それはいつも通りなので構いはしないんだが、タイミングが悪いな。

 ここから先の展開、少し楽しみにしてたんだよ。

 

 ――仕方ない。


「……ハミルトンさんは“上”がいるとほのめかしてらっしゃいましたから」


 俺は落ち着いている理由を簡潔に答える。

 これ以上、話すと自分で楽しみにしていた事なのに、ネタバレしてしまう。

 だがハミルトンさんは、尚も追求してきた。


「……それは父上だと考えないのか?」

「侯爵が?」


 俺はわざとらしく反問してみた。

 そのまま高笑いもできたら最高なんだが、そんなに器用じゃ無い。

 仕方なく、ニヤリと笑うに留めておいた。

 

「あの人は無理でしょ。人の使い方をまったく知らない――使った気になっているだけだ」


 俺の発言に色めき立ったのは1人もいない。

 せめて家宰ぐらいは忠誠心を見せてくれるかと思ったが……

 ハミルトンさん、家宰、眼鏡メイドと無風状態。


 ……何だか可哀想になってきたな。

 こういう時には、こうだ。


「つまり俺は、リンカル家の()()()当主に面会を許されているわけで、それについて文句言う筋合いは無いな、と」 


 敗者には、徹底的な追撃を。

 これが“情け”という物だ。


「……それなのに私が客人を置いて父上に会いに行くのは?」

「徹底的に侯爵を潰すには時期尚早と考えているからでしょう。それなりに丁重な扱いをして持ち上げておけば、そうそう爆発しません。侯爵は“普通”ですから。むしろ相手を為さるハミルトンさんには同情を禁じ得ません」


 侯爵は次男が自分の味方だと思っているのだろう。

 しかも対外的には、そういうスタンスで通している。

 だが実際の所は、事実上の当主――つまり次期侯爵たる長男のゴードンが差配している。

 というのが俺の推測。


 ハミルトンさんはあまり隠そうとしてないからな。

 簡単と言えば簡単な話だ。


 そのハミルトンさんは、またも高笑いを決めている。

 なんて器用なんだ。


「――失敬。いや私の苦労を慮ってくれて有り難いよ。ん? そうすると……」

「ええ。侯爵の相手をせずに済んだので、俺は穏やかなわけです」

「ひどい話だ」


 と、言いながらハミルトンさんの表情が引き締まる。


「兄上のお相手の方が難しいと思うがな――もう、兄上とわかっているのだろう?」

「ええ、まぁ」


 ネタバレされてしまった。

 しかし、消去法的に確定的に明らかだったので仕方あるまい。


 そして屋敷の奥にハミルトンさんは消えていった。


「こちらです」


 そして眼鏡メイドが声を掛けてくれたので、素直に頷いておく。

 何故か、しばらくの間にらみ合うことになったが、やがて眼鏡メイドが動き出した。

 方向は左手側で、日が差し込んでくる窓に面した廊下を進んでいくこととなった。


 ……今、何時なのかなぁ?


 捕まったのが、午前中で……まず間違いなくひるは回っているだろうから……2時ぐらいかな?

 一段落付いたら、昼飯はもちろんどうでも良いが、取りあえずタバコは勘弁して貰おう。

 今でも、手が勝手にポケットへと向かっている。

 

 それをこらえるために、意識を逸らすために――

 ゴードンが俺に面会したい理由――

 その為人を推測――

 先ほど眼鏡メイドにらみ合った間は何故形成されたのか――


 などを頭の中で弄んでいる内に、眼鏡メイドの足が止まった。

 階段を登ることも無く1階で……うん、ここに辿り着くまでいくつも扉をスルーしてきたから、どういう用途の部屋かはわからんな。


「こちらにて、ロード・ゴードンがお待ちになっています」

「そうですか」


 俺へと振り返りながら、眼鏡メイドは告げた。

 返事をするのも馬鹿らしく感じたが、殊勝に答えておく。

 ……何か機嫌を損ねているような。


 ま、気にしても仕方がない。

 眼鏡メイドは扉をノック。

 するとすぐに――


「どうぞ」


 と短い答えが返ってきた。

 低い……というか何処か疲れたような声だ。

 それから、ガタガタと結構な音が響いてきた。

 何だ?


「ゴードン様!」


 眼鏡メイドが突然叫んで、扉を開けると部屋に乗り込んだ。

 そして開け放たれた扉の向こうには――


 今にも転びそうに、おっかなびっくり立っている中年男性がいた。

 座っていたであろう椅子はひっくり返り、本人は杖を突いて何とかバランスを取って立とうとしている。

 眼鏡メイドは、そんな男性の横に立って、その身体を支えていた。


「し――失礼しました、ムラヤマ様」


 その男性は眼鏡メイドの助けもあって、どうにか持ち直したようだ。

 灰色の髪、深く沈んだ群青色の瞳。

 今にも倒れそうな表情の疲れた面差し――もしかして、ただ疲れているだけでそれほど老けてはいない?


 絹地のシャツ。瞳と合わせたような藍色のリボンタイ。

 その上からは鳶色のフロックコート

 ボトムスはカマーバンドむ含めてのつや消しの黒で――トータルで見ると、何とも地味な色合いだ。


 その地味な男は杖に頼りながらもしっかりと立って、礼を告げながら眼鏡メイドを遠ざけた。

 そして、しっかりと上半身を折り曲げて告げた。


「お初にお目にかかる。私はゴードン・テレンス・リンカル――本日は急な話で誠に申し訳ない」

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